東京高等裁判所 昭和37年(う)829号 判決
被告人 渡辺聰
〔抄 録〕
検察官の論旨第一点について
車馬または軌道車の操縦者等が道路交通取締法施行令第六七条第一、第二項に規定される被害者の救護および警察官に対する申告義務等を負わされるためにはそれらの者において該車馬等の交通に因り人の死傷等を生じたことについての認識があることを必要とするが、その認識は必らずしも確定的認識であることを要せず、不確定的認識でも足りることは多言を要しないことであるところ、本件についてこれをみるに、原審における証拠調および当審における事実取調の結果を総合考察すれば被告人が、同人が自家用普通四輪乗用自動車を運転して時速約一四哩(約二二、四粁)にて北方から南方に向つて、本件事故発生現場にさしかかつた際、進路前方約六、四五米の道路中央附近に、西から東に横断中一時佇立して思案していた児童佐宗逸子を認めたので、警音器を鳴らして進行したところ、至近距離に至つて同女が横断すべくかけ出したため、それを認めて直ちに急停車の措置をとつたのであるが、停車後左後方を見たところ運転台からやや後方の舗装部分と非舗装部分との境あたりに同女が頭を北にしてうつ向けに転んでいたが、直ぐ起きあがつて道路を横断したのを見たこと、かような被告人操縦の自動車と右逸子との近接状況の下においては、右自動車が逸子の進行路線に到達する前に逸子において自動車の前面を完全に通り抜ける可能性が極めて少いものであること、右事故発生現場から約六六米離れた地点から事故直後の状況を目撃した竹本あきゑは逸子が起きあがるとき泣いているのを見ており、また右事故直後逸子の許にかけ寄つた右竹本あきゑおよび上田茂は逸子が口や足から相当ひどく出血し、泣いているのを見たことが認められ、以上諸般の状況から考えると被告人が、同人が操縦する自動車を佐宗逸子に接触せしめて転倒させ、その結果同女を負傷させたことおよびこの点につき、被告人に或は確定的認識はなかつたとしても、少くとも、自己の操縦する自動車を同女に接触せしめて転倒させた結果、傷害を負わせたかも知れないとの極めて強い疑を持つていたと認めるのが自然であり、従つて、前記諸証拠によれば、被告人は、自己操縦の自動車の交通に因り佐宗逸子に傷害を負わせたうえ、同女に傷害を負わせたかも知れないと認識していたにもかかわらず、同女の救護および警察官に対する事故発生の申告等法令に定められた必要な措置を講じなかつたものであることを認めるのが相当である。されば、原判決が被害者の負傷が被告人の操縦する自動車との接触によるものと認定しながら、被害者はその事故を自己の自動車との接触によるものでないと信じ且つ負傷もしていないと信じておつたと認定し結局本件について故意がないものとしたのは事実の認定を誤つたという外なく、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。
(加納 河本 清水)