東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)57号 判決
本件昭和二八年実用新案登録願第三二二一八号「ガソリンその他の油剤用メカニカルシール」は昭和二八年一〇月二七日原告において出願し、その明細書は二回にわたつて訂正されたが、その考案(以下本件考案という)の要旨は、「(a)――軸(1)とケーシング間に取着けた静止密封管(5)と回転密封管(6)との両端面が密接して軸(1)に垂直な転摺密封端面(S)を形成するようにし、回転密封管(6)はスプリング(12)で押圧するようにし、
(b)――一方の密封管はCo40~55%、Cr15~35%、W5~22%、Fe0~5%、C0~5%、Mo0~10%、V0~5%の配合から成るコバルト合金の端面(6)を有する密封管とし、
(C)――他方の密封管はPb20~42%、Sn10%以下、他元素7%以下、不純物5%以下、残部Cuの配合から成る高鉛青銅としてなるガソリンその他の油剤用メカニカルシールの構造」
であることが認められ、また本件考案の作用効果に関しては前記甲第一五号証(本件実用新案登録願の実用新案公報)に「従来ガソリンその他の油剤の密封用メカニカルシールは密封管の一方にカーボンを用いるのを常とした。これは一般に油剤の潤滑性は極めて悪い上に、メカニカルシールの転摺密封端面は殆んど給液されない半固体摩擦であつて、摩擦条件が極度に悪いため、転摺密封端面上にカーボン被膜を造りカーボンを潤滑剤となさしめて、この悪条件を克服しているのである。しかしながらカーボンは自体有孔質であり、カーボンを多量に含有する合成物質は必然的に多孔質のものとなる。したがつて油剤等に用いると、密封管を通過する所謂浸透漏洩が多く、かつまた転摺密封端面上のカーボン被膜附近を漏出する接触面漏洩も相当の量に上るのである。さらにまたカーボンを多量に含有する合成物質は特にもろいため製作、取扱いが不便である等種々の欠点がある。この考案は如上の欠点を除き、かつ種々の腐蝕性不純物の混入している油剤をも長期に亘つて完全に密封し得られるメカニカルシールを得ようとするものである。すなわち本案では耐蝕的であり、かつ耐摩性の大きいコバルト合金の端面を有する密封管と、高鉛青銅の端面を有する密封管とを、これらコバルト合金と高鉛青銅とによつて、転摺密封端面を形成するように構成したメカニカルシールにより前述のカーボンの欠点を除いた理想的な油剤用メカニカルシールを得たもので、従来不可能とされたところの金属密封管と金属密封管との組合せによる油剤の完全密封を成し遂げ、しかも油剤に対し対蝕性、耐久性および密封性の大なるメカニカルシールとなし得たものである。」
と記載されていることが認められる。
次に成立に争いのない甲第一八号証、乙第二号証の一、二、第三号証の一、二によると、
(1) 審決において引用された「ペトロリウム、リフアイナ西暦一九五三年九月号」(審判手続における甲第一号証)は昭和二八年一〇月九日に横浜国立大学に受け入れられたもので、これには
(a′)――軸とケーシングの間に取り着けた静止密封管と回転密封管と両端面が密接して軸に垂直な転摺密封端面を形成し、回転密封管はスプリングで押圧したメカニカルシールの構造、
(b′)――一方の密封管にはステライトの如き硬い端面を有することが必要であること、
(c′)――他方の密封管の材料としてカーボンの代りに青銅を用いられること
の記載(以下第一引用例という。)があることが認められ、
(2) また審決において引用された「工業材料便覧」(当審における乙第三号証の一、二で審判手続における甲第三号証)(以下第二引用例という。)は、東京都文京区金助町二番地株式会社理工出版社が昭和二五年一一月二五日に発行したものであり、その記載によると
「軸受合金としてPb20%以上、Sn10%以下の高鉛青銅が従来使用されていたこと」
および
「ステライトとはCo、Cr、Wを主成分とするコバルト合金であること」
が認められる。
