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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)162号 判決 1970年5月13日

原告 ニルス・ヴェルネル・スヴェンソン

被告 特許庁長官

主文

昭和三五年抗告審判第六二三号事件につき、特許庁が昭和三七年五月二四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一双方の求める裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の請求の原因

一  原告は、「船舶建造の方法」なる発明につき、一九五七年(昭和三二年)四月二日スエーデン国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三三年三月三一日特許出願をしたところ(同年特許願第八、五一一号)、昭和三四年九月三〇日拒絶査定がなされたので、これに対し昭和三五年三月三日抗告審判の請求をしたが(同年抗告審判第六二三号)、昭和三七年五月二四日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、その謄本は同年六月九日原告に送達された。

二  本願発明の要旨は、明細書(昭和三四年九月一六日差出しの訂正書によつて訂正されたもの)の「特許請求の範囲」に記載のとおり、「船体が数個の区間に分割され得る船舶を建造する場合、上記船体区間の一つ宛が船台の一部を蔽う高屋内に於いて建造され、一つの区間が略々完成したとき、次の区間が前記高屋内で建造を開始し得る範囲で、既に略々完成した船体部分が船台上を進水方向に移動せしめられ、既に建造された区間に逐次後続区間を接続しつつ船体を建造することを特徴とする船舶の建造方法。」にある。

三  審決は、本願発明の要旨は右訂正明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの船舶の建造方法にあると認め、他方昭和三一年一一月二二日附朝日新聞大阪本社発行「朝日新聞」夕刊第三版第五頁(神戸市内において頒布されたもの)(以下引用例または引例という。)には「船体を数個の区間に分割して建造する場合、建造された船体の一区間を船台の進水方向に移動し、この船体区間にこれと続く船体区間を接続するようにして工事を行なう船舶の建造方法」が示されているとしたうえ、

「そこで、審理するに、本願の発明は、上記のような船舶の建造方法において、船体の分割区間を、船台の一部を蔽う高屋内で建造し、一つの分割区間が完成したとき、この区間を船台の進水方向に移動し、この区間の次に接続する区間を同じく高屋内で建造して、さきに建造された区間に逐次接続していくところに特徴を有するが、船体を建造するに当り、高屋内で建造するようなことは、造船工場は勿論のこと、一般工場の建築様式からみて、格別工夫しないでも当業者の容易になし得ることであり、また船舶の建造方法として、船体の分割区間を船台上において移動すること、および接続することが、上記引用例に示されるように従来公知である以上、本願の発明の上記特徴はこの公知事項より当業者の容易に推考し得る程度のものと認められる。……

したがつて、本願の発明は、上記引用例記載の技術内容から容易に推考できるものと認められるので、原査定どおり、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の発明を構成したものと認められず、同法同条の特許要件を具備しないものと認める。」としている。

四  しかしながら、審決はつぎのとおり違法であつて、取り消されるべきである。

(一)  本願発明について

本願発明の要旨は前記のとおりであつて、つぎにこの発明における高屋と工法について―両者は密接に関連しているが、―説明する。

(1) 高屋について

本願は大型船特に大型油槽船等を対象とし、寒冷地等における屋内作業の有利性に着目して、経済的、能率的な造船のため、大型船を屋内で建造するようにしたものである。高屋を船台の全長にわたつて設けることは、所要経費のうえから、さらには従来の工法によれば船台の全部にわたつてその側方に起重機等の設備を配置しなければならないことからも、不経済ないしはほとんど不可能であり、これがため旧来の造船所の高屋といえば、まず雨露を防ぐとか、あるいは走行起重機が設けられているという程度のものにすぎなかつたのである。これに対し、本願発明においては、船台の一部を蔽い、船体の一部だけの長さを有する高屋を設けて、この高屋内で船体の分割された一区間ずつを、艤装も含めて、建造するという工法を採用し、この高屋によつて、保護を必要とする建造中の区間部分だけを保護するとともに、他方この高屋内において右のように全造船作業を行ないうるようにすべく(かように限られた高屋内においての右のような工法の採用は、各種設備の重複設置を可及的に省かせるのに加え、それだけスペースの有効な利用に役立つとともに、全雇傭労働力と全設置施設とを常態的にフルに稼働させるに適し、しかも船台の一部だけを蔽う高屋に、よく全作業場を被覆する機能を営ましめるものである。)、高屋内に起重機その他造船上の一切の利器、設備を網羅し、近代技術に基づくこれら機械、設備を合理的に配置し、総合的建造作業力を短い船体区間に集中させて、造船作業を効果的に推進させるという構想に立つものである。

