大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)816号 判決

被告人 小森一考

〔抄 録〕

各所論を綜合するに、その要旨は、被告人に対する本件の処分は、その年令、経歴、犯行動機、犯意、犯行当時の心身の状況、犯行の社会的影響等にかんがみ、少年法所定の少年院送致乃至不定期刑が相当であるのに、原審が殺人罪の所定刑中、無期懲役刑を選択し、少年として最高の懲役一五年に処したのは、少年に対する刑事処分の本質を忘却し、類似事案に対する科刑との権衡をも失した過酷不当な量刑であつて、幸福追求に対する国民の権利を尊重保障する憲法第一三条、国民の法の下における平等を保障する憲法第一四条第一項及び残虐な刑罰を禁止する憲法第三六条に違反する不当な処分であるからこれが是正を求めるというに帰着する。よつて考察するに、憲法第一三条は、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限りこれを尊重する旨を規定しているところ、刑罰その他刑事に関する処分は、憲法第三一条に基き法律の定める手続により犯罪に対し法的正義を実現して社会秩序を保持し、もつて公共の福祉に資するため国家刑罰権の行使として行われるものであるから、犯人個人の生命、自由及び幸福追求に対する権利がこれにより制限されたとしても、これが権限濫用に亘らない限り憲法第一三条に牴触するものでないことは言うまでもないところであり、また、憲法第一四条第一項は、すべて国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的又は社会的関係において差別されない旨を定めているが、犯人の処罰は、かような理由に基く差別的処遇ではなく、刑罰制度の目的とする特別予防及び一般予防の要請に応じて各犯罪各犯人毎に妥当な処置を講ずべきものであるから、各個の場合にその処遇の異なることのあるのは当然であり、裁判所が刑を量定するに当り犯人の性格、年令、及び境遇並びに犯罪の情状及び犯罪後の情況等を考慮した結果、犯情のある面において他の犯人に類似した犯人をこれより重く処罰することがあつても、もとより同条項の定める法の下における平等の原則に違反するものではなく(最高裁判所昭和二三年一〇月六日大法廷判決、刑集二巻一一号一二七五頁以下参照)更に、憲法第三六条の禁止する「残虐な刑罰」とは「不必要な精神的、肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と見られる刑罰」をいい(最高裁判所昭和二三年六月三〇日判決、刑集二巻七号七七七頁以下参照)死刑又は無期の自由刑といえども、それ自体残虐な刑罰ということはできないのであるから、当該事案の具体的情状に則して量定した有期懲役刑が長期のものであつたとしても、直ちにこれをもつて同条違反の残虐な刑ということはできないことも勿論である。これを本件につき記録、証拠及び当審事実取調の結果に基いて検討するに、これらにあらわれた被告人の本件犯行動機及び目的は、小説「風流夢譚」は皇室を侮辱し、国民に共産主義による暴力革命を暗示するものとし、これを出版公表した責任者雑誌「中央公論」社社長嶋中鵬二に兇刃を加えて社会的センセイシヨンを巻き起しよつて右小説に対する批判糾弾の世論を喚起しようとしたものであつて、右小説は多くの問題点を含む作品であるからその内容及びこれを刊行公表した雑誌「中央公論」社の編集方針に対し各種批判の加えられることは、民主主義社会の本質上もとより当然のことであるが、これに対する世論はあくまでも自由な言論に基き国民の良識によつて形成されなければならないのであつて、言論のわくを逸脱し人身に対する殺傷等の暴力的行動に訴え社会人心に畏怖の念を与えて世論を左右しようと企図するが如きは、憲法第二一条の保障する言論出版等表現の自由を侵害蹂躙するものであつて絶対に許されないところであり、しかもその犯行において右嶋中鵬二に代え、殺意をもつて責むべきところのない無抵抗の被害者婦人二名に兇刃を加えうち一名の生命を奪い一名に重傷を負わしめるに至つたものであつて、その所為は高度の非難に値し、その刑責は極めて重大であると言わなければならない。これら犯行の動機、罪質、態様、結果並びに被告人の性格、思考、犯行後の態度等諸般の情状にかんがみれば、被告人の年令(犯行当時一八才末満)、経歴、生活環境、家庭の境遇、自ら犯行を捜査官憲に申告して逮捕を受けたこと等所論の諸事情を勘案しても、原判決が殺人罪の所定刑中、無期懲役刑を選択し少年法第五一条を適用した上被告人を懲役一五年に処したのは、相当であつて、被告人がこの程度の刑責に服するのはやむを得ないところであり、同種事案に対する科刑との権衡においても毫も重きに過ぎるところはなく、所論憲法の各条項の保障する自由及び幸福追求に対する権利を不当に侵害し、法の下における平等の原則に違反した残虐な量刑であると言うことはできない。本論旨もまた理由がない。

(小林健 遠藤 吉川)

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