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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)3059号 判決 1964年4月25日

控訴人(附帯被控訴人) 上野産業株式会社

被控訴人(附帯控訴人) 野間寛二郎 外一名

主文

本件控訴ならびに附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人。以下単に控訴人という。)代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人。以下単に被控訴人という。)ら代理人は控訴棄却の判決ならびに附帯控訴につき「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。控訴人は、さらに、被控訴人寛二郎に対しては金三七万円、被控訴人軌に対しては金三八万円、および右各金員に対する昭和三六年一月二一日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の関係は、被控訴人ら代理人において新たに甲第二三号証の一、二を提出し、当審証人石田皓の証言を援用し、控訴人代理人において当審証人杉本馨、高橋七郎の証言を援用し、右甲号証の成立を認めると述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、本件事故の発生について

成立に争いのない甲第一ないし三、一四、一八、一九、二一号証、原審証人小川八郎の証言によつて成立したことの認められる甲第四号証、右小川証人の証言と原審ならび当審証人高橋七郎の証言によれば、昭和三四年九月八日午後六時三〇分ごろ、神奈川県中郡大磯町九八九番地先一級一号国道上(以下事故現場という。)において、訴外高橋七郎の運転する普通四輪貨物自動車(車輛番号三重す-一二九六号)に被控訴人らの三男である訴外野間敬吉(昭和二三年三月二一日生。当時一一才)が接触し、そのため敬吉は頭部を右自動車の右側後輪で轢過され、頭蓋骨粉砕により即時同所において死亡したことが認められ、この認定を動かす証拠はない。

二、右事故発生までの自動車の動向と現場の状況について

右一項に掲げた各証拠と右小川証人の証言によつて成立したことの認められる甲第五号証、六号証の一ないし五、原審証人宮島幸正、同石田正雄、当審証人石田皓の各証言によれば、右国道は、東西に走る車道幅員約一二米、見透し良好で平坦な道路であるが、当時右車道のうち、南側半分は幅員約六米、長さ約二〇米にわたり改修工事中のため通行止めになつており、北側半分幅員約六米の部分だけが通行可能の状態であつたこと、右改修工事部分の東と西の両端に設けられた移動信号機により交通整理が行われ、車が一方から進行中は反対方向からの車の進行は停止するという一方交通であつたこと、運転車高橋は、横浜市方面から小田原市方面に向け、すなわち東方から西方へ向け、右信号機の青信号により、前車についで発進し、約一〇米の地点まで進行した際、反対方向から来合わせた敬吉に自動車を接融させ前記事故を起したこと、当日は晴天で、右事故の時刻は未だ明るかつたことが認められ、この認定を動かす証拠はない。

三、事故自動車の保有者は誰か

成立に争いのない乙第四号証、原審証人長沼賢三の証言によつて成立したことの認められる乙第一号証、第二号証の一、二、当審証人杉本馨の証言によつて成立したことの認められる乙第七号証の一ないし八、当審証人長沼賢三の証言によつて成立したことの認められる乙第八号証の一ないし一八、原審(一、二回)ならびに当審における右杉本証人、原審(一ないし三回)における右長沼証人、原審証人根本昭英同高橋七郎の各証言によれば、本件自動車はもと控訴会社の所有に属したこと、これを訴外杉本馨が昭和三四年六月一六日控訴会社から代金五四万円で買い受け、内金一〇万円を支払い、残金は毎月五万円宛月賦返済し、その完済まで自動車の所有権は控訴会社に留保されたこと、右月賦金は杉本が控訴会社の製品を運搬しその運賃をもつて充当するという方法が約束され、杉本は売買契約と同時に自動車の引渡を受けこれを自己の運送営業に使用したが月賦金の返済は本件事故当時未だ完了していなかつたこと、杉本は本件事故車以外には当時営業用の自動車を所有せず、右運送業についても免許を受けていなかつたこと、右自動車の車体には依然上野産業なる控訴会社名を表示し、右自動車による運送については控訴会社の製品をその指示により優先して扱う旨の約束があり、現に本件事故当時控訴会社の製品資材を積載していたことが認められ、この認定に抵触する原審ならびに当審における杉本証人の供述部分は措信しがたく、他にこれをくつがえす証拠はない。

そして、本件事故車を運転していた高橋ならびにこれに同乗していた訴外根本昭英が当時果して杉本に雇われていたものか、控訴会社の被用者であつたかの点については多分に疑いを残すのであるが、(現に高橋、根本らは甲第一四、一五、二〇ないし二二号証の供述書において控訴会社に雇われていた旨を述べている。)かりに、杉本の被用者であるとしても、前段認定の事実に徴すると、控訴会社と杉本の関係は、独立、対等の立場にある企業者間の契約関係とみるべきではなく、むしろ、杉本は控訴会社と緊密な連繋のもとに控訴会社の企業活動の一翼を担う従属関係にあつたものと認むべきであり、したがつて、本件自動車は、杉本が控訴会社のために、控訴会社が自己のために運行の用に供していたものと解するのを相当とする。

