東京高等裁判所 昭和37年(く)42号 決定 1962年9月20日
主文
被告人豊田春二に関する本件即時抗告を棄却する。原決定中被告人宮田日出吉、同光石栄二に関する部分を取り消す。
理由
本件各即時抗告の理由の要旨は、宮田日出吉、豊田春二、光石栄二、山木博、小野田啓、張錫公ら六名は昭和二十五年三月十五日原裁判所である東京地方裁判所八王子支部に起訴され、同支部に同庁昭和二五年(わ)第一五〇建造物侵入被告事件として繋属したものであるが、原裁判所は、右被告人らのうち被告人宮田日出吉、同豊田春二、同光石栄二ら三名に対しては右被告事件の起訴状謄本が適法に送達されたことを確認することができないから同被告ら三名に対する公訴の提起は、刑事訴訟法第二百七十一条第二項によりさかのぼつてその効力を失つたものとして同被告人らに対する公訴を棄却した、しかしながら右各起訴状謄本がいずれも公訴の提起があつた日から二ヶ月以内に右宮田ら三名の被告人に対し適法に送達された事実は、右被告事件記録に存する各証拠によれば認められるのに、原裁判所が公訴棄却の決定をしたのは全くこれらの事実に関する証拠の取捨を誤まり事実を誤認した結果によるものであることが明らかである、よつて、原決定の取消を求めるため本件各即時抗告に及んだ、というにある。
よつて按ずるに、被告人宮田日出吉、同豊田春二、同光石栄二は、外三名の者とともに東京地方検察庁八王子支部検事より、昭和二十五年三月十五日東京地方裁判所八王子支部に公訴の提起がなされ、同日同裁判所昭和二五年(わ)第一五〇建造物侵入被告事件として同裁判所に繋属したことは、被告人らに対する右被告事件記録に存する起訴状に徴し明らかである。よつて、右被告人らに対し、所論被告事件の起訴状の謄本が適法に送達されたかどうかについて審按することとする。
(一) 被告人宮田日出吉に対する送達について。
右被告事件記録第二〇丁編綴の東京地方裁判所八王子支部執行吏木村直広代理大和田万次郎作成名義の昭和二十五年三月二十二日付被告人宮田日出吉に対する右被告事件の起訴状謄本の送達報告書の記載によると、同執行吏代理は、同日午後三時二十分頃送達場所たる東京都北多摩郡国分寺町本村七十七番地自立会に臨み、右謄本を同被告人に送達しようとしたが、同被告人が不在であつたため、そのとき面会した同被告人の妻宮田某(名を答えず)に右謄本を交付しようとしたところ、同女が正当の事由がないのにその受取りを拒んだのでその場に差し置いて送達した事実を認めることができる。同被告人の妻宮田笑子は、原裁判所及び当裁判所において証人として、同女は、昭和二十五年三月頃は、共産党本部の職員として毎日早朝より夕方まで同党本部に出勤しており、日曜日又は休日でもない前記同年三月二十二日午後三時二十分頃には自宅にはおらず、従つて右起訴状謄本を受け取つたことはないと証言するのであるが、前記起訴状謄本の受領を拒んだ者として、受送達者の「妻宮田(名を答えず)某」と書かれ、右報告書末尾には、東京地方裁判所八王子支部執行吏木村直広代理大和田万次郎と記名押印されているのに徴すれば、右証人宮田笑子の右証言はたやすく措信し難く、右執行吏代理が本件起訴状謄本を交付しようとした際受送達者たる被告人宮田日出吉の妻が正当の事由なくしてこれが受取を拒んだものと認めるのを相当とする。送達を受くべき者不在のため事理を弁識するに足る知能を有する同居者に書類を交付しようとしたのに、その同居者が正当の事由なくしてこれを受け取ることを拒んだ場合においては、執行吏等の送達実施機関である者は送達すべき書類を送達すべき場所に差し置くことにより適法にその書類を送達し得るものであることは、刑事訴訟法第五十四条、民事訴訟法第百七十一条の明定するところであるから、被告人宮田日出吉に対する本件起訴状謄本は昭和二十五年三月二十二日適法に送達されたものといわなければならない。
(二)被告人光石栄二に対する送達について。
