大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2271号 判決

被控訴人らに対し本件商標権に関する専用使用権の設定登録手続を求める控訴人の本訴請求については、当裁判所も、これを失当として棄却すべきものと判断した。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由の説明(回復登録の請求に関する原判決理由第一の部分はこれを除く。)と同じであるから、これをここに引用する。

一 当審証人鈴木高明の証言中、控訴会社が熊谷弁理士を通じて被控訴人栄子に対し本件商標権を譲渡してもらうよう交渉を依頼したところ、先方では現に使つているから譲渡はできないが専用使用権なら認めてもよいといつているとの返事があつたとか、専用使用権設定契約の際本件商標権の譲渡をしない理由を尋ねたところ、栄子と丸金印刷株式会社の飯島百喜が丸金印刷でこま紙その他の商品に本件商標を使用しているからであると答え、なお丸金印刷で防水紙につき右商標を使用する必要を生じたときにはそれを認めてもらいたいとの話もあつたとか、さらには専用使用権設定契約の解除通告がなされた後自分が栄子に解約の事情を尋ねた際栄子は主人が生前友人(川合実)に世話になつていたのでこま紙関係の一切を譲渡したものであると話していたとかいつたような供述部分がある(同証人は原審においてもほぼ同趣旨の証言をしている。)けれども、原審証人飯島百喜・同熊谷福一・当審証人川合実の各証言および原審における被控訴本人池田栄子の供述と対比して措信できず、右飯島、川合両証人の証言および被控訴本人栄子の供述によれば、丸金印刷が本件商標権の譲渡を受けてこれを使用していたとか使用する意図を有していたとかいうような事実は全然なかつたことが認められる。なお、右飯島証人の証言、被控訴本人栄子の供述および当審証人川合実の証言によれば、被控訴人栄子は本件商標権の専用使用権設定の対価の半額一〇万円を控訴会社から受領し、これを飯島を経て丸金印刷の代表取締役である川合実に交付した事実が認められるけれども、右証人および被控訴本人の証言・供述によれば、被控訴人栄子の夫実は川合と戦友の間柄で、営業を廃止した後は丸金印刷に勤務していた関係上、実の死亡後被控訴人栄子において何かにつけ川合を相談相手としていたものであること、前記専用使用権設定契約もそのような事情のもとに事が取り運ばれたのであり、なお残金の授受や登録手続も残つているので前記一〇万円も一時川合に預けておくということで交付したものであることが認められる。したがつて、右一〇万円が川合に交付された事実をもつて池田実の生前本件商標権が同人から丸金印刷に譲渡されていたとの事実を認める資料とすることはできない。

