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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)27号 判決 1965年10月28日

原告 ジヤパツクス株式会社

被告 特許庁長官

主文

昭和三十三年抗告審判第二四二九号事件について、特許庁が昭和三十六年二月二十一日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告請求原因

(特許庁における手続経過)

一  原告は昭和三十年九月四日井上潔から、同人の発明「火花放電利用加工装置」について、特許を受ける権利を譲り受け、同年九月十四日特許出願をしたが(同年特許願第二四四四八号)、昭和三十三年八月三十日拒絶査定があつたので、これに対して同年十月二日抗告審判を請求した(同年抗告審判第二四二九号)。

特許庁は昭和三十六年二月二十一日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書の謄本は同年三月一日原告に送達された。

なお、原告は従前の商号「株式会社日本放電加工研究所」を昭和三十五年二月十九日現商号に変更したものである。

(審決の内容)

二 審決においては、本願発明の要旨を、「昭和三十二年十月九日付の訂正明細書および図面の記載からみて、直流電圧に基く蓄電器の充放電電圧と高周波電圧とを重畳して、被加工体と加工電極とよりなる放電加工間隙に印加することを特徴とする火花放電利用加工装置にあるもの」と認め、

一方拒絶査定において拒絶の理由として引用した特許出願公告昭和二六―六九〇七号公報について、「該公報には加工電極と被加工物とを水又は絶縁性液中に浸漬してその両者間に高周波及び直流電気を重畳して印加することを要旨とする放電加工装置に関する記載がある」とし、

本願発明はこの引用公報のものと要旨を等しくするものとして、右拒絶査定に違法はないものと認めた。

(取消を求める理由)

三 しかしながら、本件審決は本願発明の内容および出願前の公知事実の認定に重大な誤りを犯し、違法であつて取消を免れない。

(従来法と本願発明のねらい)

(一)  本願発明は、蓄電器の充放電を利用する放電加工装置の改良に関するものであり、しかも蓄電器によつて生じる直流電圧と高周波電源による高周波電圧とを直列にし、相加つた電圧によつて放電加工を行う点に改良点がある。

従来の蓄電器の充放電による放電加工装置は別紙比較図の第一図に示すような回路を有している。図においてEは直流電源、Rは抵抗、Sはスイツチ、Cは蓄電器、Gは放電加工部、Wは被加工物およびTは加工電極であつて、WおよびTは絶縁性液中に浸漬されてある間隔をおく。この回路において、スイツチSを閉じると、蓄電器Cは電源Eから抵抗Rを流れる電流によつて充電され、次第にその電極間の電圧は増大し、この電圧が加工電極Tと被加工物Wとの間の間隔によつて定まる一定の放電電圧の大きさに達するとTW間に放電によつてCの電極間の電圧が下ると前記放電は止み、この状態がくり返されて放電の際に被加工物は加工を受けるのである。

そして蓄電器が充電されて一定電圧に達するまでの時間は、この蓄電器Cの容量および抵抗Rの大きさによつて決定されるから、前記放電の単位時間内における繰返し回数もおのずから限定されてくる。

このような蓄電器の充放電を利用する放電加工装置は業者間に本願発明の出願前周知のところに属していた。

本願発明は、このような従来の放電加工装置において、蓄電器の直流電圧と高周波電圧とを直列とし、これを加工電極と被加工物との間に加えるようにしたものでその要点を図示すると別紙比較図の第二図の通りである。Hは高周波電源でここで発生した高周波は一次コイルL1および二次コイルL2を経て放電回路に与えられている(なお、蓄電器充電時間を早くするため第一図における抵抗Rは本回路においては省かれている。)。

このように蓄電器Cによる直流電圧とL2から与えられる高周波電圧とが直列にTW間に加えられており、高周波電圧は半サイクルごとにその電圧方向が逆になるから、蓄電器による直流電圧の方向と高周波電圧の方向とが同一の場合はその大きさが足され、高周波電圧のある大きさの時点においてTW間に放電が開始され、蓄電器Cに蓄えられていた電荷が放電する。そしてさきの電圧方向が次の半サイクルにおいて逆になると両者の大きさは差引かれることとなつて、高周波電圧のある大きさの時点においてTW間の放電は止む。このような状態がくり返されて、放電の際に被加工物は加工を受けることになる。

このような回路によれば、単位時間内における放電回数は直流電源と直列に挿入された高周波電源の周波数によつて決定され、そして放電回数は放電加工の量を決定するから、周波数を適当に選定することによつて放電加工量を増大させることができる。

