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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2008号 判決 1963年7月17日

第二〇〇八号事件被控訴人・第二〇九四号事件控訴人(第一審原告) 長谷川一郎

第二〇〇八号事件控訴人・第二〇九四号事件被控訴人(第一審被告) 阿部浅市

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は併合前に生じたものは各自負担とし、併合後生じたものは二分しその一をそれぞれの当事者の負担とする。

事実

第一審原告(昭和三七年(ネ)第二、〇九四号事件控訴人、同年(ネ)第二、〇〇八号事件被控訴人)は、右第二、〇九四号事件につき原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し金百三十五万八千八百四十円及びこれに対する昭和三十六年十一月二十九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、右第二、〇〇八号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告(右第二、〇九四号事件被控訴人、右第二、〇〇八号事件控訴人)は、第二、〇〇八号事件につき原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする旨の判決、第二、〇九四号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次のとおり附加訂正するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(第一審原告の主張)

第一審原告(以下単に原告)は昭和三十五年一月中本件土地の所有者であつた訴外大沢伍一から名義書換料として金五十万円を支払えば右土地を賃貸してもよいとの申出を受けたが、当時原告は右土地につき同訴外人に対抗できる賃借権又は転借権を有するものと信じていた。右信じたことが原告の誤信であつたとしても原告としては右訴外人の申出に応ずべき何等の義務がなく、むしろ右訴外人の申出に従い原告に土地賃借権を得しむることは第一審被告(以下単に被告)の義務に属していたのである。しかるに原判決はこれを看過し、右訴外人の申出に応じなかつたことを以て原告の過失であると認定し、右五十万円の限度で原告の請求を認容し、その余の請求を棄却したのは法律の解釈を誤つた不当なものというべきである。

(第一審被告の主張)

原判決六枚目表、被告の抗弁二を次のとおり訂正する。

昭和三十四年十二月又は昭和三十五年一月ごろ土地所有者大沢伍一と原告との間に原告は権利金五十万円を支払い土地賃貸借契約を締結する旨の合意が成立した。しかるに原告はその後これを理由なく破棄したため右大沢の憤激を買い本件土地明渡を訴求せられるに至つたもので、右五十万円を支払うべき義務は原告にあり、被告にはその義務はない。従つて右五十万円を支払わなかつた結果原告が不利な条件で和解せざるを得なくなつたとしても原告はその損害を被告に転嫁することはできない。

(証拠関係)<省略>

理由

第一審原告(以下単に原告)が昭和二十二年六月十五日第一審被告(以下単に被告)から、同人所有の東京都荒川区日暮里町三丁目一九四番地所在木造ルーフイング葺平家建居宅二戸建一棟のうち西側の一戸建坪十一坪の未完成の建物を買受け、これを完成させて居住したこと、右建物の敷地は被告が訴外大沢伍一から賃借していた同人所有の宅地七十二坪五勺の内二十四坪であつたところ、区画整理によつて同所一九四番の一の北側一七坪七合八勺に仮換地指定されたことは当事者間に争なく、成立に争ない甲第一号証、原審証人長谷川悦作、同内田亀太郎、同藤村銀治郎の証言、当審証人長谷川弘、同長谷川佐知子の証言に徴すると、原告は本件建物とその敷地二十四坪に対する土地賃借権を合せ金七万五千円で買受け(被告の申出は借地権五万円、建物三万円合計八万円であつたが原告の要求で七万五千円に減額)、支払方法は当初四万円を支払い残金支払つた時借地権の名義を原告に移すという約束であつた、そして右借地権譲渡について土地賃貸人大沢伍一の承諾は被告において折衝しこれを得る特約であつた、間もなく原告は残代金三万五千円を支払つたので、その際借地権名義書換手続を被告に要求したところ、被告は区画整理が昭和二十五年ごろあつて敷地の部分が分筆せられるからその時地主の承諾を得て借地権の名義を書換えるようにすると答えた、以上の各事実を認めることができる。

