大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1287号 判決 1962年7月19日

控訴人(原告) 藤田たき 外一名

被控訴人(被告) 安井誠一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、原判決を取り消す、被控訴人は東京都に対し金三五、一二〇、二五〇円を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の提出、援用、認否は左に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人等代理人において

一、原判決四枚目(記録三一九丁)裏二行目に「退職者は退職者としてみなされる者」とあるを「退職者または退職者とみなされる者」と、同八行目に「表彰規程第一条ハ」とあるを「表彰規程第一条は」と、同六枚目(記録三二一丁)裏九行目に「条第一四号」とあるを「条例第一四号」とそれぞれ訂正して陳述する。

二、原判決は法律の解釈を誤つた違法がある。

(1)  普通地方公共団体がその職員に対し法律またはこれにもとづく条例により義務として支給しなければならない給付のほかに如何なる給付をなすことが許されるかは、普通地方公共団体の本質、その在り方、住民の税金で主としてまかなわれる財政、その職員が常勤たると非常勤たるとを問わず公僕である等の諸点から、おのずと妥当にして合理的な制限が存したといわなければならない。

これを常勤の職員についていえば、当然前記の社会通念または地方自治法全体の精神から制限はあつたのであつて、たとえば、ボーナス、家族手当、住宅手当等々の名目はつけても、これらは実質的には権利として受け得る給付の一部であるに過ぎない。前法のもとにおいても、社会通念によつて給付体系に属すると目されない金員を自決事項として常勤職員に自由、無制限に支給し得たとは到底考えられない。

また、たとえ第二〇四条の二が設けられた改正法のもとでも、東京都がその記念行事等の際に職員に赤飯弁当をふるまい、あるいは一個四、五十円程度の記念品を給付することまでを禁ずる趣旨ではあるまい。

前法のもとにおいても第二〇三条、第二〇四条および第二〇五条により普通地方公共団体が義務として支給しなければならない給付以外の給付は、仮りに自決事項であるとしても、地方自治法の精神から生ずる当然の制限は存したのであつて、原判決がこれを無制限になし得たと判断しているのは、地方自治法全体の精神を見誤つたものといわねばならない。

(2)  かかる法律の解釈から出て来る当然の制限を超えた支給は、前法のもとにおいても当然違法であつたのである。

しかるに、明文が存しないためにこの法の精神を誤り法の全体的な解釈を誤り違法な支給が行われたことから、第二〇四条の二においてこれを明文化したのであつて、これはまさに確認的な規定である。

原判決が、改正法第二〇四条の二が常勤および非常勤の職員に適用されることを唯一の根拠として、これを創設的規定なりと断じたことは法律の解釈を全く誤つたものであるといわねばならない。

三、原判決は、普通地方公共団体に委任された行政事務の処理に関しては法令に特別の定めがある場合を除いては条例で定めなければならないが(法第一四条)、それ以外の事務についてはその必要はない、本件の金員は東京都が義務として支出したものではなく、被控訴人が知事として全く恩恵的に都議会議員等に贈与したものであるから、条例にもとづく必要のない支出であるというがこの解釈を押し進めて行けば、財政的負担となる如何なる支出も自由になし得ることとなり、かかる法律の解釈は許されない。

四、原判決は本件給付の性質を定めるについて、これが都知事の恩恵的給付であることを唯一の根拠としている。

しかし給付金の性質は、支払義務の有無のみによつて決せられるものではない。社会的意味や機能において退職金と何ら異なるところのないものは、その沿革が何であれ、また恩恵的なものか、あるいは義務的支出であるかを問わず退職金たる性質を失うものではない。要するに、支払う義務のない退職金を被控訴人は支給したのである。そして、これが都議会議員に支払われ、かつ実質的には報酬に類する給付と異るところのないものである以上、当然議会費をもつて当てられなければならない。この点において原判決は事実の認定を誤つたものといわねばならない。

五、(1)贈与規程第三条の削除時の昭和三一年二月二七日には、来るべき第二四国会において地方自治法が改正されることは(この動きは既に昭和二七年頃からあつた)既に確実となつており、改正の暁には議員に退職金や慰労金名目の金員を給付できなくなることは、被控訴人はじめ関係者は知悉していたのであるから、将来の予算措置の円滑を計る必要等些かもなかつたし、本件給付自体予算措置を全く無視して行われたのである。

(2) また再選議員に給付できなくなることは不公平だということはかえつて地方自治法の改正を予期したものであるからにほかならない。贈与規程第三条が削除されたのは、再選議員に対し慰労金の支給を強行するためのものであることは疑なき事実である。

