東京高等裁判所 昭和36年(う)85号 判決 1961年4月26日
控訴人 検察官
被告人 仲川俊男
弁護人 山口安憲
検察官 坂本杢次
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
理由
本件控訴の趣意並びにこれに対する答弁は、それぞれ、末尾に添付した大森区検察庁検察官事務取扱検事富田正典作成名義の控訴趣意書と題する書面並びに弁護人山口安憲作成名義の控訴趣意書に対する答弁書と題する書面及び控訴趣意書に対する補充答弁書と題する書面に記載してあるとおりであるから、これらについて、対比検討の上、次のように判断する。
被告人は、(1) 昭和三四年四月一日横須賀簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月、三年間執行猶予の判決を言い渡され、この判決は、同月一六日確定したが、更に、(2) 昭和三五年九月九日渋谷簡易裁判所において右執行猶予の期間中におかした窃盗、横領罪により懲役一年、四年間執行猶予(保護観察付)の判決を言い渡され、この判決は、同月二五日確定したものであるところ、右(1) の刑の執行猶予期間中であり、かつ、(2) の判決の言渡後でその確定前である同月二二日頃また本件の窃盗をおかし、同年一二月二一日この罪により懲役一年、四年間執行猶予(保護観察付)なる原判決の言渡を受けたことは、記録上明らかなところである。従つて、右(2) の判決の罪と原判決の罪とは、刑法第四五条後段の併合罪の関係に立つものである。そして、確定判決を経た罪が刑法第二五条第二項による執行猶予を言い渡されたものである場合でも、これと同法第四五条後段の併合罪の関係に立つ罪について重ねて同法第二五条第二項による執行猶予を言い渡すことは、妨げないところである。ただ、かかる場合、右刑法第二五条第二項に「一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受け」と規定されているところから、検察官所論のように両者の言渡刑期を合算したものが一年以下であることを要するものとすることは、文理にのみ捉われた見解であり、右規定の精神に副わない所論であるから採択することはできないのであるが、両者の罪が同時に審判されていたならば、一括して一年以下の懲役又は禁錮をもつて処断されるような場合であつて、かつ、同条項の規定するように情状特に憫諒すべきものがあることを要し、しかも、これをもつて足りるものといわなければならない。しかるに、本件においては、被告人は、さきに渋谷簡易裁判所において刑法第二五条第二項により懲役一年、四年間執行猶予(保護観察付)の判決を言い渡され、その十数日後に更に本件の犯行をおかしたものであつて、かかる事実や原審及び当審の審理に顕われたその他のあらゆる事情を考量しても、被告人には、本件につき右にいうような量刑上の措置を採ることを相当とする情状あるものとはみられない。従つて、本件につき重ねて同条項を適用して被告人に懲役刑の執行猶予を言い渡した原判決は、右の点に関する考慮に欠ける所があつたため量刑を誤つたものといわなければならない。従つて、検察官の論旨中、法令適用の違背に関する部分は、理由がないが、量刑の不当に関する部分は、理由があり、これに反する弁護人の論旨は、容認することはできない。よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項により、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、当審において更に判決をすることとする。
そこで、原判決が認定した事実を法律に照らすと、被告人の所為は、刑法第二三五条に該当するが、被告人は、昭和三五年九月九日渋谷簡易裁判所において窃盗、横領罪により懲役一年、四年間執行猶予(保護観察付)の判決を言い渡され、これは、同月二五日確定したものであつて、この罪と本件の罪とは、刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により、未だ裁判を経ない本件の罪につき更に処断することとし、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処することとし、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書に従い、これを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道 判事 堀義次)
検察官富田正典の控訴趣意
原審裁判所は、罪となるべき事実として公訴事実のとおりの事実を認定し「被告人を懲役一年に処する。但し四年間右刑の執行を猶予する。被告人を右期間中保護観察に付する。」旨の判決を言い渡したが、右判決には法令適用の誤りがあつてその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、且つ、量刑軽きに過ぎ到底破棄を免れない。
一、被告人は(1) 昭和三四年四月一日横須賀簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月、三年間執行猶予の判決言渡を受け、その執行猶予期間中さらに窃盗横領罪を犯し、(2) 昭和三五年九月九日渋谷簡易裁判所において懲役一年、四年間執行猶予(保護観察付)の判決を受け、該判決は同月二五日確定したが、被告人は、(1) の刑の執行猶予期間中であり、(2) の判決の言渡後確定前である同月二二日にさらに本件窃盗罪を犯し、原判決の言渡を受けたものであつて、右(2) の確定判決と原判決の罪とは、刑法第四五条後段の併合罪の関係に立つものである(前科回答書記録三〇丁三一丁)。一般的に言つて、右のように確定判決の罪と併合罪の関係にあるいわゆる余罪について、さらに刑法第二五条第二項によつて再度の執行猶予を言渡しうることについては異論がない。しかしながら同条項が、再度の執行猶予を「一年以下の懲役又は禁錮」の言渡の場合に限つた法意が、短期自由刑の弊害を顧慮する反面、刑期が一年を超えるような悪質なものについてまで再度の執行猶予を許容することは刑政を弛緩せしめるおそれがあると考えたからであることに鑑みるならば、本件のように、原判決と(2) の確定判決の刑とが合算して二年となるような場合にまで同条項の適用はなく、合算した刑期が一年以下の場合でなければならないと解すべきである(札幌高等裁判所昭和三四年三月三一日判決)。もし、しからずして、確定判決の余罪のみについて刑法第二五条第二項の要件を具備しておれば、前の確定判決についての量刑を何等考慮することなく再度の執行猶予を言渡しうると解するならば、同条項の予想した限度を超えた悪質な事犯にまで右制限を緩和することとなり、法の趣旨を著しく逸脱することとなる。原判決は、右条項の解釈を誤り、法令の適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れない。
二、刑法第二五条第二項が、再度の執行猶予を言渡しうる要件として「情状特に憫諒す可きものあるとき」と規定しているのは、同条第一項により、初度の執行猶予を付する場合に比し、情状についてもその要件を厳格にしたものと解すべきところ、被告人は(1) 前記のように、同種の犯行を反覆し、しかも本件は再度の執行猶予(保護観察付)の言渡を受けた直後に、さらに改めるところなく敢行したものであつて、保護観察付執行猶予によつても再犯を防止し得ないことを自ら証明したものであり、確定前ではあるというも実質的には刑法第二五条第二項但書に準じて考慮せらるべき場合であること、(2) 賍品は被害者に返還されたが、高額物件であり、その手口も巧妙大胆であること、(3) 被告人は独身であり、昭和三十五年九月九日再度の執行猶予を言渡され、釈放されて以来定職なく、一時東京都北区王子本町二の五の五実姉山口とみ方に厄介になつたものの、犯行数日前から新宿の安宿を転々としているうち、生活費に窮して本件犯行を犯したものであつて(記録二〇丁、二一丁)、更生意欲なく、且つ、適当な保護監督者も身近になく、再犯の危険が極めて強いこと、(4) その他一件記録に徴しても、本件において従来の場合に比し、本人の改善更正を保障すべき特別の事情があるとは認められないこと等を綜合すれば、本件は、刑法第二五条第二項所定の「情状特に憫諒すべきものあるとき」に該当するものとは到底考えられない。しかるに原審が、本件につき再度の執行猶予を言い渡したのは、右条項の解釈を誤り、法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるのみならず、量刑の点においても右犯情に照すに、本件は再度の執行猶予を附すべき場合でなく原判決は量刑軽きに過ぎ、失当であり、いずれの点においても破棄を免れ難いと思料する。
よつて原判決を破棄し、相当の判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。