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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)805号 決定 1962年2月10日

抗告人 株式会社三協紙器製作所

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原決定はこれを取り消す。債権者佐藤千春外七十六名と債務者抗告人との間の横浜地方裁判所昭和三十六年(ヨ)第三六四号有体動産仮差押決定に基き、横浜地方裁判所執行吏岩瀬甲が昭和三十六年八月十一日神奈川高座郡座間町座間四六八八番地の三、株式会社三協紙器製作所神奈川工場において原決定添付差押財産目録表示の物件に対してなした仮差押の執行は、これを取り消す」旨の裁判を求め、その抗告理由として、別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

本件記録編綴の仮差押決定正本(記録三二丁)及び有体動産差押調書謄本(記録第一七丁)によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。

債権者佐藤千春外七六名は抗告人に対して有する各自の残業手当及び解雇予告手当の請求権について共同して横浜地方裁判所に有体動産仮差押決定の申請をなし(横浜地方裁判所昭和三十六年(ヨ)第三六四号有体動産仮差押申請事件)、同裁判所は昭和三十六年八月九日右債権者等の請求債権総額二〇六万一、五五九円にみつるまで抗告人所有の有体動産をかりに差押える旨の仮差押決定をなした。上記仮差押決定の執行につき、右債権者全員の共同委任を受けた横浜地方裁判所執行吏岩瀬甲は、昭和三六年八月一一日神奈川県高座郡座間町座間四、六八八の三所在の抗告人会社神奈川工場において、右債権者全員のため原決定末尾添付差押財産目録表示の物件(見積価格合計金一九万五、一三〇円相当)に対し、仮差押の執行をなした。

(一)、抗告人は、上記のように多数債権者が共同して同一執行吏に執行委任した場合執行吏がこれを併合して一個の手続において仮差押の執行をなすことには異論はないが、右の場合の執行方法としては執行吏は甲債権者のためにはA物件を差押え、乙債権者のためにはB物件を差押えるというような仕方で執行をなし、これを調書上明らかにしなければならないと主張する。

上段判示のように、本件仮差押決定は、保全訴訟手続に準用される民事訴訟法第五十九条により債権者佐藤千春外七六名の共同の申請に基いてなされたもので、右共同申請者の請求債権総額にみつるまで債務者所有の有体動産を差押えることを命じたものである(右決定添付の債権目録に表示された各自の債権額はその内訳を記載したものと認められる)から、執行吏は債権者全員のために請求債権全額にみつるまで債務者所有の有体動産に対し仮差押の執行をなせばたりるのであつて、個々の債権者の債権額について個別的に執行することを要しないものと解するを相当とする。右の場合差押えられた個々の有体動産について債権者全員のために執行がなされているものと解すべきであるから、抗告人主張のように重複差押禁止の執行法規に違反することにはならない。もつとも、上記の執行方法では、特定の債権者について仮差押決定に対する異議、起訴命令期間の徒過等により仮差押決定が取消された場合に、執行処分の取消ができない結果にはなるけれども、仮差押決定自体が、上記のように、多くの債権者のために一個の決定でなされているものである以上、その執行としては、やむを得ないことである。しかし、右の場合においても特定の債権者について仮差押決定が取消されたため、全体の執行が超過差押となれば、その理由によつて超過部分の執行の取消を求めることもできるのであるから、抗告人主張のように特定債権者についての執行の取消が全く不可能であるということにはならない。

もつとも、抗告人主張のように、一人一人の債権者のために個々に仮差押の執行がなされた場合に比れば、多少の不利益が生ずることは否定できないが、これは一個の仮差押決定で多数債権者のために本件のような仮差押決定をなすのが妥当かどうかの問題で、抗告人主張のように執行の方法の違法の問題ではない。

よつて、上記執行吏のなした本件仮差押の執行方法が違法であるとの抗告人の主張は採用することができない。

(二)、次に、抗告人は、本件仮差押の執行には抗告人の代表者及び使用人はいずれも不在であつたため成丁者三宅正則外一名の立会でなされたにかかわらず、仮差押調書には差押物件は債務者代表者の保管に任せ、且つ封印破毀罪に関する論告も債務者代表者になしたと記載されているが、執行に立会つていない者に保管を任せたり、論告することができる筈がないのであるから、この点においても本件仮差押の執行は違法であると主張する。