(3) 控訴人等が権限の乱用だと主張するのは単に予算の流用それ自体を云々しているのではない。支出そのものに――たとえそれが恩恵的贈与であつても、東京都の財政上の負担となる片務契約である以上――議会の議決を経べきであり、これを経ずして被控訴人がかかる支出を単独で行うことは、まさに権限の乱用といわねばならない。

(4) 要するに控訴人等は、地方自治法の改正を目前にして贈与規程の改正を強行し、何ら予算に計上されていない多額の金員を議会に計ることもなく、法律に明文の禁止規定がないというだけで本件給付をしたということの全体を権限の乱用であると主張しているのに対して、原判決の判断は部分的観察にとらわれ、全体の判断を誤つたというほかはない。原判決の認めている妥当を欠く理由の総合としても違法性は十分に出て来るはずである。

六、要するに原判決の趣旨とするところは、本件給付は地方自治体の自決事項であるから、当、不当は別として違法性の問題を生ずる余地はなく、また被控訴人に不当な点はあつても権限乱用はないというにつきるが、法律に明文の規定がない限り地方自治体の長が如何なる支出をも自由になし得る権限を有するという解釈は全く地方自治体の本質を理解せず地方自治法の精神を曲解したものである。

と述べ、

被控訴代理人において

一、原判決八枚目(記録三二三丁)裏末行「慰労金に関すもの」とあるを「慰労金に関するもの」と訂正し、同一二枚目(記録三二七丁)表一行目「侵害」の次の「と」を削り、甲第三号証の成立を認めると補充して陳述する。

二、(控訴人等の二、の主張に対し)

控訴人等の見解は普通地方公共団体についてそれを拘束する法条の解釈と実際上の運営の仕方とを混同した前提に立つ論旨であつて到底首肯し難い。

普通地方公共団体としては、概括的な財政面についての実際上の制約とか、その地域内の住民に対する公約とかによつて、団体の職員についての義務としての給与、またはそれ以外の給与の支出に干しておのずから制限を受けるのは当然であるが、このことから直ちに法的な制限に違背しているか否かという支出の効力に関する論理は出てこないのである。

控訴人等は、地方自治法全体の精神という漠然たる表現をかりて当然の制限があるとし、地方自治法第二〇四条の二という具体的な法条の解釈を左右せんとするが、このような論旨が許されるならば、地方自治法自体について敢て詳細精密な二九七ケ条に及ぶ法条は不必要となるのであつて、制限という以上その基準ないし限界が示されねばならないのである。

三、(控訴人等の三、の主張に対し)

原判決のいう自決事項であつても、それは法的にみて条例に定めなければならないものではなく、かかる意味合において自由で制限がないということであつて、決して全く何らの拘束も基準もなしに義務としての給与以外の給与を普通地方公共団体の長の独断的恣意で決定できるものではない。左様なことをすれば、当然何らかの形で地方議会その他の指弾を受けるのは必定である。さればこそ、普通地方公共団体は自決事項についても内部的な基準を置いているのであり、本件金員についても東京都議会議員慰労金贈与規程にもとづいて支出されているのであつて、決して放任自在な措置によつたものではないのである。

四、(控訴人等の四、の主張に対し)

控訴人等のいう社会的意味とか機能ということが、経済的価値という立脚点に立つ主張ならば必ずしも反対ではないが、本件金員の性質如何ということの論評としては不適当であるといわなければならない。

法的判断においては、その支出の理由によつて当該金員の性質を確定するほかはないから、原判決の認定は誠に適正である。

五、(控訴人等の五、の主張に対し)

(1)  違法ということは正、不正の問題であつて、当、不当の問題ではない。個々の不当を如何程加算しても、直ちにもつて不正の結論は出てこないのである。

すくなくとも、それら個々の要素が一連のものであり、その間に必然的な因果関係があつて、それらを通じてある不正の意思が見出されない以上、違法は見出し得ないのである。

本件金員の支出については、再選以上の都会議員の既得権を守るとともに、従来の方法による再選以上の議員の死亡、辞職ないし任期満了による慰労金の累増を防止するための措置であつて、その間に何ら被控訴人について権限を乱用するという不正の意思はないのであるから、原判決の認定は正鵠を得ているのである。

(2)  控訴人等は本件金員の支出が多額であるにかかわらず、都議会にはかられていないことを挙げて権限乱用の理由としているが、そもそも普通地方公共団体の長という行政機関と地方議会という立法機関との権限から見て、控訴人等の主張自体間違つている。

