東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)169号 判決 1965年3月23日
原告 ニユーロング株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
「昭和三五年抗告審判第一九五九号事件について特許庁が昭和三七年九月七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
第二請求の原因
一、原告は昭和三二年九月一日訴外長勇三郎から同人の発明にかかる「袋包装機に於ける自動封緘装置」につき特許を受ける権利を譲り受け、同年一一月二日特許庁に特許を出願したところ(昭和三二年特許願第二七〇一四号)、昭和三五年六月二〇日拒絶査定を受けたので、同年七月二二日抗告審判を請求したが(昭和三五年抗告審判第一九五九号)、特許庁は昭和三七年九月七日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同月一九日原告に送達された。
二、審決の要旨は、「本願の発明と同一のものが本出願の昭和三二年五月五日より東京都において社団法人国際見本市協会の開催した、国際見本市に開催の日から出品され、本願出願前公知となつたことは本願書類添附の証明書ならびにその出品物の説明書および図面によつてこれを認めることができる。ところで国際見本市は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第六条にいう博覧会と認められるが、この国際見本市が同法における「政府の開設し、都道府県若くは之に準ずべきものの開設し」の博覧会に該当しないことは抗告審判請求人の提示した甲第二号証によつても明かであり、同条の「政府の認可を得て開設する」に於ける、その開設につき政府の認可を得たという点についてもこれを認めるに充分な理由が示されていないから、これを認めることができない。したがつて本願の発明は旧特許法第六条の規定の適用を受けることができないもので、結局本願の発明はその出願前に公然知られたものとなるものと認められるので、旧特許法第四条第一号の規定により、同法第一条の新規な発明と認めることができない。なお社団法人東京国際見本市協会の設立が昭和三一年三月二六日附で通商産業大臣の許可を得ている点については、開催団体の設立について通商産業大臣の許可があつたというだけで、その団体の開催する博覧会について許可があつたものと認めることができない。」というにある。
三、しかしながら審決は次の理由により違法であるから取り消されるべきものである。
(一) 東京国際見本市は社団法人東京国際見本市協会(以下見本市協会という)によつて開催されるものであり、見本市協会は都道府県の一である東京都を中心的正会員とし(現に同協会の代表者である会長には東京都知事が当然に就任するのが例になつている(東京商工会議所、日本貿易振興会(いわゆるジエトロ)等の公共的団体を正会員として組織された公共的団体であるから、東京都に準ずべきものと解すべきである。すなわち、「……都道府県……ノ開設シ……」とは、都道府県が単独に開設する場合に限らず共同主催という形式で開設に参加している場合をも含むものであるから、もし見本市協会が「都道府県ニ準ズベキモノ」に該当しないとすると、右協会の正会員達が共同主催により博覧会を開設する場合には旧特許法第六条第一項の適用を受け得るにもかかわらず、別に公共的団体を組織して博覧会を開設する場合には右規定の適用を受け得ないこととなり、実質的には何ら変りがないのに全く別異の結果を生ずるという不合理をきたすに至る。それゆえ、都道府県の一を一構成員とする団体であつてその一の都道府県がその団体の設立運営について博覧会の共同主催者と同一視し得るような形で参画しているような団体は旧特許法第六条第一項にいう「都道府県……ニ準ズベキモノ」に該当すると解するのが相当である。よつて東京都を主たる会員とする見本市協会は旧特許法第六条第一項の「都道府県……ニ準ズベキモノ」に該当すると解すべきである。
(二) 仮りに右が理由がないとしても、東京国際見本市は旧特許法第六条第一項にいう「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」に該当する。
