東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1237号 判決 1967年12月26日
控訴人
橋本兼太郎
同
橋本銀蔵
右両名代理人
丁野暁春
外一名
被控訴人
東京都知事
指定代理人
門倉剛
補助参加人
宗福寺
代理人
河辺元雄
外二名
主文
原判決を取消す。
被控訴人が昭和二九年三月二〇日にした補助参加人の規則を認証する旨の処分の無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも、参加により生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文第一、二項同旨及び「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否≪省略≫
理由
当裁判所も、本件訴は適法であるものであり、その理由は原審中間判決のそれと同一であるから、これを引用する。
控訴人らの主張の第二の一の事実および北越が、戸沢は昭和二一年一〇年三〇日総代として選任済であるとして、同人の同意を得て昭和二五年七月四日当時総代であつた控訴人らを、職務執行上不整のかどありとして解任し、翌五日その補充として相模、大沢を総代に選任した上、戸沢、相模、大沢の同意を得たとして、昭和二六年二月一日旧宗福寺の寺院規則中同寺が曹洞宗に所属する旨を規定した第四条を改めて同寺が単立寺となるように変更し、同月二八日その旨の登記を了したこと、北越は同年三月五日住職を辞任し、その後任として横山が就任したこと、控訴人らは昭和二一年一〇月三〇日総代に選任され、その任期は四年であること、旧宗福寺院規則第二四条、第二六条、第四三条に控訴人ら主張のよう定な規があることは当事者間に争いがない。
被控訴人は、北趣が昭和二一年一〇月三〇日戸沢を総代に選任した旨主張するけれども、この点に関する<証拠>は信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠なく、むしろ、<証拠>によれば、北越は、昭和二五年一月ごろから辞任を希望し、礼金として五〇万円を支払つてくれる後任住職をさがしていたところ、補助参加人代表者伊東泰邦からその娘婿である横山を推薦されたので、同年春ごろ控訴人らに対し、住職を辞任し、後任に横山を選定したい旨を申出たが、同人が若年であることが理由で承諾が得られず、さらに、同年五月ごろ控訴人らに対し、住職辞任の手続上必要であることを理由に、自分の妻の兄で千葉県で牧場を経営していた戸沢を総代の欠員の補充に選出したい旨を強引に申出たが、その承諾も得られなかつたこと、甲第二三号証の戸沢に関する記載は、抹消の斜線が引かれた後に、その上にされていたものであること(この点に関する<証人の証言>は到底措信し難いところである)、従前から総代をしていた橋本勝五郎が昭和二一年春ごろ死亡したので、同年七月二二日開かれた旧宗福寺の施餓鬼の際控訴人兼太郎から北越に対し勝五郎の後任を補充されたい旨を申出、また、従前から同人の後任としてその子の重起を推薦する者もあつたが、北越は、変つたことがなければ、総代は二人でよいと言つて、これに応じなかつたことが認められ、右事実と当事者間に争いのない、昭和二一年一〇月三〇日当時戸沢はシベリヤに抑留されており、音信不通の状態であつた事実、そのころ特に戸沢を総代に選任する必要があつたことが認められないことを総合すると、右日時に戸沢を総代に選任した事実はなく、甲第二三号証の戸沢に関する記載は後任住職に関する紛争が起つた後に記入されたものであることがうかがわれる。被控訴人は、右戸沢の選任がなかつたとしても、戸沢は昭和二五年から総代になつた旨主張するけれども、右のような工作をして主張した昭和二一年の選任が認められない以上、新らたな選任行為があれば格別、昭和二五年から北越、戸沢の両名に事実上総代に選任し、される意思があり、戸沢が総代として行動していたからといつて同人が総代に選任されたものと解することは到底できない。
右認定のように戸沢は総代ではなかつたのであるから、控訴人らの解任は全く他の総代の同意なしに行われたことになるが、解任規定の「他の総代の同意」を同一機会に除名される総代を除く他の総代と解すれば、被控訴人の主張するように、総代全員を解任する場合には、総代の同意を要しないと解する余地もでてから、この点について考える。<証拠>によれば、旧宗福寺は三〇〇年以上昔建立され、控訴人ら及び前総代橋本勝五郎の先祖は二五〇年ないし三〇〇年位以前からその檀徒であり、勝五郎及び控訴人兼太郎及び控訴人兼太郎は先祖代々総代をしており、控訴人銀蔵も大正一〇年ごろから引続き総代に選任されてきたこと、北越は約一八年間旧宗福寺に住職として在任していたことを認めることができる。右事実によれば、寺との関係は、総代ないし檀徒において深く、住職においては比較的浅いということができ、これに住職の選定、規則の変更、総代の解任、一定の財産の処分等について総代の同意を要したことを考え合わせれば、「他の総代の同意」を同一機会に解任される総代以外の他の総代の同意とすることは、住職の権力を不当に強大にし、総代の地位を不当に弱めるものといわなければならない。また、総代を選任するには、総代にはかればよく、その選任は住職が比較的自由にできるのであるから、その選任についての住職の責任は重いものというべく、従つて、その解任については、自分の責任で選任しながら、都合が悪くなつたら、難癖をつけてすぐ解任できるようなことのないように、できるだけ慎重な手続でする必要がある。なお、総代は解任事由があつたからといつて必ず解任しなければならないものではなく、二名の総代に同一の解任事由がある場合であつても、事情によつては一人だけ解任することもできるのであつて、その者の個人的特質を考慮してこれを解任すべきか否かを決めなければならないのであるから、一括して解任すべきか否かを決めることは許されず、その同意は各人について各別にされなければならないものというべきである。そうだとすると、甲乙丙の総代のうち甲乙を同時に解任しようとする場合でも、まず甲を解任するか否かを決める際には乙はまだ総代であるから、その同意を不要とする理由はない。