本願における高屋のもつ右の構想については、本体的には明細書にその趣旨が示されているのであるが、一、二の具体例をあげれば(イ)近代技術に基づく機械、設備の合理的配置については(このような機械、設備の採用は技術上当然である。)、例えば「この区間はあらゆる全体的統合の形に於いて船体を組立てることができる。工作室は路線(7)に近接して建てられ、而して保護物即ち高屋(8)は、工作室(6)の方に向う路線の端の上に建てられている。船体の組立は高屋の此の端の中で行われる。高屋は、必要な設備即ち、高屋(8)の側方に配置されている倉庫(11)から路線(7)え船体建造材料を移送する引揚起重機の如きものが設けられている。」(明細書三頁下から八行目ないし四頁一行)と記載して、工事の種類と順序にしたがい関係工場が高屋に接して適切に統合されていることを示しているのによつてもわかり、また(ロ)作業力の集中については、例えば「完成された船体部分の中には、機関其の他の機械を設置するような総ての艤装工事が、高屋内の船体建造と並行して施工することができる故、実用的に船上のあらゆる作業が保護物の下で行われることになる。」(同五頁二行ないし六行)と記載してあるのによつてもうかがえる。

(2) 工法について

旧来の造船においては、長い船体を一本のビームとみて、このビームを代表する竜骨(キール)を基準に造船をするというのが、基本的な固定概念であつて、すなわちまず竜骨をすえ、船底をとりつけると同時に肋材を設けて、舷側および甲板を張り、一おう船殻を完成して進水し、最後に艤装をするのである。

これに対し、本願発明の方法は、この「まず竜骨すえつけを行なう」という旧来の概念から脱却したもので、建造さるべき船舶を適宜の長さの多数の船体区間に分割し、この船体区間の一つずつが(艤装も含めて)、もつぱら前記の船台の一端部を蔽うだけの高屋内で建造され(この点について、明細書に前記(1)の末尾の(ロ)で示したように記載されている。)、そして一区間が完成すると、そのつどこの区間とこれに接続したそのときまでに完成している全船体部分がつぎの区間の建造を高屋内で行ないうるよう、つぎの区間に相当する距離ずつ同一船台上を進水方向に―当該完成区間が高屋から出るよう―移動され、ついでつぎの区間が、その一端から右の区間に接続して同一船台上で連続的に建造される(この点については、明細書(四頁下から八行目ないし四行目)に「そこで高屋(8)の中で船体の新区間が建造される。各船体区間の完成に従い、全船体(9)が完成するまで進水路に沿い、これ等の区間は高屋外に順次押出される。」と記載されている。)というのを骨子とし、かようにして船舶建造が限られた高屋内で段階的に進められるのである。この本願方法においては、高屋から押し出された部分は、艤装も含めてその部分としてはほとんど完成した船体となつているのであり、したがつて本願における建造の様相を比喩的に表現すれば、外見的には、高屋という押出型から船体という型物が完成しただけ逐次押し出されて行くものといえる。

かように限られた一定の個所で長い船体の一区間ごとに集中的に建造し、これを繰り返してつぎ足しを重ね、これによつて船体の建造を完成するという思想は、従来にないものであり、それは旧来の船体を「固定して建造する」という工法概念から脱却し、合理的な流れ作業によつて船体を進水方向に「成長させながら建造する」という新しい技術思想である。

(二)  引例について

引例には、「……新しく編み出された「横すべり建造」方式は、この旧第三船台で船体の三分の一に当る船尾部分約三千重量トンを二カ月半で建造し、これをそのまま第七船台に横すべりさせて、残り三分の二を船台上でつぎたそうという仕組み。」と記載されているのが、その要点である。

右の記載によれば、引例の方法は、船体の三分の一の船尾部分を、進水台である第七船台(主要船台)の側方に位置した旧第三船台上で建造し、これとは別に右第七船台上で残り三分の二の船首部分を建造し、そして右船尾部分を右旧第三船台上から第七船台上に横すべりさせて、船尾部分に船首部分をつぎ合わせるというものにすぎず、また右船尾部分の横すべり後、接続工事等を終つて進水するまで、船体は進水台上におかれて移動することはないというものであることが明らかである。すなわち引例記載の方法は、船尾部分にせよ、船首部分にせよ、各船体部分の船体全体に対する建造の仕方は、旧来の常套的な「竜骨すえつけ」の固定概念によるものであつて、船尾部分の横すべりとつぎ足しという工程を除けば、旧来の造船方法と少しも変りはない。