(1) すなわち、そもそも社団法人の政府による設立認可は、その法人の定款の承認を前提としていることは疑のないところであつて、社団法人の設立許可はすなわちその定款に記載された目的、事業等の認可を意味するものであるから以後その法人が定款に定められた事業を遂行するに当りその都度認可を受けなくてもその事業については既に認可を得ているものとみなすべきは当理の然である。
しかして、見本市協会は、その定款に「……東京都において国際見本市を開催……することを目的と……」し、「東京都における国際見本市の開催」の事業を行うことを明記して、昭和三一年三月二六日政府(通商産業大臣)の設立許可を受けたものであつて、その設立許可は右定款記載の目的、事業の認可を前提とするものであるから、右協会は東京都において国際見本市を開催することについて政府の認可を得ていることになり、以後その都度政府の認可を得なくとも右協会が東京都において開催する国際見本市は当然に「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」に該当すると解すべきである。
そもそも、旧特許法第六条があらゆる博覧会に新規性喪失の除外例を認めずに政府等一定の者の開設する博覧会に限つたのは、出品の事実、時期、内容等に関する証明の証明力について疑義を生ずるおそれのないよう、このような除外例の認められる博覧会の開設者は高度の証明力を有するものに限ることにしたところにその立法趣旨があるものと考えられる。
この観点からみると、政府の認可を得てただ一回の博覧会を開設するにすぎないものと、恒久的に博覧会を開設するものとして政府の設立認可を受けた団体とでは、その出品の事実等に関する証明の証明力について後者は前者に比し格段に優るものというべく、それにもかかわらず前者の開設する博覧会には新規性喪失の除外例を認め、後者のそれにはこれを認めないことは、旧特許法第六条第一項の立法精神に反するものといわなければならない。
(2) 東京国際見本市は大阪国際見本市と交替に、一年おきに開催されているが、これに対しては政府の補助金が交付されており、この補助金は政府から日本貿易振興会を通じて見本市協会に交付されるのであるが、政府(通商産業大臣)はこの補助金を交付する際振興会に対し「日本国際見本市に関する事業の遂行状況について、事業終了後四五日以内に報告すること」という指示を与えており、更に振興会は右協会に対し「見本市の開催期間、場所等を変更するときは通商産業大臣の指示をあおぐこと」という指示を与えている。なお見本市を開催しない年においては「海外宣伝費」として補助金が交付されている。政府から振興会に対しては、海外見本市の参加については特に「参加または開催地別の実行計画が確定したときはすみやかに報告すること」という指示が与えられているのに対し、東京または大阪の国際見本市については別段そのような指示は与えられていない。振興会から右協会に対しても、見本市の計画変更については通商産業大臣の許可を要する旨の指示はあるが、見本市の計画そのものの許可については別にふれていない。以上の諸事実からみて、見本市協会は東京国際見本市の開催についてあらかじめ包括的に政府の認可を得ていることが明らかである。また右協会が政府の補助金の交付を受けていること自体、既に同協会が国際見本市の開催について政府の認可を受けていることにほかならず、したがつて仮りに政府の認可は開設の都度受けなければならないものとしても、政府の補助金は東京国際見本市開催の都度交付されているから、右協会はその都度政府の認可を受けているものといわなければならない。
(3) 見本市協会は東京国際見本市を開催するについて外務省、通商産業省、大蔵省、運輸省、日本国有鉄道から、その後援名義を使用することの承認を得た。これはすなわち右国際見本市開催に対する政府の認可行為に外ならない。
(三) 仮りに以上が理由がないとしても、見本市協会の開催する東京国際見本市は、旧特許法第六条第一項にいう「工業所有権保護同盟条約国ノ版図内ニ開設スル……官許ノ万国博覧会」に該当する。
