東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2140号・昭37年(ネ)620号 判決
「被控訴人が本件婚姻届をしてやつたのは、子供をいわゆる私生子にしないための良心的好意的処置であつて、これに対し控訴人の方でも、被控訴人に扶養を求めることはせず且つ何時でも協議離婚に応ずると約束をしていたに拘らず、控訴人がいまやこれに応じようとしないのは裏切りであり、被控訴人の好意を逆用して被控訴人を苦しめているものである。」
という考えのもとに、控訴人に対し憤懣の情こそ抱いているが、愛情の一片さえ持つては居らず、今後控訴人と実質的な夫婦生活を営むことの如きは絶対にしないと堅く決心していること、
をそれぞれ認めることができる。
なお、被控訴人は、控訴人もまた現在被控訴人との婚姻生活を継続する意思はなく、もつぱら被控訴人を困却させるためにのみ離婚に応じないものである旨主張するけれども、右主張を肯認するに足るべき証拠はないのみならず、却つて、証拠に徴すると、控訴人は、本件婚姻成立にいたるまでのいきさつ及び被控訴人及び控訴人のおかれていた生活環境が前認定のとおりである関係上、もともと本件婚姻の前途が多難なるべきことを予想していたから、婚姻届出後においても被控訴人に対し強いて扶養を求め同棲を強いるような態度にいでなかつたけれども、若し被控訴人がその気になつてくれさえすれば、普通の夫婦の様に前記浩一を加えた親子三人で世帯を持ちたいという切なる願望は常に心底に存したものであつて、現に被控訴人に対しその願望を披瀝したことも再三あつたこと及び被控訴人と母つねとの間の不和のため立場に困つた際或は世帯を持とうという申出を被控訴人に拒否された際にそれでは離婚しようと口に出したり真実そう思つたりしたことはあつたが、でき得れば親子三人で世帯を持ちたいという前記願望は未だに持ち続けていること並びに被控訴人主張の家屋が控訴人名義に移転登記された事実はあるけれども、それは控訴人の父訴外加藤久が控訴人の母訴外大賀つねとの関係を処理するため同訴外人に贈つたものを、前記訴外加藤久の妻の手前を憚り控訴人名義としたにすぎず、これによつて控訴人が被控訴人との婚姻継続の意思を放棄した事実はないこと、
をそれぞれ認定するに十分である。
(二) そこで、以上認定の如き、状態を以て、被控訴人主張の「夫婦関係が破綻し回復の余地なき状態」にあたるといい得るかどうかにつき考えるに、本件当事者間の夫婦関係が前認定のような経緯によりその実を失つて既に十年余にも及び今日被控訴人は前示のような考え(その当否は暫く別とする。)のもとに控訴人に対し単なる憤懣の情以外何ものも抱いておらず、しかも、控訴人と将来夫婦生活を営むが如きことはしないとの決心が前認定のとおり堅い本件においては、たとえ控訴人において婚姻継続を欲していること前記のとおりであつても、前記夫婦関係は既に破綻したものであつて客観的に見て回復の余地はないものと認めるのが相当である。
(三) しかしながら、被控訴人をして前記夫婦関係を実質上絶つに至らしめ且つ今日のような心境に至らしめた原因として、被控訴人自身は、(イ)控訴人と性格が合わないこと、(ロ)被控訴人の母や妹が反対であること、(ハ)いわゆる近親結婚であること、(ニ)被控訴人が病気のため約五〇日間控訴人方で療養した際、控訴人の母訴外大賀つねから冷酷な取扱いを受けたこと等を挙げ、殊にその最後のものを最も大きな原因と考えていることは、当審における被控訴本人尋問の結果によつて明らかであるところ、
(イ) 被控訴人と控訴人の性格の間に、被控訴人が本件婚姻継続の意思を放棄するのも無理ではないと思われるほどの大きな不調和があつたことは、本件にあらわれた全証拠を以てしても肯認するに足りない。
(ロ) また、被控訴人の母や妹の反対も、被控訴人自身本件婚姻に関しては当事者以外の第三者に干渉されたくなく、また干渉させないと断言している(原審における第三回被控訴本人尋問の結果)に徴すれば、被控訴人をして前示の如き態度及び心境に至らしめた真因とは認め難い。
(ハ) 更に被控訴人と控訴人が従姉弟の間柄にあることは前示のとおりであり、従つて本件婚姻は一種の近親婚といえないこともないが、被控訴人はこれを承知の上本件婚姻にふみ切つたわけであるから、今更近親婚の故を以て本件婚姻継続の意思を放棄することは筋のとおらないことであつて、右意思放棄を是認させるに足る事情とはいい難い。