また、蓄電器の直流電圧に高周波電圧が加わつたものが放電開始電圧になればよいのであるから、高周波電圧はそれほど大きくなくてもよいし、その電源は小さな容量のもので足りる。

このように高周波電源によつて放電のきつかけを作り、蓄電器に蓄えられていた大きい電荷の放電によつて多くの放電電流を生じ加工が有効に行われるのである。

このように、本願発明は、蓄電器の充放電を利用して加工用電極と被加工体との間に火花放電を生じさせて加工を行う装置の改良に関するものであつて、あくまでも加工を行う主体は蓄電器に充電されていた直流の放電によるものであつて、同時に用いられる高周波は単に前記放電のきつかけを作るために使用するにすぎず、この高周波で加工を行うことを目指しているのではない。

従来この種蓄電器充電型の加工では蓄電器に充電された大量の電荷を利用できるという利点はあるが、蓄電器の大きさと充電回路の抵抗の大きさによつて放電の単位時間における繰返し回数が自ら限定され、実際上比較的少い値であつた。

本発明はこの放電回数を増大させ、また調整できるようにするために発明されたもので、これを蓄電器の充電圧と高周波電圧とを直列とし、その和の電圧によつて加工用電極と被加工体との間に火花放電を開始させることによつて初めて達成できたのである。蓄電器の充電電圧と高周波電圧とを直列とし、その和の電圧を加工用電極と被加工体との間に加えると、単に蓄電器を充電して放電開始電圧に達するに至るまでの時間より早く放電開始電圧に達することができるし、この時間は加える高周波の周波数によつても電圧の大きさによつても加減できるから、右のような目的を達することができるのである。

この場合高周波の方はこれによつて加工を行うのが目的ではなく、その電圧と蓄電器の充電電圧との加わつたものが放電開始電圧になればよいのであるから、大きい電圧および電流を必要とせず、大きい高周波電源装置を用いないですむのである。

本願発明は、蓄電器充放電型の火花放電利用加工装置であること、蓄電器の充電電圧と高周波電圧とを直列とし、その和の電圧で加工電極と被加工体との間に火花放電を開始させることの二つを組合せたところに本願発明の実質があり、これによつて特殊の効果を奏するのである。

(引例の技術内容)

(二) これに対し、本件審決において引用された特公昭二六―六九〇七号公報の記載内容についてみるに、

この公報記載の発明は、加工電極と加工対象物とを水または絶縁性液中に浸漬しその両者間に高周波および直流電気を同時に印加することを特徴とする金属体の電蝕方法であつて、その回路は右公報記載の第二図から判断されるように、8、9という加工および被加工電極に対して、直流電源は電池12から塞流線輪13を介して、また高周波電源はコイル3直流阻止蓄電器14を介して、それぞれ両端子が接続されている。すなわち、直流電源と高周波電源とが加工用放電電極に対し並列に挿入されているものである。しかも直流は電池12から電極に与えられており、蓄電器の充放電によつて与えられているのではない。

このような回路になつているため、直流電圧と高周波電圧とが並列に電極間に加えられているから両者の方向が同一の場合でもその大きさが加わることもなく、しかも、直流電圧が単独で放電を起し得る電圧では継続的なアーク放電が起つて、加工の目的を達しないから、この場合高周波電圧は単独で放電を開始し得る大きさでなければならず、したがつて、大容量の高周波電源を必要とする。

このように、この高周波による放電は単独でも行われうるもので、この高周波放電と同時に直流放電をも行わせるのがこの発明の要旨であつて、蓄電器の電圧に高周波電圧を加え、放電電圧以上に高めることによつて放電を開始させようとする思想は少しも含まれていないし、またそれを示唆するような記載は存在していない。

すなわち、引例には蓄電器充放電型の放電加工装置において電極と被加工体との間に高周波と直流とを重畳させることも示していなければその際とくに高周波電圧と直流電圧とを直列にし、その和の電圧で火花放電を開始させることについても全く触れておらず、しかもこのことによつて引例には全く説明されていない別異の作用効果を生ずる以上引例と本願発明とは別個の発明であると解するのが当然である。