すなわち、右の規定及び新特許法第三〇条第三項中これに相当する部分は、ともに「工業所有権保護ニ関スル千八百八十三年三月二十日ノパリ同盟条約」第一一条に対応するものであつて同一趣旨のものであると解すべきところ、右条約第一一条及び旧特許法第六条に「官許」とある部分が新特許法第三〇条第三項では「政府等……の許可を受けた者」となつており、右の「官許ノ万国博覧会」とは博覧会の開設それ自体について政府等の許可を受けた者だけでなく、更に博覧会の開設をする者として政府等の許可を受けた者の開設する万国博覧会をも含むものであることを示しているから、見本市協会の開設する東京国際見本市は「官許ノ万国博覧会」に該当する。
また被告は、旧特許法第六条第一項の前半は日本国に関する、その後半は日本国以外の同盟条約国に関するものと解釈しているようであるが、ここで「官許ノ」とする「官」は政府だけでなく地方公共団体をも包むものであることが新特許法の規定からも明らかであるから、もし被告のような解釈をとるとすると、日本国においては地方公共団体の許可にかかる万国博覧会は新規性喪失の除外例として保護されないことになる結果同盟条約第一一条の規定に反するに至るだけでなく、日本国以外の同盟条約国の地方公共団体の許可にかかる万国博覧会は右保護を受け得ることになり、日本国の法律が日本国の場合についてより外国の場合について厚く保護するという立法常識上考えられない結果を招来する(新特許法についてこれと同様な解釈をとると日本国においては政府又は地方公共団体の開設する博覧会しか前記保護を受け得ないことになる)。したがつて、日本国も同盟条約国の一であるから、旧特許法第六条第一項の後半は日本国を除外する趣旨ではなく、強いて分けるなら、同条項の前半は日本国における国際的てない博覧会について、その後半は日本国を含む同盟条約国の版図内における万国博覧会(国際的な博覧会)について規定したものと解するのが相当であろう。
(四) 以上いずれの理由によるにせよ本件特許出願は、旧特許法第六条第一項に該当し「……新規ナルモノト看做……」されるべきである。
ちなみに、見本市協会は、現に政府及び東京都の援助のもとに東京都において国際見本市を開催する唯一の機関であつて既に我国際貿易の増進、国際親善に多大の貢献をなしつつあることは周知の事実である。このような国際見本市への出品について旧特許法第六条による新規性喪失の除外例を認めないならば、重要な発明にかかる新製品の出品を回避させる結果、貿易取引の増進を妨げ、国際親善を害するは勿論のことひいては我国産業界の技術革新について重大なる悪影響を及ぼすに至ることは明らかであつて特許法制定の本旨に反するものである。
第三被告の答弁
一、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
二、請求原因一、二の事実は認めるが三の主張は争う。
(一) 旧特許法の施行された旧憲法時においては「都道府県に準ずべきもの」とは都道府県と同等以上の地方団体又は行政区画を意味するものと解せられ、朝鮮の道、台湾の州等は含まれるが市町村は含まれないと解するのが定説であり、新憲法施行後においても市町村等の地方公共団体が含まれるか否かについては疑問があつたので新法においてはこれに代え「地方公共団体」と規定して市町村が含まれる旨を明らかにしたものである。以上のような事情からしても、「都道府県に準ずべきもの」には旧法の解釈として地域団体以外のものは公社、公団の如く公益性の強いものと雖も含まれず、いわんや民法上の社団法人等は都道府県に準ずるものではないことが明瞭である。それ故原告のこの点に関する主張は成り立たない。なお旧特許法第六条の規定は新規性喪失に対する例外的な規定であるから、厳格に解釈するのが法の精神に合致するものと解される。もし原告の主張するように拡張的に解釈して、都道府県等がその構成員となつている法人についても実体上共同主催のものと同一視し得るからとの理由により、本条を適用するとすれば、その他の都道府県を構成員とする法人の主催する地方的な博覧会にもすべて本条を適用しなければ法の衡平の原則に沿わないこととなり、文理解釈上はもとより、新規性喪失に対する例外的な取扱を可及的に制限しようとする本条の立法趣旨にも著しく離反する結果となり違法の譏りを免れない。
