東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)191号 判決
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【判決理由】右争いのない事実によれば、本願発明の要旨は、「弾性質物で短管体と摘み体とを一体に造り、その短管体は、管口縁部において薄く、他方口縁部と摘み体との連絡部を厚くなして、この部分か他方管口縁部の弾力より比較的強弾力ならしめたことを特徴とする男性精力増強具」にある。
二 本件における争点は、結局、本願発明が本件に適用のある旧特許法第三条第四号に規定された不特許事由に該当するか否かの一点である。
本願発明の器具は、前示のとおりの構成にかかるものであるところ、成立について争いのない甲第一号証(本願発明の明細書および図面)によれば、「陰茎を随時にぼつ起させ精力を増強させる用具」であり、これについて、その嵌設による弱圧の機械的狭さく刺激により海綿体に動脈血をみたしてぼつ起現象を生じ、一方、坐骨海綿体筋が収縮して静脈血の環流を妨げるため軽度のプリアピスムス状態となり右現象を永続させる旨の作用効果が記載されているだけで、原告主張のような治療的効果を有することは、この点に関する甲第四ないし第七号証の記載は当裁判所のたやすく信じ得ないところであり、他にこれを証する証拠がない。かえつて、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三(以下省略)によれば、本願発明の器具を使用するときは、(一)精液は外方へ射精されず、後部尿道内にうつ滞することになり、(イ)精液が精阜に開口している精のう腺および前立腺排せつ管内に逆流し、一回の器具使用によつても、感染の危険が起こりうるし、この感染は、比較的治り難く、ひとたび慢性化するときは一層難治となつて生涯苦しむことにもなりかねず、(ロ)右器具を長期にわたり使用した場合は、この逆流現象によつて精のう腺ないし前立腺が拡張し、のうしゆ化し、ひいては、腺の萎縮に陥る結果ともなり、のうしゆ化が起これば、排せつが悪くなり、そのためにも感染の危険が多くなる、(ハ)長期使用の結果は、さらに、陰茎静脈のうつ滞が長期にわたつて繰り返されることとなり、ついには、陰茎静脈りゆうの発生も当然予想され、この発生が高度になれば、その部の壊死が起こる危険さえあり、(二)たとえ、器具の使用中だけ陰茎がぼつ起できたとしても、以上と同じ理由で、衛生上人体に危害を及ぼすおそれがあり、いずれにしても、治療具として不適当なものであることが認められる。原告は、本願発明の器具の嵌設によつては微弱な接圧を与えるだけであるから、有害な精液や血液のうつ滞は生ぜず、衛生上人体に危害を及ぼすおそれはなく、これを危害を及ぼすおそれありとすることは机上の推察に過ぎない旨主張するけれども、前掲各書証ことに乙第二号証の一、同第五号証によれば、陰茎根部の周囲に圧迫を加え、それが動脈を閉塞せず、この動脈圧より圧の低い静脈だけを閉塞するような圧迫であれば、海綿体が充血しぼつ起するにいたるが、この場合、この圧迫を射精前に取り去ればただちにぼつ起は消失するし、もし、これを取り去らずに射精すれば、精液は外方に射出されず、後部尿道内にうつ滞するものであること、尿道内に細菌がある場合、たとえば、りん菌性尿道炎のとき、尿や精液の流出の阻害がなくてさえ、しばしば逆行性に前立腺炎や精のう腺炎が起こり、しかも、尿道内に細菌があつても自覚されないことがしばしばあること、尿路による上行感染は、下部尿路に通過障害があるとき、そうでないときに比べ、一層しばしば起こり、また、血行性の上行感染も、尿路に通過障害があるときには、そうでないときに比べ、その発生頻度が高く、このことは、実験上も明らかであり、学界で一般に認められていること、身体の他の場所に化のう性疾患、たとえば、むし歯、副鼻腔炎、皮膚の化のう性疾患、腸炎などがあれば、血液中に細菌が流れているので、右のような感染を起こすおそれがあること、本願発明の器具が陰茎根部に嵌設されていれば、尿道は、そこで細められている結果になり、完全に通路がしや断されていなくても(いわゆる完全ぼつ起した場合でも根部が軽いわずかの接圧だけを受けたかのような状態ということはありえない。)、感染が多くなることなどが認められ、これらの事実および本願発明の器具については後述のとおり乱用の弊を生ずるおそれがあることを考え合わせるときは、原告の右主張は、採用できない。以上の判断をくつがえすに足りる証拠はない。
右によれば、本願発明の器具は、衛生を害するおそれがあるものに該当することが明らかであるばかりでなく、その嵌設により、結局、性交を可能ないし性交可能回数を増加することを主目的とするものに帰し、仮に、これが本来いわゆる不全症者や精力の減退した者を対象としようとするものであるとしても、(これについて格別の治療的効果を期待することができないばかりでなく、かえつて、不慮の疾患を招くおそれのあることは前に述べたところである。)いわゆる十全者においても、必要に応じ簡易に用いえ、用いたときの作用効果は、両者少しも異ならないことは明らかであり、ひいて、ことがらの性質上、ひろく十全者にも、ただ性交回数を不自然に増加するための用具として随時用いられ、いたずらに情欲を刺激し、いきおい乱用の弊を生ずるにいたるおそれがあることは、みやすいところであるから、このようなものは、国家社会の一般的利益もしくは道徳観念をそこなうおそれがあり、審決がいうように、秩序もしくは風俗をみだるおそれがあるものともいいうべく、いずれにしても、独占的支配権たる特許権を付与し国家的に保護するにふさわしいものと認めえないことはいうまでもない。
原告は、子宮保温器、コンドーム、鋭利な刃物等多くの例を挙げこれらが特許または登録されている以上、本願発明も特許されるべきである旨主張するけれども、発明の実施によつて生産される物が他の目的に転用でき、ときにその転用の結果が秩序または風俗をみだるおそれを生ずることがありうるとしても、その転用が社会生活上ないし良識上きわめて異常であつて、一般的には該転用のおそれがまずない場合や、転用に反社会性を付与するにいたる具体的目的ないし事情が、発明本来の目的に対し、関連の稀薄な場合であつて、その発明自体としては反社会性を問題とするに足りないときには、右発明は、秩序もしくは風俗を害するものに該当しないと解するのが相当であるところ、これにもとづいて考えるときは、原告の右主張も、以上の判断を左右するに足りないことが明らかである。(原 増司 影山 勇 荒木秀一)