さらに詳言すれば、本件審決において引用する特許出願公告昭二六―六九〇七号公報の発明の詳細なる説明の項においては、まず高周波のみを用いた加工方法について説明があり、「先づ高周波発振装置(1)を励発し次に水中において金属棒(8)、(9)の先端を相接せしめた上、引離すときは、両先端を橋絡する火花放電が発生するのを見るであろう。(中略)この現象に伴う金属棒先端の消耗は極めて迅速であり、消耗面は精滑である。この方式に於て、両電極間に同種の金属又は電気良導体を用うる時は、其の消耗率は両者全然均等である。」としており、次に右発明の説明に入り、「次に第2図に見る様に直流電源を己在の高周波電源に併用して、金属棒(8)、(9)に夫々連結して見る。(中略)第1図の装置に於ては両電極に同一物質を用うる時は己述の通り其の消耗率は両者均等であるが、第2図の装置に於ては消耗率は一方に高く、他方は著しく減少されることを知る。」としており、これに続いて両極に用いる金属類の種別の組み合せいかんによつても消耗比が著しく相異することが説明され、以下この発明の実施例についての詳細な説明が行われているが、特許請求の範囲には「本文に詳記し図面に示す如く加工電極と加工対象物とを水又は絶縁性液中に浸漬し、其の両者間に高周波及び直流電気を同時に印加することを特徴とする金属体の電触方法」と記載されており、この記載と前記説明から判断すると、この発明は高周波による加工と直流による加工とを一緒に行うという点に眼目があると解される。そして二つの電極の間に高周波を与えて行う加工と二つの電極の間に直流を与えて行う加工とを一緒に行うのであるから、これは第二図に示されたように直流電源を己在の高周波電源に併用して二つの電極に連結すること、すなわち、高周波電源に対し、直流電源を並列に使用するものと解されるべきである。また事実これ以外の実施例も示されていないのである。

また右公報のうちには「之に更に直流電圧を重畳累加してやると亜鉛の消耗比率は俄然百倍近く高騰する。」との記載(第二頁左欄第一、二行)があるが、この場合の「直流電圧の重畳累加」もその記載の意味するところはやはり、第二図のように高周波電源と直流電源とを二つの電極に接続し、高周波電圧と直流電圧とを並列して同時に加えることを指しているのである。

以上を要するに、引用例に示されている発明は高周波による加工と直流による加工を一緒に行うことそしてそれは二つの電極に高周波電圧と直流電圧とを並列に加えて行われることについてのものであつて、これ以外の放電加工法についてはまつたく記載されていない。

しかも、この加工法によつて、直流電源の電圧および電流を大にすると電極間の放電は継続したままになり、放電加工は行われなくなつてしまうから、同時に加える高周波の方の電圧および電流を大にする必要を生じ、本願発明のように、高周波電圧は、蓄電器に放電のきつかけを与えるだけのものであればよいのとはその高周波電源の大きさの点で大差があり、両者間に作用効果上著しい差異があるというべきである。

(本願発明と引例の対比)

(三) 本件審決は、引例が本願発明と要旨を等しくするものと認定しているが、この認定は誤りである。

(蓄電器充放電の有無)

(1)  本願発明は蓄電器充放電を利用する放電加工装置であるが、引例はこれを利用するものではない。

前述したように、蓄電器充放電を利用する放電加工装置は直流電源で蓄電器を充電し、この蓄えた電荷を一挙に放電間隙に流すことによつて有効な放電加工を行いうるものであるが、引例における放電加工装置においてはこのような方法をとつていない。

しかも、本願発明はこの型の放電加工装置にあつて、従来放電回路の抵抗、蓄電器容量等のいわゆる時定数によつて単位時間内における繰返し放電回数が限定されていたのを、高周波電源をも用いることによつてその放電回数を所望の通り調整しうるようにしようというものであるから、両者はその技術的思想において全く相違している。

(直列と並列)

(2) 本願発明における高周波電圧の重畳が引例においても行われているとする本件審決の認定も不当である。

本願発明における高周波電圧の重量とは直流電圧に対して高周波電圧が直列に加わることを意味し、このことによつて放電電圧は直流電圧と高周波電圧との和によつて決定され、高周波電圧はそれほど高くなくても放電のきつかけを作つてやることができ、単位時間における放電回数を所望の通り制御することができるし、その際の高周波電源は大容量のものを必要としないのである。

これに対し、引例においては、高周波電圧と直流電圧とを並列に放電間隙に対し加えることが記載されているに止まり、両者を直列に加えることについては何ら記載なく、両者とも高周波および直流を用いているからといつてその要旨が同一であると認定したことは誤りである。

