東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)36号 判決 1965年12月14日
原告 丸二セルロイド株式会社
被告 釜屋化学工業株式会社 外一名
主文
特許庁が、昭和三七年一月三一日、昭和三四年審判第五一八号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実
第一求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告釜屋化学工業株式会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、被告株式会社百日草訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続
原告は、昭和三〇年一二月一三日出願、昭和三三年六月一二日登録にかかる、名称「合成樹脂製造花」なる登録第四七八、〇五三号実用新案の権利者であるところ、被告釜屋化学工業株式会社(以下、被告釜屋化学という。)は、昭和三四年九月二九日、特許庁に対し、原告を被請求人として、右実用新案の登録無効審判を請求したが、(昭和三四年審判第五一八号事件)、被告株式会社百日草(以下、被告百日草という。)は、昭和三六年七月二九日、右審判事件につき請求人側に参加する旨の申請をし、該審判参加は、昭和三七年一月二二日許可された。特許庁は、昭和三六年七月一八日、右審判事件につき口頭審理を行い、証人として、水野哲三、伊藤雅勝、宮盛薫、北沢堅三及び田中三七次郎を尋問したうえ、昭和三七年一月三一日、前記実用新案の登録を無効とする旨の審決をし、その審決書の謄本は、同年二月二四日、原告に送達された。
二 本件実用新案の考案要旨及びその作用効果
(一) 考案要旨
別紙記載の図面に示すように、中央を漏斗状(5)とし、中心に孔(6)を設け、その上周辺に花弁(2)の一端(4)を一体的に形成したものにおいて、これを合成樹脂で形成し、また、これをもつて中央を漏斗状とし下部に小筒部(7)を設け、その中心に孔(8)を穿設し、上周縁に萼片(10)を一体的に形成した萼体(3)を設け、この花弁(2)の適当枚数を適宜に重合して、その下面へ萼体(3)を位置させ、その孔(6)、(8)へ針金にゴム、合成樹脂などを被覆し、上端へ蕊座状にした止め(9)を設けた軸(1)を挿通して形成した合成樹脂製造花の構造。
(二) 作用効果
花弁(2)の漏斗状部(5)及び萼体(3)の小筒部(7)の中心孔(6)(8)には伸縮の弾力を有し、また、針金にゴム、半硬質合成樹脂などを被覆した軸(1)の外周にも伸縮の弾力を有する。したがつて、花弁(2)、萼体(3)を軸(1)に挿入するときは、花弁(2)の孔(6)、萼体(3)の孔(8)にそれぞれ軸(1)の外周を絞るような状態で挿入され、かつ、孔(6)(8)の内周と軸(1)の外周との間に強い摩擦があり、そのため花弁(2)も萼体(3)も挿入された軸(1)の上下いずれの位置にも定着することができ、かつ、軸(1)に対して花弁(2)及び萼体(3)を回転、すなわち向きを変えても、その向きを変えた位置において定着する特長を発揮する。したがつて、花弁(2)を密着密生させることも、また疎生にすることも容易である。
三 審決理由の要点
本件審決は、前記登録実用新案における考案の要旨を前掲記のとおり認定したうえ、「各証人の供述を総合すると、
(一) 中央を漏斗状とし、その中心に孔を設け、その上周辺に花弁の一端を一体的に形成し、これを合成樹脂で作り、また、中央を漏斗状とし、その中心に孔を設け、上周縁に萼片を一体的に形成した萼体を合成樹脂で作り、花弁の数枚を重合し、その下面へ萼体を位置させ、その孔へ針金にパイプを被覆した軸を挿通し、軸の上端をまるめて止めを形成した造花が、昭和三〇年四ー五月頃、訴外富士商事株式会社において、不特定多数の者に公然見せられたこと、
(二) 右造花と同一構造の造花が、昭和三〇年一〇月頃、被告釜屋化学において公然試作され、その試作品が同年一〇―一一月頃、前記富士商事株式会社及び訴外田中工業株式会社(当時の商号田中商事株式会社)その他へ送付されたこと
