大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1232号 判決

被告人 川原力松 外二名

〔抄 録〕

所論は、被告人らには本件故障トラツクのけん引運転について、何ら注意義務の懈怠はないことを確信するというのであるが、被告人らの各捜査官に対する供述調書の記載によれば、本件けん引の方法としてはいわゆる吊上の方がより適当であつたと認むべきであるといわなければならない。もつとも、これによらなかつたことが本件事故に直接つらなる過失ではないとしても、被告人らには以後における故障トラツクけん引の方法につき業務上の注意義務履行に欠けるところがあつたことは、原判決指摘のとおりであるというべきである。すなわち、本件の如きロープによるけん引方式では、けん引車と被けん引車の操縦について、緊密な連絡が必要であることは論をまたず殊に方向の変換、障害物を避けて進行をする場合等においては緊密な連絡と深甚な注意を必要とすることは自明の理といわなければならない。殊に、本件けん引車と被けん引車との間においては、けん引車の尾灯と被けん引車の霧除け灯の照射があるのみで、両車の間隔四、五米の間は、四囲の注視に十分な照明を欠いている状態にあつたと認められるのに、被告人らはかかる状況に応ずる十分な注視義務を履行したものとは認められないのであつて、それがため被害自転車の発見ができなかつたと考えられるのであるから、この点だけをとつても、被告人らに本件事故発生についての業務上の過失責任がないとはいえないのである。而して、被告人永山の検察官に対する供述調書の記載によると、本件の場合故障トラツクは、レツカよりやや左側にずれて走つていたことが大部分であつたというのであり、本件事故現場においてのみそういう体勢であつたというのではないのであるから、被けん引車がけん引車の真うしろを追つて行くというのが、正常のけん引方法であるという前提からいえば被告人らの運転方法は相当ではなかつたといわざるを得ないのである。本件においては、被告人永山はけん引車(レツカ)の運転者で、被害自転車に直接接触して事故を起したのは被けん引車ではあるが、被けん引車は動力系統が故障で、わずかに方向転換とか、ブレイキの操作をなし得るに過ぎなかつたのであるから、けん引車の運転者は、けん引車だけを過失なく操縦するだけでは足らず、被けん引車の動向に常に注視を怠らず、本件における如く道路上に停車している他の貨物自動車の傍を通過するような場合においては、被けん引車が障害物の傍を通過するときの間隔についても十分意を用い、歩行者とか自転車等がその間隔内にはさまれて事故を起さないようにしなければならない筈である。また、被けん引車の操縦にあたつた被告人室橋及び同車にあつてけん引全体の指揮をとり且つブレイキの操作にあたるべき立場にあつた被告人川原は、共に被けん引車の操縦を過失なくするだけでは足らず、けん引車の永山に対し適当な指揮ないし補佐をし、けん引を適正に行わしめなければならない責任を有する筈であるが、被告人らは共に本件現場附近において、被けん引車の追走の位置が不当にけん引車の位置に比し左寄りになつていることについて、これを矯正すべき手段をとらず且つ前段説明のとおり併進体勢にあつた被害自転車を発見せず、事故現場において道路左側に停車中の日通の貨物自動車の右側を通過するにあたつて、けん引車の永山は、漫然右方にハンドルを切り、被けん引車が右日通の貨物自動車の右側を通過する際の間隔について十分な顧慮をはらわなかつたため、また、被けん引車の室橋、川原は、けん引車の後方左側にかたよつて追走しているため右日通貨物車の右側を通過するについて十分な間隔がないのに拘らず、けん引車に対し何らの注意もなさなかつたため、被害自転車をはさみうちするような体勢となり、被けん引車の左前部を自転車の右ハンドルに接触させ、その衝撃によつて自転車の操縦者たる被害者を路上に強く顛倒させ、その結果原判示脳挫傷を蒙らせ死亡させるに至つたものと認められるから、被告人らにそれぞれ自動車操縦についての業務上の過失があることは否定できないところである。

(三宅 東 井波)

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