東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)114号 判決 1964年7月02日
原告
ユニバーサルトランプ株式会社
右代表者代表取締役
井上寿太
右訴訟代理人弁護士
宍道進
同弁理士
竹内渉
右訴訟復代理人弁護士
佐藤梯治
被告
任天堂骨牌株式会社
右代表者代表取締役
山内博
右訴訟代理人弁護士
杉島勇
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、双方の申立
原告は「昭和二九年抗告審判第九七五号事件につき、特許庁が昭和三七年五月二六日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。
第二、請求原因
原告は本訴請求の原因として次の通り述べた。
一、原告は登録第四二四、七四九号をもつて登録せられた別紙(一)(本件商標)記載の商標の商標権者であるが、被告は、特許庁に対し、昭和二八年五月一九日原告の右商標につき、その登録無効の審判を請求(昭和二八年審判第一五三号)し、昭和二九年四月一五日その請求は成り立たないとの審決を受けるや、同年五月二五日右審決に対する抗告審判の請求(昭和二九年抗告審判第九七五号)をした結果、特許庁は原告の右商標と被告の有する別紙(二)(引用商標)記載の登録第一一五、三六九号商標とは互に類似し、その指定商品も牴触するとの理由をもつて、昭和三七年五月二六日「原審決を破棄する。登録第四二四、七四九号の商標は商品骨牌、押絵、玩具及びその類似商商についてこれを無効とする」との審決をし、その審決書の謄本は同年六月一四日原告に送達された。
二、原告の本件商標は、指定商品を旧類別(大正一〇年農商務省令第三六号第一五条所定)の第六五類骨牌その他本類に属する商品として、昭和二六年一二月一一日に出願し、昭和二八年四月二五日に登録第四二四、七四九号をもつて登録せられたものであつて、その形状等は別紙(一)記載の通りのものである。
これに対し被告が本件無効審判の用に供した被告の引用商標は、指定商品を旧類別第六五類一切の骨牌、押絵、玩具として、大正八年八月八日に出願し、大正九年五月六日に登録第一一五、三六九号をもつて登録せられ、昭和一五年五月一六日に存続期間更新の登録のせられたものであつて、その形状等は別紙(二)記載の通りである。
三、特許庁は右両商標をもつて類似のものとし、前記のような審決をしたが、この審決は次に記載のような理由によつて違法であつて、到底取消を免れない。
(一) 外観について
(1) 本件商標は四隅のめんをとつた正方形の細い輪廓内に別紙(一)に示すようなゴジツク体の「福」の文字を表わしているに対し、
(2) 引用商標は肉太の円輪廓内にゴジツク体の「福」の文字を施し、その上部に「品質精良」と右横書し、下方に「任天堂製」とこれまた右横書し、この上下の文字はいずれも白抜きにより模様の中央に表わされているものである。
(3) 従つて引用商標は品質精良と任天堂製との白抜文字中央に前記のような態様で円輪廓内に「福」の文字を表わしているのであるが、本件商標は前記のような態様で正方形輪廓内に「福」の文字を単に表わしたにすぎないものであるから、両者は外観上全く異なつた商標である。
(二) 称呼について
引用商標は右のように三つの部分、即ち、品質精良、福、任天堂製の部分からなつていて、しかも福の文字は円形の輪廓で囲まれているのであるから、これから生ずる自然の称呼は「ニンテンドウマルフク」又は少くとも「マルフク」というのが相当であるが、これに対し本件商標の自然の称呼は「カクフク」というべきであつて、両者はその称呼からいつても別異な商標といわなければならない。
(三) 観念について
引用商標は、称呼について説明したように、その構成が三つの部分から構成されているので、「任天堂のマルフク」と観念されるのに対し、本件商標は「カタフク」と観念せられるものであつて、両者は観念上からしてもまた同一でないものは勿論、類似なものともいうことはできない。
(四) 以上の通りであつて、両者は、外観、称呼、観念のいずれからいつても同一でないのは勿論、類似なものともいうことはできないものであるが、更に商標取引の実情においては、丸の輪廓とその中に一字の文字を配した商標においては、この丸の輪廓とその中に記載せられた文字とは、両者全くそのウエートを同じくするもので、この両者を合一一体のものとして取扱うのが一般であつて、丸の輪廓とその中に配された文字とは相互に従属関係はなく、対等関係において成立しているのである。従つて仮りに百歩を譲つて本件商標と引用商標とがその外観において類似するものがあると認められるとしても、商品取引の実情においては、丸の輪廓とその内に配された文字とは対等価値で統合合一しているものと考えられているものであるから、丸の輪廓を角の輪廓に変えれば、商標類否の関係からいえば、全く別異のものとなるものといわなければならない。本件商標と引用商標とはこの意味においても全く異つた商標である。
