大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(く)40号 判決

一件記録を調査すると、原審検察官は、昭和三十六年三月十日水戸簡易裁判所に対し、同日付の起訴状に被告人として「海野利得」と表示し、その本籍並びに住居として「那珂郡那珂町大字門部二、八五七」、職業として「農業」、生年月日として「昭和七年十二月五日生」とそれぞれ記載し、「被告人は、法定の除外事由がないのに昭和三十五年十二月二十九日午後二時頃常陸太田市木崎二丁目地内道路において中折式空気銃一挺を所持していたものである。」との公訴事実につき、罪名及び罰条を示して公訴を提起し略式命令の請求をなし、同裁判所は、右被告事件について、昭和三十六年三月十四日「被告人を罰金二千円に処する。右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。押収にかかる空気銃一挺はこれを没収する。」との略式命令を発付し、その謄本は、即日水戸区検察庁に送付せられると共に同年三月十六日適法に海野利得に送達せられたところ、同月二十五日に至り原審検察官から右起訴状に被告人として表示せられた「海野利得」は偽名であつて、その本名は「海野勉」であることが発覚したことを理由に右海野勉の住所は「那珂郡那珂町大字門部二八五七番地」であることを附記して正式裁判の申立をなし次いで原審第一回公判は、同年四月二十六日午前十時に開廷せられたが、右正式裁判請求書に附記せられた住居で右公判期日召喚状の送達を受けた海野利得は右公判に出廷した上、裁判官の人定質問に答えて、氏名は海野利得、年令は二十八年(昭和七年十二月五日生)職業は日立製作所国分工場鋳造課勤務の会社員、本籍と住居は那珂郡那珂町大字門部二千八百五十七番地と陳述し、更に、立会検察官の質問に対して、自分は昭和三十一年十二月二十四日から現在まで引続き日立製作所国分工場に勤務している、家は百姓であるが、自分はやつていない、そして、自分は海野勉という名前を使つたことはない、海野勉は近所におり、同人は家業である農業の手伝をしている、同人も日立製作所水戸工場に勤めたことがあるが、詳しいことは判らない旨を答えると共に、裁判官の質問に対しても、海野勉は本名以外に海野利得という別名を使つたことはなく、また世間一般から海野利得と思われていることもなく、現に実在している人間である旨答えたので、立会検察官は、本件で起訴された前記「海野利得」は被偽名者であつて、本件公訴事実について審判の対象となる被告人は海野勉であり、同人の偽名により審判の請求をした被告人の表示に誤の生じたことを理由に前記起訴状記載の被告人の表示を「氏名海野勉」と変更したほか、「年令二十八年(昭和八年二月二十五日)、職業、農業、本籍及び住居、那珂郡那珂町大字門部二八三四」とそれぞれ変更した上、右海野勉について改めて審判の請求をする旨の陳述をしたことが認められる。

即ち、以上の経過に徴すれば、原審検察官が本件略式命令に対し正式裁判の申立をした当時においては、同検察官は、前記起訴状記載の「海野利得」は、海野勉の偽名であつて、右「海野利得」こそ海野勉本人であると信んじていたものであるところ、原審第一回公判に出廷した右「海野利得」に対し裁判官及び立会検察官からそれぞれ質問がなされた結果、「海野利得」は被偽名者であつて同人と海野勉は別人であることが判明したため、立会検察官は、改めて、本件公訴事実について、右海野勉に対し審判の請求をするため、本件起訴状記載の被告人の表示及びその生年月日、職業、本籍並びに住居等についてこれが変更を求めたことが窺われるのである。しかし、当初起訴せられた被告人の氏名が偽名であつたことが判明したような場合はともかく、本件の場合のように、起訴せられた被告人が、何らかの理由で、検察官が起訴した被告人と齟齬していることが判明し、右両者が全く別人であつて人違いであつたことが明らかとなつたような場合に、右検察官が起訴した被告人について改めて審判を求めるため、起訴状の被告人の表示を訂正し、併せて従前の生年月日、職業、本籍及び住居の各記載の変更を求めることは、刑事訴訟法第二百五十六条第二項第一号、刑事訴訟規則第百六十四条第一項第一号の各規定の趣意に鑑み許されないものと解するのが相当である。そして、所論の当裁判所の判例は、偽名を使用して起訴せられた被告人本人が、元来検察官において被告人として起訴した者と同一人であつた場合のものと解せられるから本件に適切なものとはいえない。果してしからば、右と同趣旨の下に、原審検察官の本件起訴状訂正の申立を却下した原決定は正当であつて、本件抗告は理由がないものといわなければならない。

(下村 高野 松本)

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