東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)64号 判決 1962年11月15日
原告 大東スレート株式会社
被告 藤中工業株式会社
主文
昭和三一年抗告審判第一、七〇三号事件について、特許庁が昭和三六年四月二八日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのように述べた。
一 訴外中岡隆夫は、同人の発明にかかり、昭和二五年一二月二五日出願、同二七年七月一七日登録された特許第一九五一九〇号「コンクリート建築物の平屋根」の特許権を有していたが、被告は、同二八年六月一五日同人からこれを譲り受け、同月一七日その移転登録を経て右特許権を取得した。
訴外株式会社リユーガ商工社は、これより前昭和二八年四月二日特許権者中岡隆夫を被請求人として特許庁に対し右特許の無効審判を請求し(昭和二八年審判第一〇四号事件)、被告は被請求人の地位を承継したが、特許庁は、昭和三一年六月二六日右請求を容れ、右特許を無効とする旨の審決をした。被告は右審決に対し同年八月六日抗告審判を請求したのであるが(昭和三一年抗告審判第一、七〇三号事件)、原告は、同三三年六月二八日に利害関係人として抗告審判被請求人である株式会社リユーガ商工社側に参加すべき旨の申請をし、同三四年七月二九日参加の許可を受け、爾来参加人として抗告審判に関与したものであるところ、特許庁は、同三六年四月二八日に「原審決を破毀する。審判請求人の申立は成り立たない。」旨の審決をなし、右審決の謄本は同年五月二〇日原告に送達された。
二 抗告審判の審決の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、本件特許第一九五一九〇号の発明は、コンクリート建築物の平屋根において、(イ)コンクリートの基層とその上方に一定の間隔を存して形成した被層とから成ること、(ロ)被層を漏洩する雨水があるときは基被両層間の間隙を流れて樋に至るように構成されていること、との二要件の不可分的な結合関係から成るものであつて、基被両層間に間隙を設けて基層上に漏れた雨水は右間隙を流通し樋に至るように構成し、その排水を積極的に考えている点に従来みられなかつた特色、考案が存する。従来の瓦葺屋根等のごとき傾斜の大きい屋根が、本件発明と同様に被層である瓦と基層であるコケラ葺の両層から成り、瓦から漏れた雨水がコケラ葺の上を流れて樋に至ることがあるとしても、コケラ葺の場合等はさほど排水という点を考えているといえないし、また、傾斜の大きく排水良好な瓦葺屋根等を本件のようなコンクリート平屋根と同一視し、これを引用して本件特許発明の排水にかかる考案をあえて発明力を要しないものということはできない。また、特許第八八八九二号のごとく、一定の間隔を存して形成した基被両層より成るコンクリート平屋根が本件特許出願前すでに公知であつた事実はこれを認め、さらに、従来のコンクリート平屋根の排水構造が、基層であるコンクリート上にモルタル、アスフアルト等による防水層を設け、さらにそれを漏水性あるシンダーコンクリートで押え、これにタイル等を貼付するという方法がとられており、被層であるタイル等を漏洩した雨水が基層の防水層上を伝つて樋に至るように構成されていた事実を認めながらも、かかる平屋根は漏水の排除を積極的に考えたものではないので、(イ)、(ロ)の二要件を不可分関係とする本件特許発明が直ちに得られるとすることはできないから、本件特許発明を目して発明に値する考案でないということはできない。さらにまた、昭和一〇年に着工し同一二年に竣工した京都市所在の丸物百貨店の増改築工事における平屋根の構造は、本件特許発明の(イ)、(ロ)の二要件を満すものである旨の主張に対しては、右事実立証のため提出された書証ならびに図面はにわかに信じがたく、かかる構造の平屋根が本件特許出願前公知であつたことは認めがたい、というのである。
三 しかしながら、審決はつぎの理由により違法であつて、取り消さるべきものである。
(一) 本件特許発明はその出願前に公知公用となつていたものであるから、本件発明には新規性がない。
