東京高等裁判所 昭和37年(ネ)97号 判決 1963年7月31日
控訴人 星野木材株式会社
被控訴人 亡石井辰蔵訴訟承継人 石井清弘
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は原判決添付目録記載の宅地についてしてある前橋地方法務局沼田支局昭和三五年一〇月一七日受付第三、二一六号の所有権取得登記の抹消登記手続をし、且つ被控訴人に対し被控訴人が右宅地についてしてある前記支局昭和三五年六月二九日受付第二、二一六号所有権移転請求権保全仮登記の本登記をすることを条件としてその明渡をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴会社代表者は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「控訴人の控訴を棄却する。」との判決を求めるとともに、請求を減縮し、宅地の明渡請求は主文第二項記載の本登記を条件としてこれを請求する、と述べた。
当事者双方の主張及び立証は
被控訴代理人において、従前の被控訴人石井辰蔵は昭和三七年二月八日死亡し、同人の妻石井ツヤ、長女田中アイ子、二男石井清弘(被控訴人)、二女広羽幸子のために相続が開始したが、清弘以外の者は相続を放棄し、清弘において辰蔵の権利義務を承継するとともに、本件訴訟の承継人となつたものである、と述べ、当審証人松井武雄の証言を援用し、控訴会社代表者において被控訴人の右主張事実は認める、と述べ
たほか原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
理由
一、登記の抹消請求について
成立に争のない甲第一ないし第三号証と当審証人松井武雄の証言を総合すると、被控訴人の先代石井辰蔵は昭和三五年六月二〇日右松井武雄に対し債権極度額を一二〇万円、遅延損害金を日歩八銭二厘一毛と定めて融資する旨、右訴外人はこれに対しその所有の本件土地(原判決添付目録記載の土地)について根抵当権を設定し、且つ期日に融資金の弁済をしなかつたときはその弁済に代えて本件土地の所有権を辰蔵に移転する旨の各契約をし、辰蔵は右融資契約に基き即日松井武雄に対し一二〇万円を弁済期同年八月一八日の約定で貸し付け、松井武雄は同月二九日前橋地方法務局沼田支局同日受付第二、二一五号をもつて右根抵当権設定登記、同受付第二、二一六号をもつて右停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を受けたが、松井武雄は期日に右借受金の弁済をしなかつたので、本件土地はこれによつて辰蔵の所有に帰したこと及び松井武雄は昭和三六年七月一九日前橋地方裁判所における辰蔵との裁判上の和解により前記仮登記の本登記手続をすべきことを約束しその旨の和解調書が作成されたことが認められ、そして、被控訴人がその主張のような経緯によつて辰蔵の権利義務を承継したこと及び本件土地について被控訴人主張のような控訴人名義の所有権取得登記-この登記は右仮登記の後になされたものである-ことは当事者間に争がない。
よつて本件のように、所有権に関する仮登記がなされた後に、第三者がその目的不動産について所有権取得登記を受けた場合に、仮登記権利者は本登記の条件が成就すれば仮登記のままで第三者に対し登記の抹消を請求しうるものであるかどうかについて考えてみるのに、これを直接に肯定した法律の規定はないが、昭和三五年四月一日から施行の同年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律による改正不動産登記法第一〇五条第一項が「第百四十六条第一項ノ規定ハ所有権ニ関スル仮登記ヲ為シタル後本登記ヲ申請スル場合ニ之ヲ準用ス」と規定し、条件が成就して仮登記の本登記を申請する場合に、その本登記について登記上利害関係を有する第三者があるときは、申請書にその承諾書又はこれに対抗することのできる裁判の謄本を添付することを要するものとした法意は、第三者にこれが承諾の義務を認めるにあるものと解するのが相当である。けだし、若しそうでないとすると、所有権に関する仮登記後にその目的不動産について第三者が所有権取得その他の本登記を受けた場合に仮登記権利者がその本登記の条件が成就しその登記を申請するについては、前記規定により第三者のその登記に対する承諾書を添付するか、これに対抗できる裁判の謄本を添付することを要すべきに拘らず、これを添付する途は第三者から好意的に承諾書の交付を受ける以外にはなく、その交付のない限り仮登記権利者はその本登記を受けることができず、仮登記の制度は有名無実に帰するからである。ところで、前記改正不動産登記法第一〇五条第二項は「前項ノ場合ニ於テ本登記ヲ為ストキハ登記用紙中相当区事項欄ニ第三者ノ権利ノ表示ヲ為シ同項ノ本登記ヲ為スニ因リテ抹消ヲ為ス旨ヲ記載シ其登記ヲ抹消スルコトヲ要ス」と規定し、仮登記後の第三者の登記は登記官吏においてこれを職権により抹消すべきものとしているが、不動産登記が原則として当事者の申請によつてなされるべきものである(不動産登記法第二五条第一項参照)ことから考えると、この規定は第三者の承諾書をもつて登記抹消の意思の陳述書とみなし登記官吏に登記の抹消を命じたものと解するのが相当であるから、前説示の承諾義務の本質は第三者の登記の抹消義務にほかならないものというべきである。されば、先に認定したように、本件土地についての停止条件付代物弁済契約が条件の成就によつてその効力を生じた以上、この契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記後に本件土地の所有権取得登記を受けた控訴人は仮登記権利者たる被控訴人のためにその登記を抹消する義務を免れることはできない。
二、土地明渡の請求について
当審証人松井武雄の証言によると、控訴人は現に本件土地を製材場等として占有していることが認められ、これが反証はないが、そうすると、その占有権限について何らの主張も立証もしない控訴人は、被控訴人が本件土地について前認定の仮登記の本登記をした暁は不法占有者としてこれを被控訴人に明け渡す義務を有するものといわなければならない。
よつて、控訴人に対し以上認定の各義務の履行を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、従つて、本件控訴は理由がないが、ここに言い渡すべき判決は被控訴人の請求の減縮によつて原判決と符合しなくなつたので、原判決はその限度で変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 牛山要 田中盈 岡松行雄)