審決は、本件両商標について、これを外観上の点よりみれば、両商標中の「福」の文字は、対比的にこれを仔細に観察すれば若干の相違は認められるとしても、両者は互に近似した態様をもつて表示されているのみならず、本件商標の四角形の輪廓はやや丸味をおびて描かれているから、これらの点を綜合勘案すれば、両者は離隔的観察において外観上彼比相紛わしく、取引上混淆を生ずるおそれが十分であるという。しかし右のような判断は取引上の実験則に背くことが甚だしいものであるだけでなく、いかに離隔的観察をするにしても、角と丸とが同一に帰することは絶対になく、仮りに四角の四隅に僅かのめんとりがあるからといつて、これを丸と同視するのは取引の実験則に背馳するも甚だしい限りといわなければならない。
(五) 以上の通りであつて、本件両商標を類似のものと判断して、本件商標をもつて旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号に違反して登録せられたものとし、同法第一六条第一項第一号の規定により牴触する指定商品の範囲においてこれを無効なものとした本件審決は違法であるから、その取消を求める。
第三、答 弁
被告は事実上の答弁として次の通り述べた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認めるが三の主張はこれを争う。
二、(一) 本件商標も引用商標も、いずれもゴシツク体で「福」の文字が顕著に表示されており、両商標の要部はこの「福」の文字に存するのであつて、このことは何人が見ても何らの疑いも入れないところと考える。(なお、このことは本件の引用商標に対する連合商標としてゴシツク体に書かれた「福」だけの文字商標の登録(乙第三号証の一、二、)が許されていることから見ても明らかであろう)。ただ両商標は、その要部である「福」の文字を囲む輸廓において、本件商標は隅を丸くした方形の輸廓であるに対し、引用商標のものは円形のそれであるが、これだけの輸廓の相違があるからといつて、両商標の要部の同一性が失われるものではない。そして右両商標においては、いずれもその構成上、看者の最も注意を引き、印象を与える部分は顕著に大きく表示された「福」の文字であるから、取引市場における通有の一般的知識と注意力を標準として観察すれば、両商標における輸廓は単なる附飾部分としての認識を得るに止まり、両商標の外観は同一に近い類似なものと見るのが相当である。
(二) また本件の両商標は、前記のようなその構成から考え、その称呼の点においても、ともに単に「フク印」の称呼が生じるものとするのが相当であつて、審決の判断するような「マルフク」「カクフク」等の称呼は両商標の構成上から来る自然的称呼とは到底考えられない。何故かとなれば、本件商標も引用商標もともに「福」なる文字を深く印象ずけるものである以上、かような認識から来る世人の称呼は「フク印」であることが極めて自然であつて、この点は観念の点においてもまた同様に考えられるところであり、本件両商標は観念の点においてもまた類似のものたることを免れない。
(三) 以上のように本件商標と引用商標とは商標自体の外観、称呼、観念のいずれの点からしても顕著な類似商標であるから、これを類似のものと判断した本件審決は相当であつて、その取消を求める原告の請求は失当である。
第五、証拠関係≪省略≫
理由
一、原告主張の請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで原告の本件商標(別紙(一))と被告の引用商標(別紙(二))との類否について検討する。
右当事者間の争いのない事実に成立に争いのない甲第二、三号証を総合すれば次の事実が認められる。
「原告の本件商標は旧類別第六五類骨牌其の他本類に属する商品を指定商品とするものであり、その構成は別紙(一)記載の通りであつて、ゴシツク体の「福」の文字に四隅にやや丸みをおびた、ほぼ正方形の細い輪廓を施してなるものである。