本件特許発明の要旨は、コンクリート建築物の平屋根において、(イ)コンクリートの基層とその上方に一定の間隔を存して形成した被層とから成ること、(ロ)被層を漏洩する雨水があるときは基被両層間の間隙を流れて樋に至るように構成されていること、との二要件が不可分的に結合している点に存するが、かかる要件を兼ね備えたコンクリート建築物の平屋根は、本件特許出願日である昭和二五年一二月二五日よりはるか以前の昭和一二年頃京都市下京区烏丸通七条南所在の丸物百貨店の増改築工事に際し施工されたコンクリート平屋根(以下、第一引用例という。)に用いられており、出願当時かかる構造の平屋根は公知公用の状態にあつた。被告は、右丸物百貨店の平屋根の構造は(ロ)の要件を欠いていると主張しているが、原告提出の丸物百貨店の設計図面(甲第三号証の一、二)は全体の図面であるため細部を省略しているにすぎないのであつて、これは現場に臨み実見すれば明らかである。なお、右丸物百貨店と同様の構造の平屋根をもつ建築物は、昭和一〇年前後にかけてすでに数多く建築されている。したがつて、本件特許発明は、大正一〇年法律第九六号特許法(以下、旧特許法という。)第一条にいう新規なる発明に該当せず、同法第五七条第一項第一号の規定により特許は無効とせらるべきものである。審決は事実を誤認したものである。
(二) 本件特許発明は発明といえる程の考案力を要したものと認められない。
特許第八八八九二号(以下、第二引用例という。)は本件特許出願前公知のものであるが、右特許は、脚付きコンクリートブロツクをコンクリート基層上に敷き並べることにより基被両層間に中空路を設けるように形成した構造の屋根に関するものであり、前記(イ)の要件を完全に満すものである。そして、第二引用例の特許明細書には、「平板と水平陸屋根との間に形成せらるる中空路によりて建築構造上必要なる断熱、換気等の作用をも為し得るものなり」との記載があり、少くも基被両層間の中空路が外部に向つて開口していることが明らかにせられ、かつ、被層より漏洩する雨水は基層上を流れて外部に流出するであろうことも示唆されている。したがつて、前記(ロ)の要件と比較すれば、単に樋への連結を欠くだけであるが、およそ流水を樋で処理することは三歳の童子も知つている常識であつて、第二引用例はそれ自体でほぼ(ロ)の要件を満すものというべきである。また、従来存した基被両層が密着したコンクリート平屋根(以下、第三引用例という。)は、基層上に防水面を設けて被層より漏洩する雨水を基層上を流下させ樋に流入させていた。これらの点を考えれば、第二引用例のような二重スラブの平屋根において基層上に漏洩した雨水を排出するには、基層上に防水面を設けて樋に連結すればよいということは、当業者はもちろん通常人ですら容易に考えつくことであるし、観点をかえて考察しても、第三引用例のように基被両層が密着したコンクリート平屋根の基層上の排水を考える場合、第二引用例のように基被両層間に間隙を設けた平屋根においては基層に漏洩した雨水が何物にも妨げられないで流下するという事実を当業者が知悉している以上、排水のためには基被両層間に間隙を生ぜしめるため二重スラブのコンクリート平屋根に改める等ということは、当業者であれば誰しも思いつく筈のものである。したがつて、本件特許発明は格別考案力を要しないものであるが、審決がこれをもつて発明を構成するものとしたのは、旧特許法第一条に違反する判断であり、承服できない。
(三) また、つぎの点からしても、本件特許発明は発明といえる程の考案力を要したものと認められない。
審決は、瓦葺屋根に敷かれているコケラ葺(以下、第四引用例という。)を引用して本件特許発明の考案力の有無を論ずるのは適切でないと判断しているが、瓦葺屋根の基層であるコケラ葺は雨水を吸収するとしても、これを伝つて雨水を流下せしめ樋に至らせていることも厳然たる事実であり、沿革的にみても屋根瓦の考案されていなかつた時代には、屋根板の上にコケラを葺いて雨水を遮断していたのであつて、屋根瓦を用いた場合もこの機能に変りはない。かつ、被層である瓦との間に間隙を設けて流通を容易ならしめていることも間違いない事実である。また、審決では瓦葺屋根の傾斜を云々するが、基層の傾斜面にそつて雨水を流下させて樋に誘導することは本件特許発明においても全く同様のことであり、これを要するに、本件特許発明の排水に関する構想は、瓦葺屋根の基層に漏洩した雨水の排水に関する構想と全く軌を一にしているのである。それ故、コンクリート建築物の平屋根において基被両層間に間隙を設ける程度のことは、必要があれば当業者が容易に行いうることであつて、あえて発明力を要するものではない。
