東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1633号 判決 1963年5月29日
判 決
横浜市鶴見区生麦町字明神前一七番地の一
昭和三六年(ネ)第一六二九号事件控訴人
同年(ネ)第一六三三号事件被控訴人
(以下第一審原告と略称する)
麒麟麦酒株式会社
右代表者代表取締役
川村音次郎
東京都目黒区三田二四七番地
昭和三六年(ネ)第一六二九号事件控訴人
同年(ネ)第一六三三号事件被控訴人
(以下第一審原告と略称する)
日本麦酒株式会社
右代表者代表取締役
松山茂助
同都中央区京橋三丁目一番地
昭和三六年(ネ)第一六二九号事件控訴人
同年(ネ)第一六三三号事件被控訴人
(以下第一審原告と略称する)
朝日麦酒株式会社
右代表者代表取締役
山本為三郎
京都市伏見区竹中町六〇九番地
昭和三六年(ネ)第一六二九号事件控訴人
同年(ネ)第一六三三号事件被控訴人
(以下第一審原告と略称する)
宝酒造株式会社
右代表者代表取締役
田中豊
右四名訴訟代理人弁護士
清瀬一郎
同
内山弘
同
佐生英吉
同
田中慎介
東京都渋谷区上通四丁目三九番地
昭和三六年(ネ)第一六二九号事件被控訴人
同年(ネ)第一六三三号事件控訴人
(以下第一審被告と略称する)
ライナービヤー株式会社
右代表者代表取締役
野原光雄
右訴訟代理人弁護士
柴田武
同
花岡隆治
同
斎藤兼也
同
田宮甫
同
向山義人
右当事者間の不正競争行為差止請求控訴事件について当裁判所は次の通り判決する。
主文
一、第一審原告等の控訴(当審における第一審原告等の新たな請求を含む)を棄却する。
二、第一審被告の控訴を棄却する。
三、第一審原告等の控訴費用は同人等の負担とし、第一審被告の控訴費用は同人の負担とする。
事実
第一審原告等訴訟代理人は昭和三六年(ネ)第一六二九号事件について「原判決を次の通り変更する。第一審被告はその製造するアルコール含有飲料の容器、包装並びにその広告に、ライナービヤー、ライナー黒ビヤー、LINER BEER、ライナービヤー株式会社及びLINER BEER Co., LTD.の表示を為し、又は、これを表示したる商品を販売、拡布若しくは輸出してはならない。訴訟費用は第一・二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を、同年(ネ)第一六三三号事件について控訴棄却の判決を求め、第一審被告訴訟代理人は同年(ネ)第一六二九号事件について控訴棄却の判決を、同年(ネ)第一六三三号事件について「原判決中第一審被告の敗訴部分を取消す。第一審原告等の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも第一審原告等の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実及び法律上並に証拠関係の陳述は
第一審原告等代理人が
一、第一審被告はその製造するアルコール含有飲料の容器、包装並びに広告「LINER BEER CO., LTD.」にという表示を用いているから当審においてかかる表示を用いないようにこれが禁止を求める。
二、原判決事実摘示中原判決六枚目(記録一九丁)裏一二行目に「原告日本麦酒株式会社」とあるを「原告日本麦酒株式会社及び原告朝日麦酒株式会社両社の前身である大日本麦酒株式会社は」と訂正する。
三、(証拠関係―省略)
と述べ、
第一審被告代理人は
(証拠関係―省略)
と述べた外原判決の事実摘示の記載と同一であるからこれを引用する。
理由
当裁判所も第一審原告等の本訴請求は第一審被告に対し「その製造するアルコール含有飲料の容器、包装並びにその広告に「ビヤー」という表示をなし又はこれを表示した商品を販売拡布してはならない」という限度においては正当としてこれを認容すべきであるがその余は失当として棄却すべきものと判断するものであつてその理由は左記事項を附加する外原判決の理由説示の記載と同一であるからこれを引用する。
一、第一審被告は「ビヤー」なる言葉は熟語又は造語として用いられた場合にのみ「ビール」と同意義となるが、単に「ビヤー」なる語のみ用いた場合には「ビール」とは異なる旨を主張し当審証人(省略)はその旨の証言をしているけれどもたやすく措信することができずその他第一審被告の全立証を以つても我国においてビールのことを一般に、「ビール」と呼ぶ外に「ビヤー」とか「ビヤ」とも呼んでいることが公知の事実であることを覆すことができない。
二、(省略)の各証言によると炭酸ガスを含有する清涼飲料をビールと称する例が外国にあつて英国や米国ではこの種の清涼飲料がルート・ビール、ジンジヤー・ビール等の名称で市販されていることが認められるけれども、当審証人(省略)の各証言を綜合するとこの場合ビールと区別するために、ジンジーとかその他の言葉をつけてどういう飲料であるか解るようにしていること、外国ではかかる飲料はみな相当古くから出ていてビール以外の飲料と観念されていることが認められるから右のような事情があるからといつて我が国においてビヤーがビールと異なる意味をもつものということができない。
三、(省略)の小売業者、一般需要者はライナービヤーを第一審原告等の製造販売するビールと混同誤認することがないという証言部分は(省略)の各証言と比べて措信することができず第一審被告の全立証によるもこの点に関する原判決の認定を覆すことができない。