第三被告の答弁、その他の主張

一  請求原因第一、二項に記載された特許庁における手続経過および本件審決の内容は争わない。第三項以下の主張は争う。

二  本件審決は、本願発明の要旨を、出願当初の明細書を基準とし、昭和三十二年十月九日提出の訂正明細書から判断して審理し、これを本件審決に示す通りに認定し、引用例と対比してその要旨を等しくするものであると判断したのである。

すなわち、本件審決において判断の対象としたところ、前記訂正明細書に記載されたところであつて、原告が本訴で主張する発明は右の記載されたところには適切に表現されていないし、また特許庁における手続の段階においては主張もされていなかつたのである。

そこで本願発明と引例とを対比してみると、両者はともに放電加工装置において直流電源と高周波電源とを併用した点において一致しており、原告の指摘する相違点も

(1)  前者は放電加工の電源を「直流電圧に基く蓄電器の充放電電圧」と規定しているのに対し、後者はこの点が明確でないこと

(2)  前者は高周波の供給方式を「重畳」という用語で表現しているのに対し、後者は「同時に印加する」と表現していること に由来する。

ところで放電加工は絶縁性液体中において、放電間隙に間歇的な放電を生起させることを必須要件とするものであつて、断続する電流を供給する方式のものでなければ放電加工ではない(持続派電流であればアーク放電となり、熔接や切断の場合と同一現象となる。)。したがつて、両者は放電加工という限りにおいては、ともにその回路電流はパルス波形の形態をとることはいうまでもない。

前者の「直流電圧に基く蓄電器の充放電電圧」によりパルス電流を得ることは、もつとも簡単な、基本的なパルス電流発生方式の一であつて、放電加工用電源として、従来からもつとも広く一般に採用されている方式である。したがつて、後者においてこの点が明確でなく、しかも図面に示された実施例が蓄電器充放電の形式をとつていなくても後者が放電加工に関する発明である限り、引例の記載全般からすればパルス電流発生方式の一として前者の蓄電器充放電方式を類推することは当業者にとつて、容易なわざといわざるを得ない。要するに前記の相違点(1)は両者をして別異の発明とするに足る要因とはなりえない。

次に両者間の相違点(2)についてみるに、引用例においては「同時に印加する」ということについて、その公報第二頁左欄第一行および第三頁右欄第十行において「重畳累加」と説明しているのであつて、前者の「重畳」とはつきり区別することはできない。

原告は前者の重畳を直列重畳(電圧重畳)とし、後者のそれを並列重畳(電流重畳)であるとし、両者は相違する旨主張するが、後者の公報図面に示されている一実施例は原告主張の通り電流重畳であるとはいえ、前述のような記載は電圧重畳を意味するものであるから、前者の「重畳」と後者の「同時印加」との間に差異はなく、この点においても両者を別異の発明とすることはできない。

なお、作用効果の点についてみても、後者の引例も放電加工であるから、本願発明と同様その放電間隙を流れる電流はパルス電流であろうことは疑なく、この場合高周波電圧の周波数が放電繰返し回数を決定することは自明であり、直流がこれに重畳するであろうことは容易に類推できる。要するに両者は作用効果においてもはつきり区別しえない以上別異の発明とすることはできない。

原告が本願発明を新規であると主張するよりどころは、高周波と直流の和によつて放電を行い、かつその繰返回数を決定するという点にあるものと考えられるが、この想象は理論上の説明はつくかもしれないが、実際のことは波形写真でも見なければ確信はもてない。しかし、このような現象が現実にあつたとしても、それは本願発明の奏する作用効果であつて、引用例にはこの現象の説明はなくても、引用例が本願発明とその構成を等しくする限りにおいて、引用例も当然保有するであろう作用効果であつて、原告が発明であると主張する点は公知のものも奏していたであろう作用効果の単なる発見であつて、この作用効果を具現するための特定の技術手段を欠く本願発明を旧特許法第一条のいう発明をしたものとすることはできない。

一般に放電加工装置は絶縁性液中において、被加工物を一方の電極とし、火花放電によつて穿孔その他の加工を行う装置であつて、加工電流はいわゆるパルス波形(断続波)でなければならない。そして断続する電流を発生させるための方式はいろいろ考えられているが、直流電圧に基く蓄電器の充放電方式を除外して考えることはできないから、本願発明が蓄電器充放電方式の放電加工装置と規定したからといつて、これが特別の放電加工装置を意味することにはならない。