そこで本件考案と審決における第一引用例とを対比してみると、前者における(a)および(b)は後者における(a′)および(b′)に、それぞれ相当し、この点において両者は一致するが、前者の(c)すなわち「一方の密封管がPb20%~42%、Sn10%以下、他元素7%以下、不純物5%以下、残部Cuの配合から成る高鉛青銅としてなる」に対し、後者の(C′)すなわち「一方の密封管が青銅を用いたものである」の点において両者は相違する。しかるに、この点における前者の構造(C)が審決引用の文献から当業者の考案力を要しないで容易になし得るものであると判断した本件審決の理由が前記のとおりであることは当事者間に争いのないところである。
原告は審決の理由中の「メカニカルシールが技術的には一種の推力軸受の役割をなす面がある」というようなことはないと主張する。しかし本件考案および第一引用例におけるようなメカニカルシールは、被告のいうようにその密封管は静止部分と背後から軸方向にスプリング圧力のかかつた回転部分とが転摺密接するものであるとするのは相当であるから、右メカニカルシールは右の静止部分と回転部分との対抗面でそのスプリング圧力を支えているものであつて、したがつてメカニカルシールは軸方向の圧力を支える面を有するものであるといえる。
前記審決理由中の「メカニカルシールが技術的には一種の推力軸受の役割をなす面がある」旨は、右のような意味のことを指しているものと解され、必ずしもメカニカルシールと推力軸受とを同一視しているものではないと解されるから、前記のような原告の非難は当らない。
さらに「メカニカルシールにおいて静止部分と背後から圧力のかかつた回転部分とが摺接するものであつて、これはあたかも推力軸受における関係と機械的作用においては類似するものである」旨の被告の主張に対し、原告はその類似点は部分が相対的摺動を行なうという点で類似するにすぎないし、その接触圧は密接を行わせるためのバネ圧にすぎない旨を主張する。
しかし推力軸受は転摺密接し、圧力を支えているものであるから、転摺密接し、圧力を支えている部材である点において、メカニカルシールと推力軸受が類似点を有するものであるといえる。
前記被告の主張は右のような意味のことを指しているものと解されるから、前記のような原告の非難は当らない。
メカニカルシールと推力軸受とは、前示のような意味において類似点を有するから、本件考案と第一引用例の相違点における本件考案の構造(C)が当業者の考案力を要しないで容易になし得るものであるかどうかの判断に当つて、右推力軸受に用い得べき軸受合金を例示することは必ずしも不当ではないといえる。
原告は第一引用例の(C′)すなわち「一方の密封管が青銅を用いたものである」のに対し、本件考案の(C)すなわち「一方の密封管がPb20~42%、Sn10%以下、他元素7%以下、不純物5%以下、残部Cuの配合から成る高鉛青銅としてなる」の点において、両者が相違し、本件考案の要素がこの(C)に存する旨を主張する。
しかし右(C)点と殆んど同一の配合から成る(後記なお書き参照)高鉛青銅(第二引用例)はすでに説示したとおり軸受合金として本件実用新案登録出願前公知であるばかりでなく、他方本件考案が第一引用例に比し前記のような相違を有するために、両者間に作用効果上格別の差異をもたらすものであることを認めるべき証拠がないから、前記相違点は微差であつて、右相違点における本件考案の構造(C)が当業者の考案力を要しないで容易になし得るものであるとするのはあながち無理でない。
なお本件考案における高鉛青銅はPb20~42%、Sn10%以下、他元素7%以下不純物5%以下、残部Cuの配合から成るのに対し、第二引用例における高鉛青銅はこれと配合が幾分相違するが、この間の相違は微差であるから、前記認定を左右するものでない。
右のとおりである以上、本件考案を当業者において引用例の公知技術にもとづき容易に推考しうるものであり、旧実用新案法第一条の考案を構成しないものとした本件審決は相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。