第三被告の答弁
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対してつぎのとおり述べた。
一 原告主張の請求原因一および二の事実は認める。
二 同三の主張を争う。
(一) 原告は、本件特許発明がその出願前公知公用のものであつたと主張して丸物百貨店の平屋根を引用するが、右事実立証のため審判手続において提出された図面はいずれも私人の作成したものでにわかに信用できないものであつて、審決の判断は正当であるのみでなく、右図面中には、本件特許発明の要件である原告の主張するような(イ)、(ロ)の二要件のうち(ロ)の要件を欠くものであるから、本件特許発明はその出願前公知公用に属したものとすることはできない。
(二) 原告は、第二引用例および第三引用例が公知であることから本件特許発明は考案力を欠いていると主張するけれども、第二引用例の二重スラブの平屋根および第三引用例の単重の防水平屋根は、審決に論述されているようにいずれも(ロ)の要件のように積極的に漏水の排除を意図したものではなく、また、第二引用例のような二重スラブの平屋根と第三引用例のような排水樋を有する単重の防水平屋根がそれぞれ別々に公知であつても、(イ)、(ロ)二要件を不可分的関係とする本件特許発明が直ちに得られるとすることはできない。
(三) 原告は、第四引用例からして本件特許発明は考案力を要しない旨主張するけれども、瓦葺屋根はコンクリート建築物の平屋根とは全く屋根の種類を異にするのみならず、コケラ葺上には屋根土を置いて瓦を敷くのが普通であり、また、屋根土を使用しない瓦葺屋根が存在するとしても、漏洩した雨水がコケラ葺上を流れるとすれば雨水はコケラの間隙から屋根内に漏洩するのが当然である点から推して、コケラ葺は、雨水を排除するために設けられたものではなく、瓦を支持する役目を果すものであることがわかる。このような瓦葺屋根の構想と(イ)、(ロ)の要件を併有する本件特許発明の構想とを同一視する原告の主張は失当である。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原告主張の請求原因一および二の事実は、当事者間に争がない。
二 成立に争のない甲第一号証(本件特許公報)と当事者間争ない事実とによれば、被告の権利に属する本件特許第一九五一九〇号「コンクリート建築物の平屋根」は、昭和二五年一二月二五日出願、同二七年七月一七日特許されたもので、該明細書中特許請求の範囲の項には、「コンクリートの基層とその上方に一定の間隔を存して形成した被層から成り、被層を漏洩する雨水あるときは基被両層間の間隙を流れて樋に至るよう構成したことを特徴とするコンクリート建築物の平屋根」と記載せられ、その目的、効果とするところは、コンクリート建築物の平屋根は、太陽の直射を受けまた外界の気温の変化風雨雪等に直接さらされる結果亀裂その他の損傷を受け易く、また、勾配が少ないため雨水の漏洩すること多く、一たん漏洩箇所を生じた場合補修極めて困難であるが、基被両層間に間隙を設ければ、基層は直接外界に接触しないので右の損傷を被ることが少なく、被層は直接外界に接触するので右の損傷を受け易いけれども極めて簡易に補修することができ、たとえ、被層を雨水が漏洩しても基層にさえぎられて屋内にまで漏洩することを有効に防止できる、というにあることが認められる。以上認定より、本件特許発明の要旨は、審決もいうように、コンクリート建築物の平屋根において、(イ)コンクリートの基層とその上方に一定の間隙を存して形成した被層とから成ること、(ロ)被層を漏洩する雨水があるときは基被両層間の間隙を流れて樋に至るよう構成されていること、との二要件が不可分的に結合したものであると解せられる。
