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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)587号 判決 1965年12月22日

控訴人 石出文五郎

被控訴人 石出かよ 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取り消す。原判決添付目録記載の各土地が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人らは、右土地のうち同目録記載のとおり登記簿上自己に所有名義のあるものにつき、控訴人のためにそれぞれ所有権移転の登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、つぎのとおり付加訂正するほかは、原判決の事実の部に書いてあるとおりである。

一  控訴人の主張

(一)  かりに、控訴人が被控訴人ら主張のように本件土地を石出吉蔵に贈与したとしても、右贈与による所有権移転については、農地調整法および同法施行規則の定めるところにしたがい、葛飾区農地委員会を経由して東京都知事に所有権移転許可申請書を提出し、その許可を受けなければならなかつたにかかわらず、本件土地の所有権移転については、控訴人から葛飾区農地委員会に所有権移転許可申請書を提出した事実も葛飾区農地委員会が意見を付けてこれを東京都知事に進達した事実もない。いわんや東京都知事がこれを許可した事実はない。また、かりに控訴人から石出吉蔵への所有権移転について農地委員会の承認があれば足りたと解すべきであるとしても、葛飾区農地委員会はその承認(委員会の議決による承認)をしていない。したがつて、右贈与は無効である。

(二)  かりに、控訴人から石出吉蔵に対する本件土地の贈与による所有権移転が有効であるとしても、中間省略の方法によつてされた本件土地の売買登記は無効である。すなわち、自創法関係の法令では、国が農地を買収する場合には中間省略の登記ができる旨規定するにかかわらず、国が農地を売渡す場合について中間省略の登記ができる旨の規定は設けられていないのであるから、後者の場合には中間省略の方法による登記はできないものと解すべきである。したがつて、本件土地の売渡し登記は無効である。

(三)  かりに、農地売渡しの場合にも中間省略登記ができるとしても、中間省略の登記をするについて、中間者(譲渡人)の承諾を要するものであるところ、石出吉蔵のための本件中間省略登記について、控訴人は承諾を与えたことはないから、右中間省略の方法によつて石出吉蔵のためされた登記は無効である。

(四)  かりに、以上の主張が理由がないとしても、石出吉蔵のために作成された東京都知事の東京法務局葛飾出張所あての売渡しの登記嘱託書には葛飾区農地委員会の所有権移転承認書が添付されておらず、かつ、同嘱託書中登記権利者と記載された石出文五郎の「文五郎」を「吉蔵」と訂正しながら、東京都知事の訂正印が押されていないから、右嘱託による登記は無効である。

二  被控訴人らの主張

(一)  控訴人が昭和二三年三月二日に本件土地につき自創法第一六条の規定によつて政府から売渡しを受けてその所有権を取得したことは認める(控訴人が政府から売渡しを受けたことは否認するという被控訴人のこれまでの主張を訂正する。)。そして、石出吉蔵が本件土地の売渡しを受けたというこれまでの主張は撤回する。

(二)  本件土地は政府から控訴人に売り渡されたが、当時、控訴人が相当の年輩になつていて石出吉蔵が事実上これを耕作しており、将来も吉蔵が控訴人の地位をひきついで耕作を続けていくことが予見される状況にあつたので、控訴人は本件土地を石出吉蔵に贈与し、その売渡しの登記も吉蔵のためにしてもらうことにし、吉蔵をしてその旨葛飾区農地委員会に申し出でさせたのである。したがつて、控訴人が中間省略登記をするについて同意していたことは明かであり(中間省略の登記は、控訴人のいうように法規に根拠がない場合には効力がない、というような性質のものではない)そして、同農地委員会が、右申出を相当と認めて農地売渡し計画書ならびに売渡し登記の嘱託に関する書類のうち売渡しを受ける者として表示された控訴人の氏名を石出吉蔵と訂正し、新たに作成する書面には石出吉蔵と記載して処理し、吉蔵のための売渡しの登記嘱託に関する事務を処理したことは、同農地委員会が控訴人から吉蔵への贈与を承認した結果にほかならない。また、本件のように、東京都知事の嘱託による売渡しの登記が完了しない以前に控訴人から石出吉蔵に土地所有権が移転し、右石出吉蔵のために東京都知事が売渡しの登記の嘱託をした場合には、東京都知事は当然控訴人から石出吉蔵への右所有権移転に許可を与えたものとみるべきである。なお、石出吉蔵のための所有権取得登記が、あたかも政府から石出吉蔵に農地売渡処分があつたようにし、そのような形を利用してされた本件のような場合には、一たん控訴人のため売渡しの登記がされ、ついで石出吉蔵のため所有権移転登記がされる場合に必要とされるような書類の添付が必ずしも必要とされるものではない。