を認めることができるので、右造花は、本件登録実用新案の登録出願前、国内において公然知られたものと認める。(各証人の供述に多少の喰い違いはあるが、右認定には影響はない。)しかして、本件登録実用新案と右造花とを比べると、両者は類似しているものと認められるので、本件登録実用新案は、旧実用新案法第三条第一号の規定に該当し、したがつて、その登録は、同法第一条の規定に違反してされたものであるから、同法第一六条第一項第一号の規定により、これを無効とすべきものとする。」としている。
四 審決を取り消すべき事由
本件審決には、次の点において、事実誤認の違法がある。
(一) 本件審決が認定したような構造の造花が審決認定の当時、製作、配布されたという事実は、不存在である(その詳細は、次項に述べる。)。
(二) 仮にそうでないとしても、審決認定の造花と本件実用新案の造花とは、構造上、次のとおりの差異があり、類似していない。すなわち、
(1) 後者(本件実用新案の造花)は、別紙第4図に示すように、花弁を開いた場合に、漏斗状部(5)と花弁(2)とは明瞭に区別しうる構造であるが、前者(審決認定の造花)には、花弁から明瞭に区別しうるような漏斗状部は存在しない。この点は、別紙第3図において、中心孔(6)の外側に同心円をもつて漏斗状部(5)の上面を示してあるが、前者の花弁平面図においては、花弁の中心の孔の外側には何ら同心円がえがかれていないことからも明らかである。
(2) 後者の萼体(3)は、別紙第5図に示すように、中央の漏斗状部と萼片(10)とは明瞭に区別しうる別個の曲線をもつて示されているに対し、前者においては、萼単独の断面図を見ても萼の中心部と萼片とは連続した一個の曲線をもつて示されていて、漏斗状部の存在が不明確であり、また、萼の内面中央の凹みが、きわめて浅く、漏斗状とはいえない。
(3) 後者においては、別紙第1図及び第5図に示すように、萼体(3)の漏斗状部の下部に小筒部(7)を漏斗状部と区別しうるように設けてあるが、特許庁において手記した証人北沢堅三の図によれば、前者の萼体の下部の内面に隆起があり、前者には萼の下部に小筒部と称すべきものは、何ら設けられていない。
(4) 後者においては、別紙第2図に示すように、軸(1)の上端には蕊座状にした止め(9)を設けてあるが、前者においては、軸の上端は、単に円形に曲げて止めとしてあるにすぎない。
(三) 前記(一)、(二)の主張がいずれも理由がないとしても、本件審決認定の構造の合成樹脂造花が、本件実用新案の出願前公知であつたということはない。
(1) 審決は、その認定の構造の造花が、訴外富士商事株式会社において不特定多数の者に公然見せられたと認定しているが、右訴外会社において米国から持参された造花を見せたという伊藤雅勝証人の証言によれば、その時造花を見たのは被告釜屋化学の社員宮盛薰その他右訴外会社の社員であり、特定の者である。
(2) 審決は、右造花が、被告釜屋化学において公然試作されたと認定しているが、ポリエチレン造花で最も苦心を要する金型の製作や造花の試作工程を何人にも縦覧させるということは経験則に反するし、伊藤証言によつても、せいぜい見せたのは得意先だけであり、もとより不特定の者ではない。
(3) 審決によれば、右試作造花は前記訴外富士商事株式会社及び田中工業株式会社等へ送付されたということであるが、これは各証人の記憶だけで、何らの物的証拠も存在しないし、証言にも措信し難い点が多いので、このような事実が公然行われたものとはいいえない。
五 各種の証拠について
被告らが特許庁及び当審において提出援用する各種証拠は、あるいは、余りにも矛盾撞着が甚だしく、あるいは、これを裏づける物的根拠を欠き、いずれも措信しがたく、到底、事実認定の資料とはなりえないものである。以下、その主なるものを挙げて説明する。
(1) 検甲第一号証の一
