東京高等裁判所 昭和37年(う)2156号 判決
被告人 杉浦弥次一 外一名
〔抄 録〕
控訴趣意一、訴訟手続法令違反の主張について。
所論は、原判決が本件犯罪事実認定の証拠とした鈴木浅市、松本恭裕、厚原加武、赤堀沼平、三浦伝吉、熊切豊作、大村正吉、松本秋夫、熊切嘉七、西郷弘の検察官に対する各供述調書につき、原審において右鈴木浅市等十名の公判期日における証人としての供述よりも右各供述調書の供述を信用すべき特別の情況の存するか否かを調査することなく証拠調の決定をしたのは、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号に違反し、従つてこれを事実認定の資料とした原判決は違法であると主張する。よつて案ずるに、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号後段の規定により検察官の面前における供述を録取した書面を証拠とするには、該書面の供述が公判準備又は公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況の存することを要することは同号但書により明らかであり、右但書にいう信用すべき特別の情況の存否については、裁判所において先ずこれを調査し、それが認められた後その書面の証拠調をなすことが望ましいのであるが、証拠調決定前にあらかじめ右特信性の存否につき調査をしなかつたからといつて、直ちにこれを違法であるとするのは相当でない。何となれば、右特信性の存否の調査の時期並びに方法については特にこれを拘束するものも存しないのであるから、裁判所がその裁量により適当と認める時期並びに方法によつて合理的に判断すべきであり、裁判所は証人の法廷における証言が検察官の面前における供述と異つていることが判明すれば一応その検察官の面前における供述を録取した書面につき証拠調をすることは差し支えなく、取調の結果右但書の要件を欠除すると判断すれば排除の決定をなしあるいはこれを証拠として判断の資料に供することを差し控えれば足りるものと解すべく右但書の要件を先ず取り調べた後でなければこれが証拠調をすることができないものと解すべきではないからである。本件記録に徴すれば、所論各供述調書について、原審は、公判期日にその供述者を証人として取り調べ、被告人、弁護人にも反対尋問の機会を与えた後、検察官より刑事訴訟法第三二一条第一項第二号後段の書面として右各供述調書の証拠調の請求をなし、これに対し被告人又は弁護人より何等異議の申立もなく、原審は公判廷における証言によりこれと右各供述調書の供述とが異つていることを認めて証拠調の決定をした上その証拠調を施行したものであることが認められるのであるから、原審の右訴訟手続には何等違法をもつて目すべき廉はない。従つて右各供述調書を犯罪事実認定の資料としたことにも違法はない。それ故論旨は理由がない。
控訴趣意二乃至五、事実誤認の主張について。
しかしながら原判示事実は原判決挙示の証拠により優にこれを認めることができる。所論は、被告人等が熊切豊作外九名に提供した飲食物は僅か一人前一六〇円相当のものであり、提供した場所は被告人杉浦の選挙事務所であり、被提供者である右十名の者は被告人杉浦の選挙運動者であつて一般選挙民を集めたものではなく、夕食時に選挙運動者に対し食事を出したに過ぎないのであつてこれを選挙に関する饗応と認むべきではない。被告人等においても饗応の意思はなかつたし、又被提供者等においても饗応を受けるものとは思つていなかつたと主張する。しかしながら原判決挙示の各証拠並びに記録に徴すれば、昭和三七年四月八日施行の静岡県小笠郡城東村村会議員選挙において立候補者の数は定員より一名超過していたが、被告人等は、そのうち春田豊太郎候補は立候補を辞退し被告人杉浦は無投票で当選できるものと期待していたので選挙運動もしていなかつたところ、投票前日たる同月七日に至つても春田候補において立候補辞退の気配もなく、投票が行われるべき情勢となつたので、他の候補者から被告人杉浦を支持する同村高塚区、下方区等居住の選挙人に対する票獲得のための働きかけを警戒するとともに、被告人杉浦のための票を確保しその当選を得又は得させなければならないと考え、これがため選挙人であり、先に候補者として被告人を推せんした鈴木浅市、松本恭裕、厚原加武、赤堀沼平、三浦伝吉、熊切豊作、大村正吉、松本秋夫、熊切嘉七、西郷弘に対し酒食を提供しようと相談の上、同日夕刻右鈴木浅吉外九名を被告人杉浦の自宅に招き、魚屋より刺身、フライの仕出しをとり、自家で作つた豆腐汁、飯並びに酒を提供して飲食させて同日午後九時二十分頃まで接待し、その酒食は一人前約金一六〇円に相当し、かつ右席上被告人杉浦より右参会者に対しよろしくお願いする旨の挨拶をした事実を認めることができるのであつて、被告人両名の右行為は公職選挙法第二二一条第一項第一号にいわゆる当選を得若しくは得しめる目的で選挙人に対し饗応接待をしたものに該当するものというべきであり、これを単に選挙運動者に対し常食時に選挙運動につき必要な飲食物を提供したものであるとか、あるいは一般社交上の儀礼程度の飲食物を供給したものであるとは到底認められない。又当選を得若しくは得しめる目的に出たものである以上その酒食の価格如何を問わず饗応と認むべきであり一人当り約一六〇円相当の酒食であることは何等右認定の妨げとなるものではないし、その饗応の場所が料亭でなくて選挙事務所となつていた被告人杉浦の自宅であつたこと、被提供者が先に同被告人を候補者として推せんした者で同被告人の選挙運動者であつたことも右認定の妨げとなるものではない。そして被告人等に饗応の意思のあつたこと、被饗応者等が選挙に関する饗応であることを認識しながら饗応を受けたものであることも前示証拠により明らかに認められるのである。所論引用にかかる各判例はいずれも本件に適切でない。更に記録を精査してみても原判決には所論のような事実誤認の廉はなく論旨は理由がない。
(長谷川 白河 小林)