東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1627号 判決 1962年11月28日
控訴人 岡村良彦 外四五名
被控訴人 国
訴訟代理人 長野潔 外三名
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人等に関する部分を取消す、被控訴人は控訴人等に対し各金五万円及びこれに対する昭和三十二年十二月十八日から(ただし控訴人岡田正一については昭和三十三年三月二十日から)支払ずみとなるまで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上並びに法律上の陳述及び証拠の提出、援用認否は、控訴代理人において甲第十二号証の四乃至七を提出し、当審証人中野重治及び同平沢栄一の各証言を援用し、被控訴代理人において右甲第十二号証の四乃至七の各成立を認めると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表一行目に平沢英一とあるのは平沢栄一の誤記と認めるから、そのように訂正する)。
理由
一、世界青年学生平和友好祭は世界各国青年の平和と友情の祭典を標傍し、第二次世界大戦後主としていわゆる共産圏諸国が中心となり世界各国の青年学生に参集を呼びかけ、その第一回友好祭が昭和二十二年プラハで開かれ、以後隔年に共産圏諸国の首都で開催されてきたこと、昭和三十二年七月末からモスクワで第六回世界青年学生平和友好祭(以下平和友好祭と略称する)が開催されることとなり、右平和友好祭開催のため設立された平和友好祭国際準備委員会(以下国際委員会と略称する)から、同年四月中日ソ親善協会を通じ日本代表の参加が呼びかけられ、国内においては右平和友好祭参加のため第六回青年学生平和友好祭日本実行委員会(以下実行委員会と略称する)が結成され、代表委員平沢栄一外二名その他の役員が選出されたこと、その後同年五月中国際委員会から右実行委員会に宛て日本代表五百名を招待する旨の電報が入り次いで同年六月三日その招待状が届いたので、右代表委員等が外務省に赴き日本代表として五百名を送りたい旨の申入を行つたところ、その渡航者名簿の提出を要請されたため、実行委員会において五百名の人選をなし名簿を作成提出したこと、しかるに外務省においては関係各官庁と協議の結果、平和友好祭は共産主義宣伝の場に利用される虞が多く、かつ自由主義国家群に属する我が国より多数の参加者を送ることは外交上好ましくないこと、及び多数の者に外貨を割当てる余裕のないこと等の理由から、参加人員を五十名以下に制限しかつ学生及び公務員は参加させるべきでないとの方針が打出され、外務省当局は右方針に従い同月二十日移住局長内田藤雄より実行委員会の代表委員に対して、政府の方針として右の如き理由から五百名全員に対する旅券発給はできないから参加人員を五十名程度に縮少されたいと表明したこと、これに対し実行委員会はあくまでも五百名全員に対する旅券の発給を強く要求して折衝が重ねられたが、双方容易に譲らず次第に政治問題化したこと、その後同年七月十二日頃に至り政府は藤山外務大臣の就任を機に百五十名の渡航を認めることに決定し、内田移住局長より実行委員会にこれを伝え、同月十六日に至り漸く実行委員会側においても代表委員平沢栄一等は一応これに従うこととし、結局更に通訳及び医療関係者五名を加え渡航者を百五十五名とし、その人選は実行委員会に一任するということで妥結するに至つたこと、そこで実行委員会は翌十七日前記五百名中から更に百五十五名を人選し、右百五十五名の者は同日外務省に対し一般旅券発給申請書を提出して旅券の発給を受け平和友好祭に参加したが、当初の入選による五百名中右百五十五名の人選に洩れた控訴人等を含む三百四十五名は正規の旅券発給申請を行うに至らず、遂に平和友好祭に参加することができなかつたこと、その間における外務省当局と実行委員会との交渉経過その他右に至るまでの経緯、殊に内田移住局長は渡航人員が多数の場合そのことが国の利益を著しく害し旅券法第十三条第一項第五号に当る場合もある等の説明を行つたことに関する当裁判所の認定は、すべて原判決の理由一及び二に記載されたところと同一であるからこれを引用する(ただしその認定事実の一部は原判決記載のとおり当事者間に争がない)。
二、ところで控訴人等は外務大臣等は旅券法第十三条第一項第五号に藉口して故意に渡航人員の制限を強い、控訴人等の平和友好祭に参加する権利を侵害し控訴人等に損害を加えたと主張するので、控訴人等の主張するその根拠について逐次検討する。
(一)、控訴人等はまず、右旅券法第十三条第一項第五号の規定は外国への渡航の自由を保障した憲法第二十二条第二項の規定に違反する無効の規定であると主張するのであるが、右憲法の保障する外国渡航の自由も無制限に認められるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきであり、そして旅券発給を拒否することができる場合として、旅券法第十三条第一項第五号が「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」と規定したのは、外国渡航の自由に対し公共の福祉のために合理的な制限を定めたものと認めることができ、またその内容が控訴人等主張のように漠然としているということもできないから、右旅券法第十三条第一項第五号の規定が憲法第二十二条第二項に違反するとの主張は採用できない(昭和三十三年九月十日最高裁判所大法廷判決、最高裁判所民事判例集一二巻一三号一九六九頁参照)。
(二)、次に控訴人等は、外務大臣等は平和友好祭は共産主義宣伝の場に利用される虞があるというけれども、日本国民はいかなる思想信条を有し或いは有せんとしても、それは憲法第十四条の規定によつて自由であるから、外務大臣等の渡航人員の制限は右憲法の規定に違反すると主張する。しかし憲法第十四条は国民はすべて法の下に平等であつてその信条等によつて差別されないことを規定したものであるから、もしも外務大臣が旅券発給申請者の抱く信条の如何によつて差別を設け、それによつて旅券発給の許否を決定したのであれば、憲法第十四条の規定に違反することとなるであろうけれども、本件の場合のように一般的に渡航者の数を制限したことが、国民が法の下に平等であることを保障した憲法第十四条の規定に違反すると解すべきいわれはない。
