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東京高等裁判所 昭和36年(う)2291号 判決 1962年5月09日

控訴人 被告人 小野雄三

弁護人 橋本正男 外一名

検察官 多田正一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し本裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人の論旨第二点は、原判決の理由不備と原審の訴訟手続に関する法令違反を主張し、前者については、原判決の証拠の標目の項に記載された「一、第一回公判調書中証拠関係目録記載の取調済の各証拠」を捉えて、右は証拠の標目を特定して引用したことにならないとして原判決を攻撃し、後者については、原審弁護人が原審第二回公判において本件犯行当時被告人は飲酒酩酊して心神耗弱の状態にあつたものであると主張しているにかかわらず、右主張に対する判断を示していない原判決を非難するにほかならない。

よつて所論の点について調査するに、先ず原判決が判示傷害の事実を認定する証拠として、証拠の標目の項に、「一、第一回公判調書中証拠関係目録記載の取調済の各証拠」を挙げていることは論旨指摘のとおりであつて、右は刑事訴訟規則第二一八条の二によることもまことに所論のとおりである。しかし同規則第二一八条の二の規定は簡易公判手続によつて審理した事件について、判決書作成手続の簡易化を提定したものであると共に、同条に証拠の標目の引用は標目を特定して引用しなければならないとしたのは、証拠資料として判決に援用しない証拠の標目までも包括して引用することを禁じた趣旨であつて、要は公判調書に記載された証拠の標目のいずれによつて判示事実を認定したかを明確にできる限度においてその標目の引用を許す趣旨と解するのが相当である。従つて常に必ず証拠の標目中から引用する標目を限定しなければならないものではなく、必要とあればその標目の全部を引用することも許さない趣旨ではないのであつて、それをしも同条にいわゆる証拠の標目を特定して引用したことに当らないと解することはできないのである。そして原審第一回公判調書中証拠関係目録記載の取調済の各証拠を逐一検討すると、それらの証拠は、すべて直接または間接に原判示事実を認定する証拠として関連性がないとはいえないのであるから、原判決が証拠の標目の項に掲げた前記のような証拠の引用を違法と断定することはできないのである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 小林健治 判事 松本勝夫 判事 太田夏生)

弁護人橋本正男外一名の控訴趣意

第二点の一 刑事訴訟法第三三五条第一項によると、有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない。ところが、刑事訴訟規則第二一八条の二は、地方裁判所、家庭裁判所又は簡易裁判所においては、簡易公判手続によつて審理した事件の判決書には、公判調書に記載された証拠の標目を特定して引用することができる。としているので、簡易公判手続によつて審理した事件の判決書においてのみ証拠の標目を示すにつきかかる特例が認められているのである。原審は本件を簡易公判手続によつて審理しているので、この特例によることを得たものであることは論を俟たない。原判決を見ると、証拠の標目として、一、第一回公判調書中証拠関係目録記載の取調済の各証拠一、被告人の当公廷における供述と記載している。これは右特例に従つたつもりであろうが、この特例は公判調書の記載を引用するにつき「公判調書に記載された証拠の標目を特定」することを要求しているから「公判調書中証拠関係目録記載の取調済の各証拠」というのでは公判廷で取調べた全証拠というに等しく証拠の標目を特定したことにはならない。証拠の標目は、証拠を特定し、それが事実認定の過程の一応の合理性を示すものでなければならないのであつて、簡易公判手続によつて審理した判決においても、これを否定するものではない。刑事訴訟規則において、公判調書の引用に当つて証拠を特定すべきことを求めているのはこれがために他ならない。それゆえ、原判決の証拠の標目の公判調書の記載の引用にかかる部分は全くその記載のなきに等しい結果となり、判決に証拠理由を欠くか或は自白のみによつて有罪となし刑罰を科した違法を犯したものといわざるを得ない。惟うに原判決は簡易公判手続による安易感から証拠に対する仔細の吟味検討を欠きかかる証拠理由の不徹底を来たし、延いて、第一点の如き事実誤認をなすに至つたものではあるまいか。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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