東京高等裁判所 昭和36年(う)443号 判決
被告人 ヘンリー・イー・シヤープ
〔抄 録〕
所論は、原判決には原判示第一の強姦致傷の犯罪事実につき被告人シヤープ(ヘンリイ・イー・シヤープ)には原審相被告人デイー(ボール・エイ・デイー)との共謀に基づく罪責ありと認定した点につき、理由不備の違法があり、仮に右理由不備の違法がないとしても、右の如く認定した点につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
よつて按ずるに、原判決挙示の被告人シヤープの罪責認定の証拠の内容を仔細に点検すると、被告人シヤープが、原審相被告人デイーと共謀の上、原判示強姦致傷の所為に及んだのではないかということを窺わせる各供述記載や情況が存在するのであるが、しかしながら、確実に右共謀があつたということを認定するに足る資料があるとするには欠けるものがあるという憾みがあるから、ひつきよう原判決には証拠理由に不備があり、この点についての所論には理由があるといわざるを得ないし、なお、原判決挙示の証拠並びに、記録に徴すれば、原判示第一事実に関する以下の事実、すなわち被告人シヤープ及び原審相被告人デイーは、昭和三十五年六月十二日原判示第一に認定されているような行楽の一日を過ごしてから、同日夜九時過頃、デイー運転の自動車で、座間基地の途中、厚木市酒井二千二百番地の三、下酒井バス停留所附近に差しかかり、たまたま同停留所でバスを待合わせ中の被害者(当時十四才の女学生)を認めたが、その際被告人シヤープは同女を十五才前後の小さな女学生と認識したこと、被告人とデイーはその直後自動車内で、右少女と性交をする目的で談話を交わした上、右バス停留所から約二百米座間方面に進行した地点で、デイーは自動車を降り、バス停留所で依然バスを待合わせ中の被害者に近づき、同女が危険を感じて逃げ出したのを捉え、同所北方約四米の麦畑内に連れ込み、同女の口を塞ぎ或いは頭部を手拳で数回殴打した上その場に押し倒し、ズロースを剥ぎ取る等の暴行を加え、極力抵抗する同女の反抗を抑圧した上強いて姦淫したこと、被告人シヤープはその間右自動車を運転して右犯行の行われている附近の道路を往来していたが、デイーの口笛に応じて自動車を停めて右犯行現場に至つたところ、そのとき被害者は腰の上までスカートがまくれ、胴から下半身は完全な裸身のままで麦畑中に仰臥し、身うごきもせず、うちのめされたような状態であり、デイーはその傍に膝立ちしズボンにボタンをかけシヤツの裾をズボンの中に入れようとしていたことを発見したこと、被告人シヤープはかかる光景を発見し直ちにデイーが右少女を暴力によつて姦淫したものであるということをさとつたのであるが、もともと前記デイーとの談話により少女と性交をするという目的をもつていたので、その場の状態を利用し自分も姦淫行為を遂げようと考え、デイーの暴行により抗拒不能に陥つていた少女の上に乗りかかり姦淫を遂げたこと、被害者は処女膜裂創及び全治五日間を要する頭部打撲、右膝関節捻挫等の傷害を蒙つたが、それは専らデイーの暴行に因由する傷害であつて、被告人シヤープの与えた傷害ではないこと等を各認め得る反面、原審が認定した如き共謀の事実が存在したということについてはこれを確認し難いといわなければならないからひつきよう原判決には、共謀の事実を認定した点についても事実の誤認が存在するという疑があり、若し共謀の存在が認められないとすると、デイーに強姦致傷の罪責があることは明らかであるけれども、被告人シヤープはデイーの犯行終了後現場に至つたのであるし、その姦淫行為の際自ら暴行とか脅迫を用いたという証拠もないという点からいつて、同人が刑法第百八十一条第百七十七条第六十条の犯罪をなしたものであるということは否定されることになるから、結局、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。もつとも、それでは、被告人シヤープには何らの罪責がないかといえばそうはいえないのであつて、すなわち、前段認定に従えば、被告人シヤープはデイーとの自動車内における談話により少女と性交をするという目的をもつていたことは明らかであるし、デイーと少女のいる麦畑内の現場に赴いた際発見したのは、とりも直さず被害者が暴力によつて姦淫され、抗拒不能の状態となつて地上にあられもない姿態をさらしていた光景であつたのであるが、被告人シヤープは少女が右事由により抗拒不能の状態にあるということを察知しながらも、かかる無ざんな状態に対しても辟易することなく、却つてこれを利用して前記目的のとおり被害者を姦淫したものと認められる点からいつて、同人に対しては少くとも刑法第百七十八条所定の「人の抗拒不能に乗じ姦淫した」という罪の成立を認むべきものであるといわなければならない。