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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)14号 判決

一、原告がその主張の特許第二三一、〇一六号発明の特許権者であること、同発明の特許についての本件無効審判請求事件の手続経過および審決理由が原告主張の一、二のとおりであることについては、当事者間に争いがない。

二、本件特許発明の要旨

成立に争いのない甲第三号証によれば、本件特許発明の明細書中特許請求の範囲および同発明の詳細な説明として記載されかつ図示されているところは別紙Ⅰのとおりであることが認められる。これによれば、本件特許発明はエアゾル噴霧器の定量噴射装置に関するものであつてその要旨とするところは、右の装置において

(1) 弁匣内に発条および側孔を有する可動弁を介装したものであつて

(2) 可動弁の下部先端が気密に弁座に密着した後弁座が――可動弁の側孔が弁匣内に連通するに要するストロークの長さだけ――伸長または圧縮変形するように構成されている点に存すること(ただし、伸長または圧縮変形するものは、弁座自体である場合だけでなく、弁座と結合した弾性管である場合も含まれることは明細書の説明によつて明らかである)、そして、その作用効果は、可動弁の下部先端が気密に弁座に密着することによつて、まず吸水管と弁匣とを遮断し、次いで、弁匣と可動弁の側孔とが連通するに要するストロークの長さだけ弁座ないしは弁座と結合した弾性管(以下単に弁座という)を伸長または圧縮変形させることによつて、弁匣と吸水管との遮断を一そう強固にし、そのことによつて、すでに弁匣内に充満している噴射液のみが噴出するようにすることができるという点にあるものと認めることができる。

三、引用例の装置

成立に争いのない甲第四号証(米国特許第二、七〇一、一六三号明細書)によれば、審決に引用されている右米国特許明細書(これが昭和三〇年四月二六日特許庁資料館に受け入れられ一般に公開されたものであることについては当事者間に争いがない。)は、内容液を一定量ずつ霧状に噴射させる装置をそなえたエアゾル容器の発明に関するもので、これには次のような装置についての記載のあることが認められる(別紙Ⅱ第一ないし第四図参照)すなわち、

内容液(液化された噴射剤)の容器と膨脹室(46)との間に計量室(26)を介在させ、計量室(26)は弁匣(25)の内部に形成されている。計量室(26)と膨脹室(46)との間には環状ガスケツト(平環パツキング)(34)を介装し、計量室(26)の底の通路(30)は管(53)によつて噴射剤容器に通じている。弁茎(23)は上部に細い弁柄(37)を有し、その弁柄(37)は、膨脹室の上壁(帽状部(18)の中央開口(22))に挿通され、上端には(押釦(38)が嵌着されている。帽状部(18)には噴射口(20)も設けられている。弁茎(23)は弁柄(37)の下部において太くなり、計量室(26)から膨脹室(46)への開口(42)に対する流出弁(栓体)(41)を形成している。流出弁(41)には上部円筒部(43)とその下部の少し径の大きい着座部(44)があり、(43)の部分にはその周面に垂直溝(47)が穿設されている。弁茎(23)が別紙Ⅱ第2図に示す状態にあるときは、着座部(44)が環状ガスケツト(34)に着座して開口(42)を閉鎖し、計量室(26)を膨脹室(43)から遮断し、また弁茎(23)が別紙Ⅱ第3図のように下がつているときは、垂直溝(47)が計量室(26)と膨脹室(46)との狭い通路を構成するようになつている。

弁茎(23)の下端は小径の弁柄(48)が垂下し、弁柄(48)の直上にある環(鍔)(49)と計量室(26)の底壁上にある逆截頭円錐状の環状弁座(流入弁座)(31)との間に金属性圧縮ばね(50)を――弁柄(48)を取り巻くように――介装している。圧縮ばね(50)と弁柄(48)との間に筒状弾性ゴムガスケツト(51)を介装し、このゴムガスケツト(51)の上端は弁柄(48)の上端部にある鍔(49)に係合され、ゴムガスケツト(51)の下端は、別紙Ⅱ第2図に示すように、弁柄(48)の下端以下まで伸びている。弁茎(23)には前記流出弁(41)が形成されている外に通路(30)から計量室(26)への開口(32)に対する流入弁(52)が形成されており、ゴムガスケツト(51)の下端は弁座(31)上に着座するための座着部として使われる部分である。押釦(38)を圧下したとき、弁(41)が開くわずか以前に弁(52)が閉じ、また押釦(38)の押圧を放したとき、圧縮ばね(50)によつて弁茎(23)を押し上げ、弁(52)が開くより僅か以前に弁(41)が閉じるように、弁(41)と弁(52)とは弁茎(23)上において間隔を按配されている。