本証は、米国ニユーヨーク市のノリタケ商会あて、訴外富士商事株式会社代表取締役水野哲三作成の、その添付図面に示されたバラの造花及び同構造のカーネーシヨンの造花各二本を、ノリタケ商会社員が、昭和三〇年四月、日本に持参し、右訴外会社に貸与した旨の証明願に対し、ノリタケ商会のスギハラ・キユウイチが「上記に相違ないことを証明します」と書いて署名したという文書の写しであるが、その原本の存在が判然しないばかりでなく、その作成日付である昭和三三年八月五日は、右水野が会社との紛争により退社し全く出社していなかつた時であり、東京で右文書を作成した日付とニユーヨーク市で証明した日付とが同日であり、両日付の筆跡が、きわめてよく似ており、何人の筆跡かも明らかでなく、しかも、添付図面の作成者も不明であり、その基となつた造花見本も存在しない。
(2) 検甲第一号証の二
本証は、前記ノリタケ商会から右訴外会社あてに差し出された英文の手紙の写しということであるが、その原本も提出されず、作成者のサインもなく、日付の年の「9」の字が「8」に訂正されており、また、八月一日付で日本から出した手紙にニユーヨーク市において同月四日付で返事を書いていることも、八月四日付の手紙の中に同月五日付の証明書を同封してあることも、ともに、理解し難いことである。
(3) 甲第四号証(水野哲三作成の被告釜屋化学あて証明書)
この添付図面は、検甲第一号証の一のそれと同じものであるが、当審における水野哲三の証言によれば、その現実の作成者、原本及びその基となる造花見本がどこにあるか、いずれも知らないということであるばかりでなく、関係者の各供述は余りにも矛盾している。このようなバラの造花を作つた金型も提出されず、金型に対する各証人の特許庁及び当審における証言は、甚だしく矛盾している。
(4) 丙第一号証の一から三
同号証の一には、仏人ロジエ・バレリーが昭和二九年に来日した際に、被告百日草の太田勝男に合成樹脂製の造花を贈り、頭髪のアクセサリーとして研究することをすすめたことを証明する、その合成樹脂製の造花は同号証の二に説明し、同号証の三に図示したものである旨記載されている。
しかし、右丙第一号証の一から三は、いずれもその原本に当る文書の提出がなく、当審における証人平林重治の証言によるも、同号証の三の造花図面は、その作成者が不明であり、また、この図面の基となつた造花の存在も明らかにされていない。しかも、右平林の証言によれば、同号証の二は、昭和三六年、フランス大使館の職員北川某が書いたものであるとのことであるが、同人が何を基にしてこの説明文を書いたか判然しない。
なお、同号証の三の造花の構造図は、前掲甲第四号証に添付された造花の構造図と、造花の全体の形、花弁、葉萼などの外形が極めて酷似しているが、細部の図柄が多少異る。丙第一号証の三が昭和二九年仏人ロジエ・バレリーが日本に持参した造花であるとの証明書に添付されたもの、甲第四号証は、昭和三〇年にニユーヨーク市のノリタケ商会員山口次男が持参した造花であるとの証明書に添付されたものであり、この両図面が余りにも酷似し、しかも多少異つているということは、これらが後日、想像によつて作成されたものであるとの疑を深からしめるものである。
(5) 検甲第二号証の一、二
これは、被告百日草が、特許庁において、仏人ロジエ・バレリーが昭和二九年来日した際持参した造花の写真であるとして提出したものの複写であるが、これがロジエ・バレリーが持参した造花の実物の写真であるか否かは不明である。また、この写真に示された萼の外面は、漏斗状になつているが、内面が漏斗状になつているかどうか不明であるし、花の構造は、同号証からは判然しない。なお、前記平林証人によれば、ロジエ・バレリーの持参したのは頭飾用の花であるとのことであるが、当審における証人田中三七次郎によればバレリーの持参したバラの造花は花の頂上から茎の下まで一フイート半位あつたとのことである。
(6) 各証人の証言
証人水野哲三、伊藤雅勝、宮盛薫、北沢堅三及び田中三七次郎の特許庁及び当審における各証言は、甚だしく矛盾している。ことにノリタケ商会の山口次男が合成樹脂製造花を持つてきた時期、その造花の大きさ、造花の金型、造花の輸出数量等において甚だしく喰い違つており、到底措信できるものではない。
六 被告らの乙第三、第四号証に基づく主張について
(一) 被告らの乙第三、第四号証に基づく主張は、本件訴訟では主張しえないものである。