自決事項として地方自治法によつて規定された権限にもとづいた具体的執行々為は、そのことを地方議会に上程して議決する要はなく、否寧ろ議決すること自体が違法として許されず、仮りに議決されたとしてもそれに根本的な違法があれば決して治癒しないのである。

地方自治法第二条、第九六条、第一四九条の関係に鑑み、地方公共団体が条例で特に議会で議決すべきものと定めていない限り、普通地方公共団体の長の持つ自決事項について地方議会は議決し得ないと解すべきである。

と述べた。

理由

当裁判所の判断は、次の点を附加するほか、原判決の理由に説示するところと同じであるからこれを引用する。

一、(控訴人等の二、の主張について)

普通地方公共団体がその職員に対して、法律またはこれにもとづく条例により義務として支給しなければならない給付のほかに、如何なる給付をなすことが法律上許されるかにつき、控訴人等主張の如く社会通念または地方自治法全体の精神から当然、明確な制限が存し、改正前の地方自治法のもとにおいても、右制限を超える給与の支給は違法であつたものと解することはできない。

改正前の地方自治法のもとにおいては、普通地方公共団体がその職員に対し、同法自体に定める給与以外に如何なる種類の給与を支給するかは、各普通地方公共団体において自由に決定し得たところであつて、地方自治法第二〇四条の二の新設により、普通地方公共団体がその職員に対して支給する給与は、法律またはこれにもとづく条例に根拠を有することが必要となり、これを欠く如何なる給与も支給することが禁ぜられるに至つたものであり、右法条は創設的な規定であつて確認的な規定でないことは原判決説示のとおりである。

二、(控訴人等の三、の主張について)

本件金員の支給につき条例にもとづくことを要すると解すべき法的根拠のないことは原判決説示のとおりである。改正前の地方自治法のもとにおいて、非常勤の職員については同法第二〇三条にもとづき報酬等は条例で定めることとされていても、条例にもとづかない他の給与を支給することは、適、不適の問題はともかく違法とはいえなかつたため、あるいは公明性を欠く給与の支給が行われる例も少くなかつたことが一因となつて、改正によりその明朗化、公正化がはかられるに至つたものであつて、適法か違法かの問題と適当か不適当かの問題は区別しなければならない。

三、(控訴人等の四、の主張について)

原判決の説くとおり、たとえ本件金員が社会的意味や機能から見て退職金としての性格を有するとしても、その法律的性質においてはその支給は義務として規定されたものではなく知事による恩恵的給付にほかならない以上、その者の権利として認められる常勤職員の退職金とはその性質を異にすること勿論であり、議員の権利たる報酬その他の給与の支給の場合のように議会費から支出することを要するものではない。

四、(控訴人等の五、の主張について)

(1)  贈与規程第三条の削除当時地方自治法改正の動きを被控訴人が全く知らなかつたとは考えられないが、その改正が確実となつていたとはいえず、したがつて将来の予算措置の円滑を計る必要が絶無であつたとはいえない。また本件金員支給の場合に予算の流用によりこれをまかなつたのは、原判決説示の事情によるものであつて、本件給付自体予算措置を全く無視して行われたというのは当らない。

(2)  地方自治法の改正に先立ち贈与規程第三条を削除し、その施行直前に本件金員の支給が行われたことは必ずしも妥当でないが、将来議員に対し慰労金の支給が不可能となることを予想して現議員に対する支給を強行するためにのみ行われたとは認め難く、これをもつて被控訴人がその東京都知事としての権限を乱用したことを肯定せしむべき事由となし難いことは原判決説示のとおりである。

(3)  東京都条例により金三〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の契約の締結については議会の議決を経べきことが要求されていても、本件給付は知事の権限にもとづき贈与規程に則りなされた恩恵的給付であつて、その支出につき議会の議決を経べきことは要求されていなかつたから、被控訴人が議会の議決を経ずして単独にこれを行つたことを権限の乱用というのは当らない。

(4)  控訴人等が指摘する事実を総合し全体として観察しても、原判決が斟酌すべき事情として認定した諸事実を考慮に入れると、本件給付が被控訴人の裁量権の限界を超え甚しく不当、著しく正義に反するものとして権限の乱用であり、違法であると解することはできない。

五、(控訴人等の六、の主張について)

本件給付は違法ではなく、被控訴人に権限の乱用はないとする原判決の判示は相当であつて、原判決の解釈が地方自治体の本質を理解せず、地方自治法の精神を曲解するものであるとする控訴人等の主張は到底採用に値しない。

よつて原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 福島逸雄 荒木秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例