(三)  本願発明と引例との比較

(1) 本願の船舶建造方法と引例記載のものとを比較するに、以上によつて明らかなように、後者には前者における高屋の構想はなく、また工法においても両者は基本的に相違しており、わずかに後者における船尾部分の横すべりとこれに対する船首部分のつぎ足しが、前者における完成した船体区間の船台上における進水方向への移動とこれに対する後続区間の接続に若干共通したものがあるにしても、右の横すべりと進水方向への移動とは、移動の外形においても、その有する技術的意味においても異なり、本願方法は前記の新規な高屋と新規な工法とを組み合わせた全く新規なもので、大型船の経済的、能率的な建造のうえで顕著な効果を奏するものであり、とうてい引例から容易に推考できるものではない。

(2) 被告は、本願の工法が引例のものと同じであつて、移動する船体区間の数と移動の回数が異なるだけであるとなし、またそれが乙第三号証の二記載の公知の輪切ブロツク建造法と軌を一にする、という。

(い) しかし引例の示す工法、特にその船体一部の移動とこれに対する接続建造については前記のとおりである。引例においては、たまたま旧第三船台が第七船台の後方にあるがために、船尾部分の横すべりの後やむなく進水方向に移動せしめられたまでのことで、ここでの船尾部分の縦移動は船台の位置関係から生じた偶発的なものにすぎず、船舶建造技術上意味あることではない。

引例における船体区間の移動およびこれに対する接続建造の実体は単に前記のようなものであるのに対し、まず本願方法においては、前記のとおり船体はもつぱら進水方向に向けられた一船台上で建造され、その方向に移動されるのであつて、引例における船体側方建造、側方移動とは本質的に異なるものである。本願の明細書(三頁九行ないし一一行)に、「然る後板は倉庫(5)を経て処理の為に移動せしめられ而して板物工場(6)の中で適宜に工作される。」とあるのは、船体区間を構成する一部分が、船体の側方で組み立てられることについて説明したまでのことであり、また明細書(四頁下から四行目以下)には、被告指摘のとおり「船体の種々の区間例えば、船首及び船尾は異る架装路線上で組立てることができ、…」と記載されているが、右記載には冒頭に「所望ならば、」と冠せられており、また右の「船首」、「船尾」とは普通の造船の仕方からわかるように「船首」、「船尾」の最突端部を意味しているのであつて、本願における「区間」ではなく、その一部分に当たるのであり、本願においては、でき上つた船体の一区間が一架台から他の架台に横すべり等移動されることはない。

そして本願においては、前記のとおり船台の一部を蔽う―すなわち船体の一部を収容する―にすぎない高屋内で建造がなされ、高屋内で建造を終つた船体区間は、つぎの区間の高屋内での建造を可能にすべく、逐次高屋から進水方向に押し出されるのであつて、かように区間的な完成ごとに船体を高屋から移動することにその技術的意味があるのである。本願の船体区間の移動について、本願において重要な技術的意味をもち、その構成要件の一つである高屋との関係を無視した場合、換言すれば露天下のあるいは船台全部を蔽う建屋下の船台で船舶を建造するときに、外形的に本願同様短い区間ずつ多数回船体区間を移動させつつ工事をするとか、あるいはこのように正確容易に船体を移動させるための船台を特に用意するとかいうようなことが、例えば引例にみるように派生的条件にすぎない工程のためになされたとしても、技術的には意味のないことである。

以上によつて明らかなように、本願と引例とにおけるそれぞれの船体区間の移動とこの区間に対する接続建造を同一視するのは、「船体の一部を収容するにすぎない特別の高屋」と相対的に「船体の一小区間ずつ、その完成ごとに逐次高屋から押し出す」という本願における船体区間の移動のこの高屋との相対性のもつ固有の技術的意味を理解しない誤りに出たものである。

(ろ) また被告のいう輪切法についてみるに、乙第三号証の二の一五七頁五行以下に、「輪切法は船体を幾つかに輪切りにした数ブロツクを作り中央附近から前後部えと継足してゆくものである。」と説明してあり、またその八行以下に「大型船向きではなく、船長五〇米以下の小型船に多く採用されている。」と記載されているように、輪切型の二つの区間を互いに一致させることが船型が大きくなれば困難となるのである。すなわち、このものは小型船舶に適する建造中移動させない単なるブロツク建造法にすぎない。そして船殻をブロツク建造すること自体は、近代的造船には常套的なことで、特に小型船の船底、舷側、甲板等が一ブロツクとなれば輪切型ブロツクとなるのは当然のことで、この方法における「まず中央部分をすえ、これより前方および後方へつぎ足して船殻を作る。」のと本願における「各船体区間はその一端から連続的に建造される。」のとは顕著な相違がある。

