東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1920号 判決 1963年7月17日
控訴人 原告 中村進 外五名
訴訟代理人 井上正泰
被控訴人 被告 山本秀雄
訴訟代理人 中島登喜治
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は控訴人らに対し金四万四百十五円及びこれに対する昭和三十一年三月二十四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において証拠として当審証人菅原茂、遠山誠太郎の各証言を援用したほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
第一、次に記す(一)乃至(六)の諸事実については、当裁判所は原審通りの認定をなすものであつて、その理由は原判決理由の当該関係部分中判決書十二枚目表一行目から十四枚目表七行目「確定日附の証書がない」までを引用するほか「当審証人菅原茂同遠山誠太郎の各証言によるももとより右認定を左右することはできない」と附加する。
(一)千葉県印旛郡八街町東吉田字荒老八二三番地の一畑一町歩は元被控訴人の先々代訴外山本常吉の所有であつたところ、右常吉は隠居し、被控訴人の先代山本重之助が家督相続し、更に右重之助が隠居して被控訴人が家督相続し、右土地の所有権を承継取得した。
(二)右山本常吉が右土地を所有していた当時同人がこれを訴外長谷川倉吉に賃貸し、その後更に控訴人らの先代中村太次郎に賃貸し、同人が耕作していた。
(三)終戦後自作農創設特別措置法の制定に伴い右土地は昭和二十二年七月二日政府が被控訴人から買収し同日更に控訴人ら先代太次郎が政府から売渡を受けて右土地の所有権を取得した。
(四)右土地の周辺に生立していた控訴人ら主張の杉立木八十本(控訴人らが本件損害賠償を請求しているのは内三十三本についてである)が昭和三十一年三月二日伐採せられた。
(五)控訴人らの先代太次郎は昭和三十五年一月死亡しその子である控訴人ら六名が右太次郎の遺産を共同相続した。
(六)右杉立木は控訴人ら先代中村太次郎の植樹したものとは認められず却つて被控訴人の先々代山本常吉が大正の末期ごろに杉苗として植え、それが成長したもので、その所有権は右常吉に属し、前記の通り相続により被控訴人先代山本重之助、ついで被控訴人に順次承継せられた。従つて本件土地が自作農創設特別措置法により買収せられた当時地上の本件杉立木は被控訴人の所有に属していた。
第二、そこで控訴人らの予備的主張について以下判断する。
本件杉立木の生立していた畑地は、自作農創設特別措置法に基く行政処分により昭和二十二年七月二日当時の所有者たる被控訴人から政府が買収し、同日政府がこれを控訴人ら先代中村太次郎に売渡したもので、地上の本件杉立木が伐採せられた当時右畑地は同人の所有に属していたことは当事者間に争がない。
控訴人らは、本件杉立木は立木法の適用を受けず又樹木の集団若くは個々の樹木として明認方法を施されていないから取引上独立の不動産として所有権の客体とならず土地の定着物として土地と共に移転すべきものであるから、本件畑地が政府により被控訴人から買収せられると共に右杉立木も買収せられ、控訴人ら先代太次郎が政府から本件畑地の売渡を受けたことにより之と共に右杉立木の所有権も同人に於いて取得したと主張し、被控訴人はこれに対し、政府の右畑地買収及び売渡処分において本件杉立木は、当事者の意思に基き畑地から全く除外せられていたのである、従つて右杉立木が立木法の適用を受けずまた慣習上認められる明認方法を施されていないものであつても、このことからして直ちに畑地と共に買収売渡処分に付されたものとなすべきでなく、却つて右買収売渡処分の目的から除外せられたものとなすべきである、本件杉立木の価額が畑地の買収売渡の価額に算入せられていないことによつても右除外の事実は明かである、よつて自作農創設特別措置法による本件畑地買収処分後も本件杉立木の所有権は依然被控訴人に属し、被控訴人の自由処分に任せられていたものであると主張する。
よつて案ずるに、本件杉立木につき立木法による登記がなされておらず又いわゆる明認方法も施されていなかつたことは本件弁論の全趣旨から明白である。従つて法律上右立木は本件畑地の一部と看做されるべきことも当然である。しかしかかる地上の立木も自作農創設特別措置法による農地の買収処分において土地からこれを除外して買収処分をなすことの可能なことは本件買収後昭和二二年法律二四一号によつて改正された自作農創設特別措置法第一五条の法意に照らしても明らかであつて、(昭和三三年二月一三日最高裁判決、民判集一二巻二号二三二頁以下参照)もしこれを除外して買収処分がなされた場合は、立木の所有権はその敷地である農地の所有権と共に買収されることなく、従て右立木の所有権は農地の売渡を受けた者にも移転することがないといわなければならない。よつて本件において、政府が被控訴人の本件畑地を買収処分に付した際果して地上の立木を除外して手続を施行したかどうかを検討する。