四、第一審原告等は「ライナービヤー」という表示の全部の差止を求めているけれども第一審被告がその製造販売する発ぽう酒を「ライナービヤー」と「ビヤー」をつけているために第一審原告等の製造販売するビールと商品の品質内容について誤認を招来するものであつて「ライナー」という表示だけではかかる誤認状態が生じないことは明らかであるから、かかる場合は「ライナー」という表示まで差止を求めることができないものというべきである。
五、成立に争のない甲第三号証(新聞広告)によると第一審被告はその広告の上下枠の欄に「LINER BEER」と表示したことが認められるけれども、原審証人(省略)の証言によると第一審被告が右広告をしたのは発売当初一、二ケ月だけであつて其の後はかかる表示の広告をしていないことが認められ、第一審原告等の全立証によるも第一審被告がその後広告中に「LINER BEER」という表示をしたことが認められないから、第一審被告が現在及び将来かかる表示を継続する危険があるものということがでさない。従つて「LINER BEER」の表示の差止を求める第一審原告等の請求は失当というべきである。
六、第一審原告は「ライナー黒ビヤー」を製造販売したことがあり、又「ライナー黒ビヤー」という表示について大蔵大臣の承諾を得ているから同被告は将来何時でも直ちに「ライナー黒ビヤー」なる製品を販売し得べき体勢にあるものということができると主張するけれども右事実だけでは原判決の第一審被告が現在「ライナー黒ビヤー」を製造販売する可能性の極めて少ないという認定を覆して同被告の不正競争行為の生ずる危険性が非常に切迫しているものということができない。従つて「ライナー黒ビヤー」の差止請求も失当というの外はない。
七、「ライナービヤー株式会社」という表示は第一審被告の商号であつて、同被告は酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律第八六条の五、同法律施行令第八条の三の規定に従つて自己の商号である「ライナービヤー株式会社」とその英語名である「LINER BEER CO., LTD.」と表示した原判決末尾添付の別紙のラベルについて大蔵大臣の承認を受けたものであることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証の一、二によると第一審被告はその製造販売する酒類、雑酒発ぽう酒第二級についてその表示の方法として前記認定の承認を受けたことが認められる。そして前記法令は酒税の確保及び酒類の取引の安定を図ることを目的としたものであつて、かかる目的を達する方法として製造場から製品を搬出する等の場合、酒類の容器又は包装の見易いところに一定の表示をすることを要求し、その方法について大蔵大臣の承認を得ることを要すべく、これが表示義務の規定に違反した者は十万円以下の罰金に処せられることになつているのである。従つて雑酒発ぽう酒の酒類製造免許を受けた第一審被告は、その製造する雑酒発ぽう酒第二級について前記法条に基いて自己の氏名又は名称として「ライナービヤー株式会社」とその英語の名称である「LINER BEER CO., LTD.」と表示したものであるから、かかる場合は右商号が抹消せられない以上不正競争防止法第一条第五号に基き単にこれが使用の差止のみを求められないものと解するを相当というべきである。従つて「ライナービヤー株式会社」及び「LINER BEER CO., LTD.」の表示の禁止を求める第一審原告等の請求は失当であるといわなければならない。
八、第一審原告等は第一審被告は、そのラベルや広告において、「LINER」「LINER BEER」「LINER BEER CO., LTD.」等の英文字を和文と共に併用しているかこれはいつでも同被告の製品を海外へ輸出し得る体勢が整つていることを裏書しているものであると主張するけれども、酒類製造業者がその容器、包装又は広告において自己の商品の名称又は製造元の表示として英文字を和文と共に併用することは坊間よく見受けられることであるから、右事実のみを以つて第一審被告がその製品を海外に輸出するおそれがあるということができない。従つて「ライナービヤー」と表示した商品の輸出の禁止を求める第一審原告等の請求も亦理由がない。
九、第一審被告はその創業以来今日までの「ライナービヤー」の製造及び販売の数量は第一審原告等の「ビール」と比べて洵に微々たる少量、天地雲泥の差があり、特に麒麟麦酒、朝日麦酒の両会社は需要に応じ切れず昭和三六年度はビールの出荷割当規制さえ実施しているのであるから、「ライナービヤー」の存在は第一審原告等の営業には何等の影響を与えていないと抗争するけれども、不正競争防止法第一条本文の「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」とは必ずしも現実に利益を侵害されたことを要せず将来利益を侵害される確定的関係乃至は利益侵害の発生につき相当の可能性があれば足りるものというべきであるから、酒類販売業者又は一般の需要家が「ライナービヤー」を第一審原告等のビールと誤認したこと前叙説示の通りであつて、第一審原告等はその誤認された消費量だけその営業上の利益が侵害され又は侵害される虞があるものといわねばならず、製造販売が少いからといつて営業上の利益を害される虞がないものということが出来ないこと勿論である。従つて第一審被告の前記主張は採用することができない。
従つて本件控訴(第一審原告等の当審でなした請求も含む)はいづれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して、主文の通り判決する。
東京高等裁判所第一民事部
裁判長裁判官 菊池庚子三
裁判官 川 添 利 起
裁判官 花 淵 精 一