しかも、「同時に印加する」には、直列接続(電圧重畳)および並列接続(電流重畳)の二つの場合があり、引例の図面には並列接続の場合が図示されているほか、その詳細の説明のうちに「重畳累加」との説明があり、直列接続(電圧重畳)が示唆されている。したがつて、引例のものも放電加工に関するものであるから当然直流電圧に基く蓄電器の充放電方式のものも包含しており、これに右の直列接続のものを組合せたものは正に本願発明のものと相等しいこととなるのであつて、審決はこの趣旨において両者を相等しいものとしているのであり、そこに何らの不当もない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  原告請求原因第一、二項に記載の、特許庁における手続経過および本件審決の内容に関する事実は、被告も争わないところである。

(本願発明と引例の目的)

二  その成立に争のない甲第七号証の記載によると、本願発明の要旨とするところは、本件審決において認定した通り、「直流電圧に基づく蓄電器の充放電電圧と高周波電圧とを重畳して、被加工体と加工電極とよりなる放電加工間隙に印加することを特徴とする火花放電利用加工装置」にあることが認められる。

そして右の証拠の記載のうち「発明の詳細なる説明」の項には、本願発明の目的は直流電圧に基づく蓄電器の充放電電圧に高周波電圧を重畳した電圧によつて放電を行い、かつ放電繰返し回数を高周波電圧の周波数によつて決定することにより、確実に放電および消弧をすることができ、高精度の加工を高速度に行うことを可能ならしめることにあることが記載されていることが認められる。

一方、本件審決が本願発明の拒絶理由に引用した特許出願公告昭二六―六九〇七号公報についてみるに、その成立に争いのない甲第十六号証の記載によれば、右公報には「加工電極と加工対象物とを水または絶縁性液中に浸漬し、その両者間に高周波および直流電気を同時に印加することを特徴とする金属体の電蝕方法およびその装置」が記載されており、その発明の構想は、高周波電流によつて金属体の電蝕加工を行うに当つて、直流電流をこれと併用することにより、高周波電流のみでは不可能な加工を可能とし、同時に加工速度を高めること、すなわち、高周波電流のみの場合は、両電極が同等またはその物質個有の消耗率に従つて消耗して行くものを、直流電流を高周波電流と併用することによつて、一方の電極の消耗を少く、他方の電極(加工対象物)の消耗(電蝕加工)を大にして加工の目的を達しようとするところにあると認められる。

(両者の対比)

三  そこで以上の両者を対比してみると、本願発明は直流電圧に基づく蓄電器の充放電電圧に高周波電圧を重畳した電圧によつて放電を行うものであつて、その放電間隙には、蓄電器の充放電によつて発生するパルス電圧に、高周波電圧が直列に重畳された電圧が印加され、その放電繰返し回数は高周波電圧の周波数によつて決定されるものであるのに対し、引用例記載のものは、高周波電圧と直流電圧は放電間隙に並列に印加され、高周波電流と直流電流とを重畳した電流が放電間隙を流れるものであるから、両者はともに直流電源と高周波電源とを併用する点、および加工の目的が金属体の電蝕である点で一致しているけれども、本願発明が、その放電回路にパルス電圧発生用の蓄電器を有しているのに対し、引用例にはこれを有していないこと、また、本願発明が、二つの電圧が直列重畳の型式をとるのに対し、引用例のものは並例重畳の型式をとつているから、その両者は構成を異にしているということができる。

のみならず、本願発明によれば、蓄電器の充放電電圧に高周波電圧が重畳された結果、放電繰返し回数を高周波電圧の周波数によつて決定することができるようになつたこと、しかもこの装置によつて、確実な放電および消弧を行わせることによつて、単位時間内の放電繰回し回数を多くすることができるようになつたこと、すなわち、通常の蓄電器充放電方式のものにあつては、放電繰返し回数を増加させて行くと、パルス電流によつて生ずる波形は次第は連続した鋸歯状波となり、ついには持続波となつて放電加工の目的を達することができなくなるのに、高周波電圧の周波数による放電繰返し回数の決定という方法によつて、前記の難点を超えて、右通常のものの限度以上に加工速度を高めることを可能ならしめたことが認められるから、このような作用効果は、引用例からは到底考え及ばないところであるといわなければならない。