ここに各種造船法と本願方法とを比較するに、旧来の造船法およびブロツク建造法は、ともに船首から船尾にいたる船全体の竜骨を設ける作業原理を利用するもので、その前者が大部分の組立てを船台上で行なうのに対し、その後者が現場で下組立てを行なうの差があるだけである。これに対し輪切法は、船体の完全な区間を別に作るものであるが、本願と異なりこれを前方および後方につぎ足すものである。そしてこれら三方法ともに、船体区間の本願におけるような移動は行なわれず(ブロツク建造法および輪切法においては組立て船体部分の運搬による移動が行なわれる。)、また本願と異なり艤装は進水後に別になされるのである。

(3) 被告は原告の右(2)(い)の主張における、完成した船体の「一小区間」、特許請求の範囲の「一つの区間」、「次の区間」等には異同があるから本願における「略々完成した船体部分」の移動距離と高屋との相対位置の関係は不明確であるとして、本願における高屋の長さの限定に格別の意味はないとか、高屋から完成区間を押し出すことに技術的意味はない、という。

しかし、本願における高屋の技術的意味は前記のごとくであり、したがつてそれは、各種作業員と各種機械、設備とを最高度に活用するように大きさを限定する意図が加えられるのであり、必要最少の要員を全期間フルに働かせる作業範囲とこれに必要な機械、設備とを測定したうえで、これらを収容するに足る広さと船体方向における長さのものに定められるのであつて、本願においてはこの一定の長さをもつ高屋の設定を前提とするのであり、本願において高屋の長さは特別の考慮によつて限定された不変のものなのである。

したがつて高屋に収容されて建造される船体の一区間の長さもおよそ定まるのは当然のことであり、そしてそれが正確に同じ長さでないのも常識上明白である。建造される船舶の長さや船型(タンカー、バルクキヤリヤ、貨客船等)等により、また船首であるか船尾であるか等によつて、分割された区間相互の長さに差異ができたり、また構造上相隣る区間でも相違することがあるというのはもとよりのことである。本願における区間の数、長さは右のようなものであつて、いうところの「高屋との相対位置」をあらかじめ特許請求の範囲に明記すべくもないのはいうまでもない。

被告の主張は、本願における「高屋における船体の分割建造―移動―接続」を、ほしいままに「高屋」と「船体の分割建造―移動―接続」に分断し、本願方法のもつ「高屋」に関連しての一体性をすて去つた見方である。

第三被告の答弁

一  請求原因一ないし三の事実は認めるが、審決が違法であるとする四の主張は争う。

二  請求原因四の主張について

(一)  その(一)の主張について

(1) その(1)について

原告は、本願における高屋が、その中に機械、設備を合理的に配置し、作業力を集中する構想に出た旨強調しているが、明細書および図面にはそのことについて記載されておらず、明細書には高屋のことを別に保護物と称し、雨天および寒冷時の作業能率について記載しているだけであるから右主張は理由がなく、仮りに明細書に記載があつても、技術常識に属することで、その故に発明として認められるものではない。

もともと風雨や寒冷等に対して保護物を建造するのは、日常生活上も、工場設備においても常識的なことであつて、建造費用節約のために、建屋を船台の一部にあたる短い区間にだけ建設し、その内部で作業するようにすること、すなわち本願におけるように船台の一部を蔽う保護物としての高屋を建設して、その中で船体区間の一つずつを建造できるようにすることは、当業者の容易に考えられることである。

原告は、本願における高屋が作業力の集中、工事の促進に役立つ旨主張するが、限られた高屋内で能率のよい作業ができるわけがなく、長い船体を考えれば、実に非能率であつて、限られた高屋内に限られた資材と技術者とをつぎつぎに搬入、交替する必要があるため、総合的、量産的作業はできず、これほど複雑、非能率な資材、労務、工程等の管理をもたらすものはないのであつて、この点からみれば、限られた高屋などはない方がよいといつても過言ではない。

(なお原告は、その主張(三)(3)において、本願における高屋の長さが人的要員、物的設備等を勘案して定められる重要な意味あるものである旨明細書に記載のない事項について主張しているが、この種の高屋を例えば設置機械、作業内容、立地条件等生産工場としての各般の事項を考慮して所要の大きさのものにするのは当然のことである。)

(2) その(2)について

本願発明における工法に引例と格別の差異がないことは、後記(三)でふえんして説明するとおりである。

(二)  その(二)の主張について

引例に示されているのは、原告が請求原因三でいう審決が認定したとおりの船舶の建造方法である。そしてまたこれによれば、「既に建造された区間すなわち船尾部に逐次後続区間すなわち船首部船体を接続しつつ船体を建造すること」、「一つの区間すなわち船尾部が略々完成したとき次の区間すなわち船首部船体が建造を開始し得る範囲で、既に完成した船尾部が船台上を進水方向に移動せしめられること」等が示されているといえる。

