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東京高等裁判所 昭和36年(う)2208号 判決

被告人 山口文三 外五名

〔抄 録〕

被告人山口文三の弁護人伊藤清の控訴趣意及び被告人山口文三の上申書について

所論は、各被告人に対し刑法第九十六条の三第二項の公正なる価格を害する目的をもつてなされた談合の所為があることを認定した原判決には、事実の誤認と法令適用の誤りがあるということに帰するのである。

よつて先ず、右法条において公正なる価格を害する目的をもつて談合する罪とは如何なる構成要件をもつものであるかということを按ずるに、同条における公正な価格とは当該入札(又は競売)において公正にして自由な競争入札の方法によつて形成されたであろう落札価格を指すものであるというべきで、この定義は従来の最高裁判所の判例(大審院の判例を含む)によつて確認されているところである。而して、右に公正にして自由な競争入札というのは、自由な競争入札が公正に行われるべきことを指称するものであつて、若し公正にして自由な競争が担保されないような方法によつて入札がされるような場合には、その入札の結果はそれ自体公正な価格と称することを得ないものとすべきであるが、公正にして自由な入札競争が担保されている限り、その結果として形成された落札価格というものは公正な価格と称して差支えなく、それがいわゆる出血入札価格であるか否かの如きを顧慮すべきではないのである。最高裁判所の判例もこの点について、従来「公正なる価格とは入札なる観念を離れて客観的に測定さるべき公正価格または当該入札において公正な自由競争により最も有利な条件を有する者が実費に適正な利潤を加算した額で落札すべかりし価格をいうのではない。」と判断しているわけであつて、この点については本件においても差戻前の控訴審判決が、公正なる価格とは(一)「入札なる観念を離れて客観的に測定せらるべき公正価格の意味ではなく、当該入札において公正にして自由な競争入札の方法によつて形成されたであろう落札価格の謂に外ならないと解するのが相当である。」(二)「但し、その公正なる自由競争によつて形成されたであろう落札価格というのは、単なる無制限に放任された自由競争によつて形成された落札価格ではなく、入札者自身の採算を無視したいわゆる出血的入札価格を含まない各入札者の個人的経済事情を基礎として工事実費にその入札者の企業の適正な利潤を加味して算定された価格による入札によつて形成されるであろう落札価格を意味するものと解するのが最も妥当であり、同法条にいわゆる「公正なる価格を害する目的」をもつて談合するとは、当該入札において公正なる自由競争により最も有利な条件を有する者が工事実費に適正な企業利潤を加算した額で落札すべかりし価格を越えて入札施行者に対し不利益な価格を形成させる目的で談合をすることを意味するものと解するのを相当とする。」と判断したことに対し、最高裁判所は(一)の部分は最高裁判所の従来の判例に合致して正当であるが、(二)の部分は最高裁判所の判例の趣旨に相反するものとしてこれを斥けているわけである。

果して然らば、公正なる価格を害する目的をもつてする談合罪とは、公正にして自由な競争入札が担保されている限り、その結果として形成された落札価格はこれを適正な価格と認めるべきであり、この価格を入札施行者の不利益に変更することを目的としながらなされた談合であると解釈すべきものであるといわなければならない。よつて、この見地に立つて原判決の右法条の解釈の態度を吟味してみると、原判決の理解の態度は以上の趣旨に副つているものと認められるのでこれを是認すべく、原判決の法令の解釈は正当で最高裁判所の判例の趣旨に合致するものというべきであるから、これに反する所論は理由がないものというべきである。

もつとも、原判決は採算無視の落札価格は公正な価格となり得るか否かの点について若干の留保をしており(例えば、専ら社会奉仕の目的で名目的価格で入札するようなとき、専ら市場独占の目的で採算無視の入札がなされるとき)、この点からみれば、いわゆるダンピング価格による落札の如きもそれは公正にして自由な競争入札によつて得られた落札価格であるか否かに疑問があるから、公正な価格といい得るか否かは疑わしいが、原判決が本件においてダンピング価格を防止しようとして談合をしたものと認定した趣旨でないことは明らかであり、原判決の態度は単なる出血的受注を回避するための談合というのでは、公正な価格を害しないという見解であると解すべきであり、もちろん、記録に徴しても本件がダンピング価格回避を目的とした談合であるとは認められないというべきである。なお、所論は刑法第九十六条の三第二項の公正なる価格を害する目的とは、同時に不正なる利益を得る目的を具有している場合であるにも拘らず、原判決はその点についての考慮を払わず一義的に解釈した誤りがあるというのであるが、「公正なる価格を害する目的を以て談合する罪」と「不正の利益を得る目的を以て談合する罪」とは、それぞれ異なる構成要件に属する犯罪であり、本件は前者の構成要件違反を問題とする案件(本位訴因)で、後者の構成要件は問題とされていないのであるから、原判決がその点について審按言及しなかつたのは当然であり、所論のうち不正の利益を獲得する目的があつたか否かを論じている点は、前提を欠く無用の議論というべきである。