二 次に、成立に争いのない甲第九号証の一、二によれば、昭和三五年一一月七日に被控訴人らの代理人が発した控訴会社宛専用使用権設定契約の解除通知の書面には、右契約はこれを解除するけれども商標権を他に譲渡したり他に専用使用権を設定する意思は毛頭ない旨書き添えてあることが認められるが、成立に争いのない甲第三三号証および乙第七、第八号証によれば右解除通知書の発せられた日の翌八日(同日付権利放棄を原因として本件商標権の抹消登録がなされたものであることは当事者間に争いがない。)平仮名で「みのり」と縦書きして成る商標につき第二五類の紙類を指定商品として川合実の名義で商標登録の出願がなされた事実を認めることができる。これらの事実は、なるほど一見作為的な感を免れず、それがため控訴会社の側において被控訴人先代池田実から丸金印刷に本件商標権の譲渡がなされていたものではないかとの疑念を生じたとしても無理からぬ節があるようにみえないでもないのであるが、当審証人藤森英雄・同川合実の各証言および原審における被控訴本人池田栄子の供述ならびに成立に争いのない乙第七、第八号証を総合すると、次の事実すなわち株式会社農業科学研究所(以下農業科学研究所と略称する。)はその製品である温床紙を「みのり温床紙」という名称で販売し、そのうち相当多くの数量を控訴会社に売り渡していたところ、両者間の取引が次第に円滑を欠くようになり、農業科学研究所は相互貿易株式会社を総代理店として温床紙の売捌きをすることとしたのであるが、その矢先に、控訴会社の方で本件商標権につき被控訴人らとの間に専用使用権の設定契約をしたことを知り、もしその契約が履行され控訴会社が温床紙について本件商標の専用使用権を取得することになれば、従来農業科学研究所が「みのり温床紙」として販売していた製品の売捌きに大なる支障をきたし、同会社の存亡にもかかわるというところから、同会社の代表取締役である藤森英雄において、被控訴人栄子と前記のような間柄にあつた川合実の妻を介して被控訴人栄子に頼んで、解約に伴い同被控訴人の側でこうむる損失は農業科学研究所がこれを負担するということで、前記専用使用権設定契約を解約し且つ本件商標権の放棄をして商標登録の抹消登録手続をしてもらうことの諒解を得、別に前記「みのり」の商標につき登録出願をすることにしたものであり、被控訴人栄子としても、控訴会社と農業科学研究所との間の紛争に巻きこまれることは勿論できるだけ避けたいところであるし、それがためには右両者のいずれに対しても本件商標権の専用使用権を設定したり或いはその商標権自体を譲渡したりすることなくむしろ右商標権自体を放棄するに如かずとして前記諒解を与えたものであること、(専用使用権設定契約の解除通知に際し栄子から控訴会社に手付金倍戻しとして送付された二〇万円は、先に栄子が川合に預けた一〇万円と農業科学研究所が支出した一〇万円をもつてこれに充てたものである。)なお前記登録出願については、出願人を農業科学研究所としたのでは控訴会社との関係をますます悪化させるおそれがあるとの考慮から、藤森において川合実の諒解のもとに同人に出願人となつてもらい、その登録後適当の時期をみて農業科学研究所に商標権の譲渡をしてもらうことに予定していたこと、このようにして本件商標権の放棄による抹消登録および川合実名義による商標「みのり」の登録出願がなされたのであるが、その後控訴会社において本件訴訟を提起し、前記専用使用権設定契約の解除および商標権放棄による抹消登録に関する争いが表面化するに至つたため、昭和三八年一〇月二八日商標「みのり」の登録出願人を農業科学研究所とすることに出願人名義変更届をなし、同年一一月五日登録第六二八、三四〇号として登録を経るに至つたものであることが認められる。

右認定のような経緯により本件商標権の放棄による抹消登録がなされたものであつてみれば、被控訴人栄子の気持としては、控訴会社と農業科学研究所との紛争に関係することを避けるため先に控訴会社と締結した契約は穏やかにこれを解消せしめ、爾後両者のいずれとも契約関係に立つことを欲しないとするにあつたものとみるべきであり、前記甲第九号証の一、二の書面に記載の事項は前記専用使用権設定契約の解除を通告した被控訴人側の立場を表わすものとして少しも不自然なところはなく、そして、法律家でない被控訴人栄子・川合夫妻ないしは藤森英雄らにおいて、商標権が営業の廃止によつて消滅することなどに思い及ばなかつたことはむしろ当然のことといえるし、成立に争いのない甲第二号証および原審証人熊谷福一の証言によれば、本件商標の専用使用権設定契約には弁理士である右熊谷が関与していることが認められるけれども、同人において池田実の営業廃止の事実を諒知していたことを認めるに足る証拠はなく、したがつて右認定契約の前後を通じて本件商標権の存続することを前提とする一連の行為がなされたことも、必ずしも異とするに足りないものといわねばならない。さらに、成立に争いのない甲第五号証の二および弁論の全趣旨によれば本件商標は登録第四一五、六三六号商標(「いなほ」印の商標)と連合商標の関係にあつたのであるが、本件商標についてのみ権利放棄による抹消登録がなされ、右「いなほ」印の商標についてはその手続がなされていないことが認められるけれども、本件商標について抹消登録のなされるに至つた事情が控訴会社と農業科学研究所との間の紛争問題に基因することは前記認定のとおりである以上、これに直接関係のない右「いなほ」印の商標については被控訴人栄子および藤森英雄らにおいて同様の手続をとる必要を感じなかつたためそのまま放置せられたものと推認することができる。以上を総合して考察するに、本件商標についての権利放棄を原因とする抹消登録手続・川合実を出願人とする商標「みのり」の登録出願手続等一連の事実も、本件商標権の存続中その権利者池田実から丸金印刷へその譲渡がなされていたことを裏づける資料とすることは到底できないものであつて、他に本件商標権が池田実の営業廃止によつて消滅したとの認定をくつがえすに足る適切な資料はない。

以上説示のとおりで、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴はその理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!