(三)  その(三)の主張について

(1) その(1)について

船体の建造に当り、高屋内で建造するようなことは、造船工場は勿論一般工場の建築様式からみて、格別工夫しないでも容易にできることであり、また船舶の建造方法として、審決の認定するように「建造された船体の一区間を船台の進水方向に移動し、この船体区間にこれと続く船体区間を接続すること」が引例によつて公知である以上、本願はこの点で引例と全く同一であつて、新規性はなく、ただ引例のものは、船台上を移動する区間が一つで、移動する回数が一回であるのに対し、本願では複数区間が複数回数移動する点で相違するけれども、この点は船体の分割区間を船台上で移動することおよび接続することが引例によつて公知である以上、当業者の容易に推考できることである。なお引例において船尾部は、船台の進水方向に移動する前に隣の船台から横移動するもので、この点も本願の明細書(四頁下から四行目ないし五頁一行)に「船体の種々の区間例えば、船首及び船尾は異る架装路線上で組立てることができ、而してその後一緒に一致するように合わせて一体を構成するようにすることができる。」と記載されているのと一致する。

原告は、「まず竜骨をすえ、………最後に艤装をする」という旧来の造船方法なるものを参照し、引例が右の方法によるものであるとして本願を引例と対比し、その新規性をいうもののごとくであるが、造船におけるいわゆるブロツク建造方法の一周知例である乙第三号証の二記載の輪切法は、竜骨をもブロツクとともに接続していく方法であつて、輪切ブロツクを接続する点では、右に記載の輪切ブロツク建造方法と本願の方法とは軌を一にするものであるから、原告の右主張は理由がない。

そして本願方法は引例に比し、造船上原告のいうようにすぐれた効果をもつものではない。

(2) その(2)(い)について

原告は、被告の前記指摘の明細書の記載(その四頁下から四行目以下の記載)における「船首」および「船尾」は、そのそれぞれの突端部を意味するものであるとして、本願方法と引例記載のものが工法を異にする旨をいうが、右記載の字句からわかるように、この記載は、そこに例示されている船首および船尾をも含めて船体の種々の区間は、異なる架装路線上で組み立て、その後に合わせて、一体を構成するようにすることができることを説明したものであることが明らかであつて、原告の右主張は失当である(なお右記載における「船首」、「船尾」が突端部のみを意味するものでないことは、明細書における他の記載例えば、「………船体(9)或はその部分が、成るべく船尾から開始して、組立てが行われる。」(四頁八行以下)というのによつても裏付けられる。)。

また原告は、本願が「船体の一部を収容するにすぎない特別の高屋」と相対的に「船体の一小区間ずつ、その完成ごとに逐次高屋から押し出す」ものであるとして、本願と引例との相違をいうが、いうところの「一小区間」が特許請求の範囲における「次の区間が前記高屋内で建造を開始し得る範囲」と同一であるとみるべき根拠はなく、特許請求の範囲における「一つの区間」、「次の区間」また原告の右主張における工事を完成した「一小区間」等には長さに異同があつて、「略々完成した船体部分」の移動距離と高屋との相対位置の関係は本願においては不明確である。かようにみると、高屋の長さを限定することに格別の意味はないものというべく、それが本来は保護物であるの性質上、その目的を達成する長さのものにし、いきおい船台の全長にわたつて設ければよいのであり、そしてこの場合には船体区間の移動があるだけで、高屋から押し出すという観念、その技術的意味はなくなる(重量物を高屋から押し出すことは、技術上の困難を伴うだけで、格別効果はない。)。そもそも高屋から押し出すことの効果については明細書に記載されておらず、明細書の記載によれば、本願において高屋の船台の一部を蔽うものとしたことの意義は、保護物の下で船体を作ることを可能にし、そして近代の船舶は大きいから造船台全体の上に保護物を設けることはほとんど不可能なのによるのであるが、右全体に保護物を設けることも決して不可能ではないし、ましてその一部に設けるのは容易のことに属する。本願においても造船台全体に高屋を設けることが望ましいには相違なかろう。

以上のとおり、本願発明において高屋と造船工法との相関性はなく、「高屋から押し出す」こと、寸法どおり「高屋から押し出すこと」に格別の意味はないのであつて、換言すれば、本願の特許請求の範囲における「数個の区間」、「船体区間の一つ」、「一つの区間」、「次の区間」、「略々完成した船体部分」、「建造された区間」、「後続区間」は、その分割部分の数、長さが限定されていないから、本願における船体の分割―移動―接続の方式による造船工法は、引例のものと軌を一にする。

