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東京高等裁判所 昭和37年(う)1090号 判決 1962年10月18日

控訴人 被告人 江成孝二

弁護人 平原昭亮

検察官 岡崎悟郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮八月に処する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人平原昭亮提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

右弁護人の控訴の趣意第一点の一について。

論旨は、原判決は本件道路交通法違反の罪について同法第百十九条第二項(過失犯)として処断すべきを同法第百十九条第一項第二号(故意犯)をもつて処断した違法がある、というのである。よつて、原判決を査閲すると、原判決は被告人がダンプ式大型貨物自動車を運転し、八王子方面から横浜方面に向け進行し、相模原市橋本二百五十八番地先道路の国鉄横浜線第三種踏切(通称久保沢踏切)を通過しようとした際自動車運転者としては右踏切の直前で一旦停止し、前方左右を注視し、交通の安全を確認して右踏切を通過すべきにかかわらず、これを怠り右一時停止をなさずして右踏切を通過しようとして踏切上に進行した所為につき、道路交通法第三十三条第一項に違反し、同法第百十九条第一項第二号に該当するものとしていることは判文上明らかなところであつて、右のごとく被告人が踏切の存在を認識してこれを通過しようとした際一時停止をしなかつた以上直ちに右道路交通法第三十三条第一項に違反する故意犯が成立し、これをもつて過失犯に該当するものとなすことはできないから、所論は到底採用し難い。論旨は理由がない。

同第一点の二について。

論旨は、原判決は本件道路交通法違反の罪と過失往来危険の罪及び業務上過失傷害の罪の三個の犯罪を併合罪として処断しているけれども、右は観念的競合(刑法第五十四条第一項前段)に該当するものであるから、原判決には法令の適用に誤があるというのである。よつて按ずるに、本件道路交通法違反の罪は前記のごとくこれを故意犯と認むべきであるから、これと過失犯たる過失往来危険の罪及び業務上過失傷害の罪とは法律上一個の行為で数個の罪名に触れる場合に該当するものとはなし難いけれども、記録によれば本件過失往来危険の罪と業務上過失傷害の罪とは、所論のごとく、一個の過失行為により同時に犯かされたものと認めるを相当とし、したがつて、右は刑法第五十四条第一項前段、第十条により重い業務上過失傷害罪の刑に従い処断すべきであるから、この法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかなところといわなければならない。すなわち、論旨はこの点において理由がある。

そこで、原判決には前記のごとく、判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがあるので、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書に則り更に当裁判所において、弁護人主張の量刑の点をも考慮して、次のとおり判決する。原判決が証拠により認定した事実(但し相原駅とあるのを橋本駅と訂正する。)を法律に照すと、被告人の所為中道路交通法違反の点は同法第三十三条第一項に違反し、同法第百十九条第一項第二号罰金等臨時措置法第二条に、過失により電車を脱線させてその往来の危険を生ぜしめた点は刑法第百二十九条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、業務上過失傷害の点は各刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第二条、第三条に各該当するところ、道路交通法違反の罪については所定刑中懲役刑を選択し、過失往来危険の罪と各業務上過失傷害の罪とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段、第十条により犯情の最も重いと認める富田秀雄に対する業務上過失傷害罪の刑に従い処断すべきものとし、所定刑中禁錮を選択し、これと前記道路交通法違反の罪とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条により重い業務上過失傷害の罪につき定めた刑に同法第四十七条但書の制限に従い法定の加重をした刑期範囲内において被告人を禁錮八月に処すべきものとし、原審における訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部これを被告人に負担させることとする。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 藤嶋利郎 判事 山本長次 判事 荒川省三)

弁護人平原昭亮の控訴趣意

第一点(法令違反)

原判決には左記の法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから刑事訴訟法第三八〇条に違反し破棄を免れざるものと思料いたします。

一、道路交通法違反の罪について、同法第一一条第二項(過失犯)として処断すべき同法第一一九条第一項第二号(故意犯)をもつて処断した。

(1) 、原判決の判示事実によれば、被告人は・・・・「右踏切の直前で一旦停止し、前方左右を注視し、警報器の振鈴及び赤燈点減等による電車進来の有無を確かめ交通の安全を確認して右踏切を通過し、もつて電車に衝突の事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があり・・・にも拘らず不注意にもこれを怠り・・・同踏切上に進出した過失に」よるとして、道路交通法第三三条所定の義務を過失により怠つた旨判示している。しからば右道路交通法違反については同法第一一九条第二項過失犯の規定を適用すべきこと明白であるにもかかわらず、同法第一一九条第一項第二号故意犯の規定を適用したるは法令の適用を誤つたものである。

(2) 、右法令の適用の誤りにより、被告人に対し右犯罪については罰金刑のみしか適用し得ざるものを原判決が懲役刑を選択した原判決は、その判決に影響を及ぼすものである。

二、原判決は道路交通法違反の罪と、過失往来危険の罪および業務上過失傷害の罪の三個の犯罪を併合罪(刑法第四五条前段)として処断したが、右三個の犯罪は観念的競合(刑法第五四条第一項前段)に該当するものであるから右併合罪による処断は違法である。

(1) 、即ち原判決の判示事実によれば被告人が踏切りの通過につき道路交通法第三三条第一項により規定された踏切りの通過についての安全の確認を不注意にて怠つたため、電車と衝突して過失往来危険の罪を犯し、同時にその電車に乗車していた運転手富田秀雄並に乗客永田美千枝に過失にて傷害を負わせたものである処右三個の犯罪は道路交通法違反を犯したこと即ち踏切りの通過により生じたもので右三罪はすべて過失により犯され社会通念上から推察して一個の踏切通過の不注意より生じたものでその行為は一個であるから刑法第五四条第一項前段の観念的競合として処断すべきである。しかるに原判決が三個の犯罪を併合罪として刑法第四五条前段として処断したのは法令の適用を誤つたものであると謂わねばならない。

(2) 、右法令の適用の誤りにより被告人は本来三個の犯罪の内刑法第十条によりその最も重い業務上過失傷害罪即ち刑法第二一一条を適用して禁錮刑のみにて処断すべきものを併合罪として右の三罪の内最も重い業務上過失傷害を選択し禁錮刑をもつて処断し刑法第四八条を適用して過失往来危険罪についての罰金刑を併科して処断した原判決の誤りはその判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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