三  証拠関係<省略>

理由

一  被控訴人かよが控訴人の三男亡石出吉蔵の妻であり、被控訴人かよをのぞく他の被控訴人らが石出吉蔵と被控訴人かよとの間に生まれた子であること、石出吉蔵が昭和三三年六月二四日に死亡し、被控訴人らがその遺産を相続したこと、本件の各土地につき被控訴人らのために控訴人が主張するとおりの各所有権取得の登記がされていることおよび控訴人が昭和二三年三月二日に本件各土地につき自創法第一六条の規定により政府から売渡しを受けて所有権を取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件の重要な争点は、控訴人が、政府から売渡しを受けて右土地を被控訴人ら主張のとおり石出吉蔵に贈与したかどうかにある。そこで、以下この点について検討する。

弁論の全趣旨により真正にできた公文書と認められる乙第一号証の一から四まで、同第二号証の一、二、真正にできたことに争いのない同第三、四号証、同第一三号証から第一六号証までの各一、二、原本の存在とその真正にできたことについて争いのない甲第九号証の一から四まで、同第一一号証の一から三まで、同第一二号証の一から五まで、原審における証人鈴木喜三郎、木下治郎の各証言ならびに原審および当審における証人持田誠一の証言、当審における証人小川稲蔵、矢部和太郎の各証言に本件弁論の全趣旨を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。

(1)  昭和二三年頃自創法にもとづいて農地の売渡しを受けた者の中には、老令のため遠からずその耕作を同一世帯内の子にまかせるほかはないと考え、自己に売り渡された農地を子の所有名義にしてもらいたいと農地委員会に申し出るものもあつた。

(2)  このような申出は農地委員を通じて農地委員会に対してされるのが普通であつたが、農地委員会としても、右の子が自作農として農業にいそしむものであり、自創法の精神に反しないと認められる場合に、子が売渡しを受けたもののように子の名義に売渡し登記をすることは、別段弊害がないばかりではなく、きわめて常識的なことであると考えたため、東京都の葛飾区農地委員会その他多くの農地委員会では、右の事例にあたることが明らかな場合に一々委員会の議にかける煩を避け、担当の農地委員から委員会事務局に伝えて便宜、売渡し計画書中の「売渡しの相手方」や売渡し登記に必要な書類中の「売渡しを受けた者」の氏名を子に変更するというやり方で処理する方針をとつていた。

(3)  本件の土地についても、控訴人に売渡しがされた後、石出吉蔵から葛飾区農地委員木下治郎を通じて、同区農地委員会に対し、本件土地の売渡し登記を石出吉蔵の名義にしてもらうことに控訴人との間に協議ができたからそのようにされたい旨の申出があつたので、同委員会は木下治郎委員を介し、同委員会事務局に命じて、農地売渡し計画書(甲第九号証の一から四まで)ならびにすでに作成されていた売渡し登記の嘱託に関する書類(甲第一一号証の一から三まで、同第一二号証の三から五まで、乙第一号証の一から四まで、同第二号証の一、二など)の中の売渡しを受ける者または売渡しを受けた者の氏名石出文五郎(控訴人)を石出吉蔵と訂正し、新たに作成する書類(甲第一二号証の一、二)には売渡しを受けた者の氏名を石出吉蔵と記載して処理させ、右吉蔵のために売渡しの登記の嘱託をされたい旨東京都知事に申請し、その結果、東京都知事は昭和二五年三月二〇日付で東京法務局葛飾出張所に対し石出吉蔵のために売渡しの登記の嘱託をした。そしてこの嘱託にもとずいて本件土地につき石出吉蔵のため所有権取得の登記がされた(この最後の所有権取得の登記がされた点は当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認めることができる。前記証人矢部和太郎の証言中右認定に反する部分は採用することができない。他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

他方、真正にできたことに争いのない甲第五号証の一、二、原審における証人石出已之吉、福岡喜代子の各証言、原審および当審における控訴人ならびに被控訴人かよ本人の各供述に、本件弁論の全趣旨を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。

(1)  控訴人が本件土地の売渡しを受けた昭和二三年当時、控訴人の子としては吉蔵のほかに長男仁助、三女よし子五男敏雄がいたが家にいた仁助は脳病を患つていたうえ、足が不自由であり、敏雄は小学校に入学したばかりの年令であつて、いずれも農業に専従できる状態ではなく、また三女よし子は会社に勤めていて家にはいなかつた。吉蔵は昭和二一年二月復員当初から患つていた栄養失調やマラリヤも漸く快方に向い、控訴人に協力して農業に従事できる状態になつていた。特に昭和二四年四月吉蔵と被控訴人かよとが結婚した後は、この両名が専ら農耕に従事するようになつた。

(2)  控訴人は健康ではあつたが、長らく眼を病んでいたうえ、学校の教育を受けたこともないため、字を読むことができず、葛飾区農地委員会に提出した本件土地の買受け申込書(甲第八号証の一から三まで)を書いたり、同農地委員会から控訴人あてにきた文書を読むことなどにはすべて吉蔵に頼らなければならない状態であつた。

(3)  控訴人は、本件土地の売渡しの登記が完了した後、前記木下治郎から本件土地の登記済権利証(乙第一号証の一から四まで、同第二号証の一、二および同第三、四号証)を受けとると、これを吉蔵に渡し、「これはお前たちのものだから、しまつておけ」といつたので、その後吉蔵夫婦がこれを保管していた。