そしてまた、甲第四号証によれば、右装置の作用効果は

常態においては圧縮ばね(50)が弁茎(23)を最上位に押し上げており、容器内の液主体部の上にかかつた蒸気圧は少量かつ限定された量の液を管(53)および通路(30)を通じて計量室(26)へ押し上げており、その際弁(52)は開かれ、弁(41)は閉じている。押釦(38)を手動で圧下すると、弁茎(23)は下降し、その際弁(52)は閉じ、これよりわずか後れて弁(41)が開く、弁(41)が開くと、計量室中において加圧下にある液は通路(垂直溝)(47)を通じて膨脹室(46)に入り、そこで圧力のあるガスとなり、噴射口(20)から計量された噴霧となつて噴出する。次に、押釦(38)をはなすと、弁茎(23)が上がつて、弁(41)が閉じ、これよりわずか遅れて弁(52)が開くことになる。そこで、計量室(26)が容器内の液の主体部から再び充填されその後押釦(38)を再度圧下するまでは、前記の計量限定された量以上には、噴射口(20)からの噴射は行なわれない。

というにあることが認められる。

四、本件特許発明と引例の発明との対比

(一) 前記認定に基づいて、本件特許発明にかかる定量噴射装置(以下前者という)と引例明細書記載の発明にかかるエアゾル定量噴射容器の装置(以下後者という)とを対比するのに、先に認定した前者の構成要件(1)の点すなわち「弁匣内に発条および側孔を有する可動弁を介装した」点において、両者が一致することは明らかである。

(二) そこで、次に、後者もまた先に認定した前者の構成要件(2)の点、すなわち「可動弁の下部先端が気密に弁座に密着した後、弁座が――可動弁の側孔が弁匣内に連通するに要するストロークの長さだけ――伸長または圧縮変形するように構成された点」に相当する構成を有するかどうかについて考察する。

後者は、先に認定したとおり、押釦(38)を押し下げたとき、弁(41)が開くわずか以前に弁(52)が閉じるように、弁(41)と弁(52)とが弁茎(23)上において間隔を按配されており、押釦(38)を押し下げて弁(41)が開くようにすると、計量室(26)中において加圧下にある液が通路(垂直溝)(47)を通じて膨脹室(46)内に入り、噴射口(20)から計量された噴霧となつて噴出し、右の押し下げた押釦(38)をはなして計量室(26)が再び充填されその後押釦(38)を再度圧下するまでは、このあらかじめ計量限定された量以上には決して噴射が行なわれないものであるから、押釦(38)を押し下げる動作が開始されてから終了するまでの間における弁茎(23)の下降・弁(41)(52)の開閉および弾性ゴムガスケツト(51)の変形の関係について次のように時間的に区分して考えることができる。

a. 弁茎の下降が始まつてから弁(52)が閉じる瞬間まで(初期)――この間弁(41)は閉じたままであり、またゴムガスケツト(51)には単に弁座に向つて接近するように進行はするが、格別何らの変形圧縮し生じないことは明らかである。

b. 次いでストロークが進み弁(41)が開き始める瞬間まで(中期)―― 弁(52)は閉じた状態にある。ゴムガスケツト(51)はストロークの進行分だけ圧縮変形されるが、ゴムガスケツト(51)の内外の気圧には変化が生じていないから、ゴムガスケツト(51)の圧縮変形の反力の増大が誘起されることは明らかである。この場合内外圧の差はいまだ生じていないが、筒状ゴムガスケツトであるというその性質上、ある程度の形状変化を伴うことはみやすいところである。しかし、特にゴムを薄くしたりして形状変化を大にした場合を別にして考えれば、上下方向の圧縮変形を主とするものと認められる。