(一)原審における検証の結果(第一、二回)、原審証人山本重之助の証言(第一、二回)、原審における被控訴本人訊問の結果、当審証人遠山誠太郎、菅原茂の証言及び成立に争のない乙第五号証の記載を綜合すると、本件畑地の買収処分当時右地上に生立していた本件伐採に係る杉立木三十三本は樹齢二十年位で目通り一尺程度のもので、其の他にも五十数本の同様の杉と右杉よりも数年樹齢の古い松立木約三十本が生立し、その価額は合計して少くとも五千円を超えていたものと認められるのに対し、買収価額は三千五百四十六円二十四銭であつて、此の額は買収の対象たる畑地のみの価額に相当し、即ち右立木の価額は全く買収価額に算定されていないこと明らかである。而して右検証の結果によるも本件立木が本件畑地の従物としての効用を果しているものとは認め得ない。(二)当審証人菅原茂、遠山誠太郎の供述によれば本件畑地の買収については地上の立木についての代金は支払われていないが、凡そ八街町農地委員会においては本件買収当時地主と小作人から農地申告のある場合は之に基づいて買収を為し特に実地調査を為さないのが原則であつて、耕作者と所有者から立木のある旨の申出がなければ、その農地には立木がないものと見なして買収する実情に在つたことを認め得べく、(三)成立に争のない乙第五号証の記載竝に原審証人木村敏夫、当審証人遠山誠太郎の供述竝に弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人に対する本件畑地の買収の告示にも亦買収令書にも単に目的の畑地を特定する地番、面積、賃貸価額、買収対価等を記載したにとどまり、地上の立木の生立すること乃至之に関する記載は何等為されなかつたことを認め得べく、(四)当審証人遠山誠太郎、菅原茂の供述によれば同人等は本件買収当時八街町の居住者で同町農業委員会に関係していた者であつて、本件地上に前示認定の如き年数を経た相当の太さの立木が相当多数生立していたことを知つていたことを認め得るから、他に反対の事実の認められない本件においては、買収手続に関与した同町農地委員会の委員も亦前示立木の生立を知つていたものと推認し得べく、従つて当時の立木の価額を正確に算定し得ないことは勿論であつたろうが、その価額が土地価額に匹敵する程度のものであることは考え得たものと推測されるから、公平を旨とし利害関係を離れた委員会において土地のみの価額を以て右の如き価値を有する立木までも含むとするが如き趣旨の買収決定を敢えて為したものとは到底考え得られないと言うべく(五)而も当審証人菅原茂の供述によれば、八街町農地委員会においては買収農地に立木の生立していた場合の実例は本件以外にはなかつたが、農地の中に事実上の宅地を含んだ場合、之を分筆除外して買収した例はあり、本件も同様の取扱になると思う旨の供述をしているが、此の供述から推測すれば、本件買収処分は地上生立の立木を除外して為したものと解しても、当時の農地委員会に取つて全く予想外のこと又は考え及ばないことであつたとは到底思われない。以上(一)乃至(五)の事実を綜合して考えると、前示認定の如く本件買収のための公告及び買収令書には当時生立の立木を除く旨明記されてはいなかつたが、委員会としては当初から黙示的にこれを目的物から除外していたものと認定すべきである。当審証人遠山誠太郎の供述中右の認定に反する部分は同人の主観的意見と見るべきであるから、これを以て右認定を覆すことを得ず、他に認定を左右するに足る資料はない。
尤も右の認定によれば、本件買収処分には立木を除外する旨の黙示的意思表示が加わつていたことになるところ、一般に行政行為殊にそれが要式行為たる場合には(買収処分は自創法第九条の解釈上買収令書の交付による要式行為と解せられる)、黙示的意思表示は許されないとの説もあるが、本件買収処分について言えば此の黙示の意思表示は買収処分の範囲を減縮する意味を有し所有者にとつて有利なものであるから、之を否定する理由に乏しいと言うべきである。のみならず若し右の理論に従つて黙示の意思表示を許さず農地の所有権に従つて移転するとするならば、所有者は自創法第十四条の対価の額に対する不服の訴を以て争うべきだと言うのであろうが、本件の如く、農地の価額を上廻る価額の立木のあるに拘らず、これを全く考慮しないで農地のみの価額を以て買収価額とした場合は、所有者においてはその価額の関係上恐らく立木を除外したものと安心して同条による不服の訴を問題としないのが自然であろうし(従つて同条所定の期間の経過によつて不服申立の道は永久に閉されてしまう)、それにも拘らず当該立木の所有権は農地と共に法律上当然国に移転する結果となるであろう。しかし斯る結果を是認することは立木につき補償なくして所有権を徴収することとなり憲法第二十九条に違反する疑が濃く、到底賛同し得ないと謂わざるを得ない。
控訴人等は、立木法の適用なく又明認方法も施してない以上本件立木は土地の所有権と共に当然に移転すべきである旨主張するが、既に述べた通り、自創法第三条による買収の場合には目的物たる農地から生立の立木を除外すること理論上も可能であり、本件においては上記認定の如く黙示的に之を除外したものであるから、国から売渡を受けた控訴人等先代、従つて控訴人等は、国の買収した限度のものを取得することを以て満足するの外はない(控訴人等先代は耕作者として本件買収計画の公告、売渡通知等に掲げた本件買収、売渡の価額を注意すれば目的物の中には本件立木を含まないことは自ら推測し得た筈であることも考慮すべきであろう。)また以上の結論は旧地主をして他人の土地に樹木を所有する結果を生ぜしめることとなり、その法律関係を如何に解すべきかについて問題が生ずるのであるが、此の点は生立の立木を除外して農地を買収し得ることが可能である以上、これを明示して為した場合にも生ずる問題であり、結局立法の不備とは言はざるを得ず、これを理由にして農地買収の場合には生立の立木を除外することを許さないとするのは、本末を顛倒した概念論というべきである。
しからば本件杉立木は伐採当時その所有権はなお被控訴人にあつて、控訴人ら先代太次郎の所有には属しなかつたものというべく、よつて被控訴人あるいは同人より権利を譲受けた第三者において右杉立木を伐採処分してもこれにより控訴人ら先代の権利を侵害したものとなすことはできず、従て控訴人らに本件損害賠償請求権は生じないものとなさざるを得ない。
すなわち控訴人らの請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。よつて訴訟費用について民事訴訟法第九五条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 宮崎富哉)