次に所論は、原判決には原判示第一の事実につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるといい、本件においては被告人らに公正な価格を害する目的がないのに、この目的があると断じた点において、経験則違反に基づく事実誤認があるというのである。

よつて按ずるに、原判決は被告人らには右目的があつたと認定しており、反対に差戻前第二審判決は右目的で談合したということを肯認するに足る的確な証拠が発見できないとしているのであるが、原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人らには、自由競争をすれば出血受注となることは免れないので、その出血を軽減するため自由競争の結果形成されるべき落札価格より高価な価格をもつて入札するという認識の下に談合するという考があつたことが明瞭であつて、原判決も同様の趣旨で事実の認定をしたものであることが認められるから、原判決には叙上の点において事実の誤認は存在しないし、かく認定することにつき経験則違反の違法があるなどとも考えられないのである。また、所論は本件落札協定価格は、公正な自由競争が行われていれば形成されたであろう適正価格であつた旨主張するのであるが、それは証拠に副わない議論であつて、採用することはできないのである。また、所論は当時海上保安庁としては、ダンピング入札を禁止する旨警告したが、その真意は業者間の談合を許容したものであるという趣旨の主張をしているが、ダンピングによる入札を禁止することは当然であるが、これにより海上保安庁が本件談合を許容したものであるなどといい得ないことはもちろんであるのみならず、本件がダンピング入札回避の目的であつたと認め得ないことは前段説明のとおりであつて、この点について原判決には事実の誤認はないのみならず、その他所論の縷述するところによつても、本件談合の所為が、現在の危難を避けるための已むことを得ない所為であるとか、また、何人を本件被告人らの地位においたとしても被告人らのなしたと同様な談合行為以外の所為をすることを期待できないとは認め得ないから、被告人らの所為について非難可能性がないということを否定した原判決の判断は相当であるといわなければならない。

次に所論は、原判決には本件につき一所為数法の関係があるとして刑法第九十六条の三第一項、第二項を適用した点で、被告人山口に関する限り判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがあるというのであるが、原判決は二十三米内火艇外板一枚張のもの四隻の指名競争入札に関する談合罪と二十三米内火艇外板二枚張のもの六隻の指名競争入札に関する談合罪とは各別罪とみたが、但し談合は一個の所為であつたと見得るから、一個の所為で数個の罪名に触れる場合であるとの見解の下に法令の適用をしたものであつて、この原判決の見方はこれを是認し得るものと認められるから、これに反する所論は理由がないというべきである。なお、原判決は所論に反し本件につき偽計を用いて入札の公正を害する所為をなしたものとの事実を認定したものでもなく、また、そのような事実関係に対し法令の適用をしたものでもないことは、原判決の記載により明らかであるから、右犯罪行為について言及する所論は固より理由がないというべきである。

次に所論は、原判決には被告人山口の本件所為につき刑法第六十条を適用した点について理由そごないし判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

しかしながら、原判決は証拠に基づいて、被告人山口と爾余の相被告人らとの間における本件談合罪に関する共謀の事実を詳細に認定しており、これによれば、被告人山口は単なる幇助の罪責を負うに止まるべきではなく、共謀に基づく共同正犯の罪責を負担すべきものであることは明らかであるというべく、被告人山口は本件談合においていわば綜合調整の役目をつとめたものというべきである。すなわち、同被告人は談合の協議において司会をしたのみならず、談合について主導的立場をとつたことが明らかで、固より同被告人に公正な自由競争によつて形成されるべき落札価格を害する目的のあつたことも疑がないから、原判決はかかる同被告人の犯罪事実に対する関与について、同人を談合罪の共同正犯として刑法第六十条を適用したものであり、その事実認定と法令適用との間には何ら理由のそごはなく、その他事実の誤認、法令適用の誤りのいずれも存在せず、これに反し同被告人に対しては刑法第六十二条の幇助犯の規定を適用すべきであるという議論は証拠にも副わず、採用し得ないといわなければならない。但し、所論は被告人山口は本件においては入札者(指定入札者)ではないから、刑法第九十六条の三第二項の犯罪の構成についての身分を欠いており、同罪の実行行為をなし得ないとも論じているが、身分犯に対し身分のない者が加功する余地があることは刑法第六十五条の明言するところであり、入札者でない被告人山口が本件犯罪の共同正犯者たり得べきことは明白であるから右所論は理由がないというべきである。