(二) 協会の設立を許可する行政処分自体は、協会が開催する個々の博覧会の開催を認可する行政処分とはその目的対象が異なるものであるから、たとえ協会設立の目的が専ら博覧会を行うことであるにしても、その許可の対象は博覧会開設を行う団体の設立ということのみに限られ、設立された協会が開催する個々の博覧会についてまでをその対象としているものではないことはいうをまたない。したがつて、文理上「政府の認可を得て開設する博覧会」とは個々の博覧会の開設に当つてその都度政府の認可を得て開催される博覧会のみを意味するものであり、政府の設立許可を受けた団体が開催する博覧会を含むものではない。
もつとも、政府の認可を得て開設する博覧会はこれを認可する根拠法規が必要とされるが、過去において明治四三年農商務省令第三号、大正九年農商務省令第一二号の如くに認可の根拠法規が存在し、これらの規定に基づいて道府県連合共進会が開催されていたが、現在においては法令の規定により国の認可を要する博覧会あるいは博覧会に関して国が許可すべきものとされている事例が存在しない。
そこで、新法の制定に当つては、「政府の認可を得て開設する博覧会」に該当する条項は事実上空文であるからとの理由によつて削除されたものである。以上のような経緯からしても、旧特許法第六条の右の条項を原告の主張するようには解し得ないことが明らかである。もし政府の設立認可を受けた団体が開催する博覧会までが「政府の認可を得て開設する博覧会」に含まれるものとすれば、民法の法人の規定等の如く博覧会開設を目的とする法人例えば本協会の如きものを認可する根拠法規が現に存在するのであるから、根拠法規がないからという理由により本条項を削除する筈はないからである。
(三) 原告は新特許法第三〇条第三項の規定の字句を援用してこれと同様に旧特許法第六条第一項の規定を解釈すべき旨を主張しているが、本件は旧法の適用を受けるものであるから旧法の規定の文理解釈によるべきものである。旧法の規定によれば同法第六条第一項の後半に我国が含まれていると解することは文理上疑問がある。また「官許」とあるから旧憲法下における都道府県はともかくとし、新憲法施行後における地方公共団体の許可をも含むものであるか否かも疑問である。しかしながらかりに同盟条約との関係をも勘案し、また原告の主張するように我国において認められる新規性喪失の除外例の範囲が同盟条約のそれと一致しなければ立法政策上常識に反するとの見解をも容れ、「官許の博覧会」とは我国における地方公共団体が許可する万国博覧会をも含むものであると解したとしても、ここにいう「官許」の概念中に本協会のような国際的博覧会を開設することを目的とする法人の設立許可までが含まれるものではないことは「政府の認可を得て開設する博覧会」の場合と同様文理上明白であつて、その理由は前項において述べたとおりである。したがつてこの点に関する原告の主張も審決の結論を覆えすに足るものではない。
(四) 旧特許法第六条第一項の立法趣旨からすれば同条は発明の新規性に対する特例をなすものであるから、同盟条約の規定に牴触しない範囲で極力制限を加え、除外例の範囲を高度の証明力を有するものに限定しようとするにあることは原告の認めるとおりである。
したがつて、たとえ右協会が実質上証明力や重要性の点からすれば法の要請する条件に該当するとしても、右協会についてのみ明らかに文理解釈に反する法の適用をあえてすることは、法の衡平の原則にも反し、立法趣旨にも著しく背反することとなるものであるとせざるを得ない。
したがつて原告の右の点に関する主張は立法論としては首肯し得ないではないが、審決を違法とするに足る理由とはならない。
(五) 以上に述べたとおり、原告の主張はいずれも旧特許法第六条第一項の解釈を不当に拡充するものであつて、審決を違法とする根拠とはならない。東京国際見本市は旧特許法第六条第一項に列挙されたいずれの博覧会にも該当しないから、審決は正当であり、取り消される理由はない。
第四証拠<省略>
理由
一、請求原因一、二の事実及び本願の発明と同一のものが、その出願日より前六ケ月以内である昭和三二年五月五日から東京都において見本市協会の開催した東京国際見本市に、その特許を受ける権利を有する者によつて出品されたことにより、本願出願前公知となつたこと、右東京国際見本市が旧特許法第六条にいう「博覧会」に該当することは当事者間に争いがない。