c. 弁(41)が開き始めてからその全開後(弁茎(23)の最も下降した位置)に至るまで(後期)――bで述べたゴムガスケツトの圧縮変形の反力を増大せしめる作用効果が継続して現われ、かつ強化の傾向が助長される。しかし、同時にまたこの間ゴムガスケツト(51)の外側にある気体が外部に逸出するので、その部分の圧力は低下してゆき、その結果としてゴムガスケツト(51)の内外に圧力差の生ずることが右ゴムガスケツトを横方向に膨らませようとする力として作用するわけであるから、それだけゴムガスケツトの圧縮変形を減殺し、弁(31)に対する押圧力の増大にマイナスの作用をすることは否定できない。(もつとも、このゴムガスケツト(51)の横方向への膨脹は、右ゴムガスケツトの下端側面が弁座(31)の存するところの傾斜面に対してもつ傾斜角を小さくし、それだけ互いに圧接する力 ゴムガスケツト(51)の内外圧の差によつて生ずる を強める方向に作用するわけであるから、このことがゴムガスケツト(51)の下端と弁座(31)との間の圧縮変形の反力による弁(52)の閉止力を補強する――その度合は、弁座(31)が外方に向つて立上り傾斜面を形成する場合特に著しい――ものと認められるので、前記押圧力増大へのマイナス作用を適当に補正するものと考えられる。

そしてbおよびcで述べたゴムガスケツト(51)の下端弁座(31)間の圧接力の増大量ないしはこの圧接力の増大に対する消極的作用の大きさは、ゴムガスケツト(51)の材質・形状など、ことにその厚さに影響されるものであることはもちろんであるが、引例明細書において、押釦(38)をはなして計量室(26)が再び充填されその後押釦(38)を再度圧下するまでは、あらかじめ計量限定された量以上には決して噴射が行なわれないものとされている以上、前記の中期から後期にかけてゴムガスケツト(51)に生ずる圧縮変形が形状変化を伴いつつ、しかもなお右ゴムガスケツトの横方向への――内外圧力差による――膨脹のために全く減殺されてしまうようなものではなく、かえつて右圧縮変形の増大が、これに伴う反力によつて、弁(52)を容器内の液の圧力に抗して閉止を継続する作用をするに足るものであることが前提とされているものといわねばならない。もし仮に、弁(52)が容器内の液体の圧力に抗して閉じているのでないとすれば、容器内の液は計量室へさらに供給され、既に開口している噴射口(20)から外部に向つて噴出することになるから、計量限定された量のみを噴射するという引例発明のねらいとする作用効果は達成されないことになるであろう。引例発明が米国において特許されているものであり、しかも反対に解すべき特段の事情も認められない以上、明細書記載の作用効果を有することが認められたものと考えざるを得ない。

なお、引例明細書には、「弁(41)が開くのは、弁(52)が閉じてから僅か後である」旨記載されていること前記のとおりであるが、しかし、弁(52)が閉じてから弁(41)が開き始め、さらに全開になるまでの間に弁茎(23)が下降するストロークの長さは、弁(52)が容器内から計量室(26)への液の流入を阻止するに足るだけの、つまり弁座(31)に対するゴムガスケツト(51)の圧接力の増加が弁(52)に右の作用をなさしめるに足るだけの充分なものとして構成されているとみて差支えないものと考えられる。

してみれば、引例明細書に記載されている装置は、ゴムガスケツト(51)の圧縮変形――それは同時に形状変化をも伴うものではあるが――の反力の増大によつて前記の作用効果を達成するに足る構成を具備したものとして示されたものと解することができる。前記のような作用効果の因つて生ずる所以については、もとより明細書中に明確にされているわけではないが、当業技術者において容易に了解し得るところとして特に記載しなかつただけのことであると解せられる。したがつてまた、ゴムガスケツト(51)の材質・形状・厚さ等についても、前記の目的を達するに足りるものが選択せらるべきことも当然予定され示唆されているものと解すべきであり、このことは当業技術者にたやすく了解せられ得べき程度のことといえる。