四、控訴人の賠償責任について

そうすると、控訴会社は、本件自動車の保有者として、自動車損害賠償保障法三条但書に定める三個の免責事由の全部を証明しないかぎり、本件事故による損害の賠償責任を免れないところ、右免責事由のうち被害者敬吉の過失(この点は後に判断する。)を除外しその余については、これを肯認するに足りる確証がないから、右事故にもとづく損害につき控訴会社は賠償責任を負わなければならない。

五、賠償請求権の帰属と態様について

被害者敬吉が被控訴人らの三男であることは前記のとおりであるから、被控訴人らは、次項に掲げる損害、すなわち、敬吉につき生じた得べかりし利益の喪失にもとづく損害については、その賠償請求権を敬吉の死亡により平等の割合をもつて相続取得したものというべく、これとは別に敬吉の死亡により蒙つた精神上の苦痛については敬吉の父母としての固有の慰藉料請求権を取得したものというべく、さらに、敬吉の死亡に伴い支出を余儀なくされた葬式費用については相当因果関係にある損害としてその支出した被控訴人において賠償請求権を取得したものというべきである。

六、損害の発生と数額について

右(一)被害者敬吉の得べかりし利益の喪失による損害額(二)被控訴人らに対する慰藉料(三)葬式費用支出による損害額についての当裁判所の判断は、原判決理由中の当該部分に説示するところ(記録三〇丁表五行目から三一丁表一二行目まで、ただし、金二百二十七万六千六百二十四円とあるは誤算と認められるからこれを金二百二十四万三千八百六十二円と訂正する。)と同一であるからその説示を引用する。

七、過失相殺について

運転者高橋に本件自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、および本件自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことの証明がなく、したがつて右自動車の保有者が免責されないことについてはすでに説示したが、ここでは被害者敬吉に過失があつたかどうかの点を明確にするため、少しく右高橋の運転上の過失に触れることとする。

前記二項の事実認定に供した証拠と成立に争いのない甲第一五、二二号証によれば、事故現場附近は、商店街を形成し、事故発生の時刻は主婦の買物等で人通りも前記一方交通の個所を除き相当激しかつたこと、しかるに高橋は自動車運転の免許を有せず、その免許を取得しようとしてその頃運転技術を習練中であり、未だ運転に自信のなかつたこと、(同乗の根本は運転免許を有していたが、本件事故前に運転を高橋と交替し、自己は事故当時仮睡中であつた。)高橋は事故直前運転台(本件自動車は右ハンドル)の右側窓下前方に被害者を認めながら漫然一五粁の速度で進行を続け、本件事故を起したものであることが認められ、右認定に反する原審証人根本昭英の証言、甲一四号証の記載部分は措信できず、他にこれをくつがえす証拠はない。

右認定の事実、特に無資格運転の事実自体から、高橋に運転上の重過失あるものと推断するに十分であるが、一方被害者敬吉についてもつぎのように過失が推定されるのである。

前段挙示の証拠によれば、高橋の運転する自動車は南側の道路改修工事部分に沿い、したがつて、自動車の右側、すなわち北側歩道との間、約二米の間隔(自動車の幅員は三、四五米)を存しつつ進行したものであること、ところが、被害者敬吉は右自動車の反対方向から自転車とともに(自転車に乗つていたが、自転車からおりてこれを押してきたかの点については証拠上心証をえがたいが、それはともかくとして)来て本件自動車の右側後輪に轢かれていることから考えてみると、もし敬吉において本件事故を未然に避けようとすれば、すべからく、自転車を歩道側に寄せるなどして自動車の通過するまで待避する等適切な方法をとる可能性もあつたのではないかと推測できないことはなく、この点において本件事故については被害者敬吉にも過失を肯定できる。

そして、当裁判所も原審と同様本件損害賠償額を算定するに当り右被害者敬吉の過失を斟酌するのを相当と認めるので、ここに原判決理由中当該部分(記録三一丁裏一行目から一一行目まで、ただし、金百十三万八千三百十二円とあるは金百十二万一千九百三十一円の、金百二十六万四千八百七十二円とあるは金百二十四万八千四百九十一円の、金百二十三万八千三百十二円とあるは金百二十二万一千九百三十一円の各誤算と認められるので訂正する。)を引用する。

八、むすび

そうすると、控訴人に対し被控訴人寛二郎のため金六三万円、被控訴人軌のため金六二万円と、本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和三六年一月二一日以降完済まで各年五分の割合による損害金の支払いを命じ、その余の被控訴人らの請求を排斥した原判決は結局正当に帰し、本件控訴と附帯控訴はともに理由がないから、民訴三八四条、九五条、八九条、九三条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 町田健次 下関忠義)

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