東京高等裁判所 昭和36年(う)2505号 判決 1962年4月24日
控訴人 被告人 結城八万
弁護人 日野久三郎 外一名
検察官 原長栄
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六年及び罰金五十万円に処する。
原審における未決勾留日数中二百日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは金一千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人日野久三郎、同磯畑岩雄連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴趣意第一点について。
所論は、原判決判示第一の事実につき、事実誤認ありと主張するので、按ずるに、原判決の挙示する対応証拠を総合考察すると、右事実のぅち別表(一)、(四)、(一一)及び(一六)を除くその余の事実は優にこれを肯認することができるけれども、右(一)、(四)、(一一)及び(一六)の各事実については、覚せい剤を製造した事実は認められない。右各証拠によれば却つて、右四個の事実については、一応所定の製造工程を経て製品を製造したけれども、これに用いた原末が真のフエニルメチルプロパン、又はフエニルメチルアミノプロパンを含有していなかつたので、その製品全部を廃棄したことがうかがわれ、記録に現われた爾余の証拠をもつてしても、覚せい剤を製造したとの事実を認めるに足りない。しかも右のように覚せい剤の主原料が真正の原料でなかつたため、覚せい剤を製造することができなかつた場合は、結果発生の危険は絶対に存しないのであるから、覚せい剤製造の未遂罪をも構成しないものというべきである。してみれば、原判決はこの点において事実が誤認したものというの外なく、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて量刑不当の論旨に対する判断は後記自判の際これを示すこととし、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において次のように自判する。
原判決判示第一の事実に代るべき罪となる事実は、原判決判示第一の判示のうち「二〇回」とあるを「十六回」と訂正し、別表のうち(一)、(四)、(一一)及び(一六)に掲記する事実を削除するほか、原判決判示第一(別表を含む)と同一であり、右の事実は、常習の点を除き、原判決が判示第一の事実の証拠として挙示する各証拠及び被告人の当公廷における供述により、被告人が常習として本件犯行に及んだことは、被告人が短期間内に覚せい剤製造行為を反覆累行した事実によつて各これを認める。
右第一の事実及び原判決が適法に確定した判示第二の事実を法律に照らすに、被告人の各所為のうち、前者は覚せい剤取締法第四十一条の三第四十一条の二第四十一条第一項第三号刑法第六十条に、後者は覚せい剤取締法第四十一条第一項第四号第十七条第三項に該当するところ、情状により前者の罪については同法第四十一条の三後段を、後者の罪については同法第四十一条第二項をそれぞれ適用して、いずれも懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上各罪は刑法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから、懲役刑については同法第四十七条本文第十条により重い前者の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、罰金刑については同法第四十八条第二項により前者及び後者の各罪の罰金額の合算額の範囲内で被告人を懲役六年及び罰金五十万円に処することとし、原審における未決勾留日数の本刑算入につき同法第二十一条を、罰金完納不能の場合の換刑処分につき同法第十八条第一項を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。
なお、原判決判示第一の事実のうち別表(一)、(四)、(一一)及び(一六)の各事実は、前示のような理由で、犯罪の証明がないのであるが、これらの事実は常習犯たる一罪の一部として起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
(裁判長判事 岩田誠 判事 司波実 判事 小林信次)
弁護人日野久三郎外一名の控訴趣意
第一点原判決は事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
一、原審は前記の如く犯罪事実として被告人は共犯者二斗蒔良子、馬英河、立花新一等と共謀して昭和三五年一月より同年九月下旬迄に合計一一四、二五〇本の覚せい剤の製造と同年九月二十五日に覚せい剤三千本の譲渡を認定しているのであるがこのうち製造事実について事実の誤認を主張するものである。原審は本件中覚せい剤の製造数量については被告人、弁護人の主張によく耳を藉し慎重な審理をなし検察庁の主張を排して公訴事実の約半数に近い数量を認定したのであるが、それでも尚有罪の認定に必要な厳格な証拠が無いのに拘らず多量の覚せい剤製造の事実を認定しているのであつて、これは原審の取調べた証拠では認定し得ない事実であつて明かに事実の誤認がある。
