東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1154号・昭37年(ネ)1365号・昭37年(ネ)1159号 判決
一、牧野寿雄は当審において『本件土地は所謂赤線区域であつて赤線営業のため牧野寿雄が権利金を支払つて山口正雄より賃借し、地代も同人が支払つたのであるが、営業名義が内縁の妻斎藤すゑであつたため、借地名義も又同女名義としたところ、同女との内縁関係を解消したので、牧野寿雄が営業名義人となり、又借地人となつたに過ぎず、形式的には借地権譲渡であるが、実質的には借地状態に変化はなく、その間に何ら背信行為はない。』と主張し、その趣旨は要するに、形の上では牧野寿雄が訴外斎藤すゑから賃借権を譲受けたが実質上は何の変りはないのであつて右の譲渡は賃貸人たる山口正雄に対し背信行為と認めるに足りない特段の事情があるから山口正雄の承諾がなくとも、牧野寿雄は同人に賃借権を対抗することができると謂うものと解される。
よつて按ずるに、山口正雄が昭和二一年九月三〇日立川市錦町一丁目一一八番の七宅地九六坪六合六勺(原判決添付図面中牧野寿雄と記した部分)を訴外斎藤すゑに普通建物所有のため期間を定めずに賃貸したことは当事者間に争がない。従つてその賃貸借の期間は借地法により三〇年である。而して証拠によれば、牧野寿雄は妻を郷里に残して上京し、某鋳物工場に勤めるうち昭和二〇年頃飲食店で働いていた訴外斎藤すゑと知り合い、同棲するようになつたところ、同女をして赤線区域とされていた本件土地で特殊飲食店を営ましめることとなり、そのため他人を介し前記の通り斎藤すゑが本件土地を賃借し、牧野寿雄がここに建物を建て、斎藤すゑと同棲しながら、同女の営業名義で同女をして営業に当らしめていたが、自身も鋳物工業に勤めるかたわらその経営にたづさわつていた。そして牧野寿雄が建築費のほか本件土地賃貸借に要した権利金二五〇〇〇円や地代をも出捐した関係から、万事について牧野寿雄が実権を有しており、山口正雄は同人を『斎藤さん』と呼び斎藤すゑの夫と考えていたが、斎藤すゑとは面接したこともなかつた。昭和二三年に至り牧野寿雄は斎藤すゑと同棲関係を解消することとなり、斎藤すゑは営業名義及び借地名義を牧野寿雄に変えることを承諾して他所へ去つた。そこで牧野寿雄は営業名義を自己に変え、それまで放置していた建物の保存登記手続を自己名義でなし、引続き特殊飲食店を経営していた。以上の事実を認めることができる。してみると牧野寿雄は昭和二三年訴外斎藤すゑより本件賃借権を譲受けたものと謂うべきであるが、右のような事実関係に徴すると、借地名義が訴外斎藤すえ名義となつたのは右の事情によるもので、牧野寿雄名義でも容易に山口正雄より賃借できたものであり、山口正雄においても両名を夫婦と考え、実質的には牧野寿雄が賃借権を有するものと考え、これを異としなかつたことが察せられるから、同棲関係の解消に伴い牧野寿雄が名実ともに賃借権を取得しても、それは山口正雄に対し背信行為と認めがたい特段の事情がある場合に該当するものと考えられる。従つて牧野寿雄は山口正雄に対しその賃借権を対抗しうるものと謂うべく、牧野寿雄の本訴請求は相当である。
二、訴外伊沢貞三郎が山口正雄より立川市錦町一丁目一〇八番地のうち宅地六一坪四合八勺(原判決添付図面中林伊佐武と記した部分)を普通建物所有のため期間の定めなく賃借していたことは、当事者間に争がない。
証拠によれば、林伊佐武は昭和二一年一一月頃訴外伊沢貞三郎より前記借地権を譲受け、早速建物をたてて、ここで特殊飲食店営業を内縁の妻上田みすゑ名義の下に営んでいたところ、昭和二二年一二月一五日山口正雄が右の林伊佐武方に翌二三年度分の地代の取立てに来たので林伊佐武自らその地代金二七〇円を支払つた事実が認められ、右の事実によれば山口正雄は黙示の意思表示により林伊佐武の借地権譲受けを承認したものと解するのが相当である。尤も前記甲第一二号証によれば、地代領収証の宛名は上田みすゑとなつているけれども、これは前記証拠によれば、特殊飲食店の営業名義人が上田みすゑとなつていたので、山口正雄は借地権の譲受人も又同人であろうと錯覚したことと、林伊佐武が自己宛の領収証でも内妻宛の領収証でもさして変らぬものと考え、敢て山口正雄に対し訂正を求める労をとらなかつたことによるものであることが判るので、地代領収証の宛名が上田みすゑとなつていることから、前認定を覆えすには足りない。
(梶村 室伏 安岡)