東京高等裁判所 昭和37年(ラ)607号 決定 1962年11月15日
抗告人(申立人) 高昌沃
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨並びに理由は別紙即時抗告申立書に記載してあるとおりである。よつて按ずるに、本件の本案訴訟たる東京地方裁判所昭和三十七年(行)第一〇六号退去強制処分取消請求事件記録によれば、該事件は行政事件訴訟法第三条第二項に基き、抗告人に対する昭和三十二年八月五日付退去強制令書の執行としてなされ又はなさるべき入国者収容所への収容、拘禁並びに強制送還等一連の公権力の行使が違法であることを理由として右公権力の行使の取消を求めるものであり、抗告人は右訴の提起に伴い、同法第二十五条第二項に基きその執行の停止を求めるものであるところ、抗告人の主張によれば、前記退去強制令書は抗告人の不法入国による外国人登録令第十六条第一項第一号違反事件につき審査、口頭審理など訴願を経て法務大臣の異議申立理由なしとの裁決を経た後発せられたものであり、現に抗告人に対する大村入国者収容所への収容及び同所における拘禁が右退去強制令書の執行としてなされているというのであつて、右退去強制令書の発付処分に対しては既に出訴期間を経過し、もはやその処分取消を求め得ない関係にあるのみならず、一件記録によれば、抗告人は昭和三十一年頃懲役一年六月の刑に服し、出入国管理令第二十四条第四項リ号に基き本邦からの退去強制を受け得べき関係にあることが窺われる。従つて抗告人に対する本邦からの退去強制は一応公共の福祉に合致するものというべきであり、抗告人提出の全疎明によつても右退去強制に伴う収容、拘禁及び送還等の公権力の行使が違法であるとすることができないから、現段階においては、抗告人の前記本案訴訟は行政事件訴訟法第二十五条第三項後段にいう「理由がないとみえるとき」に該当するものといわざるを得ない。抗告人は本案における原告敗訴が合的な疑を超えて明々白々である場合即ち本案審理において、原告の主張を理解すべき一片の理由すらない公算の十分な場合にのみ、右法条により執行停止の申立を却下し得るものである旨主張するが、右法条をそのように解さなければならない理由はない。従つて抗告人の主張は採用し難い。
然らば本件執行停止申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 谷本仙一郎 野本泰 海老塚和衛)
(別紙)
即時抗告申立書
抗告の趣旨
原決定を取消す。
抗告人高昌沃に対し法務大臣らのなした出入国管理令に基く強制退去処分(入国者収容所における収容、拘禁および送還を含む。)は、本案判決確定にいたるまでその執行を停止する。
との決定を求める。
抗告の理由
原決定には次のとおりの違法および不当がある。
第一点 原決定は、本件退去強制処分が出訴期間と徒過したとして本訴を不適法としているものの如くであるが、行政事件訴訟法によれば、本件本案訴訟は行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟に外ならないのであり、処分の取消の訴を含むものであつて、裁決の取消の訴ではない。然らば本件取消の対象は行政庁の公権力の行使そのものであつて、その取消を求めつつある処分とは出入国管理令の規定する一連の退去強制手続に伴う公権力の行使作用をいうものである。これを分解して、処分とは退去強制令書の発付のみ、または異議申立に対する法務大臣の裁決と退去強制令書の発付とをもつて完成すると解するごときは出入国管理令の解釈を誤つたものであり、この種の謬見に基き本件執行停止申請を却下した原決定は違法のそしりを免れない。
第二点 原決定は、本件執行停止申請が行政事件訴訟法第二十五条第三項にいわゆる「本案について理由がないとみえるとき」にあたると解しているようであるが、国その他公権力主体を相手方とする行政訴訟の本質からすれば、行政訴訟の原告については、本件の保全訴訟につき本案に立ち入つて理由の有無の公算を考えるに際していかに慎重であつても過ぎることはないといわねばならぬ。わずかの時間双方の申請代理人の意見を聞いたのみで、本件本案について理由があるなしを軽々に断ずる如きについては、本案における原告敗訴が合的な疑を超えて明々白々である場合、すなわち本案審理において、原告の主張を理解すべき一片の理由すらない公算の十分な場合でなければならぬ。然らざれば、およそ行政訴訟は執行停止決定の却下によつて本案の弁論前すでにその運命を決せられたも同様となり、公権力の不当違法の行政に対し人権を救済する行政訴訟制度の全趣旨は没却されるにいたるであろう。このことからしても原決定は違法かつ不当のものである。
以上