東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2569号 判決
まず被控訴人が本件車の所有権を取得したかどうかについて判断する。
被控訴人の主張によると、「被控訴人はA車を昭和三五年九月二二日大木林作から、B車を同年一〇月一七日同人から、(c)車を同年一一月一五日池田好孝から買受けた。右売主は当時本件車につき所有権をもつていなかつたが、右売買については民法第一九二条の要件がそなわつていたから、被控訴人は右買受けと同時に本件車につき所有権を取得した。」というのである。
よつて被控訴人と大木、被控訴人と池田との間に被控訴人のいうような取引が行われたが、その各取引につき民法第一九二条の要件がそなわつていたかが問題になる。
本件車はもと控訴人の所有に属し、控訴人が池田好孝に対し、代金は月賦払い、代金の支払いがすむまでは控訴人にその所有権を保留する約で売渡したものであり、右代金はいずれも完済されるに至らなかつたことは、当事者間に争いがない。
そして、真正にできたことに争いのない甲第一ないし第三号証、同第四号証の一、二と原審証人池田好孝、同大木林作の各証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果とを考え合せると、次の事実が認められる。
被控訴人は昭和三四年一月以来自動車修理販売業と古物商とを営んでいた。(一)、被控訴人は、郷里を同じくし、前に車の修理を引受けてやつたこともあつて親しい間柄にある古物商大木林作に、かねがね、よい車があつたら世話をしてくれと頼んでおいたが、昭和三五年九月二二日同人から知らされて、同人との契約により(A)車を代金一〇五、〇〇〇円で買受けた。その取引にあたり、大木は、「(A)車は控訴人から竹田誠一に売渡され(原審証人池田好孝の証言によると、事実は池田が竹田の名前を借りて自分で買受けたものと認められる)、その後大木の手に渡つたものであつて、代金の支払いも全部すんでおりまちがいのない品物である。現在名義切替の手続中(前所有者のした届出につき廃車の手続をすること)であるが、すみ次第関係書類を届ける。」といい、控訴人から竹田に宛てた金額一七六、〇〇〇円の領収者を交付したので、被控訴人は、大木のいうところをそのまま信用し、(A)車の所有権はすでに控訴人から竹田に移り、その後転々として大木に帰しており、いずれ届出名義人である右竹田から管理当局に対する廃車の手続も滞りなく済むものと信じて(A)車を買取つた。(二)、被控訴人は同年一〇月一七日右大木から(B)車を代金六五、〇〇〇円で買受けた。右取引にあたり、大木は、「(B)車は池田好孝が控訴人から買受け、大木がさらに池田から譲り受けてしばらく使用していたもので、代金の支払いもすみまちがいのない品物である。」といい、各所有者欄に右池田の氏名が記入されている車籍カード(甲第一号証)と原動機付自転車標識交付証明書(甲第二号証)とを交付したので、被控訴人は大木のいうところをそのまま信用し、大木は未だ同人名義で管理当局に対し所定の届出を済ませてはいないが(B)車の所有者になつていると信じてこれを買受けた。(三)被控訴人はさらに同年一一月一五日前記池田から(C)車を代金六五、〇〇〇円で買受けた。右取引にあたり、池田は、「(C)車は友人の池谷清が控訴人から買受け、池田がさらに池谷から譲り受けたもので、代金の支払いもすみまちがいのない品物である。」といい、各所有者欄に右池谷の氏名が記入されている車籍カードと原動機付自転車標識交付証明書とを交付したので、被控訴人は、すでに前認定の(一)の取引で顔なじみとなつていた池田のいうところをそのまま信用し、池田は未だ同人名義で管理当局に対し所定の届出を済ませてはいないが(C)車の所有者になつていると信じてこれを買取つた。被控訴人は同年六月頃はじめて中古車の取引をしたが、その際売手のいうがままに所有者であると信じ込んで買取つた車が後に盗品であるとわかつて警察当局から注意されたことがあり、また、大木がかつて盗品を扱つたかどで取調を受けたことも承知していたので、本件取引の際には、大木や池田に処分権限があるかという点にとくに気を配り、この点につき同人らに説明を求めるとともに、裏付けとなるものを要求して同人らからさきに説明したとおりの書類の交付を受け、もつて車の所有者をたしかめる手段を講じたものであり、なお、これらの取引については、その都度店に備付の古物台帳に、取引の日、品名、代金額および売主名をありのまま記帳しておいた。