大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)231号 判決

被告人 井野寛次

〔抄 録〕

案ずるに、原判示放火未遂の犯罪事実は原判決挙示の証拠によつてこれを認めるに十分であつて、記録及び証拠物を精査し且つ当審における事実取調の結果を合わせて検討しても原判決の事実認定に誤りを見出すことができない。

弁護人は「被告人がなした点火行為は所謂不能犯であつて放火行為の着手があつたとは云えない。即ち被告人が媒介物である週刊紙及び新聞紙を丸めたものに点火した時は、降雨のため地面がビシヤビシヤになつていた程であり、従つて「よしず」も、これに近接した建物の羽目板も濡れきつていたもので、しかも羽目板の下方には高さ約三〇糎のコンクリートの土台があり、この土台から倒れている「よしず」まで一〇糎乃至二〇糎の距離があつたから、「よしず」の下に右媒介物を置いて点火しても火は絶対に羽目板に燃え移り得る状況ではなかつた」と主張するが、原審並に当審における審理の結果によれば、当日の降雨量は夕刻から翌朝までの間に断続的に少量の降雨があつた程度で、しかも被告人が点火した前後少くとも二十分位の間は雨は全く止んでおり、「よしず」は被告人が点火する直前までは羽目板及びコンクリートの土台に密着して立てかけられてあつたから、羽目板の上方に出張つている屋根の庇により殆ど雨に濡らされず、同様に羽目板も殆ど濡れていなかつたものと認められ、他方「よしず」はコンクリートの土台から十数糎離れて倒されてあつたが、その下には竹棒或は木片などが若干あり、更に「よしず」には二本の竹棒がくくりつけられていたので、地面から多少浮上つている状態だつたこと、その「よしず」の羽目板に最も近い部分の下に被告人が週刊紙及び新聞紙を直径約二〇糎の塊りに丸めて置き、これにマツチを以て点火したこと、火は右紙の塊りを殆ど燃やし、「よしず」を直径約三〇糎の半円状に焼き、高さ約二〇糎のコンクリート土台の中間に黒く焦げ跡を残したこと、火は羽目板を焦がすこともなく上記の程度で自然に消えたこと等が明らかである。以上の諸状態から判断すれば、本件の場合は自然に鎮火したけれども、状況によつては火は「よしず」の相当部分を焼き、これに結びつけてある二本の竹棒をも焼き、或は「よしず」の下方にあつた木片類を燃やし、羽目板に燃え移つて住宅を焼燬する可能性が決してなかつたとは云えない。従つて所論の如く本件は不能犯であるとは認められないし、又放火の着手がなかつたとも云うこともできない。その他記録、証拠物を精査し当審における証拠調の結果を合わせて検討しても、被告人が単にいやがらせのために点火したもので住宅を焼燬する意思がなかつたとは考えられないから、原判決には何等事実誤認の廉あることなく、弁護人の論旨は理由がない。

(尾後貫 鈴木 飯守)

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