以上これを要するに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示第一の犯罪事実はその証明があるものと認むべく、所論に徴し記録を精査しても、原判決には右事実の認定につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認が存在するものとは認められないのみならず、法令違反その他所論の如き違法も存在しないものというべきである。

次に所論は、被告人に対する原判決の量刑は不当である、被告人に対しては刑の執行を猶予されたいというのであるが、被告人山口についてはさきに差戻前の第二審判決において、第一審判決が破棄され、同被告人に対する起訴事実中収賄の点について有罪(懲役四月、未決勾留日数中十四日算入但し、三年間執行猶予)、談合罪の点について他の相被告人らと共に無罪の判決があり、右有罪の部分は当時確定し、談合罪については上告の結果破棄差戻され、現に当審に再度繋属しているわけであるところ、同罪の成立については当裁判所は結局第一審判決の有罪の判断を支持すべきものと認めるのであるが、原判決認定事実中収賄の点は右の如く既に判決が確定し当裁判所の審判の対象となつていないわけであるから、右収賄罪と談合罪とを刑法第四十五条前段所定の併合罪であるとして、同法第四十七条第十条に従い後者の罪の刑について懲役刑を選択した上、一個の懲役刑(五月)を科した原判決はこれを破棄した上、新たに談合罪のみについて処断すべき筋合であるといわなければならない。但し当裁判所において右談合罪につき新に量刑をする場合、懲役刑を選択して処断すべきものとしても既に収賄罪について懲役四月未決勾留日数中十四日算入という確定判決があるのであるから、当裁判所としては懲役一月を超える刑を科する余地は存在しないわけである。

被告人遠藤満の弁護人の控訴趣意について

所論は先ず、原判決には刑法第九十六条の三第二項の解釈を誤り、判例の趣旨を誤解した不法があるというのであるが、原判決の右法条の解釈が正当であり、最高裁判所の判例の趣旨に適合していると認むべきことは、弁護人伊藤清の所論に対して説明したとおりであるから右論旨は理由がなく、また、本件につき緊急避難の要件があるとか、期待可能性なしとか解すべき事由の存在しないことも、右弁護人の所論について答えたとおりであるから、この点に関する所論も理由がないというべきである。

被告人若山、同矢野、同松本清の弁護人の控訴趣意について

所論は、原判決の刑法第九十六条の三第二項所定の談合罪の解釈、適用は誤つているというのであるが、原判決の右法条の解釈、適用が相当であるということは、弁護人伊藤清の所論に対し答えたとおりであり、本件における被告人らの談合の所為につき、原判決が右法条を適用して被告人らを有罪と認めたことは相当であるから、論旨は理由がない。

被告人松本昭郎の弁護人の控訴趣意について

所論は、原判決には事実の誤認、法令解釈の誤り、理由不備等の違法があるというのである。

よつて按ずるに、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認が存在するものとは認められないことは、弁護人伊藤清の所論について説明したとおりであり、その他本件談合がいわゆる自由競争の実がないダンピング価格を避けるのが目的で、公正な自由競争によつて得らるべき公正落札価格の回避が目的ではなかつたということは、原判決の認めないところで且つ、証拠上も是認すべからざるところであり、本件は単なる出血受注を回避しようという目的であつたと認むべきことも総べてさきに説明したとおりである。而して、原判決の談合罪の解釈にづいては誤りが存しないことも、さきに説明したとおりであり、単なる出血受注を避けるための談合の如きは談合罪の成立を妨げるべきものではないといわなければならないことも前段説明のとおりである。

また、所論は原判決には理由不備の違法があるといい、本件において刑法第九十六条の三第二項のいわゆる公正な価格を害する目的があつたと断ずるには、被告人らにおいて公正な自由競争が行われるならば形成される筈である具体的価格及びその価格をことさらに引上げようという意図の下に入札価格について協定をしたという事実を事実理由中に判示し、証拠によつてこれを証明しなければならない筈である。しかるに、原判決は被告人らが公正な自由競争が行われるならば形成される筈の価格並びに被告人らがその価格の認識をしていたことを事実理由中に判示していないから、原判決にはこの点において理由不備の違法があり、破棄されるべきものであるというのである。

