東京高等裁判所 昭和37年(う)576号 判決 1962年7月18日
控訴人 被告人 水野高則
弁護人 加藤礼敏
検察官 屋代春雄
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役四年六月に処する。
原審における未決勾留日数中一五〇日を右本刑に算入する。
押収にかかる現金一三万八〇〇〇円(東京高裁昭和三七年押第二一七号の一)はこれを没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人において控訴趣意補充書の四、は単に情状として述べるもので事実誤認を主張する趣旨ではないと釈明したほか、弁護人加藤礼敏作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載のとおりであるからこれをここに引用し、これに対し、当裁判所は、弁護人の請求により、事実の取調として、水野直光を証人として尋問し、被告人に対する質問を行つた上、次のとおり判断する。
控訴趣意第一点(法令適用の誤の主張)について。
所論は、要するに、原判決がいずれも営利の目的にでた本件麻薬の譲受及び譲渡の所為を刑法第四五条前段の併合罪として処断した点を捉え、右麻薬譲受の行為とその譲渡の行為との間には牽連犯の関係があり、しかも右譲受及び譲渡の各所為は包括して一罪として処断すべきであるとして、これに添う広島、東京、名古屋各高等裁判所の判例を挙げて原判決の法令適用の誤を主張し、原判決の破棄を求めるものにほかならない。
よつて原判決を見ると、原判決は判示第一において被告人が東実と共謀して昭和三六年三月中旬頃から同年五月二七日頃までの間に前後九回にわたり営利の目的で麻薬合計約六〇〇グラムを代金合計二一六万円で譲り受けた各事実と、判示第二において被告人が昭和三六年四月一六日頃から同年五月三一日頃までの間に前後二四回にわたり営利の目的で麻薬合計約二二五グラムを代金合計一〇三万五〇〇〇円で譲り渡した各事実を認定し、以上の各事実が刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるものとして同法第四七条、第一〇条を適用して被告人を処断していることはまことに所論のとおりである。よつて先ず所論の営利の目的にでた本件麻薬の譲受及び譲渡の各所為が牽連犯の関係にあるか否かについて審究するに、麻薬取締法第一二条が麻薬に関する禁止行為としてその輸入、輸出、製造、製剤、譲渡、譲受、交付、施用、所持、廃棄の各行為にわたつて規定しているのは、麻薬が社会に極めて重大且つ深刻な害悪を流す特質を有するところから、その害悪の流布を防止するため、あらゆる角度から麻薬に関する行為を列挙してこれを処罰の対象としたものと解するのが相当である。そして右規定の趣旨に鑑みれば、右各行為はその行為自体が個別的に一罪として(その行為が包括一罪をなす場合を含む)処罰せられるべきものであつて、よしんばそれらの行為が営利の目的に出た場合であつたとしても、その間に牽連関係の存在を認めないのが相当である。従つて右見解と相容れない論旨指摘の各判例は当裁判所のにわかに賛同し得ないところである。次に所論の本件麻薬の譲受と譲渡の各所為がそれぞれ包括して一罪となるか否かについて考究するに、右譲受の行為は殆んど旬日をいでずして連続して行われ、また譲渡の行為は殆んど連日にわたり継続して行われており、その上右各犯行の動機、罪質、態様等に鑑みればそれらの犯行は共に単一の犯意にいでたものと認められるのみならず、その各被害法益も同一である本件の場合においては、寧ろ本件麻薬の各譲受の行為と各譲渡の行為をそれぞれ包括して一罪と認めるのが相当である。さすれば右譲受及び譲渡の各行為を刑法第四五条前段の併合罪として処断した原判決は、所論のように法令の適用を誤つたものといわなければならないのであつて、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく原判決は既にこの点において破棄を免れない。
よつて本件控訴は理由があるから刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条に則り原判決を破棄し、量刑不当を主張する論旨についても充分考慮をめぐらし同法第四〇〇条但書により更に本件について次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は法定の除外事由がないのに、営利の目的で、
第一、事実と共謀の上、昭和三六年三月中旬頃から同年五月二七日頃までの間、神戸市葺合区布引町布引旅館ほか数個所において服部こと李榕茂から前後九回にわたり塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬粉末合計約六〇〇グラムを代金合計二一六万で譲り受け、