前掲有体動産仮差押調書謄本によれば、抗告人主張のような記載のあることが認められる。しかし、右調書の記載によれば執行吏は債務者の工場で債権者の承諾を得て、債務者所有の本件諸物件を仮差押をなした上、仮差押物件に公示書を貼布してこれを債務者代表者の保管に任す趣旨で、右仮差押物件を債務者の工場にそのままおいたことを認めることができる。債務者代表者はその後右のように保管を任せられたことについて別に拒んでいることは、抗告人においてかく別の主張をなしていないから、異議なく現在まで保管していることが認められる。従つて、右差押調書の記載は必ずしも妥当ではないが右仮差押の手続は結局において適法になされたものと認めるを相当とする。また、債務者代表者に論告した旨の執行調書の記載は明白な誤記と認められるし、右論告は仮差押執行手続の要件ではなく、執行吏執行手続規則第二五条は訓示的規定であるから、保管を任せられた債務者代表者に論告がなされなかつたとしても、本件仮差押の執行が違法となるものではない。

よつて、理由は異にする点もあるが、結局において、本件仮差押の執行を適法として抗告人の異議申立を却下した原決定は正当で、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし抗告費用は抗告人の負担として主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

抗告の理由

一、原決定は「多数の債権者が共同して同一の執行吏に同一の債務者の有体動産に対し仮差押の執行委任をした場合には、執行吏はこれを併合して同一の執行手続により多数債権者のために、債務者の有体動産に対し同時に仮差押をなすべきものでありこの場合仮差押は一体をなすものであるから、債務者の数個の有体動産に対し仮差押をなすときにおいても、多数債権者のために数個の有体動産の全体に対し仮差押をなせば足りるものと解すべきである」として抗告人の異議を排斥した。然れども多数債権者が共同して同一執行吏に執行委任した場合執行吏がこれを併合して一個の手続に於て仮差押を為すことについて抗告人は何等異議を述べているのではなくこの場合甲債権者のためにはA物件を差押え、乙債権者のためにはB物件を差押えると云うような仕方で執行を為しこれを調書上に明にしなければならないことを抗告人は主張しているのである。若し然らずして前記執行の如く不可分になされた場合即ち甲債権者の為めに何を差押えたのか、乙債権者のために何を差押えたのか全く不明であり従つて甲債権者につき執行を取消す場合(債権者の申請の場合、債務者からの仮差押異議に基く場合、起訴命令の期間経過により取消判決に基く場合等)に差押のどの部分を取消すべきか不明且つ不可能と云わなければならないであろう。若し甲債権者のために全物件を差押え、乙債権者のためにも全物件を差押えたものと見るならば有体動産に対して重複差押を認めざる(照査手続によるべきもの)我が執行法規に違反するのみならず甲債権者につき執行を取消すべき場合に差押物件が一個でなく多数存するときはどの物件とどの物件とにつき差押を解放することなるのであるか? 只抽象的に甲債権者のために為された執行を取消すと云うのみでは具体的に執行取消の効力を生じないであろう又若し差押物件全部につき甲債権者のための執行はこれを取消すと云うような処置をとるものとせば乙債権者のための差押は依然残存し而も超過差押となるであろう。即ち乙債権者の債権は十万円、甲、乙の為めに共同で差押えた三個の三物件は五十万円と仮定するときは甲のための差押を取消しても乙のための差押は右三個の物件全部につき残存するから乙の十万円の債権につき合計五十万円相当の三個の有体動産を差押えた結果を招来しその違法たること論を俟たないであろう。

二、又若し前記執行吏の為した本件の如き差押を適法として許すべきものとせば結局執行が不可分になされている結果執行債権者全員につき取消す場合の外一部の取消が不可能となりかくては少くとも債務者の権利と利益とが甚しく侵害されることになるであろう。

以上何れの見地よりするも前記執行は違法であり従てこれを取消さるべきものである。

三、その他の主張は原審に提出した昭和三十六年八月二十四日附異議申立書に於ける申立の理由に記載している通りであるから茲にこれを援用する。

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