被告は、放電加工方式において、直流電圧に基づく蓄電器の充放電の方式は、もつとも基本的な方式であるから、引例が放電加工に関する発明である限り、その放電間隙を流れる電流はパルス電流であり、高周波電圧の周波数が放電繰返し回数を決定することは自明である旨主張する。

しかし、引例のものは、高周波電流による加工を主眼とし、これに直流電流を並用することによつて、その一方の電極である被加工物の消耗率あるいは電蝕率を高めようとするものであるのに対し、本願発明は、直流電圧に基づく蓄電器の充放電方式による加工方式を主とし、そのパルス電流に高周波電圧を直列重畳することによつて、放電繰返し回数を増加させようとするものであるから、引例のものからは、放電加工方式において高周波と直流電流を併用することだけは十分これを窺うことができるのではあるが、さらに進んで、さきに認定したように、本願のもののねらいとする高周波をもつてパルス電流を制御しようとする思想がこれに表わされているものとはとうていこれを認め難いところであり、また、それが示唆されているということもできない。

もつとも、両者の請求の範囲に記載されたところには、本願発明が、「直流電圧に基づく、、、、充放電電圧と高周波電圧とを重畳して被加工体と加工電極とよりなる放電加工間隙に印加する」とあるのに対し、引用例のそれは「加工電極と被加工物との両者間に高周波および直流電気を同時に印加する」とあるので、その表現自体からすれば、両者は正に相一致するかの観がないではない。しかし、引用例と本願発明は前述のように、その課題とするところを異にし、また解決の手段をも異にしているものであつて、その各請求範囲の記載においても、本願のものでは「充放電電圧と高周波電圧とを重畳印加する」ものとせられるに対し、引用例のものにあつては「高周波及び直流電気を同時に印加する」とせられており、この両者間の表現の差異は、右認定の両者間における解決すべき課題及び手段の相違から考え、また両者の明細書における発明の詳細なる説明欄の記載及びその実施例を示す図面の記載から見て、前者の「重畳印加」は「直列重畳(電圧重畳)」による印加を意味し、後者の「同時印加」は「並列重畳(電流重畳)」による印加を意味するものであり、両者はその表現の類似にもかかわらず、思想的には全く相違したものであり、両者は全く別異の発明であると認めるのが相当である。(ただ、本願のものが右の趣旨を明確にするため、請求範囲の記載においても、より的確な表現のせられることが望ましかつたことはいうをまたないところではあるが)。

なお、引例の「詳細なる説明」のうちには電圧の「重畳累加」の文字があることは被告の指摘する通りではあるが、その実施例および説明についてみれば、明白に電流重畳の場合のみについて述べており、電圧重畳の場合については何の説明もないから、引例のものにおいては電圧重畳の場合を考慮していたものとは認められず、この「重畳累加」の文字も「電圧の」とは記載せられてはいるが、実質的には電流重畳の意味において使用せられたにすぎないものと解するのが相当である。

さらに、引用例の詳細な説明のうちには、当業者は必要に応じ本発明の要旨内において種々の設計形態を案出することは容易である旨の記載があるが、これも引用例が一方の電極である対象金属の消耗率を高めるという目的から、その対象金属の選択その他加工方法の具体的態様に種々の変更を加えうることを述べたにとどまり、本願発明のように、直流電圧を高周波によつて制御し、パルス放電の利点をさらに効果的にしようとするところまでを考慮しての記載とは到底認め難いところであるとともに、また事実引例公報の記載から本願発明が容易に推考できる範囲のものでもなく、またその設計変更程度のものでないことは、前に説明したところからして既に明らかである。

結局、本願発明は、引用例とは、その解決しようとする課題とその解決方法を異にするものであり、しかも、引用例からは容易に考えられるものとはいえないから、この引用例をもつて本願発明を拒絶すべきものとした本件審決は失当として取消を免れない。

なお、被告は、本願発明の明細書が、特許明細書として必ずしも適切ではない旨主張するところがあるが、その成立に争のない甲第七号証の記載によれば、右明細書の記載が必ずしも充分に説明を尽しているとはいい難いが、さきに認定したような本願発明の構想、構成およびその作用効果を理解することができないといいきれるほどのものではないから、そのことの故に前記の結論を左右することはできず、したがつて、本願のものと本訴において原告の主張するところのものとはその趣旨が異なるものとする被告の主張もこれを採用することはできない。

(むすび)

四  よつて、原告の請求はこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 古原勇雄 田倉整)

(別紙) 従来法と本願発明の各装置の比較図<省略>

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