(ニ) 最後に、前顕控訴本人尋問の結果によると、被控訴人が控訴人方で病気療養中、控訴人の母訴外大賀つねが被控訴人の弟昇に被控訴人の病名はパラチブスであると告げたことに端を発して、被控訴人と前記訴外つねとの間に感情の衝突があり、その結果同訴外人が「出て行け」と放言した事実があることを認め得るけれども、右は、被控訴人において訴外つねが前記病名を弟昇に告げたことをとらえて控訴人に対し「お前の母は非常識だ」と当り散らし、誠意を以て看護に当つていた控訴人に口をきかないので、途方に暮れた控訴人が訴外つねに愚痴をこぼしたところ、これを怒つた同訴外人が、被控訴人に聞えるように「そんなに弱いしりがあるのか」と控訴人を叱り付け、被控訴人や浩一を連れ親子三人一緒にこの家を出よと激語した次第であること、前顕控訴本人尋問の結果及び前顕証人大賀つねの証言の一部によつて明らかであつて、この事実もまた被控訴人が本件婚姻継続の意思を放棄するのも無理はないと認められる程の事情ではない。けだし、本件婚姻成立以来被控訴人は、「もともと控訴人との肉体関係は、子供も作らない、結婚もしない約束で結んだものであつて、被控訴人としては子供を私生子にしないために婚姻届をしたにすぎないから、控訴人や浩一を扶養する義務もなければこれらと同棲しなければならぬわけもない」という考えのもとに、ただ週末等控訴人方に宿泊しては控訴人との肉体関係を続けているうち、たまたま控訴人方に宿泊の翌日発病して同人方において療養するに至つた関係であることは、前顕被控訴本人尋問(特に原審第一、二回)において被控訴人自身供述するところであつて、このような関係のもとで被控訴人が控訴人に対し前示のように当り散らすという事態が起れば、控訴人の母である前記訴外つねが多少感情的になり激越な言葉を吐くことがあつたとしても必ずしも深くとがむべきではなく、いわんやこれだけのことで控訴人との婚姻継続の意思を放棄する十分な理由があるとは到底認め得ないからである。
以上判示するところを換言すれば、被控訴人が控訴人との夫婦関係を絶ち、向後夫婦生活を営まないと堅く決意した理由として被控訴人の挙げるところのものは、いずれもその理由とするに足りないのであつて、結局本件婚姻関係が今日の破綻を来たし回復の見込がなきに至つた原因は、もつぱら被控訴人が本件婚姻を当初から一時的便宜的な手段と考え、真面目にこれを維持する意思を持つていなかつたことにあるものと認めるのが相当である。
(四) 被控訴人は、本件婚姻の当初から被控訴人控訴人ともに軽卒であつたのであるから、被控訴人だけが責めらるべき理由はないと主張するけれども、被控訴人及び控訴人が軽卒であつたのは、婚姻前たやすく肉体関係を結んだことであつて、その結果浩一の出生を見るに及んで本件婚姻届出をしたのは、たとえ将来の困難を予想していたとしても、決して軽卒というべきではなく、この点においては被控訴人控訴人ともに必ずしも責めらるべき理由はないのである。
また、被控訴人は、控訴人において被控訴人に対し同居を求めるでもなく、また浩一や控訴人自身の扶養を要求するでもなく、本件婚姻を継続するに必要な努力と愛情において欠けるところがあつた旨主張するけれども、控訴人が本件婚姻成立当初同居(その希望を披瀝したことがあるのは前示のとおりである。)や扶養を求めるに急でなかつたのは、被控訴人の母の同意を得ていない婚姻であること等による遠慮からであり、その後は被控訴人から協議離婚手続を求められるに至つて到底これをいい出し得る状勢ではなかつたので敢えてしなかつたものであることが、前顕控訴本人尋問の結果、前顕被控訴本人の供述の一部並びに本件弁論の全趣旨から十分推認できるから、同居や扶養を求めるに急でなかつた一事を以て控訴人に婚姻維持の努力や被控訴人に対する受情に欠けるところがあつたと論断することはできないし、他に右努力や愛情を欠いたことを認めるに十分な資料は存しない。
(五) ところで、婚姻関係が実質的に破綻し回復の見込がないことは、民法七七〇条一項五号の事由に該当するものと解すべきであるが、右事由の発生がもつぱら当事者一方のみの責に帰すべき場合には、当該有責当事者から右事由に基き離婚を求めることは許されないものと解すべきである(最高裁昭和二九年(オ)第一一六号同年一一月五日言渡判決、民集八巻二〇二三頁参照)。けだし、若しこれを許すならば、夫婦の一方はほしいままに夫婦生活を回復し難いまでに破綻させた上、たやすく離婚の判決を受け得る結果となるのであつて、かかる結果を容認することは、離婚後の扶養ないし扶助につき何らの規定も設けて居らず、また離婚判決に当り職権を以て財産分与ないし慰藉料の支払を命ずることも許していないわが現行法のもとにおいては、相当でないからである。
これを本件について見るに、本件婚姻が既に破綻し回復の見込なきものと認むべきことは前示のとおりであるから、民法七七〇条一項五号所定の離婚原因あるものと解すべきであるけれども、右事態の発生はもつぱら被控訴人の責に帰すべきものであること上来認定の事実から明白である。
然らば、控訴人において右離婚原因に基き離婚を求めるのは格別、被控訴人がこれを理由として離婚を請求することは許されないものであつて、被控訴人の本件予備的請求もまた失当として棄却すべきである。
(菊池 川添 花渕)