大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(う)2368号 判決

被告人 水野弘

〔抄 録〕

案ずるに、原判決挙示の証拠によれば、被告人がもと繊維製品の国内販売及び輸出貿易等を業としていた判示遠山合資会社に勤務し、貿易部輸出繊維課長として右輸出関係業務の全般を統轄担当していたものであること、同会社の業務に関し、同会社東京営業所係員に指示して、昭和三十年七月二十八日同営業所において、外国為替及び外国貿易管理法にいわゆる居住者である判示黄振東に対し現金百五十万円を支払わせたこと、右黄振東は同会社の取引先である香港華新有限公司の総括者であつたこと、をそれぞれ認めることができる。

論旨は、右昭和三十年七月二十八日以前においては、判示遠山合資会社が香港において判示華新有限公司から一万香港弗を借り受けた事実はないのであるから、右借受の事実あることを前提とし、右借受金に対しその代償として同年七月二十八日本邦において居住者黄振東に対し日本円金百五十万円を支払つた旨の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると主張する。

なる程、原審における被告人水野弘及び証人服部寿の各供述被告人水野の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、同人作成名義の始末書、黄振東の司法警察員に対する各供述調書を綜合すると、判示遠山合資会社々員服部寿が同会社の香港駐在員事務所設置の準備等の社命を帯びて昭和三十年四月頃香港へ出張し、同地到着後判示華新有限公司から右事務所開設資金として一万香港弗を借用したこと、被告人水野は服部から右借用の旨報告を聴き、傍々黄振東からの申出もあつたので、右一万香港弗の代償(弁済)の趣旨を含めて一括して原判示の如く同年七月二十八日東京営業所係員をして現金百五十万円を黄振東に支払わせたこと、をそれぞれ認め得べきが如くである。

しかし、当審における事実取調の結果、殊に、当審第三回公判期日における被告人の供述、一九六二年三月一六日附羽田入国管理事務所長岡崎熊雄作成名義の証第一二二九号服部寿の出国証明書、遠山合資会社の昭和三十年度上期損益勘定科目補助簿及び同会社同年度下期損益勘定科目補助簿(当庁昭和三六年押第九四六号の八及び九)を綜合して考察すると、原判示服部寿が判示遠山合資会社の社命を帯びて香港に向け日本を出国したのは昭和三十年十月二日であつて、右出国に先立つ数個月間、即ち同年五月初頃以降の期間内は日本国内に居た事実を認めることができるのであるが一方服部が昭和三十年四月頃以前から同年七月二十八日までの間香港に滞在していた事実を確認する資料は存しない。従つて、同年四月頃同地において右服部が同会社の香港駐在事務所開設資金として判示華新有限公司から一万香港弗を借用した事実及びその他何等かの経緯により遠山合資会社が昭和三十年七月二十八日以前に香港において華新有限公司から一万香港弗を借り受けた事実は、いずれもこれを認めるに足りる証拠はなく右認定に反する前掲原審における被告人水野弘及び証人服部寿の各供述、被告人水野の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、同人作成名義の始末書、黄振東の司法警察員に対する各供述調書は、いずれも当該供述者の記憶違に基く不正確なものであつて、且つ、これを裏付けるに足りる客観的資料もなく、到底措信し得ないものである。

してみれば、判示遠山合資会社が香港に派遣した社員服部寿が昭和三十年四月頃同地において、取引先香港華新有限公司から、同会社の香港駐在事務所開設資金として一万香港弗を借用した事実あることを前提とし、その代償(弁済)の趣旨を含めて判示黄振東に対し本件現金百五十万円が支払われたとの事実はこれを認めるに足る証拠はないのに右事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、原判決は破棄を免がれない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項により原判決中有罪の部分を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において自判する。

本件公訴事実は、原審第十二回公判期日において訴因変更を許可された本位的訴因によれば、被告人水野弘は、名古屋市中区下長者町二丁目十四番地に本店を置き貿易業等を営む原審相被告人遠山株式会社の実質上の前身にして貿易業を営む遠山合資会社の元社員にして、現在右被告会社の貿易輸出課長として同会社の輸出関係業務を事実上統轄しているものであるが、法定の除外事由がないのに、服部寿が香港所在の華新有限公司から一万弗の香港弗を借り受けた代償として及びこれに関連して昭和三十年七月二十八日東京都千代田区丸の内二丁目三菱仲十二号館の前記遠山合資会社東京営業所において、同社の業務に関し居住者である黄振東に対し金百五十万円を支払い、もつて外国において利益の提供を受けた代償として及びこれに関連して本邦において居住者に対し支払をしたものである、というにあるところ右事実を確認するに足りる資料の存在しないこと前記説明の如くであるから、右公訴事実については結局犯罪の証明がないに帰すべく、また当審第五回公判期日において予備的に追加を許可された訴因によれば、被告人水野弘は、遠山株式会社の実質上の前身である遠山合資会社の社員として勤務中、同会社の業務に関し、東京都千代田区丸の内三菱仲十二号館内の同合資会社営業所係員をして、昭和三十年七月二十八日頃、同営業所において、取引先である在香港華新有限公司の総括者である黄振東(居住者)に対し、その頃香港に旅行する右合資会社の社員服部寿が同会社の香港駐在員事務所(遠山株式会社香港支店の前身)開設資金等に使用するため、香港において、前記華新有限公司から借用する外貨等(利益の提供)の代償及びこれに関連して、法定の除外事由がないのに、現金百五十万円を支払わせ、もつて、外国に在る者に対する利益の提供の代償及びこれに関連して、本邦において居住者に対して支払したものである、というにあるが、記録を精査し、原審及び当審における審理の結果に徴しても、右金百五十万円が右合資会社が将来香港において右華新有限公司より借用する外貨等の代償及びこれに関連して支払われた事実を認定する証拠はないから、右公訴事実についてもまた犯罪の証明がないに帰し、結局本件被告事件については刑事訴訟法第四百四条、第三百三十六条後段により、被告人に対し無罪の言渡をなすの他なきものである。

(岩田 高野 栗田)

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