東京高等裁判所 昭和36年(ラ)796号 決定 1962年7月25日
抗告人 高野春吉 外七名
主文
原決定を取り消す。
本件を新潟地方裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣旨は主文同旨の決定を求めるというのであり、その理由は別紙記載のとおりである。
思うに、各種特別法による法人にあつては、その組織及び管理運営につき特別法上種々の規制があり、民法の規定の働く余地がほとんどないのが通常である。このような特別法上の規制はその法人の目的たる本来の事業の公共的性格に鑑み加えられるものである。しかし、法人が解散して本来の活動をやめ清算手続にはいつたときは、これに対し法人の目的たる事業の性格からくる法的規制を加える必要はない。各種の法人が解散前その目的に従つて各種の事業を営んでいても、その清算ということになると、ひとしく財産関係の整理であつて、民法上の法人の清算と異なるところはないから、各種特別法による法人の清算手続に対しては、法律上これに関する特別の規定がない限り、民法の法人の清算に関する規定が類推適用されるべきものと解するのが相当である。
以上の見解に立つて本件を検討してみるに、本件水利組合は、旧水利組合法(明治四一年法律第五〇号。昭和二十四年法律第一九六号による改正前の法律)に基づいて設立された普通水利組合であること及び昭和二七年八月三日現在においてなお存在しかつ清算中でもなかつたため、土地改良法施行法(昭和二十四年法律第一九六号)の定めるところにより、右同日限り解散し、現在清算手続中にあることが記録上明らかである。そして旧水利組合法自体には水利組合の解散についての規定はなく、水利組合中の普通水利組合の制度を廃止した前記土地収用法にも該組合の解散に伴う清算手続に関しなんらの規定がない。してみれば、普通水利組合の清算手続に関しては、前段に説示したところに従い、結局、民法の法人の清算に関する規定を類推適用すべきものといわなければならない。したがつて、民法第七六条及び第七五条に規定する場合には、裁判所は利害関係人の請求により普通水利組合の清算人を解任し新たな清算人を選任することができるものというべく、裁判所はかかる権限を有しないものとして抗告人らの本件申請を不適法として却下した原決定は不当であるから、これを取り消し、本件を原審裁判所へ差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 二宮節二郎 千種達夫 賀集唱)
別紙
抗告理由
一、司法機関たる裁判所が水利組合の清算人を解任し、又は新たな清算人を選任する権限を有するか否かにつき原審裁判所は旧水利組合法その他の関係法令及び本件の長浦岡方普通水利組合規約などのなかで直接規定するものがないためこれをいかに解すべきかにつき疑義の余地があるが、水利組合の解散前における業務執行機関の地位、性格などを検討した結果、裁判所には清算人を解任し、又は選任する権限を有しないものと解した。そして、業務執行機関の地位、性格として組合の管理者たる地位は行政庁たる都道府県知事の指定という行政処分によつて設置される公職であり、その指定をうける者は必らず組合関係地の市町村長であることを要し、しかも指定権者は事情のいかんによつては指定の取消又は変更の権限を有している旨を主張し、更に一般に法人が解散したときは特別の規定がない限り、業務執行機関が清算人となるのが通例であるから(たとえば土地改良法第六八条第一項、農業協同組合法第六九条第一項、民法第七四条参照)組合の業務執行機関たる管理者が当然に清算人となり、かつその職務権限は清算結了という目的に制約されるけれども、その余の点については従前の管理者と同一の職務権限を有するものというべきである。したがつて水利組合が解散することによつて管理者が当然清算人となり、その者の地位、性格につき別段の変動を生ずるものでないと主張している。原審裁判所の右主張のうち水利組合の解散前における業務執行機関の地位、性格についての見解については異議はない。
しかし、一般に法人が解散したときは特別の規定がない限り業務執行機関が清算人となるのが通例であるから組合の業務執行機関たる管理者が当然に清算人となるという原審裁判所の見解は果して正しいであろうか。この点に関する原審裁判所の見解は法令の解釈を誤つた違法がある。何故ならば一般に法人が解散したときは特別の規定がない限り業務執行機関が清算人となるのは法人に関する原則規定たる民法を適用する結果であつて、原審裁判所の見解の如く当然に業務執行機関が清算人となるものではない。したがつて水利組合が解散したとき管理者が清算人となるのは民法第七四条を類推適用する結果であつて、当然に清算人となるものではない。
原審裁判所はそもそもこの出発点から誤りを犯しているものである。次に清算人の職務権限は清算結了という目的に制約されるにとどまり、従前の管理者と実質的には同一の職務権限を有するという原審裁判所の見解は果して正しいであろうか。
原審裁判所の右見解は清算の本質を誤認した違法がある。そもそも法人の清算とは、その目的遂行のための活動を終止して財産関係を整理する手続である。したがつて法人はその解散の前後により監督機関の側よりこれを見ると実質的に異つているものなのである。それ故民法は業務の執行と清算とについて監督機関を別にする立前をとつているのである。業務執行は法人の目的の異なるに従つて監督内容を異にするから最初に設立の許可を与みた行政官庁が引続き監督するのが適当であるのに反し、解散、清算は法人の目的に関係なく財産の整理であつて第三者の利害に影響するところが大きいから裁判所の監督とするのが適切であるからである。
原決定は右事実を無視した違法がある。
二、農林省は昭和二十七年六月六日土地局第二一一〇号農林省農地局長 都道府県知事宛通達をもつて「普通水利組合解散に伴う清算に関しては民法法人の解散に関する諸規定を類推適用すべきである」旨指示した。これは当然のことを念のために指示したにすぎないが、右通達が有効であるかぎり都道府県知事は水利組合の清算人を選任したり解任したりすることはないであろう。
しからば水利組合の清算人の選任及び解任は民法第七五条、第七六条を類推適用して裁判所がやらなければ他にやるものがいない。一般には裁判所が清算人の選任、解任の権限を有しているという見解のもとに清算人選任、解任の裁判をしている(たとえば東京地方裁判所民事五部昭和三五年一一月二二日判決昭和三一年(ワ)第五九八五号、下級民集一一巻一一号一八六頁。新潟地方裁判所昭和三〇年一一月一七日決定昭和三〇年(チ)第四四号等)
特に抗告人等が清算人の解任を請求している小林豊作は新潟地方裁判所が昭和三〇年(チ)第一号事件として昭和三〇年四月三〇日付決定をもつて清算人に選任されたものである。
裁判所が民法第七五条を類推適用して選任した清算人であつて原審裁判所がいうところの解散により管理者が当然に清算人になつたものでもなければ行政官庁が選任したものでもない。したがつて仮りに原審裁判所の見解が正しいとしても本件の清算人解任には右見解を適用するに由ないものである。清算人につき不適当と認める事由を生じたとき、その解任について行政官庁は前記通達により関知せず裁判所もまたその権限なしとの見解をとつたならばいつまでたつても現実の問題の解決にはならないのである。原審裁判所の見解は空論であるといつても過言ではないであろう。