被告人はこの点に関し「当時酔つて判断力を失つていないとすれば、少女の傍に行つたとき様子がおかしいと思つただろうし、今度の様なことは起らなかつたと思う」という趣旨の供述をしているが(検察官に対する昭和三十五年六月三十日付供述調書)、他の証拠によれば被告人は当時右事態についての判断を誤る程深く酔つていたとは認められないのであるから、却つて被告人は酒の勢をかりて少女の抗拒不能の状態に乗じ姦淫をしたというのが事の真相であると認めなければならないのであつて、酒に酔つていたから被害者がデイーの行為により、抗拒不能にあることを認識し得なかつたという弁解はもちろん、被害者が前記状態にあり被告人の姦淫行為に対し抵抗をしなかつたので情交の同意があるものと誤解したなどという弁解も許されないというべきである。なお、この点について被告人シヤープは検察官に対し「デイーに対して少女はねているのか失神しているのかと問うたところ、デイーは彼女は芝居を打つてねたふりをしているのだ、君も少し楽しんだ方が良いといつた」旨供述しているが、証拠によれば、被害者はデイーの暴行を受け殺されるかも知れないと思い恐怖のあまり身動きもできなかつたというのが事実であつて、被告人もその場の光景から被害者の抗拒不能の状態を認識していたと認められることは前認定のとおりであつて、それ故「少女は失神しているのか」という問を発したものと認められるのであるから、デイーがたとえ右のように答えたからといつて、それによつて少女は単に芝居を打つてねたふりをしているに過ぎず、被告人に対しては性交をすることを許していると誤解したなどと弁解することは許されないというべきである。
これを要するに、以上説明のとおり、原判決には所論の如き理由不備の違法ないし判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の違法があるので、爾余の論旨につき判断するまでもなく原判決は破棄を免れないと認め、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号第三百八十二条に則り原判決を破棄すべく但し本件については、当審において検察官から被告人シヤープの所為は「被害者の抗拒不能に乗じ姦淫し、よつて同女に対し処女膜裂創等の傷害を与えた」刑法第百七十八条第百八十一条該当の犯罪である旨の訴因、罰条の予備的追加の申立があつたので、当裁判所は右予備的訴因と本位的訴因との間には事実の同一性があり、被告人の防禦権に実質的な不利益を及ぼす惧れがないと認めてこれを許容した上、刑事訴訟法第四百条但書により、右追加された訴因に基づき更に左のとおり判決する。
罪となるべき事実
被告人は昭和三十五年六月十二日午後九時過神奈川県厚木市酒井二千二百番地の三、下酒井バス停留所附近において、高橋ヤエ子(当時十四才)が被告人の友人で原審相被告人であるボール・エイ・デイーのため暴力をもつて強いて姦淫され、恐怖の余りその場に仰臥したまたま抗拒不能の状態にあるのに乗じて姦淫をしたものである。
証拠の標目(省略)
因に、検察官は前記予備的訴因についても、被告人シヤープの所為による致傷の事実の存在を主張しているが、前段説明のとおり、これを認めるべき証拠はない。従つて被告人シヤープの本件所属は、いわゆる親告罪であるから、適法な告訴を訴訟条件とするのであるが、記録中に存する高橋ヤエ子の司法警察員に対する供述調書(昭和三十五年六月十二日付)同人の実母高橋センの司法警察員に対する供述調書(同年六月十二日付)、同人の検察官に対する供述調書(同年六月二十七日付)によれば、法定の要件を具えた告訴がなされていることを認め得るから、本件には訴訟条件に欠けた点はないと認むべきである。
法律に照らすに、被告人の所為は刑法第百七十八条第百七十七条に該当するところ、被告人は現時年令満二十才に達しているので、定期刑を科すべきものとし、所定刑期範囲内において被告人を懲役二年に処すべく、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十三条により主文第三項のとおり被告人に負担させるべく、追加訴因のうち傷害の点については、犯罪の証明がないので被告人は無罪たるべきものであるが、前記認定事実と一罪をなすという関係において審判を求められたのであるから、主文において特に無罪の言渡しをしないものとする。
(三宅 東 井波)