被告は、右建物を売却したのは一時原告の住居に供するためで被告の長男が結婚するときは被告が買戻すべき約束があつた、従つて借地権の譲渡や転貸を伴わない旨主張し、原審証人阿部もとよの証言、原審並に当審における被告本人尋問の結果のうちにはこれに沿う供述があるけれども、右供述部分は前記各証拠に照し信用し難い。また成立に争ない甲第五号証の一ないし二十六号証によると原告は前記建物を買受けて以来昭和三十四年十一月まで被告に対し建物敷地の賃料を支払つていることが明かであるが原審における原告並に被告本人尋問の結果によると原告は地主大沢伍一の承諾を得て原告が正式の借地権者と認められるまでは地主に対する関係では未だ被告が土地賃借人で被告から大沢に賃料を支払う関係にあるから、右承諾があるまで大沢に直接賃料を支払う代りに被告に同額の金員を地代として交付していたものであることを認め得るから、右事実を以て前段の認定を左右することはできず、その他に右認定をくつがえす資料はない。

前段認定によると、被告は本件建物を原告に売渡すと同時にその敷地の賃借権をも譲渡し、且つ右譲渡に関し土地賃貸人大沢伍一と交渉しその承諾を得ることの債務を原告に対し負担したものといわねばならない。ところが被告は地主大沢と交渉して借地譲渡の承諾を得ることができず、却つて昭和三十四年十二月二十一日地主大沢に対し本件賃借権を放棄したことは被告の認めるところであるから、特段の事情が認められないかぎり被告は本件建物売買に伴う特約による債務を履行しなかつたもので、右賃借権の放棄により債務は履行不能となつたものというのほかなく、右債務不履行により原告のこうむつた損害を賠償しなければならぬ立場にある。

被告は、右賃借権の放棄をしたのは土地所有者である大沢から同人において直接交渉して紛争を解決したく、それがためには被告の借地契約を解消しなければ交渉を初めることが出来ないとの申出があつたので、これに応じて放棄したと主張するが、仮にその主張通りの事実関係があつたとしても、大沢において原告に対し借地権の譲渡の承認があつたと同様の効果を与えることを確約したのでない限り、被告の原告に対する責任には何等消長を来たさないことは勿論である。のみならず原審証人大沢伍一、阿部もとよの供述、成立に争のない甲第二号証の記載を綜合すれば被告は自己所有の別家屋を他に担保に供するに当りその敷地四十八坪の借地権移転について大沢から承諾を受け、少なくともその対価の意味をもこめて本件二十四坪の部分の借地権を放棄したことを認め得るにとどまり(此の点に反する原審並に当審に於ける被告本人の供述部分は前示各証人の供述に照らして信用出来ない)、大沢から前示の如き確約乃至保証のあつたことは何等之を認め得ないから、被告の放棄は何等正当のものと認めることを得ない。

しかして本件土地所有者である訴外大沢伍一が昭和三十五年三月原告を相手とし東京地方裁判所に対し建物収去土地明渡の訴を提起し、同庁同年(ワ)第一、八一九号事件として係属したことは当事者間に争なく、原告が同訴外人の不法占有に基く明渡請求に対し賃借権譲渡の承諾あることを主張して争つたが右承諾の事実を立証できず、本件被告が賃借権を放棄していたため原告の主張は容れられずして同年十月二十九日同訴外人の全部勝訴の判決言渡があり、原告は東京高等裁判所に控訴したけれども勝訴の見込がなかつたので、やむなく同訴外人から本件土地を買受け争を止めることとし、昭和三十六年九月二十五日本件建物敷地(東京都荒川区日暮里三丁目四番地一九四番ノ一宅地二六五坪九合三勺のうち二十四坪、但し同所同番地宅地実測一七坪七合八勺が仮換地として指定せられていた)を代金百七十五万円で買受け、右代金を同年十二月十五日大沢に支払い土地所有権移転登記手続を受ける旨の和解を成立せしめ、その約旨に従い右金額を支払つたことは成立に争ない甲第四号証、原審における証人大沢伍一の証言、原審における原告本人尋問の結果に徴し明らかである。