なお原告の主張は、本願における船体区間の一つずつの建造にあつては、艤装も含めて同時になされるものであり、この点についても引例と相違するとする趣旨であるが、本願の明細書に「完成された船体部分の中には、機関其の他の機械を設置するような総ての艤装工事が、高屋内の船体建造と並行して施工することができる故、実用的に船上のあらゆる作業が保護物の下で行われることになる。但し船体の外部及び甲板上で行うことが回避できない工事は例外である。この目的に対し、船渠場内には可動起重機が配置され更に、機械類其の他の設備の製作のための工作室(15、16)が、造船作業と共同的に運転されなければならない。船体が完成するときは、船体は進水されるが、この場合路線の入口(17)は開かれ、然る後船体は、次の船体建造の為の場所をあけるため艤装埠頭に横着けにされる。」および「高屋の外側に配置されている路線に依つて、船体の完成された部分の艤装及び仕上が可能となされる………」(五頁二行ないし一五行および附記8)とあつて、本願では船台上である程度の艤装工事を行なうものであるのに対し、引例にも「タンカーのように船尾エンジン、船尾ブリツジの船なら完全に船装まですませて、進水と同時に試運転に出かけられるわけ。従来の船装用岸壁もいらず、引渡し前にドツク入りして底を洗う必要もない。」と記載されているのであつて、両者はこの点でも相違するものではないのである。

第四証拠<省略>

理由

一  請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこでつぎに審決の当否について判断する。

(一)  本願発明について

前記争いのない事実と、甲第一号証および甲第二号証の一(本件においては、甲、乙号各証ともに、成立に争いがない。)によつて認められる本願明細書(昭和三四年九月一六日差出しの訂正書により訂正されたもの)の記載および図面とによれば、本願発明の要旨は、右明細書の「特許請求の範囲」の記載のとおり、

船体が数個の区間に分割され得る船舶を建造する場合、上記船体区間の一つずつが船台の一部を蔽う高屋内において建造され、一つの区間がほぼ完成したとき、次の区間が前記高屋内で建造を開始し得る範囲で、既にほぼ完成した船体部分が船台上を進水方向に移動せしめられ、既に建造された区間に逐次後続区間を接続しつつ船体を建造することを特徴とする船舶の建造方法

にあり、そしてその目的は、近代船舶特に油槽船のような巨大な船舶の船体全部を、船台の一部を蔽う保護物の下で建造できるようにし、もつて少ない設備費等の負担によつて雨天および寒冷時等における作業能率の低下を防ぎ、大型船船体の経済的、効率的建造をはかるというものであることがそれぞれ認められる。

(二)  引例について

つぎに乙第一号証によれば、引例には原告主張のとおり「……新しく編み出された「横すべり建造」方式は……つぎたそうという仕組み。」と記載され、なお続けて「この方法によると、第七船台の船台使用期間がこれまでの五か月から二か月半となり、船台の能率が二倍になる……」と記載されていることが認められるのであつて、これによれば引例のものは、建造しようとする船体の三分の一の船尾部分を旧第三船台で建造し、その間にこれと隣り合つた第七船台で残り三分の二の船首(前部船体)部分を建造、ともに同じ二か月半で建造を終つたうえ、右の船尾部分を旧第三船台から横すべりさせて第七船台に移し、この船台で建造した右の船首部分をこれに接続して一体とし、船体の建造を終つて進水させるというものであり、そのねらいは、第七船台(主要船台)の能率の倍加による船体建造期間の短縮にあるものと認められる。なお引例には右各船体部分の建造と接続が高屋内で行なわれることを窺わせる記載はなく、その全趣旨からすれば、それは露天で行なわれるものとみるのが相当である。

(三)  本願発明と引例との比較

以上によつて本願発明と引例とを対比するに、つぎの(1)において共通するが、(2)ないし(4)の相違があるといえる。すなわち、

(1)  両者は、ともに船体を複数の部分に分割して建造するものであつて、完成した船体部分を移動させて、これにつぎの船体部分を接続してする船体の建造方法である点では一致するといえる。