以上の諸点から考慮すると、三名の総代のうち二名を同時に解任する場合であつても、その各人について他の二名の総代の同意を要するものと解するものが相当である。このように解する場合、二名を解任しようとすると、その二名は必ず他の一名の解任に反対し、結局二名とも解任し得ない場合が多いであろうことは予想されるけれども、どうしても解任しなければならないのに右のような理由で他の総代の同意が得られない場合には、同意権の濫用の問題が起る余地もあろうし、また、場合によつては、解任すべき総代を、管長の承認を得て、離檀(成立に争いのない甲第二号証の一、曹洞宗宗憲第五四八条)することもできるのであるから、右の点は必ずしも前記解釈の妨げとならない。元来寺院の維持、運営は住職と檀信徒、ことにその意思を代表するものとされる檀徒総代の深い信任、信頼の相互関係とすべきものであるから、住職と総代との間に寺務に関して意見の相違があるときは両者の意見に優劣軽重の差を認むべきではなく、総代の多数が住職と意見を同じくしない場合には住職はむしろ総代の意見を尊重すべく、軽々にこれを解任事由にあたるものと解すべきではない(住職は説得と教化を通じて総代の同意を得ることを本旨とすべく、この点は一定の時期に一定の事業に関する意見決定をしなければならない私法上の法人と異なる、)。以上の見地は、信仰上の分野において住職が先達として教化、指導の地位にあり檀信徒は住職に帰依随従すべき立場におかれ、住職の宗教活動に容喙の余地も考えられないのと何ら矛盾するものではない。しかして、後任住職の指名に関し総代の同意を要するとされていることは、将来信仰上の指導および寺務の主管者として帰依信頼し得るかどうかについて檀信徒の代表たる総代の意向を尊重することを意味し(まさにその地位を離れんとする現在住職はむしろ推薦者の立場にある)、従つて、寺院の維持運営に関する寺務の範囲に属するものというべきであり、本件において控訴人らと北越との対立が後任住職の「指名権」に端を発したものである以上、北越が単犯で総代たる控訴人らを解任することはできないものというべきである。(控訴人らと北越または代務者伊東泰邦との信仰上の対立や控訴人らが北越らの宗教活動を妨害したものでないことは当事者双方の主張その他弁論の全趣旨に徴し明白である)。このように考えると、控訴人らの解任は、全く他の総代の同意なしにされたのであるから、無効といわざるを得ない。
控訴人らの解任が無効とすると、その後任である相模、大沢の総代選任(しかも控訴人らにはかつていない)が無効であることは明白である。控訴人らの任期は昭和二五年一〇月三〇日で満了しているけれども、右のような事情で無効となつた相模、大沢の選任が控訴人らの任期満了によつて当然有効となるものとは解されず、改めて右両名を総代に選任したことについては主張も立証もないところ、旧宗福寺院規則第二五条に、総代は任期満了後でも後任者が就任するまでその職務を有する旨規定されていることは<証拠>により認められるから、控訴人らは同日以降も総代としての権利義務を有していたというべきである(その後兼太郎は離檀されているけれども、これは権限のない横山によりされたものであるから、無効である)。ところが、控訴人ら主張の寺院規則の変更は、戸沢、相模、大沢を総代なりとし、その同意を得てされたものであり、控訴人らの同意を得ていないことは明白であるから、無効というべく、<証拠>によれば、前記規則第一〇条、第一八条に住職の任命を受けようとするときは、干与者である法類総代及び総代の同意を得て任命を管長に申請すべき旨定められていることが認められるのに、横山の旧宗福寺住職就任について控訴人らの同意があつたことについては主張も立証もないから、該就任は無効というべきである。被控訴人は、規則の変更は、檀徒の大多数の同意を得ているから、有効である旨主張するけれども、檀徒の大多数の同意で規則を変更しうる旨の規定は何もないし、また、現在住職を僣称する者が一方的に檀徒の同意を集めたからといつて、真にその大多数の同意があつたものと解することもできないから、右主張は採用することができない。以上認定したところによれば、新規則の作成は、代表権限のない横山がしたことになり、しかも正当な総代である控訴人らの同意を得ていないことは弁論の全趣旨により明白である。ところが、寺院規則の変更または作成は宗教法人たる寺院の基本的法規範を変更または制定するものであるから、信仰集団に属する者の意見の一致によることが必須の要件であり、なかんずく総代の同意を効力発生の必要要件とするものと解すべく(旧宗福寺の規則に同趣旨の定めがあることは当然の事理を明らかにしたにすぎない)、その同意を欠くことは規則の作成または変更の効力の発生に致命的障害となり、これを無効ならしめるものと解すべきは当然である。また、寺院規則の認証は、寺院の適法な規則作成を前提とするから規則が無効な場合は、前提要件を欠くものというべく、このような場合は、そのかしは重大、かつ、客観的に明白であり、該認証は当然無効となるものというべきである(このことは認証行為が、寺院の宗教活動が社会の安寧秩序を害するおそれのある場合のほか、規則の内容に関し実質的審査をすべきでないことからも明らかである)。そうだとすると、新規則の作成手続には上来認定のような重大な手続上のかしがあるのであるから、新規則が無効であることは明白であり、従つて、これについてされた本件認証も、前提要件を欠き、無効であることは明らかである。
被控訴人は、本件認証のかしの治ゆないしは行政事件訴訟法第三一条の類推適用を主張するけれども無効確認の訴について同条の適用のないことは明白であり、被控訴人主張の事由はいずれもまだ本件認証の無効を主張し得ない場合に該当しないから、右主張は採用することができない。
よつて、控訴人らの請求を棄却した原判決を取消し、その請求を認容することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九四条を適用し、主文のように判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)