二、そこで先ず右東京国際見本市が旧特許法第六条の「都道府県若ハ之ニ準ズベキモノノ開設スル博覧会」に該当するか否かにつき考えるに、成立に争いのない甲第七号証の一、第一四号証の一、二、三、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証の二によると見本市協会(東京国際見本市協会)は、「東京都において国際見本市を開催し、貿易取引の増進をはかるとともに、国際親善に寄与すること」を目的とし、東京都、東京商工会議所及び日本貿易振興会を正会員として組織され昭和三一年三月二六日東京都知事が代表者となつて通商産業大臣から設立を許可された社団法人であつて、東京都知事が会長に就任しており、その定款によれば、「東京都における国際見本市の開催内外における国際見本市の調査研究その他その目的達成に必要な事業」を行うものであることが認められるところ、旧特許法の施行された旧憲法時においては「都道府県に準ずべきもの」とは都道府県と同等以上の地方団体又は行政区画、すなわち朝鮮の道、台湾の州の如きものを指称したものと解される。元来都道府県は一定の地域をもつてその構成要素となし、地域内の総ての住民をもつて団体員とし、法の認める範囲内において国家的公権を授与されている国家的色彩の顕著な公法人で、広くその地方住民の一般公共の福利を図ることを目的とするのに対し、民法上の社団法人は一定の組織を有する人の集合体であつて、社団法人を設立しようとする人々の意思に基づき、主務官庁の許可を得て設立され、営利を目的とせず社会一般人の利益を目的とする私法人であつて、両者はその存立の基礎、色彩、目的を異にする異質の法人であるから、見本市協会の構成及び事業目的が前記のとおりであつても、見本市協会をもつて「都道府県に準ずべきもの」ということはできない。原告は、このように解するときは、右協会の正会員等が共同主催によつて博覧会を開催する場合には旧特許法第六条の適用を受け得るにかかわらず別に団体を組織して博覧会を開設する場合には右規定の適用を受け得ないこととなり不合理であると主張するが、前説示の理由により、見本市協会をもつて「都道府県に準ずべきもの」と解することは至難である。
三、次に東京国際見本市が旧特許法第六条第一項にいう「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」に該当するか否かにつき判断する。
見本市協会がその設立について昭和三一年三月二六日通商産業大臣の許可を受けたこと及びその定款には同会が東京都において国際見本市を開催することをその目的及び事業とする旨の記載があることは前記のとおりであるが、元来旧特許法第六条第一項が、その前半において、いわゆる発明の新規性喪失の除外例の対象として、政府、都道府県等が自身開設する博覧会の外に「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」を並べて規定したのは、当該博覧会がその規模、施設、管理等はもとより、直接本条との関係においていえば、出品の事実、内容、時期等の証明力について、前記政府等の自身開設するものと同一視することができるものであるかを政府の判断にかゝらせるものと解するを相当とし、従つてその行政処分に当つて考慮すべき事項、許可又は認可の基準も当然に、一般の財団法人の設立の許可とは、おのずから相違するものといわなければならない。この理由からすれば、前記法条にいう「政府ノ認可ヲ得テ開設スル博覧会」とは個々の博覧会の開設に当つてその都度政府の認可を得て開催される博覧会を意味するものと解すべく、右協会がその設立許可を受けても、その許可の対象は右協会の設立ということにのみ限られ、右協会が設立後開催する個々の博覧会についてまでその認可を受けたものとはいえないから、原告のこの点に関する主張は採用し難い。