(4)  昭和三三年六月吉蔵が死亡するまで、控訴人と吉蔵夫婦との間は円満で、本件土地についても問題が起つたことはなく、吉蔵あてにかかつてくる本件土地の税金についても控訴人がしばしば吉蔵に代わつて納めに行つていた。また、控訴人の家の家計は吉蔵がまかなつていた。

(5)  吉蔵の死亡後約一年たつた頃、控訴人の三女よし子が家に戻つてきて控訴人や被控訴人かよらと同居するようになつたが、その頃から急に控訴人と被控訴人かよとの間が悪化し、控訴人やよし子は同被控訴人に対し事ごとにつらくあたるようになり特に本件土地についてはその登記を控訴人の名義に戻すようしつこく要求し、同被控訴人がそれを拒むや、同居にたえないようなひどい仕打ちをするにいたつたため、同被控訴人らはやむなく実家に帰る結果になつた。

以上のとおり認めることができる。前記証人石出已之吉、福岡喜代子の各証言、控訴人本人の供述中右の認定に反する部分は信用することができず、他に右の認定を覆えすに足りる資料はない。

以上認定した各事実を合わせ考えると、控訴人は本件土地を政府から売渡しを受けたものの、遠からず吉蔵にすべての耕作をまかせなければならなくなることに思いをいたし、自分のために売渡し登記をしてもらうよりも、むしろ右吉蔵名義にしてもらう方が便宜であると考え、吉蔵と相談のうえ、本件土地を同人に贈与することとし、吉蔵をして葛飾区農地委員会に同人名義に売渡しの登記をしてもらいたいと申し出でさせ、右農地委員会および都知事もこれを採用して、じかに吉蔵名義に売渡しの登記を嘱託するに至つたものと認めるのが相当である。

三  控訴人は右贈与は農地調整法所定の東京都知事の許可がないから無効であると主張する。しかしながら、葛飾区農地委員会が右吉蔵のために売渡しの登記をされたい旨東京都知事に申請した結果、同知事が吉蔵のため所有権取得登記の嘱託をしたことはさきに認定したとおりであるから東京都知事は登記嘱託の前提として控訴人から石出吉蔵への本件土地の所有権移転に対して許可を与えたものと認めるのが相当である(農地の売渡しからその登記までの間に売渡しを受けた親とその子との間で所有権の譲渡が行われた本件のような場合に、農地調整法および同施行規則に定める許可申請手続にのせることなく、農地売渡しにつづく手続を利用して都知事の許可を得るというようなことは、変則的のことであり、奨励していいことであるか疑問であるが、前認定のような特殊の事情のもとに起つたことであり、都知事の許可が認められる以上、前記規則の定める手続に則らなかつた故をもつて都知事の許可の効力を否定することはできないものと考える。)。したがつて、控訴人のこの点の主張は理由がない。

四  つぎに、控訴人は、中間省略の方法によつてされた登記について、(1) 自創法第一六条の規定による農地売渡しの場合には中間省略の方法による登記に関する規定がないこと、(2) かりに、中間省略登記が認められるとしても、譲渡人である控訴人は右中間省略登記を承諾したことがないことをあげて、それが無効であると主張する。(1) 自作農創設特別措置登記令には、国が農地を買収する場合の登記について中間省略に関する規定を設けている(同令第五条第一項)にかかわらず、国が農地を売り渡す場合の登記についてその規定を欠いていることは控訴人の主張するとおりである。しかしながら、右のような立法上の差異は、買収の場合には中間省略登記を必要とする事例が、多いのに反し、売渡しの際には、通常、中間省略の取扱いを必要とする事例は起らないという実際上のことを考慮した結果にすぎず売渡しの際の登記について中間省略の方法によることを全く認めない趣旨と解することはできない。買収農地の売渡しの場合につき中間省略登記を禁止しなければならない特段の理由も考えられないから、本件のような中間省略登記も、一般の登記手続におけると同じように可能である、と解するのが相当である。

また、(2) 控訴人は本件土地につき政府から売渡しを受けた後、これを石出吉蔵に贈与することとし、同人をして葛飾農地委員会に対し吉蔵のために売渡し登記がされるよう申し出でさせたことは前記認定のとおりであるから、控訴人は中間省略の方法によつて売渡し登記をすることについても承諾していたものと認めるのが相当である。したがつて、控訴人の右の主張も採用することができない。

五  さらに、控訴人は、東京都知事の東京法務局葛飾出張所あての登記嘱託手続には控訴人が主張するようなかしがあるからこれによる登記は無効であると主張するけれども、かりに、右嘱託手続に控訴人が主張するようなかしがあつたとしても、同嘱託にもとづいてすでに登記がされ、かつ、その登記が実体上の権利関係と符合するものであること前記認定のとおりである以上、右のような手続上のかしのために登記が無効となることはないものと解するのが相当である。控訴人の右主張も採用することはできない。

六  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は理由のないことが明白であつて、棄却をまぬがれない。これと同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 市川四郎 中田秀慧)

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