(2)  本願発明は、「船体区間の一つずつが船台の一部を蔽う高屋内において建造され」るのに対し、引例においては、船尾、船首各部分は露天で建造される。

この相違について検討すべく、本願における「船台の一部を蔽う高屋」について考察する。本願明細書の「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細なる説明」の項における「本発明の主要目的は保護物の下で船体を建造することを可能ならしめることである。今日迄は、……船体或は船体の各部を組立てる工員は屋外で工事に従つたので、雨天及び寒冷時には作業の能率を低下せしめることが甚だ大であつた。他方に於いては、近代船舶特に油槽船が有する莫大なる寸法の故に造船台全体即ち路線全体の上に保護物を建造することは殆ど不可能である。本発明の主要目的、即ち、保護物の下で船体を建造することを大なる範囲まで可能ならしめることを実現する為に、路線の一端に存在する一つの高屋内で船体の一つ或は数個の区間が作られる。斯様な区間の一つが完成するや、船体の出来上つた部分が、次に連続する区間の建造が高屋内で開始し得る程度で、路線に沿うて移動されるものである。此の目的に対しては、高屋は路線の一小部分の上に縦方向に伸びていることを要するに過ぎない。」との記載(一頁下から九行目以下)とによれば、船体建造においては、雨天、寒冷時の作業能率の低下を防ぐため保護物の下で作業するようにするのが望ましいのであるが、大型船の建造において、船台全体を蔽う保護物を設けることは経済的に―従来の造船において船台両側の随所に大小各種の機械、設備を配置する必要があることも加わつて、技術的にも、―相当困難であるところから、本願発明においては、後記の完成船体部分の移動―完成区間の高屋からの押出し―と完成区間に対する後続区間の接続という工法の採用と相まつて、前記のように「船体区間の一つずつが船台の一部を蔽う高屋内において―完成区間があればこれに接続して―建造され」るようにし、よつて結局全船体がこの高屋内のみで―天候の変化等に左右されないで―建造されるようにしたものであることが認められるのであつて、これによれば、本願における「船台の一部を蔽う高屋」は、単に例えば乙第二号証の一、二にみられるような旧来の船全体を蔽う屋根を、船台の一部だけに部分的に設けたというのとは全く異なり、船台の一部だけに設けた高屋に、船台の全部を蔽う機能をもたせるもの、ひいて船台の一部に設けた高屋内を全船体建造のための全作業場たらしめるものというべきである(なおかような高屋ないし「高屋内における船体区間の一つずつの建造」の構想が、原告のいう機械、設備の合理的配置、その重複設備の回避、これによる空間利用の合理化、作業力の集中等の可能性を増大する効用を伴うことは、技術上当然に予期されるところといえよう。)。本願発明における「船体区間の一つずつが船台の一部を蔽う高屋内において建造され」ることのもつ技術的意味は右のようなものであつて、それは引例に―仮りに引例に審決のいうように、船体の分割区間の船台上の移動およびこれに対する接続が示されているとして―右乙第二号証の一、二に示されているような公知の高屋を適用することによつて、容易に推考できるものとはいえない。

被告のこの点に関する主張は、基本的には本願における高屋を、公知の船全体に対する屋根の単なる一部にすぎないものと同視し、また右高屋との関連における本願の工法の意味を正解しないものというのほかなく、採用に値しない。

(3)  本願発明は、「一つの区間がほぼ完成したとき、次の区間が(前記)高屋内で、建造を開始し得る範囲で、既にほぼ完成した船体部分が船台上を進水方向に移動せしめられ」るのに対し、引例においては、旧第三船台で建造された船尾部分がこれと別の第七船台上へ横すべり移動―すなわち旧第三船台と直角の方向に、―されるのである(被告は、引例においても、船尾部分は右横移動の後船台(第七船台)の進水方向に移動せられ、また本願においても、明細書(四頁下から四行目ないし五頁一行)記載のごとく別の架装路線上からの完成区間の移動も行なわれる、として、両者における完成船体部分の移動の態様に格別異なるものがないという。しかし右前者の点についてみるに、乙第一号証によれば、引例には前期記載のほか「ただ第七船台が……海中に相当突き出ているため、旧三船台から四十四メートル横すべりした船尾部は、さらに第七船台上を五十メートルだけ突端の方へ滑りおりるが、」と記載されていることが認められるにしても、引例の記載全体からすれば、右の第七船台上における突端の方への縦移動は、原告のいうとおり船台の位置関係による偶発的なものにすぎず、引例における船尾部分の移動の本体は「横すべり」にあるとみるべきであるし、また右の後者の点についてみるに、明細書における被告指摘の記載は、明細書の記載全体、特に「特許請求の範囲」からすれば、船体の区間のうち特に船首、船尾等の特殊の区間について、その建造の一部をなす「組立て」を異なる架装路線上ですることの提案を示したものとみるのが相当であり、しかも特許請求の範囲からみて、本願において完成船体区間が一つの船台から他の船台へ移動されることはないものというべきである。)。

