大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2465号 判決

控訴人は、その妻亡さくとの間に一子を儲けたが、夭折したため、さくの姉石川りその三女である被控訴人シヅをその三歳の頃から引取つて養育し、昭和三年二月二十一日前記のように控訴人等の正式の養女とし、同被控訴人が大妻高等女学校を卒業した後、昭和十九年六月同被控訴人を控訴人の兄山口義平の二男で控訴人が学資を出して山梨県都留中学を卒業させた被控訴人一覚に妻わせ、同被控訴人が支那より復員後の昭和二十二年五月二十二日戸籍吏に対する届出により、控訴人等は同被控訴人と養子縁組をなすとともに、同被控訴人は被控訴人シヅと婚姻をなし、爾来控訴人肩書住所に同居してきたこと、控訴人一家は概して円満であつたが、控訴人は、淡泊、卒直であるが、一徹、気儘な気性で、被控訴人等に対しても平素優しく接する反面諍になると被控訴人等に再三出て行けがしの言辞をなしたこと、そこで、被控訴人一覚は、控訴人等との別居を決意し、昭和三十年七月中旬その父義平にその斡旋を依頼すべく、控訴人には「会社に行く」と称して山梨県大月の実家に赴いたが、同被控訴人の出発直後控訴人が被控訴人シヅより実家からの電話により義平の病気見舞に出掛けた旨を聞知するに及んで、「会社に行く」と偽りの事実を告げたことが分り、このことが控訴人を憤慨させるところとなり、同夜被控訴人一覚の帰宅後控訴人は、これを咎めて「嘘を云うものは見込がないから出て行け」と同被控訴人に申し向けたこと、その後間もなく控訴人方を訪れた右義平が控訴人に対し被控訴人等を引き取り度い旨を申し出たことから、控訴人も結局これを承引し、ここに、被控訴人等は、控訴人方の近所に当座の居を定めて、即日これに移転したこと、被控訴人等は、右移転後は、控訴人方附近を通つても一回も控訴人方に立寄らず、養母さくは昭和三十六年十二月十四日死亡したが、被控訴人等は、附近に居住しながらこれを見舞うこともしなかつたばかりでなく、その葬儀にも列席しなかつたことが認められ、右認定に反する原審及び当審における控訴人及び被控訴人一覚の各供述部分は採用しない。

以上認定の事実によれば、控訴人の言動にも責めるべき点があるとはいえ、被控訴人等は、控訴人方から移転した後は、必ずしも、真に被控訴人等との絶縁を希望していたとは認められない控訴人との感情の融和をはかるための格別の努力をした事蹟の存しないのは勿論、多年にわたり控訴人等を全く顧みることなく、その結果親子としての精神的なつながりは全く断たれ、回復すべからざる状態に立至つたものというべきであつて、右は民法第八百十四条第一項第三号にいわゆる縁組を継続し難い重大な事由があるときに該当するものと解するを相当とする。

(小沢 仁分 池田)

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