三 原告は、本件特許発明と同一の発明が本件特許の出願された昭和二五年一二月二五日以前において公知公用となつていたものであると主張するので、この点について判断する。
証人渡辺節の証言によつて株式会社丸物の店舖増改築工事の設計図面であると認められる甲第三号証の一、二と同証人ならびに証人水野勝恭の各証言および検証の結果によると、つぎの事実が認められる。京都市下京区烏丸通七条南所在の株式会社丸物の百貨店店舖建物は、渡辺節建築事務所の設計監督により清水建設の施工によつて昭和一〇年増改築工事に着工し同一三年完成したものであるが、その際、コンクリート造りの同建物屋上平屋根はつぎのような構造に施工されたこと、すなわち、平屋根の鉄筋コンクリート上にシンダーコンクリートで緩い勾配をつけた上にアスフアルト等で防水層をほどこしたものを基層とし、その基層の周辺に排水溝を設けて竪樋に連結し、右基層上には、四隅に支脚のある縦約三〇センチメートル、横約六〇センチメートル、高さ約一五センチメートルの箱型コンクリートブロツクを敷き並べ、右コンクリートブロツクの上にモルタルを塗付しその上に化粧タイルを貼り付けたものをもつて被層を築造し、したがつて、右基層と被層との間、つまりコンクリートブロツクの支脚と支脚の間は中空路を形成し、右中空路は基層周辺に設けられた排水溝に緩い勾配をもつて開口していること、このような平屋根の構造の目的とするところは、被層上に降りそそいだ雨水は被層の緩い勾配に従つて周辺の排水溝に流入排出されるがもし被層を漏洩する雨水が基層上に落下しても、防水層をほどこした基層の緩い勾配に従つて中空路を何物にも妨げられないで流下し周辺の排水溝に排出しようとするものであつて、防水層上の雨水の排出と防水層が直射日光等外界の影響によつて風化朽廃するのを防止しようとする点に特に留意したものであり、またあわせて、屋内に雨漏りのある場合適宜コンクリートブロツクを撤去して基層の点検補修をするのも容易な点に存することを認めることができる。もつとも、本件検証にあたり右丸物百貨店店舖屋上平屋根の基層上には深さ約五センチメートルの濁つた水が溜つている個所が現認されたが、右検証の結果と証人水野勝恭、同渡辺節の各証言に徴すれば、右平屋根は築造以来すでに二〇有余年経過し基層上に施された防水層のアスフアルト等の耐用年数がきており、これが腐蝕が主たる原因となつて流水の円滑を欠くようになり水の溜る事態をきたしたものと認めるのが相当であるから、これがため右平家根の構造が前記目的を有するものであることの認定の妨げとなるものではない。してみれば、右株式会社丸物の店舖建物の平家根の構造は、コンクリートの基層とその上方に一定間隙を存して形成した被層から成つている点において、本件特許発明の(イ)の要件と帰を一にし、さらに、雨水は被層上を流れて排水溝に排出されるように構成されているが、もし被層を漏洩する雨水があるときは、基被両層間に間隙が存するので雨水は何物にも妨げられないで防水層をほどこした基層上を自在にその緩い勾配に従つて流下して排水溝に至り竪樋を通じて屋外に排出されるように構成されている点において、(ロ)の要件と帰を一にし、この両者が不可分的に結合し、防水層をほどこした基層が外界の影響によつて損傷することをできるだけ防止し、また積極的に漏水排出の効果等を意図している点において、本件特許発明の技術思想と同一のものであるということができる。
そして右平屋根の構造が当時一建築事務所により設計せられ、一般の建設業者により実施せられたことは先に認定したところであるから、右発明はおそくとも昭和一三年には公知公用となつたものといわなければならない。
されば、本件特許発明は新規性のないものであり、かかる特許要件を欠く発明は旧特許法第一条により特許を与えることのできないものであつて、同法第五七条第一項第一号により無効とすべきものである。
四 審決は、右と違つた見解に立つものであり、これは違法のものとして取消を免れない。よつて、当裁判所は、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)