東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)65号 判決
本件出願商標の構成は、別紙表示のとおり、母子円輪廓内に「寶」の漢字を楷書体で記載して成るものであることについては、当事者間に争がなく、したがつて、それは、原告が主張するように「マルタカラ」の称呼、観念を生ずるものであることは、いうまでもない。しかし、右商標の構成中、外側のものは太く、内側のものは細い、二重の円輪廓、すなわち、いわゆる母子円輪廓は、輪廓としてありふれた、特異性のないものであるばかりでなく、具体的に本願商標の構成をみても、それはその内に囲まれた「寶」の文字に対し、単なる輪廓であることを超えて、右文字を特徴づけ、「寶」の文字以外の観念を与える、特殊の結合関係を有するものと認めることができないから、右商標は、ときに右単純かつ平凡な輪廓の部分を捨象して、「宝」(タカラ)の称呼および観念を生ずることがあることを認めざるを得ない。
原告は、本願商標から「マルタカラ」以外の称呼、観念を生じないもののように主張するが、前記認定のとおり、これを採用することができない。
つぎに、審決が引用した登録第四九三四二号商標は、長方形(横に長い)の輪廓に内接して、曲玉、円筒および玉を紐で貫通した頸飾を輪廓状に描き、廓内中央に上端および下端を輪廓に内接するようにふちどつた八咫の鏡の図形を描き、鏡の外側および頸飾の内側に沿つて白抜きの輪廓を配し、鏡の中央に角型に図案化した「寶」の文字を顕著に表わし、該文字の上方に「醇良味醂酒」の文字を右横書し、右側に「登録」、左側に「商標」とそれぞれ小さく縦書し、下方に「醸造元」、「京都府伏見町」および「四方合名会社」の文字を三段に右横書し、かつ着色を「地ヲ黄色トシ、長方形ノ周囲欄ハ外方ヲ淡藍、内方ヲ赤色、曲玉及円筒ヲ緑色、玉ヲ赤色トシ之等ヲ貫通セル紐ヲ黒トス。中央花形(鏡)ノ地ヲ淡藍色、輪廓及文字総テヲ黒トシ、中央ノ寶ハ周囲ニ赤縁ヲ取ル。」と限定して成るものであることが、成立に争のない乙第一号証の一(商標公報)に示された図形および説明に徴して明らかであり、かつ右書証および成立に争のない乙第五号証の一、第一〇号証の二(商標原簿謄本)によれば、右商標は、指定商品を旧第三九類味醂とし、当初、京都府紀伊郡伏見町字竹中二番戸四方合名会社を商標権者として、明治四四年一二月四日登録されたが、大正一四年九月三〇日に同所(昭和六年四月一日京都市伏見区竹中町と改称)六〇九番地宝酒造株式会社が会社合併に因り右商標権を取得したむね登録されており、昭和七年一一月八日と昭和二七年七月一七日の二回にわたつて存続期間更新の登録がされていることを認めることができる。
つぎに、これも審決が引用した登録第五七八〇〇号商標は、「寶」の文字を全体が角型になるように図案化して成るものであることが、成立に争のない乙第一号証の二(商標公報)に徴して明らかであつて、右書証および成立に争のない乙第五号証の二、第一一号証の二(商標原簿謄本)によれば、右商標は、旧第三九類「白酒、焼酎、濁酒、亀ノ歳、直し、葡萄酒、麦酒、ブランデイ、ベルモツト、ウイスキー其他他類ニ属セサル各種ノ酒(味醂ヲ除ク)」を指定商品とし、前記四方合名会社を商標権者として、大正二年三月五日に登録されたものであるが、大正一四年九月三〇日会社合併に因り前記宝酒造株式会社が右商標権を取得したむね登録されており、かつ昭和九年一一月二日と昭和二八年七月二二日の二回にわたつて存続期間更新の登録を経ていることを認めることができる。
原告は、前記認定にかゝる各登録商標の構成中、「寶」の文字を図案化した部分は、帆の図形中の下部に「王」の二漢字を二列に記し、その下に「見」の漢字を配したもので、八咫の鏡の一表現である、と主張しているが、右部分が「寶」の文字を角型に図案化したものであることは、一見明瞭なところであり、前記乙第一号証の一の商標公報の「色ノ限定」の説明中、右部分を指して「寶」といつていることからみても、出願人の意図が右文字を表現するにあつたことが明らかであるばかりでなく、客観的に右部分のみを見るものにおいても、いやしくも「寶」の文字を知るものであるかぎり、容易に右部分は右文字を図案的に変形したものであることを推知することができると認めるのが相当である。
審決引用の前記各登録商標のうち、登録第四九三四二号商標は、「寶」の文字以外にそれが登録商標であることを示す文字ならびにそれが使用される商品および製造者の商号、住所等が記載され、かつ輪廓的に八咫の鏡ならびに曲玉、円筒および玉を貫通した紐から成る頸飾等の図形を配しているが、「寶」の文字以外の部分は附記あるいは附飾であつて、右商標の要部は「寶」の文字部分にあるということができ、したがつて右商標が単純な「寶」以外に右附記附飾部分と併せて、複雑な観念を与えることも否定し得ないが、簡易迅速をとうとぶ商取引においては、右要部のみをとらえて、これを単に「宝」(タカラ)印と称呼し、観念することのあることも、推測するにかたくない。