(三)、更に控訴人は仮りに旅券法第十三条第一項第五号の規定が違憲でない止しても、右規定は旅券の発給を受けようとする個人についてその欠格事由を定めたものであるから、外務大臣等が控訴人等がその欠格事由に該当することを明示することなく概括的に渡航人員を制限したことは違法であると主張する。よつてこの点について考えてみるに、右旅券法第十三条第一項第五号の規定は旅券発給の欠格事由はこれをその申請書毎に判定すべきものとしたものであることは右規定の文言により明白であるけれども、他面、たとい個々別々には右欠格事由に該当しない者であつても、それらの者が、当時の国内的及び国際的背景の下に、或る程度以上の多数の集団をなし大挙して渡航するときは、右欠格事由に該当するに至る場合があるべきことはもちろんであるから、右欠格事由の有無は単に旅券発給申請者の経歴、地位、人格等の個人的な事項のみから判定すべきものではなく、その当時における国内事情や国際情勢、或いは同一目的で渡航しようとする者の多寡等あらゆる一般的な事情との関連の下にこれを判定すべきものであることはもとより当然であり、なお「日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞」とは、渡航先の外国においてそのような行為を行う虞というように狭く解すべきではなく、広くその者が外国に渡航すること自体が日本国の利益又は公安を害する虞ある場合をも含むものと解すべきであるから、外務省当局が一般的な事情をとりあげ概括的に渡航人員を制限したことは、それ自体が違法であると認めることはできない。もつとも控訴人等が旅券法に基き正規の旅券発給申請を行つたのであれば、外務大臣はその許否の処分を行うにあたつて前記のような一般的事情の考慮の下に各申請者毎に欠格事由の有無を判定すべきであるが、控訴人等を含む三百四十五名の者は遂に正規の旅券発給申請をなすことなくして終つたことは一に認定したとおりであり(なお控訴人等は前記の渡航者名簿の提出が旅券の発給申請にあたると主張するけれども、その然らざることは原判決の判断するところであつて、これを覆すに足りる資料はないから、この点に関する原判決の説示を引用する)、外務大臣は何ら旅券発給拒否の処分を行つていないのであるから、従つて個人別に欠格事由の有無を判定しなかつたことが違法であるということはできない。
(四)、そして更に控訴人等は、控訴人等には旅券法第十三条第一項第五号の欠格事由は存しないと主張するので、この点について検討する。
外務省当局が渡航人員を制限したのは、平和友好祭は共産主義の宣伝の場に利用される虞が多く、かつ自由主義国家群に属する我が国より多数の参加者を送ることは外交上好ましくないこと及び多数の者に外貨の割当を行う余裕のないこと等の理由によるものであることは一に認定したところであるが、右は旅券法第十三条第一項第五号を渡航人員制限の法的根拠とし、右の理由はその具体的根拠をなすものであることは、同様一に認定した内田移住局長の説明その他弁論の全趣旨に徴し明らかなところである。なお、原審証人松本儀郎の証言によると、外務省当局においては平和友好祭参加に対する自由主義諸国の態度について調査したところ各国の態度は概ね極めて消極的であつたことが認められ、この点からすると、外務省当局においては前記の見地から他の自由主義諸国と歩調を併せようとの考慮をも払つたことが窺われる(この点に関し、控訴人等が各国の参加人員として主張するところは、甲第三号証にこれに相応する記載があるけれども、右は実際の参加人員とは異るものであることが、成立に争ない甲第十五号証の一、同第十八号証の一、三等に徴し明瞭である)。
よつて右外務省当局の渡航人員制限の理由の当否について考えてみるに、世界青年学生平和友好祭が従来共産圏諸国の首都で開かれてきたものであり、特に、本件の場合の第六回の平和友好祭がモスクワで開催されるものであつたことは一に認定したとおりであるから、たとい右平和友好祭が平和と友情の祭典であつて、何ら政治的色彩のないものであつたとしても、これに付随して共産主義の宣伝がなされるのではないかとの予測を生ずるのは極めて当然であるから、かかる平和友好祭に多数の参加者を送ることの国内的影響の点並びに割当外貨の点はとも角として、右の如き共産圏において行われる行事に五百名乃至はそれに近い異例な多数の参加者を送ることが、自由主義諸国との友好関係に好ましくない影響を及ぼし、従来自由主義国家群の一員としてこれら諸国との友好関係の維持増進をはかることを外交方針の基調としてきた我が国の立場としては、そのことが著しく且つ直接に日本国の利益を害する虞があるものと外務省当局が判断して、渡航者の数を百五十五名に制限したことについては、その判断が果して妥当であるか否かについては異論も存するであろうけれども、その判断が恣意的であり又は判断の過程に著しい不合理があるとは到底認められないのであつて、かかる場合、右外務省当局の措置は違法とはいい得ないものと解すべきである。
してみれば、控訴人等がもしも旅券の発給申請を行つたならば、旅券法第十三条第一項第五号の欠格事由には該当せず、当然旅券の発給が許さるべきであつて、平和友好祭に参加することができた筈であつたと認めることは到底できない。
三、よつて外務大臣等が控訴人等の平和友好祭に参加する権利を不法に侵害し控訴人等に損害を及ぼしたとの理由により、被控訴人たる国に対しその損害の賠償を求める控訴人等の本訴請求は、他の争点について判断するまでもなく失当であつて、右請求を棄却した原判決は、結局相当であるから、本件各控訴は理由なきものと認めて棄却すべきものとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九十五条第九十三条第一項本文第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 牛山要 土井王明 今村三郎)
控訴人目録<省略>