その間、同年一一月初頃、控訴人の店の者が被控訴人方に来て、店の車((A)車)がまわつていないか尋ねたことがあつたが、その際詳しい事情までは説明しなかつたので、被控訴人は、後日池田から(C)車を買う際にも、同人が控訴人所有の車を勝手に処分したことを追及されている人物であることは知らなかつた。被控訴人は、本件車はいずれも池田が最近控訴人から買取り、まだその所有権が控訴人に留保されている間に勝手に処分したものであるということを、同月下旬控訴人会社のセールスマン山田勤らから聞かされてはじめてこれを知るに至つた。
このような事実が認められる。原審証人山田勤の証言中右認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
本件車がいずれも道路運送車輛法第三条の軽自動車にあたり、したがつて、自動車登録の制度が適用されないものであることは、弁論の全趣旨から明らかである。
控訴人は、「軽自動車の取引にあたつては軽自動車届出済証の提示をうけて所有者にまちがいないことを確かめたうえで買受けるのが通例である。」と主張し、当審証人古市卯三郎、同山田勤の各証言中には、この主張にそうような部分があるけれども、それはにわかに信用するわけにはいかない。真正なものであることに争いのない乙第一〇号証の記載によつても、控訴人主張の事実を認めることは困難である。もともと、道路運送車輛法第九七条の三、同法施行規則第六三条の二以下七までに規定する軽自動車届出制度は、同法第二章の自動車登録制度、これに付随する譲渡証明等に関する規定が、第四条の自動車(それは軽自動車を含まない)の所有者を対象とし所有権を公証して取引の安全をはかる目的に出でたものであるのとは趣を異にし、軽自動車の事実上の使用者を対象とし、主として保安上の見地から設けられた制度であると解するのが相当である。したがつて、右規定による軽自動車届出済証等の様式中に所有者をも表示するようになつていても、それは単に便宜上そのようにしたにすぎず、もとより所有権を証明する意味までをももたせる趣旨ではないと解すべきであり、このように所有者を公示する力のない届出済証等に所有者の表示をさせることはかえつてまぎらわしい等の欠陥もあつて、前記乙第一〇号証によると、現に、この記載欄のみならず届出制度自体をもこれを廃止する機運も出てきていることがうかがわれるのである。
また、控訴人は、「被控訴人は、本件車を、それが控訴人の手を離れて間もない頃、新品同然であるにもかかわらず不当に安く買取つているが、それは本件車が不正な品物であることを知つていたからである。」と主張し、原審証人山田勤の証言によると、(B)車は昭和三五年九月一日に、(A)車は同月八日に、(C)車は同月三〇日にそれぞれ控訴人が売却したものであることが認められ、被控訴人は、(A)車を同年九月二二日に、(B)車を同年一〇月一七日に、(C)車を同年一一月一五日にそれぞれ買受けたものであることはさきに認定したとおりであつて、本件車が控訴人の手を離れてから被控訴人の手に渡るまでにそれぞれ半月程度しか経過していないことは明らかであるけれども、被控訴人は取引当時売主の処分権限について疑問をもつていなかつたことはすでに説明したとおりであり、また、原審および当審における被控訴人本人の供述によると、本件車はいずれも一亘運行の用に供されたものであり、そのような場合にはすべて中古品として扱われ、その取引価格は新品の販売価格の半額近くになる実状であることが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。したがつて控訴人の右主張も採用することができない。
被控訴人は以上に認定したとおりの事情のもとに本件車を買受けたのであつて、このような事情の下では、被控訴人が本件車を大木または池田から譲り受け、かつその引渡しを受けたのは、民法第一九二条の意味における善意、平穏かつ公然であつたことは勿論、被控訴人が、本件車が大木らの所有に属するものと信じたについてはもつともな事情があつた、すなわちこの点について過失がなかつたと認めるのが相当である。したがつて、被控訴人は、さきに説明した各取引により本件車の所有権を取得したものといわなければならない。
(新村 中田 吉田武)