しかしながら、原判示事実によれば、被告人らは本件において公正な自由競争によつて形成されるべき落札価格を回避し、入札施行者に不利益な落札価格を協定したものであり、被告人らは前者が後者より低価格であることを認識していたものであることが明示されており、該事実は原判決挙示の証拠により十分認め得ることは既に弁護人伊藤清の所論に対し説明したとおりであり、この場合においては公正な自由競争によつて形成される筈である落札価格の具体的数額まで認識する必要はなく、右説明の如くそれが談合による価格より低額であるという認識をした上、これを回避する目的で談合することによつて不正談合罪の成立があると認めるに十分であるから、この点につき原判決には何らの理由不備の違法も存在しないというべきである。

次に所論は、原判決の被告人松本昭郎に対する科刑(懲役三月執行猶予二年間)は重きに失するというのである。

よつて按ずるに、本件における犯罪事実の経緯は、原判決が詳細に叙述するとおりであるが、今を去る十有余年前の出来事で、戦後における企業の経営が困難であつた時代の所産であり、本件談合が犯罪を構成することは前段説明のとおりであるが、それは各造船会社とも不当の利潤を獲得しようという動機に基づくものではなく、却つて企業の維持に汲々たるものがあつた結果と認められるのであり、被告人山口を除く爾余の被告人らとしても個人的利得の動機がなかつたことも明らかであるところ、被告人らは事件発生以来長年月にわたり刑事被告人として精神的苦痛を味つたであろうということは多言を要しないところであり、殊に本件においては本件談合について綜合調整の役をつとめた被告人山口に対しては、前段において説明した事情により本件談合罪につき懲役一月を超える科刑をすることができないということを考え合わすと、右情状のある松本昭郎をはじめとする爾余の各被告人については、本件談合罪の科刑につき被告人山口に対する科刑と均衡を著しく失しないように若干の考慮をする必要があると認められるので、この点からすると被告人松本昭郎に対する原審の科刑は重きに過ぎる嫌があるに至つたと認められるから、右量刑不当の論旨は理由があることに帰し、なお、職権をもつて相被告人遠藤、同若山(但し同人は被告人山口と同様談合罪と併合罪の関係にある贈賄罪について差戻前の第二審判決において罰金三万円に処せられ、その分は確定したのであるから、当裁判所において残りの談合罪のみについて処断される関係にある。)同矢野、同松本清らに対する原判決の科刑の当否について按ずるに、被告人松本昭郎について説明した点は総べて同被告人らにも妥当するので、原判決は右松本昭郎に対する関係と同様右被告人らに対する関係においても量刑不当という理由に基づき破棄されるべきものである。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り、原判決(但し被告人山口について無罪の言渡をした部分を除く)を破棄した上、同法第四百条但書により当裁判所において更に判決をすべく、原判決が適法に確定した原判示第一の入札妨害の犯罪事実について法律の適用をするに、被告人らの所為は各刑法第九十六条の三第二項第一項第六十条(被告人山口に対しては同法第六十五条をも適用)罰金等臨時措置法第二条第三条に該当し、且つ、一個の所為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条を適用し、犯情の重い二十三メートル内火艇外板一枚張のもの四隻の指名競争入札に関する談合罪の刑に従い、各被告人に対してはいずれも懲役刑を選択した上、被告人山口を懲役一月に、爾余の各被告人をそれぞれ懲役二月に処すべく、但し前段説明の諸般の事情に鑑み各被告人につき刑法第二十五条第一項を適用し、各本裁判確定の日から被告人山口に対しては二年間、爾余の各被告人に対しては一年間右各刑の執行を猶予するのを相当と認むべく、押収してある現金百三十万円(横浜地裁昭和二十七年押第一四二号の一)は被告人松本清らが株式会社四国船渠工業所のため本件談合行為によつて得たものまたはその対価として得た物の一部であり、同社がその情を知つて取得したものであるから、刑法第十九条第一項第三号第四号第二項を適用して同被告人に対する関係においてこれを没収し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条を適用して、主文末項のとおり各被告人らをして負担させることとし、主文のとおり判決する。

(井波 小俣 荒川)

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