東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)140号 判決
本件においては、本願発明が引用例から格別の考案力を要することなく容易に実施でき旧特許法第一条の発明を構成しないものであるかどうかが争点である。
本願発明の要旨は、「(一)底部中央部分より先方を急激に弯曲し、かつ、これに相対して甲部を内部に向つて弯曲形成した木型を使用し、(二)底皮前方は上方に向い、これに相対して甲皮は内部に弯曲形成させて、(三)これを履用する際、自然に甲皮前面が水平状態に緊張して皺の発生を防止するように製造することを特徴とした皺防止靴製造法」にあるところ、そのうち(二)は、本願発明の方法によつて造られる靴の形状にかかり、底皮前方が上方に向いこれに相対して甲皮は内部に弯曲形成されたものであるが、このような形状は、その程度にいくぶん多少の差はあるにしても、一般の紳士用皮靴などが新しい間通常そのような形状をとつているものであるばかりでなく、本願発明の出願前の出願公告にかかる引用例の靴、すなわち、「靴甲および甲皮の爪先をその底部に対しほとんど直角の位置に上方に弯曲させた靴の構造」にも、その目的と弯曲の固定度とに差異があるにしても、その形状の事例が認められるから、本願発明におけるこの形状については当業者の必要に応じ特別の考案力を要しないで容易に考えうるものと認められる。そして、右(一)の点は、(二)の形状の靴を造るために用うべき木型の形状に関するところ、皮靴の製造にあたり、造ろうとする靴の形状にふさわしい木型を用いることが既存の技術に属することはいうまでもないから、本願発明において、(二)の形状の靴をつくるために、その形状に相応する底部中央部分より先方を急激に弯曲しかつこれに相対して甲部を内部に向つて弯曲形成した木型を使用することは、右(二)の形状が前示のとおり特別の考案力を要するものと認められないことを考え合わせるとき、これもまた当業者において必要に応じ容易になしうるものということができる。つぎに、(三)の点は、(一)の点と相まつて、底皮中央部および甲皮における弯曲度を限定し、その甲皮前面が、靴をはいた場合に自然に水平状態に緊張して皺の発生を防止するように製造することを示している。けれども、通常(二)の形状の靴においてこれをはいて歩行する場合、人の体重が足のどの部分で支えられるかを論ずるまでもなく、平らな歩行面に接した平らでない靴の底は平らな状態になるように足指および足の裏によつて押圧され、したがつて、甲皮の弯曲部も緊張し、この押圧力が減ずればもとの状態にもどりこれがくり返えされることは、みやすいところである。そして、本願発明の靴においては、成立について争のない甲第一〇号証によつても明らかなとおり、靴の中央側面の部分は少々弛緩状態にあるが、この靴をはくと、弛緩部分は緊張し、底部前面に力が入り甲皮全面がほぼ水平状態になり甲皮が緊張し、該部に形成される皺が防止されるというのである。けれども、このような弛緩と緊張、伸張と収縮の構成が皮その他の弾性ある資材を用いて造る靴について、ひろく一般に利用されて来た技術に属することは疑のないところであることにかんがみ、これを以上に判断した(二)の形状の靴に結合するについても、特段の考案力の存在をまつまでもないことに属すると認められる。
なお、前示甲第一〇号証(本願発明の訂正明細書)によれば、本願発明にかかる靴においては、甲皮における皺の発生の防止ができるほか、甲皮のつや出し効果を良好にし、靴底の摺損度を少くし、靴の寿命を長くし、靴ずれ等を生じさせずはき心地を良くする効果が得られる旨指摘されているけれども、従来の製造法にかかる靴に比し、本願発明のものがこのような効果を特に顕著に有するものと認めるに足りる証拠はない。
右のとおりである以上、その余の点にわたつて判断をするまでもなく、引用例によつても容易に推考しうる(二)の形状の靴を(一)の木型を用いて(三)のとおり皺の発生を防止するように造ることは、当業者において必要に応じ特別の考案力を要しないですることができるものと認められるから、本願発明が格別の発明力を要することなく実施でき旧特許法第一条の発明を構成せず特許の要件を具備しないとした本件審決は、結局相当である。