原告は旧特許法第六条の立法趣旨は出品の事実、時期内容等に関する証明の証明力が大である博覧会に限定する趣旨であるところ恒久的に博覧会を開催する団体である右協会の証明力は大であるから、その開催にかかる博覧会には新規性喪失の除外例を認めるべきであると主張するが、右協会が開設するすべての博覧会が常にかかるものであることの保障はこれを認めるに足る証拠がないばかりでなく、よしそのとおりであつたとしても実質上の証明力の有無如何によつて同条の適否を決定すべきものとは解されない。原告は、東京国際見本市は開催の都度右協会に対し政府の補助金が交付されていることにより、政府の認可を受けているものというべきであると主張するが、原本の存在及び成立に争いのない甲第九、一〇号証、成立に争いのない甲第一二号証の一、二によると、右補助金は通商産業大臣より日本貿易振興会に対し国際見本市事業費補助金として交付された上、同会より右協会に対し更に交付されるものであることが認められ、見本市協会に対し右補助金を交付する者は日本貿易振興会であつて通商産業大臣ではないから、右交付によつて政府の認可があつたということはできない。なお、行政処分は必ずしも一定の形式によることを必要とするものではなく、また明示に限らず、黙示の場合もあり得るものと解すべきであるが、その性質上その成立及び内容が明確でありかつ相手方に告知せられることを必要とするから、単に、原告が主張するように、政府から右振興会に対しその海外見本市の参加については特に「参加または開催地別の実行計画が確定したときにはすみやかに報告すること」という指示が与えられているのに対し、東京国際見本市については別段そのような指示は与えられていないこと、右振興会から右協会に対しても、見本市の計画変更については通商産業大臣の許可を要する旨の指示はあるが、見本市の計画そのものの許可については別にふれていないこと、見本市を開催しない年においても海外宣伝費として補助金が交付されていること等の事実(前記甲第九、一〇号証、成立に争いのない甲第一一号証の一、二によると、この補助金も通商産業大臣から右振興会に対し海外宣伝事業費補助金として交付された上、右振興会から右協会に対し更に交付されるものであることが認められる)があつても、これらの事実から東京国際見本市の開催について右協会に対し政府の認可があつたものということはできないし、原告主張のように、東京国際見本市の開催について通商産業省その他の各省からその後援名義を使用することの承認を得た事実があつても、そのことから直ちに右国際見本市の開催に対する政府の認可があつたものということができないことは多くいうまでもない。
四、そこで進んで、東京国際見本市が旧特許法第六条第一項後半にいう「工業所有権保護同盟条約国ノ版図内ニ開設スル………官許ノ万国博覧会」に該当するか否かにつき考えるに、この規定は工業所有権保護同盟条約第一一条第一項の規定に応じ定められたものであるところ、同条項については、当該博覧会を開設する同盟条約国の国民にかかるものを含む趣旨と解すべきでないことがきわめて明らかであるから、ひいて、旧特許法の右規定にいわゆる「同盟条約国」も、日本以外の同盟条約国をいい、日本を含まないと解すべきであり、これはまた同規定の文理解釈にもそうものと考えられる。したがつて、これと相反する前提に立つ原告の主張は、すでにこの点において採用できない。
五、見本市協会が現に政府及び東京都の援助のもとに東京都において国際見本市を開催する唯一の機関であつて、既に我国際貿易の増進、国際親善に多大の貢献をなしつつあることが周知の事実であることは原告主張のとおりであるが、国際見本市への出品について新規性喪失の除外例を認めることは、立法論としてならば格別、法の解釈には法の安定性の要求から自ら限度があり、旧特許法第六条第一項の解釈としてはこれを認め得ないこと前示のとおりである。
六、以上の次第で原告の主張はいずれも採用し難く、国際見本市は旧特許法第六条に規定する博覧会のいずれにも該当しないものと認められるから、本願の発明に旧特許法第六条の規定を適用することはできない。したがつて、本願の発明は前記国際見本市に出品されたことによりその出願前に公然知られたものとなるものと認められ、旧特許法第四条第一号の規定により、同法第一条の新規な発明と認めることはできないから、本件審決は相当であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。
よつて本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 福島逸雄 荒木秀一)