前記被告事件記録第二二丁編綴の東京地方裁判所八王子支部執行吏木村直広代理橋本郡次郎作成名義の昭和二十五年三月二十三日付被告人光石栄二対する右事件の起訴状謄本の送達報告書の記載並びに同事件の原裁判所第三回公判調書(供述)中証人橋本郡次郎の供述記載及び右被告事件記録中に存する同被告人の裁判官に対する陳述調書(記録一六九丁)、司法警察員に対する供述調書抄本(同一七〇丁)中の各供述記載を総合すると、同執行吏代理は、同日午後二時頃送達の場所たる東京都八王子市三崎町九番地小町宗太郎方の同被告人住居に臨み、右謄本を同被告人に交付して送達した上、送達報告書の書類受領者の署名又は捺印欄に同被告人に指印させたが、その際同被告人から同欄に同被告人に代つてその氏名を記載することを求められたので、同執行吏代理は同裁判所の執行吏役場に帰つたのち、同役場の事務員に依頼して右送達報告書の同欄に光石栄二と記名させた事実及び同執行吏代理は元織物に関する仕事に従事していた関係で同業者たる同被告人の父親とも懇意にしていたため、同被告人やその他の子弟のことを聞き及んでいたばかりでなく、同被告人が幼稚園に通つていた頃同被告人を見たこともあつて、送達の際も同被告人の顔に見覚えがあつたことから面会した相手方は光石栄二本人に間違ないと思つていたとの事実をそれぞれ認めることができるのであつて、同被告人に対する本件起訴状謄本は、昭和二十五年三月二十三日前記小町宗太郎方において同被告人に送達されたものといわなければならない。ただ右記録に存する鑑定人三木敏行作成の鑑定書によれば、前記起訴状謄本の送達報告書に存する受送達者光石栄二名下の指印は、被告人光石栄二の指印であると断定することはできない旨の記載があるけれども、同鑑定書によれば、右送達報告書の右指印は、被告人光石の右手拇指で押捺した指印であつても矛盾しないというのであるから、この鑑定書の右鑑定の結果も未だもつて右認定を左右するに足りない。
(三)被告人豊田春二に対する送達について。
前記被告事件記録第二一丁編綴の大崎郵便局集配人江沢昇作成名義の昭和二十五年三月二十三日付被告人豊田春二に対する右事件の起訴状謄本の郵便送達報告書の記載並びに同事件の原裁判所第三回公判調書(供述)中証人江沢昇の供述記載及び同第四回公判調書(供述)中証人根本セキの供述記載を総合すると、右江沢集配人は、昭和二十五年三月二十三日午前十時三十分頃送達の場所たる東京都品川区西品川五丁目九百九十一番地高木陽一方に臨み、右謄本を被告人豊田春二に送達しようとしたが、同被告人が不在であつたため、右高木方に居住している根本セキに面会の上右謄本在中の郵便物を交付送達し、郵便送達報告書の書類受領者の署名又は捺印欄に同女をして同居者として署名押印させたのであるが、右根本セキは右高木陽一方に居住してはいるが、同被告人とは世帯を別にしていた者である事実を認めることができる。してみれば根本セキを目して被告人豊田の同居者であるとはいえないのみならず、右謄本が同女の手から間もなく同被告人に交付された事実あるいは同被告人が公訴提起があつてから二ヶ月以内に右謄本を入手したとの事実は、記録を精査してもついにこれを認めるに足りる資料を発見することができないのである。
以上に徴すると、右被告人ら三名に送達すべき起訴状謄本のうち、被告人豊田春二に対する分は公訴提起の日から二ヶ月以内に適法な送達がなかつたことに帰し、従つて、同被告人に対する公訴の提起はさかのぼつてその効力を失つたものと解すべきであるから、原決定中同被告人に関する部分についてはなんら所論の違法はなく、同被告人に関する本件即時抗告はその理由がないが、被告人宮田日出吉、同光石栄二ら二名に対する各起訴状の謄本はいずれも本件公訴の提起があつてから二ヶ月以内に適法に送達されたものと認むべきこと前説示のとおりであるから、同被告人ら両名に対する起訴状謄本の適法な送達がなかつたことを前提とし同被告人ら両名に対する前記被告事件の各公訴を棄却した原決定は、前記送達に関する各事実を誤認したものというべく、同被告人ら両名に対する本件即時抗告は理由があるものといわなければならない。
よつて、刑事訴訟法第四百二十六条第一項及び同条第二項に則り、被告人豊田春二に関する本件即時抗告はこれを棄却し、原決定中被告人宮田日出吉、同光石栄二両名に関する部分を取り消すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 岩田誠 判事 高野重秋 栗田正)