(三) 原告が三の(二)・(三)・(四)において審決の誤認として主張している諸点について

1、原告は、引例明細書に図示されている座着面(弁座)(31)の形状の点やゴムガスケツト(51)とその外側にあるスプリングとの間隔の点からみて、右ゴムガスケツトが本件特許発明における第二作用に相当する作用を伴う圧縮変形をするものとは考えられないと主張している。

しかし、初めに弁茎が下降してガスケツトの下端面が弁座(31)に座着した直後とその後さらに弁茎が押し下げられた前記の中期・後期とを比較して、ゴムガスケツト(51)の圧接力の差異は微少なものであるという原告の見解の採用できないことは、前記で説示した理由からして明らかであるし、また引例明細書に図示されている原告主張の箇所も明細書の全記載からみて、原告の前記見解を裏付ける根拠とすることは到底できないところである。

2、ガスケツト(51)の変形は、その内外圧の差によつてふくらんだもので、変形の反力は、内圧によつて打ち消され、弁座(31)に対する圧接力を強化する作用をしないという原告の主張の採用できないことも、(二)で説明したところからして明らかである。

3、さらに、原告は、ヤング率と体積弾性率との関係式およびゴムのポアソン比を適用して、本件特許発明における弁座の伸張または圧縮変形の反力と引例発明の装置におけるゴムガスケツト(51)の変形の反力とは根本的に異なるものである旨主張しているけれども、原告が右の関係式等を適用するについての前提としているところの、本件特許発明の弁座が主として体積変形上をなすのに反し、引例の装置におけるゴムガスケツト(51)が主として形状変化をなし体積変形はきわめて微少であるという点が肯認し得ないこと前記説示のとおりである以上原告の右主張も失当であるといわなければならない。

4、さらに原告は、本件特許発明の装置は弁の閉止作用の強化のために弁座の圧縮変形の反力を積極的に利用するものであるに反し、引例のものは筒状ゴムガスケツト(51)の圧縮変形の反力を利用するものでない点で、技術思想および装置の構成上根本的な差異があると主張する。しかし、先に認定したように、引例発明の装置においても、筒状ゴムガスケツト(51)の形状変化を伴う圧縮変形によつて流入弁(52)の閉止作用の強化が行なわれ、これによつて始めて計量限定された量のみの噴射が行なわれるものであつて、これこそ引例発明のねらいとするところに外ならないのであるから、引例発明の装置においてもやはり、筒状ゴムガスケツト(51)の圧縮変形の反力を積極的に利用するものであり、またこれを利用し得べき装置の構成を備えているものといつて差支ないわけである。

五、以上のとおりで、要するに、引例発明の装置は、ゴムガスケツト(51)の下部先端が気密に弁座(31)に密着した後、弁(41)の垂直溝(47)が弁匣(25)に連通するに要するストロークの長さだけ、弁(52)の筒状弾性ゴムガスケツト(51)が圧縮変形(形状変化を伴う圧縮変形)をするものであり、その圧縮変形は容器内の液の圧力に抗して容器の気密保持をなすに充分な程度のものであることを前提としているものとみることができるのであり、したがつて、これを本件特許発明の構成要件(2)と対照すれば、変形する部分が弁座の側であるかそれとも可動弁の側であるかの相違はあるけれども、その他の構成においては両者は一致するものといえる。

そして、右の差異のために両者間に作用効果上格別の差異をもたらすものとは認められないのみならず、相対的に変位する関係にある弁と弁座とのいずれの側に変形する部分を設けるかということは、設計者の適宜選択し得る設計の範囲に止まり、かれこれ互いに変更することは当業者の容易になし得る程度のことと認めるのが相当である。

してみれば、本件特許発明の定量噴射装置と引例の装置とは、全体としてその構成および作用効果において特許に値するような差異のあるものとすることのできない程度のものであり、したがつて、本件特許発明はその出願前国内に頒布された刊行物である引例明細書に容易に実施することができる程度に記載されていたものとして旧特許法第四条第二号の規定に該当し、同法第一条に定める特許要件を具備しないものといわねばならない。

六、それゆえ、右と同様の理由により本件特許発明の特許を無効とした本件審決には、原告主張のような違法の点はないので、同審決の取消を求める原告の本訴請求はこれを失当として棄却する。

〔編註〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙Ⅰ

<省略>

別紙Ⅱ

<省略>

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