そして一方これに対する引用商標は旧類別第六五類一切の骨牌、押絵、玩具を指定商品とするものであつて、その構成は別紙(二)記載の通り、縦長方形の枠内に、下記のような文字を表わした部分の外は、大体全面に亘つて唐草模様のような模様を表わし、その中央部分に、相当大きく太く表わしたゴシツク体の「福」の文字と、これを囲続する相当肉太の円形輪廓を画き、その上部に黒地に白抜きで「品質精良」の文字を右横書し、また下部多少右寄りの部分に、これまた黒地に白抜きで「任天堂製」と右横書してあり中央の「福」の文字を丸形輪廓で囲続した部分を含め文字を記載した部分には前記の唐草模様は画かれてなく中央のこの福の部分は右商標中看者に最も注目させるように構成せられているものである。」
(一) そこで右両者についてその類否を考えてみるのに、
(1) まず両者の外観についてこれを見れば、両者はゴシツク体で書かれた「福」の字を共通にするものではあるが、その構成全体からいえば、本件商標は「福」の字及びその輪廓だけから構成せられているに対し、引用商標は、中央部分のこの「福」の字及びその輪廓部分が最も看者の注意を引くように構成せられているとはいえ、更にこの中央部分を囲続する縦長方形の枠があり、その枠中にはの部分以外にもなお前記のような文字及び模様の記載があるものであつて、この外観全体からいえば、「福」の文字を囲む輪廓の形状以外にも相当な相違があつて、対比的観察においては勿論であるが、離隔的観察においても、両者を類似なものと見るべきか否かには必ずしも疑問がないわけではない。
(2) しかしこれを称呼の点について考えてみるのに、引用商標の構成は前記の通りであり、取引者、需要者等看者の最も注目を引く点は中央に大きく太く記載せられたの部分であつて、「品質精良」とか、「任天堂製」の文字等の如きは、商標としてはただその附随部分にすぎず、引用商標の要部は右の部分にあると見るのが相当である。従つて右引用商標からは「マルフク」印又は「フク」印の称呼を生ずるものと見るべきである。
そして一方原告の本件商標からは、原告主張のように「カクフク」の称呼の生じ得る可能性のあることは勿論これを否定できないところであるが、しかしまた右商標から「フク」印の称呼の出る可能性のあることもまた到底否定できないところであり、この意味において、本件商標と引用商標とは称呼について共通なものを生じ得る類似な商標と認めざるを得ない。
(3) そしてまた、本件商標に共通する「福」の文字からは、その指定商品が骨牌等の遊戯具であることも加わつて、「幸」、「福」、「僥倖」等の観念を生ずるものともいうべきであつて、この意味においても本件両商標は観念を共通にする類似な商標ともいうべきであろう。
(二) 原告は引用商標から自然に生ずる称呼は「ニンテンドウマルフク」又は少くとも「マルフク」であるのに、本件商標から生ずるものは「カクフク」であると主張する。しかし、右両者からともに「フク」印の称呼もまた生じ得る可能性の否定できないことは前記の通りと解せざるを得ない。
原告はまた商品取引の実情においては丸の輪廓とその中に一字の文字を配した商標では、輪廓と文字とに軽重がなく両者一体となつており、従つて丸の輪廓を角の輪廓に変えれば、全く別異なものとなると主張する。そしてなるほど巷間において丸の輪廓内に一字の文字を配した商標が相当多数に存することは、原告提出の甲第四、五号各証を俟つまでもなく、当裁判所にも顕著なところである。しかし、この丸の輪廓内に一字の文字を配した商標にあつて、その重要なものが輪廓であるか字であるか、また同等の重要性を持つか、合一一体のものとなつているかどうか、更にその称呼が如何に生ずるかは、その商標の持主の商号との関係、指定商品の如何、輪廓内に表わされた文字の如何等によつて、各個の具体的な場合につき、各個にこれを判断するの外はないところと解せられるのであつて、本件にあつては、輪廓内の文字である「福」の字そのものが字義そのものからいつても、指定商品の関係からいつても重要であつて、その輪廓たる丸そのものにはさしたる重要性はないものと解するのが相当である。従つて丸を角に変えれば商標類否の関係からいえば全く別異なものとなるとの原告の主張は、本件においてこれを採用し難いところであり、その他前記の判断を左右すべきではない。
三、以上の通りであるから、本件商標と引用商標とを類似のものと判断し、その指定商品の牴触する限りにおいて本件商標を無効とした本件審決は結局相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は爾余の原告の主張について判断するまでもなくこれを失当として棄却するの外はない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。(裁判長裁判官山下朝一 裁判官多田貞治 田倉整)