二、原審は認定事実中、昭和三五年一月上旬に三回に亘つて計一九、〇〇〇本を被告人方自宅において製造したとあるが一月中には覚せい剤と称するものは製造されていない。又この事実については被告人が共犯者の誰と製造したかは摘示していないが公訴事実には二斗蒔良子が共犯者として摘示されているから被告人と二斗蒔と二人が製造したという趣旨であろうと解するのであるが、然し一月中の製造にかかるとする計一九、〇〇〇本は覚せい剤ではない。これを製造したという事実、それが覚せい剤であつたとする直接証拠及補強証拠は全記録の何処をみても存しない。
アンプル業者の島崎徳太郎から空アンプルが被告人方に送附されたのが一月八日頃からであることは判明するが一月中は覚せい剤製造の準備期間であつたとみるのが相当である。即ち被告人がアンプルを注文し、原粉末を入手し、容器等の設備をなした期間であつて覚せい剤と言われるものはまだ製造の段階には至つていなかつたのである。一月中に覚せい剤を製造したとする証拠は二斗蒔の虚偽の自白による供述、空アンプルの配付伝票による事実に適しない島崎の供述等に因るものであろうがこれ等の証拠が全く措信できないものであることは二斗蒔に対する東京高等裁判所の審理によつて歴然と証明されている。
被告人の製造にかかる覚せい剤を購入した者の中、谷川鉄三郎は二月初頃であつたと言い(記録二三八丁)長島よねも同じく二月初頃であると言い、池谷たけは二月中旬が最初であつたと云つている。(二四五丁、二五七丁)この様に被告人のところから覚せい剤が他に流れたのは二月初旬頃が最初であつて一月中は流通していないのである。流通していないのは一月中に買入がないこと、買入がないことは製造していないからに他ならないのである。一月中に製造したと推測される証拠としては被告人の供述のみであるが、このことは一月に製造したものが、原末調合の失敗から所謂水と称する不良品であつたが為に廃棄している事実からして事実に反するもので一月中は覚せい剤は製造されていないのが真相である。二斗蒔が共犯者として摘示されているが同人は被告人が覚せい剤を製造しているのを知つたのは一月末か二月初であつて一月中に製造したことは知らないし、製造行為自体何等の共犯加工をしていないのであつて共犯者でもないし、二斗蒔の供述から一月に製造したとの補強証拠としての供述は得られていないのである。更に又被告人の供述する如く最初の製品が不良品であつて水であつたとする主張を覆してそれは覚せい剤取締法に云う覚せい剤であるとの証拠は全く存しないのである。そうすれば本件においては被告人が製造したものが覚せい剤であるとするからには物的証拠は伴わないけれども買人の存在を認め得る二月以降からのものに限られるのであつて、二月以降に如何程の数量のものが製造されているか、それが覚せい剤であつたとする証拠が存在するか否かを確定しなければならないのである。結局一月中には覚せい剤は製造されていないのである。それにも拘らずこれを認定した原判決は自白に対する補強証拠の規定(憲法第三八条、刑事訴訟法第三一九条)及証拠によらずして事実を認定した違法を犯したものと云わざるを得ないのである。
三、二月中に製造した数量として二月上旬に七、五〇〇本、中旬に七、五〇〇本、下旬に七、五〇〇本計二二、五〇〇本とされているが、この内被告人は二月初の原末一〇〇gは不良品であつた為廃棄したと供述しており、中旬の一〇〇g、七、五〇〇本分はアンプル交換用に使用したもので製造はしていないと供述(九二四丁)して製造の事実を否定している。これに対し被告人の主張を覆すべき確たる証拠は何も無い。僅かに買人の供述があるが、これとても二月から五月迄の長期間に僅か一、五〇〇本程度の購入であつて、その時期については不特定であり、これを以て全体の証拠とするには十分でない。そうすると二月中の製造にかかる二二、〇〇〇本もそれだけの数量のものを製造したということ、それが果して覚せい剤と云えるものであるかどうか、この点についての証拠による証明は不十分であると云わざるを得ないところである。
四、被告人は本件覚せい剤製造事犯において、総数約十一万本造り内三五、〇〇〇本相当が不良品、廃棄処分品であつて結局売却した数量としては約七二、〇〇〇本位と供述している。又共犯者の馬英河は約六五、〇〇〇本位を製造したが内二九、〇〇〇本が不良廃棄処分品であつたから覚せい剤として流れたものは約三六、〇〇〇本位であると述べ、立花新一は約四二、〇〇〇本位を製造したが内一二、〇〇〇本か不良廃棄処分品であつたから覚せい剤としては約三〇、〇〇〇本位であると述べている。(五二七丁)被告人及び馬英河、立花新一の各供述を綜合するとき、被告人の主張する如く覚せい剤として製造された数量は約七〇、〇〇〇本乃至七二、〇〇〇本前後でなかろうかと思料される。そうすると原審の認定した一一四、二五〇本から一月分の一九、〇〇〇本と二月分の二二、〇〇〇本合計四一、〇〇〇本を控除すれば七三、二五〇本となる。このことは原審認定の事実と被告人の供述による処分数量を差引いた数量と、捜査当初より被告人の主張が他の共犯者或はアンプル伝票等による各証拠の整理、調整前より、製造本数は八万本前後であるということ後に七二、〇〇〇本が覚せい剤として法の裁きを受けるに価する数量であると供述していることと奇蹟的に一致する数字を示している。結局本件については被告人が最もその真相を知るものであつて、被告人の主張に素直に裁判の眼を注ぐことが真実発見の要諦であつて被告人の主張が真実の声であることを十分措信して頂きたいのである。
(その他の控訴趣意は省略する。)