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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)159号 判決 1962年5月30日

控訴人 原告 関東いすゞ自動車株式会社

訴訟代理人 馬場亀二

被控訴人 被告 株式会社江沢建材

訴訟代理人 牛島定

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二六万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和三四年八月九日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は、「本件手形は、被控訴人が昭和三四年五月五日訴外山本信次との間に、同人から砂利等の建築材料を買い受ける契約を締結し、その代金支払のため同訴外人に対し、これを振り出し交付したものである。しかるにその后、同訴外人がその義務を履行しなかつたため右売買契約は同年七月上旬頃解除され、その結果、本件手形は原因関係を欠き、右訴外人から被控訴人に当然返還さるべき関係になつたものである。」と述べ、

当審における新たな証拠関係として、控訴代理人は甲第三、第四号証の各一、二を提出し、当審証人山県敏郎、同山本信治、同高橋英男の各証言を援用し、被控訴代理人は当審証人山本信治の証言を援用し、甲第三、第四号証の各一、二の成立はいずれも知らないと述べた。

理由

(一)被控訴人が昭和三四年五月五日訴外山本信治にあて、金額二六万五、〇〇〇円、満期同年八月八日、支払地および振出地とも千葉市、支払場所株式会社千葉興業銀行と記載した本件約束手形一通を振り出し、控訴人は右訴外人からその裏書譲渡を受け現に右手形を所持していることは、当事者間に争がない。

(二)次に本件手形につき、控訴人が実質上権利を有するかどうかにつき按ずるに、成立に争のない乙第二ないし第四号証の各一、二、乙第五号証の一、乙第五号証の二の一、二、乙第六ないし第八号証の各一、二、並びに原審および当審証人山本信治、同高橋英男、当審証人山県敏郎の各証言(但し右高橋証人および山県証人の各証言中、後記採用しない部分を除く)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、前記訴外山本信治は、昭和三三年末頃、控訴人から二回にわたりダンプカー計二台を、代金一台につき各金二〇五万円で買い受け、その支払方法は、内一台の分については頭金二〇万円を現金で支払い残金は一八カ月の月賦とし、他の一台の分については、二〇カ月の月賦払とする旨を約し、その支払のために、右各月賦金に相当する額の約束手形を控訴人あてに振り出し交付したところ、昭和三四年五月頃以来、右手形のうち不渡になるものが生じたので、右訴外人は、その支払を担保するため、自己の所持する他人振出名義の約束手形数通を控訴人に裏書譲渡したが、そのうちの一通が本件手形であること、他方、右訴外人はその後、前記二台の自動車の修理を控訴人に依頼したが、前記代金残額並びに修理代等の支払ができなかつた結果、控訴人から右自動車二台を留置されるに至つたので、同年一〇月中、控訴会社の本社に赴き、控訴人を代理する権限のある係員(右係員は高橋三郎であると思われるが、その氏名は明確ではない)と折衝した末、結局、右訴外人は前記自動車二台を控訴人に返還し、控訴人は、その代りに右訴外人に対する前記自動車の未払代金および修理代等の債権全部を放棄し、これにより、同年一〇月末日をもつて右訴外人と控訴人間の債権債務は一切決済ずみとする旨の示談契約が成立し、控訴人は右訴外人より前記自動車二台の返還を受けたので、右訴外人に対する控訴人の債権は全部消滅するに至つたこと、以上の事実を認めることができる。しかして右認定の事実と右認定の資料に供した証拠によれば、前記示談契約の際、右当事者間においては、かねて控訴人が右訴外人から受け取つている手形は、本件手形も含め、すべてこれを右訴外人に返還する趣旨の黙示の合意があつたものであると認めるのが相当である。原審および当審証人高橋英男、並びに当審証人山県敏郎の各証言中以上の認定に牴触する部分は当裁判所の採用し難いところであり、また前顕各証拠と対照するときは、弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第三、第四号証の各一、二、その他本件に顕われたすべての証拠によるも、未だ前段の各認定を左右するに足りない。

しかして、以上認定の事実によれば、控訴人は、本件手形につき単にその原因債権だけでなく、手形上の権利自体をも放棄したものであり、しかも前記認定事実および前顕各証拠によれば、控訴人は爾後本件手形上の権利一切を行使しない趣旨であつたことが推認できるから、控訴人は単に前記訴外人に対する権利だけではなく、振出人たる被控訴人に対する権利をも放棄したものと解するのが相当である。しからば、被控訴人に対し本件手形金の支払を求める控訴人の本訴請求は、すでにこの点において失当として排斥を免れないものといわなければならぬ。

(三)そればかりでなく、本件においては、さらに次の如き事実が認められる。すなわち、原審および当審証人山本信治、原審証人花島勝夫の各証言並びに原審における被告会社(被控訴人)代表者本人尋問の結果によれば、本件手形は被控訴人が、昭和三四年五月五日前記訴外山本信治との間に締結した砂利の売買契約に基き、その代金の前払のために振り出したものであるところ、右売買はその後右訴外人の債務不履行のため適法に解除されたものであり、したがつて振出人たる被控訴人には、右手形につき、なんらの原因債務も存在しないものであることが認められるのである。

ところで、かように原因債務が存在しないという事由は、単なる人的抗弁にすぎず、したがつて、その後第三者が右手形を取得した場合は右抗弁は遮断され、もはや右取得者に対抗できないのが本則であることは、いうまでもない。(手形法第一七条、第七七条第一項)。しかし元来、法律が人的抗弁の遮断を認めたのは、手形取得者の利益の保護を目的とするのであり、したがつて、もし手形所持人が当該手形につき自己固有の経済的利益を有しないときは、これに右の如き保護を与えるのは無意味であるから、かかる場合は抗弁遮断の利益を受け得ないものと解するのが相当である。しかして前記(二)で認定した事実によれば、控訴人は、本件手形について、これを保有すべき自己固有の経済的利益を有しないものであることが明らかであるから、前段説示の理論に照らし、控訴人は抗弁遮断の利益を受け得ないものであり、したがつて被控訴人は、前記の如き原因債務が存在しないという人的抗弁を控訴人に対抗し得るものというべきである。それ故、この点からするも、被控訴人に対する控訴人の本訴請求は、他の争点につき判断するまでもなく、到底失当たるを免れないものである。

(四)以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、結局相当というべきである。よつて本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、控訴費用につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 牛山要 判事 田中盈 判事 土井王明)

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