登録第五七八〇〇号商標にいたつては「寶」の文字を示す以外の部分を有しないから、それが「宝」(タカラ)印の称呼および観念を生ずるものであることは、いうまでもない。
成立に争のない乙第三号証の二、三、第四号証の二(商品大辞典および日本商標大事典の各記事)、第七号証(特許庁抗告審判官から宝酒造株式会社宛昭和二九年六月二日附照会書)、第八号証の一ないし七(これに対する答申書および添附の商業登記簿謄本、各証明書、統計表)、第一二ないし第一六号証の各一、二(各商標見本および各商標原簿謄本)、丙第八、九、一〇号証(各閉鎖商業登記簿謄本)、第一一号証の一、二(商標出願公告および商標原簿謄本)、弁論の全趣旨により真正の成立を認め得べき丙第五号証(宝酒造三十年の概要と題する冊子)、証人竹長源一郎の証言および証人吉野仁雄、中沢純一、河内康一の各証言の一部に、審決に引用された各登録商標に関する前記認定事実を併せ考えるときは、次の事実を認定することができる。
被告補助参加人宝酒造株式会社は、大正一四年九月六日に設立され、酒類、酒精、清涼飲料水、医薬品、化粧品、工業用品、塗料、調味料、醤油、塩及び澱粉類の製造、販売ならびにこれらの事項に附帯する事業及びこれに関連する一切の業務を目的とする株式会社であるが、大正一四年九月三〇日、四方合名会社を合併し、明治三八年一〇月以来存続する同合名会社の一切の営業を承継したものである。現在同会社は、味醂、焼酎およびビールの三品目に主力を注ぎ、その他本直し、清酒、合成清酒、ウイスキー、葡萄酒、リキユール、梅酒、白酒、延命酒、清酒添加用アルコール、専売アルコール、発泡酒等の酒類、清涼飲料、味醂粕、酒粕等を製造販売しているが、なかんづく味醂については全国造石高の大半を同会社で製造販売し、それと焼酎についても、生産量において全国第一位を占めている。
補助参加人会社の製造販売する右の味醂、焼酎、本直し、梅酒等については、その前身である四方合名会社時代から前記各引用商標をはじめとし、「寶」の文字を図案化して成り、あるいはこれを要部として成る各種の商標を使用しており、その商品は「宝味醂」、「宝焼酎」等と呼称され、一般に知られている。したがつて、四方合名会社が大正一四年九月、前記のとおり事実上組織を変更して株式会社となつたのを機会に、宝の文字を取つて宝酒造株式会社と新商号を定めたくらいである。
以上認定のとおり、補助参加人会社がわが国屈指の酒類およびその副産物の綜合メーカーであり、その製品はこれに「寶」の文字から成り、あるいはこれを要部とする商標を使用しており、かつ「宝」の文字を冠して一般に知られているという事実に、本願商標の指定商品である食料品および加味品は、酒類とともに酒類食料品店において販売されていることが多いという顕著な事実(原告はこの点を否定しているが、酒類と食料品とは、全部とはいえないまでも、同一店舗で商われていることが多いことは、日常の経験によつて明らかなところであるといわなくてはならない。)を考え合せれば「宝」(タカラ)の称呼、観念を有すること、前記認定に徴して明らかな本願商標をその指定商品に使用するときは、それが補助参加人会社の製造販売するか、そうでないとしても少なくともその取扱にかかるものであるかのような印象を一般に与え、商品の出所を誤解させるおそれがあり、したがつて商品の誤認または混同を生ずるおそれがあるものといわなくてはならない。
原告は、本願商標と審決引用の各登録商標とは同一または類似のものでないことを力説するが、登録出願にかかる商標が他の登録商標と同一または類似であるかどうかは、直接には旧商標法第二条第一項第九号の問題であるばかりでなく、本願商標と各引用登録商標とは、「宝」(タカラ)の称呼、観念を共通にする点において類似の商標といい得ることは、前記認定に徴して明白である。
つぎに、原告は、明治一〇年以来醤油の醸造に伴つて当然生産される商品もろみについて、本願商標と類似の商標を使用しており、そのことは取引者、需要者間に広く認識されている、と主張するが、原告の援用する吉野、中沢、河内各証人の証言をもつてしても、そのような事実を確認するに足らず、その他原告の右主張事実を認むべき証拠がない。
また、昭和七年四月四日、登録第二三三三五六号として、旧第四一類醤油その他を指定商品として、「マルタカラ」とその称呼を附記した本願商標と類似の商標が原告のため登録されている事実は、当事者間に争がないが、右のように別登録の商標に関する事実は、必ずしも本件商標の登録出願の許否を決定するにつき絶対的の基準とすることができないものであるといわなくてはならない。
本願商標は商品の誤認または混同を生ぜしめるおそれがあるものと認められ、したがつて、その登録を旧商標法第二条第一項第一一号により許すべからざるものとした本件審決は相当であつて、原告主張のようにそれに審理を尽さず、あるいは理由を備えない違法があるということができない。
〔編註〕 本件に関する商標は左のとおりである。
本件出願商標
<省略>