本願と引例とにおける完成船体部分の移動がそれぞれ右のごとくであり、前者においては同一船台上を進水方向になされ、後者においては異なる船台上へ進水方向と直角になされる点から、それが重量物の移動である性質上、前者においては比較的容易であるのに対し(明細書(四頁一〇行以下)にも実施例として「水圧プレス(14)のような適当な装置」の使用が示されている。)、後者においては困難を伴うものというべく、(乙第一号証によれば、引例には横すべりのため格別の装置、操作の配慮が示されていることが認められる。)、この点すでに両者の移動に技術上の点からの差異があることが明らかであるが、両者の移動のもつ技術上の意味の重大な差異は、前者の前記のような移動は、明細書の「特許請求の範囲」の記載と、その「発明の詳細なる説明」の項における前記(2)であげた記載、特に「斯様な区間の一つが完成するや……路線に沿うて移動されるものである。」との記載、また同じ項の「各船体区間の完成に従い、全船体(9)が完成するまで進水台に沿い、これ等の区間は高屋外に順次押し出される。」との記載(四頁一六行以下)などからわかるように、「次の区間」を―完成船体部分に接続して―高屋内で建造できるようにすべく、高屋からそのとき完成した「一つの区間」を押し出すという意味を持つのに対し、引例の前記のような移動は、単に離れているものを接続するため、これを近づけるという意味があるにすぎず、本願が持つ右のような特別の技術的意味のないことは、明らかである。

被告は、本願発明の特許請求の範囲における「数個の区間」、「船体区間の一つ」、「一つの区間」、「次の区間」、「略々完成した船体部分」、「建造された区間」、「後続区間」等の長さに限定がなく、したがつてその間に異同があるから、本願における完成した船体部分の移動に右のような技術的意味は認められないという。しかしこれらの長さの限定ないしはその長さ相互の関係について明細書に特に明記されていないにしても、その記載の全趣旨からすれば、「船体区間の一つづつが……高屋内において建造され」るのを建前とする本願発明において、以上のうち「略々完成した船体部分」を除くその他のものは、その長さが高屋の船台方向における長さの範囲内にあるべきこと、すなわちこれら各「区間」が高屋内に収められるべき長さのものであることの限定を受けていることは、技術常識上たやすく読みとれるところというべく、また右の「略々完成した船体部分」というのは、そのとき完成した「一つの区間」にそのときまでに完成した区間を接続しているものを指し、そしてまた「特許請求の範囲」における「次の区間が前期高屋内で建造を開始し得る範囲で」というのは結局「次の区間」にあたる長さを指していることは、たやすく理解できるところであつて、被告の右主張も採用できない。

(4)  本願発明は、「既に建造された区間に逐次後続区間を接続しつつ船体を建造する」ものであるのに対し、引例においては建造された船尾部分に建造された船首部分を接続する、というものである。

すなわち前者は、建造された区間に後続区間を接続し、これを繰り返すことによつて、所望の長さの船体を、原告のいう、生長させつつ建造するものであるのに対し、後者においては、ブロツクごとに建造された二つの船体部分を接続するにすぎないものであつて、両者は船体の建造方法としてこの点にも大きな差があり、大型船の建造において前者に特有の長所があることは容易に理解できる。

以上(2)ないし(4)でみたとおり、本願発明は引例とは、(1)のとおりともに分割による船体の建造方法であるにしても、著しく相違しており、そして大型船の経済的、能率的な建造のうえで顕著な効用のあるものというべきであつて、それは引例から容易に推考できるものとは、とうていいえない。したがつてこれと異なる判断に基づき、本願発明の特許性を否定した審決は違法であつて、取消しを免れない。

(四)  その他の当事者の主張について

被告は、本願における建造された区間に後続区間を接続させる建造法が、乙第三号証の二記載の公知の輪切法と軌を一にするという。しかし乙第三号証の二には、原告主張(請求原因四(三)(2)(ろ)参照)のような記載があることが認められるのであつて、これによればその記載のものは、船体を逐次成長的に建造して行く右認定の本願方法とは本質的に異なるものというべきであつて、被告の右主張は理由がない。

また原告は、本願方法における船体(したがつて区間)の建造には艤装も含まれるものであるとして、本願の特徴をいい、ひいてまたこの点における本願と引例との差異を主張しているのに対し、被告は、本願がそうであるとしても、引例もこの点は同様であるとして争つているが、本願明細書の記載、特に特許請求の範囲によれば、本願における船体(区間)の建造が艤装を含むことをその構成要件としているものとは必らずしも断定し難く、本願発明は、船体の建造方法を特徴づけた(限定した)船舶の建造方法というのを本旨とするものと解するのが相当であるから、原告の右主張は前提において失当であつて、採用できない。

三  以上のとおりであるから、審決の違法を主張してその取消しを求める原告の請求は正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古原勇雄 杉山克彦 武居二郎)

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