第二、事実と共謀の上昭和三六年四月一六日頃から同年五月三一日頃までの間、前後二四回にわたり横浜市中区若葉町三丁目四〇番地喫茶店「じゆん」ほか数個所において久保田利雄ほか一名に対し、前同様の麻薬粉末合計約二二五グラムを代金合計一〇三万五〇〇〇円で譲り渡したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示第一及び第二の所為はそれぞれ包括して麻薬取締法第一二条第一項、第六四条第一項、第六六条、刑法第六〇条に該当するのでいずれも所定刑中懲役刑のみをもつて処断することとし、右は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により犯情において重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役四年六月に処し、同法第二一条により原審における未決勾留日数中一五〇日を右本刑に算入することとし、なお主文掲記の現金一三万八〇〇〇円は、本件麻薬を譲り渡して得た一部の代金であつて犯人以外の者に属さないものであるから同法第一九条第一項第三号第二項によりこれを没収すべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 小林健治 判事 松本勝夫 判事 太田夏生)
弁護人加藤礼敏の控訴趣意
第一点原判決は法令の適用を誤り、その誤が判決に影響を及すことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。即ち
(一)、原判決は営利の目的をもつて行つた判示第一の各事実と、営利の目的をもつて行つた判示第二の各事実について、法令の適用の部において「これらは刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、一〇条に基づき……」として、併合罪加重をなしている。然しながら営利の目的をもつてする麻薬の譲受行為と譲渡行為は牽連犯でなければならない。この点につき、昭和二九年三月一一日広島高裁判決は「営利の目的をもつてする物品等の譲受は、当然その物品等を譲り渡すことを前提とし、その譲渡の実行によつて営利の目的が達せられるのであるから、営利の目的をもつてする麻薬の譲受行為は、その結果として当然その麻薬の譲渡行為を伴い、両者の間には通常手段結果の関係がある」となし、又、昭和三四年九月七日東京高裁(第一刑事部)判決は「よつて案ずるに、営利の目的をもつてする麻薬の譲受行為は当然の結果として、その麻薬の譲渡行為を伴うから、両罪は互に相牽連して手段結果の関係を有するものであること所論のとおりである」となしている。
而して本件の場合は営利の目的をもつて麻薬を逐次他に転売していたものであるから、前記判例の趣旨よりするも牽連犯とすべきであるに拘らず、原判決はこれを併合罪としたのであるから、原判決には法令の適用に誤があり、それが判決に影響を及すことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。
(二)、原判決は、営利の目的をもつて日を接して行つた判示第一の各所為と、営利の目的をもつて殆んど毎日行つた判示第二の各所為について、前掲の如く、それぞれ併合罪としている。然しながら原判示第一の各所為は包括して一罪とすべく、又第二の各所為もまた包括して一罪とすべきである。この点につき、前掲昭和三四年九月七日東京高裁(第一刑事部)判決は、「罪となるべき事実」において「被告人は、法定の除外事由がないのに第一、中沢修と共謀の上、営利の目的で、昭和三十二年五月十五日頃より同年六月二十七日頃までの間、横浜市中区小港町一丁目五番地先道路上外三個所において、李新生より前後三十七回にわたり塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬粉末合計百六十本(八百瓦)位を代金合計百七十六万円位で譲り受け」と事実の認定をした上、「法令の適用」において「被告人の判示第一の所為は包括して麻薬取締法第十二条第一項第六十四条第一項、第六十六条前段、刑法第六十条に……該当するところ……」として包括一罪となし、又譲渡行為についても同様の判示をなしている。又、昭和三四年六月一五日頃名古屋高裁判決は「予め多数回の窃盗を行うべく包括した意思のもとに、その意思の実現として反覆して窃盗を行い、しかも、その窃取により侵害される財物の所持が同一人に属する場合には窃盗の包括一罪を構成する」となし、昭和三四年四月二二日名古屋高裁判決は「数個の犯罪を包括一罪として処断するためには(一)犯意が同一であるか、または継続すること(二)行為が同一犯罪の特別構成要件を一回ごとに充足すること(三)被害法益が同一性または単一性を有することの三つの要件を必要とする」となしている。而して本件の場合は前記判例の趣旨よりするも、譲受の各所為と譲渡の各所為とはそれぞれ包括一罪とすべきであるに拘らず、原判決はこれを併合罪としたのであるから、原判決には法令の適用に誤があり、それが判決に影響を及すことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。
(その他の控訴趣意は省略する。)