原告は、前記被告の債務不履行により本件土地賃借権を取得できなかつたので、右和解成立当時の右土地賃借権の価額は、原告が買受けた土地代金百七十五万円から賃借権の存在する場合の土地売買価額三十九万千百六十円を控除した百三十五万八千八百四十円であるとし、その賠償を求めている。

しかし、損害賠償の請求は、特別の事情によるものはともかく原則として債務の不履行によりて通常生ずべき損害の賠償をなさしめることを以てその目的となすものである。本件について見るに、原審並に当審における証人大沢伍一、同檜垣栄の証言、原審における原告本人尋問の結果に徴すると、原告は被告から本件土地の賃借権を建物と共に譲受けた以後である昭和二十九年中地主の大沢に対し賃借権譲渡の承諾を求めたところ拒絶され、しかも被告は当時迄に右承諾を得ることについて大沢と何等交渉をしていないことが判明したこと、その後昭和三十四年十二月二十一日被告は大沢に対する本件土地賃借権を放棄し原告に対しその旨告げたので、原告はここにやむなく地主大沢と直接交渉して賃借権を取得する以外に道がないとして訴外檜垣栄を通じ大沢と交渉したこと、大沢は被告の賃借権が無条件に原告に移転することは強く拒絶していたが原告に対して直ちに土地明渡を要求するというのではなく条件によつては新たに原告に賃貸する旨を原被告双方に表明していたので、前記原告の交渉に応じ原告に対し名義書換料として金五十万円を支払うならば本件土地を原告に賃貸してもよい旨申向けたこと、しかし原告は右支払はむしろ被告においてなすべき責任と考え、これを承諾するに至らなかつたことを認めることができる。以上の事実からすると、被告が本件土地賃借権を放棄したことを原告に告げた際には、その後に原告が地主大沢との交渉によつて相当な対価を支払つて賃借権を取得することを双方において事の成行として十分期待し得た筈であり、従つて右対価が相当な限りこれを以て被告の不履行によつて生じた損害と考えるべきである。しかして成立に争ない甲第七号証、当審証人檜垣栄の証言に本件弁論の全趣旨を総合すると前記大沢の申出にかかる金五十万円は名目は賃借人の名義書換料であつたとしても実質は当時の本件土地賃借権の対価として相当なものと認めることができる。すなわち原告が被告の債務不履行により失つた本件土地賃借権は履行不能の生じた時金五十万円に相当する価値を有したものといえるから右金額を以て被告の本件債務不履行により通常生ずべき損害と認めるべきである。

原告は前記の如く、その後原告と地主大沢との間に生じた訴訟中において原告が本件土地を買取つた価格を以て損害額とすべき旨主張するが、かくの如き損害は本件被告の不履行により生ずべき通常の損害ということができず、いわゆる特別事情による損害と目すべきものである。けだし借地の上に存する建物を借地権と共に売買の目的となし、売主が借地権移転の承諾を地主から得る義務を負担したにかかわらず右承諾を得られなかつた場合、土地所有者と建物の買主との間に紛争の生じることは通常の成行であるが、その際常に必ずしも訴訟となり建物の買主において土地を買受けるに至るものとは言えず、あるいは明渡の猶予期間を定めてその期間中使用を許されるとか、あるいは若干の対価を支払つて(又は対価なくして)承継を認め乃至は新に賃借権を設定するとか、更には地主において建物を買取るとかその他の方法によつて紛争が解決せられることも屡々見られるところである。それ故に本件において原告主張の如く被告の債務不履行の結果、訴訟となり原告主張の価額で同人が本件土地を買取り訴訟が終了したことを認め得るけれども、右事実により原告のこうむつた損害は、いわゆる特別の事情により生じたものというべく、当事者において右事情を予見し、あるいは予見し得べきときに限り債務者に損害を賠償すべき責任があるところ、被告において不履行の当時前記の如き価額で本件土地を買取るに至る事情を予見していたことまたは予見すべかりし事実を認めるに足る確実な証拠はない。

しからば、被告の賠償すべき金額は前記五十万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和三十六年十二月十六日以降の遅延損害金の範囲に限られるべきもので、この限度で原告の請求は認容さるべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきものである。すなわち原判決は結局相当で、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九二条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 加藤隆司)

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