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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1052号 判決 1962年5月30日

控訴人 ジヨージ・イー・オルコツト

被控訴人 本井錬一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和三四年一月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は、控訴人が当審において甲第一六号証を提出し、当審証人榎並昭、同斎藤迪孝の各尋問を求め、被控訴人が右甲第一六号証の成立を認めたほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし「平担地」とあるのは「平坦地」の誤記と認める。)

理由

当裁判所も、原審と同じく、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却を免れないものと判断する。

その理由は、原判決一〇枚目裏第一行目「そして以上認定の事実」以下同一二枚目裏第八行目までに示された判断を次のように改めるほかは、すべて原判決理由記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし、「平担地」とあるのは、前同様誤記と認める。)

「ところで、右集中豪雨の雨量に堪え、本件事故の発生を阻止できるような擁壁を本件現場に構築することが、右事故当時の技術水準において不可能であるとすれば、本件事故の発生そのものは不可抗力というほかなく、本件擁壁の景況が特に右事故による損害を多からしめたというような事情のないかぎり、被控訴人に損害賠償の責を負わせる余地のないことは論をまたない。しかしながら、仮りに事故当時の技術水準から見てこれが可能であるとしても、この一事から直ちに被控訴人に民法第七一七条の賠償責任があると速断すべきではなく、たとえば、前記集中豪雨の如き雨量が常識上到底予想できないところであつて、これに堪え得るように擁壁を構築し若しくは修補することを一般に期待し得ない場合、或は、右雨量は必ずしも予想し得ないではないが、当該場所に右のような擁壁の構築若しくは修補を要求することが社会的に見て(右の如き雨量を伴う豪雨の頻度と前記のような擁壁構築修補の費用が、当然斟酌されなければならない。)相当でない場合には、いずれも同条の適用はないものと解すべきである。何故ならば、同条にいう工作物の『瑕疵』とは、工作物所有者の過失に基くものであることを必要とはしないけれども、社会通念上具備を期待し得べき性能ないし安全性の欠缺を指称するものだからである。

然るに、成立に争のない甲第一六号証、原審鑑定人榎並昭、同斎藤迪孝の各鑑定の結果、原審並びに当審証人榎並昭、当審証人斎藤迪孝の証言、原審における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、本件擁壁の崩壊は、前記集中豪雨により雨水が擁壁上方及び下方の各斜面から地下に浸透した結果、擁壁を含む周辺の土の重量が増大すると同時に、辷り面の位置の剪断抵抗が滅少して擁壁基盤下の土砂が広範囲にわたり崩壊流下したものであるところ、前記雨量に堪え右のような崩壊を防止するに足りる擁壁を本件現場に構築することは、本件事故当時の技術水準からすれば不可能ではなく、また、右雨量は必ずしも常識上予想し得べき限度をこえたものではないことを認めるに足りるけれども、更に進んで、本件擁壁を前記雨量に堪えるように改築修補することが一般に期待し得べきところであることを肯認するに足りる証拠はない。むしろ、前示各証拠を綜合すれば、本件擁壁の本体コンクリート部分の設計施工に不備の点はなく、コンクリート打ちの不良個所が一部あるけれども本体の強度に決定的な影響を与えるという程のものではなかつたこと、周辺の排水に関し、崖上建築物の部分に降下した水については別に排水溝を設け、擁壁裏面の水については直径約三七ミリの排水孔若干が壁面にあけられていたこと、右擁壁の基礎の位置、擁壁下の辷り面に対する処置、右排水孔の数及び直径、孔裏のフイルター層の設置等につき最近の進歩した技術から見て不十分な点はあるが、擁壁を含む斜面の安定に関する土質力学の未発達であつた昭和六、七年頃設置されたものとしては、技術上要請される最少限度のことはしてあつたと見てよいこと、その後本件事故が発生するまで擁壁に別段の異状は認められなかつたこと、現在の技術水準のもとで本件擁壁を前記雨量に堪え得るように構築又は補修するとすれば、排水孔の数及び直径を多くし、孔裏のフイルター層を十分にするだけでなく、更に、ボーリング、土質試験等により斜面の辷り面を推定した上擁壁の基礎を右辷り面よりも深くし或は擁壁の下に杭を打ち、また、斜面に降下した雨水の地下浸透を防ぐに足りる被覆を行う等の諸処置が必要であること、然るに、このような万全の処置は、鉄道関係の構築物等特に念入りな工事の場合はともかく、屋敷内の擁壁等については、主として擁壁関係の仕事をしている者でないかぎり、建築技術家でもやらないのが普通であることがそれぞれ認められ(原審証人小泉安則の証言、右証言により真正に成立したと認める甲第一〇号証、原審証人大窪一の証言、右証言により真正に成立したと認める甲第一一号証、原審証人勝俣勘太郎の証言中、それぞれ以上認定に反する部分は採用しない。)、これらの諸事実から判断すれば、本件擁壁は、社会通念上期待し得べき性能ないし安全性を欠いているとはいい得ないものと解するのが相当である。」

よつて、本件控訴は理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用につき民訴第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木禎次郎 川添利起 花渕精一)

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