本件のような審決取消訴訟は、特許庁の審判手続を経て、もし審決に不服があれば、東京高等裁判所に、その事実認定及び法律適用の当否の判断を求めるため出訴するものであり、この種訴訟における事実認定、法の適用は、訴訟の目的が一定時期における原行政庁の行為の違法性の判断にあるから、審決の適否は、審判事件において、審理終結の通知が当事者に到達したときを基準とすべきことは、最高裁判所昭和二八年一〇月二〇日言渡(民集四巻二三一頁)、東京高等裁判所昭和三四年一二月二三日言渡(昭和三三年(ネ)第九〇〇号事件)の判決によつても明らかである。もし、東京高等裁判所が事実承審であるとの理由のみで、審判手続において審判しなかつた、もしもその点で審決しようとすれば特許法第一五三条第二項に該当するような新たな実質的証拠、主張を許すとすれば、特許庁を技術的専門事項に関する前審的行政審理機関として、民事訴訟手続類似の審理手続をとらしめる大半の理由を失うに至るであろう。乙第三、第四号証については、審判手続において提出されたが、特許庁は審決理由において何ら言及していないから、この点に関する特許庁の技術的専門家としての判断を知るに由なく、裁判所がこれらについて判断するとすれば、特許庁の前審的機構を侵すこととなり、許されるべきことではない。もし右乙第三、第四号証について判断を必要とするならば、すべからく審理不尽として原審決を取り消し、改めて特許庁において、まず、審理判断されるべきである。この点につき被告らの援用する最高裁判所判決は、具体的事案が不明であり、その裁判例としての意義も明確ではない。
(二) 仮に、右(一)の主張が理由がないとしても、本件登録実用新案の造花は、乙第三、第四号証の造花と類似ではない。
1 本件登録実用新案は、前に掲げたような考案の各要素が全体として結合されて初めてその作用効果をあげ、所期の目的を達成するものである。すなわち、本件実用新案において、花弁を合成樹脂製として、その中心には伸縮の弾力を有せしめ、さらに、萼体(3)も合成樹脂製として、その下部に小筒部(7)及び孔(8)を設けて一層強力な伸縮の弾力を持たせたことと、軸(1)を針金にゴム、合成樹脂などを被覆して軸(1)の外周にも伸縮の弾力を有せしめて、これらを組み合わせたことは、軸(1)に花弁(2)及び萼体(3)を挿通するときに花弁(2)の孔(6)、萼体(3)の孔(8)に、それぞれ軸(1)の外周を絞るような状態で挿入され、その挿入に孔(6)、(8)の内周と軸(1)の外周との間に強い摩擦がある特徴を活用したものであり、その摩擦の程度は、花弁(2)も、萼体(3)も、挿入された軸(1)の上下いずれの位置にも定着するばかりでなく、軸(1)に対し花弁(2)、萼体(3)を回転、すなわち、向きを変えても、その向きを変えた位置において定着する特徴を発揮し、よつて造花を組み立てるに、その花弁(2)を密着密生せしめることも、また、疎生にすることも容易であり、また、花弁(2)の向きを変えて同じ花弁(2)をもつて趣向を変えて組み立てることもできるようにしたことを特徴とするものである(このことは、本件登録実用新案の公報中にも明記されているところである。)。そして、この強い摩擦は、合成樹脂で作り、しかも、前記のような構造にした花弁(2)及び萼体(3)と針金に、ゴム、合成樹脂などを被覆した軸(1)とが両々相まつて生ずる作用効果である。換言すれば、花弁(2)の材料と構造から由来する弾力と軸(1)の材料と構造から由来する弾力及び両者間の摩擦が両々相まつて、両者がそれぞれ単独であげうる作用効果の合計以上の作用効果を発揮するものである。とくに、小筒部(7)を設けたことは、軸(1)と萼体(3)との接触面積を広くし、両者の定着を強固にするため、きわめて効果的のものである。また、軸(1)の中に針金を入れたことは、適当な硬直性を与え、軸(1)を自由に曲げた場合、その曲つた形を保つために効果を有するものである。
2 これに対し、乙第三号証(昭和一四年実用新案出願公告第七、一七一号公報)に記載されたセルロイド造花においては、
(イ) 花弁(1)はセルロイド薄片製であるから合成樹脂製の花弁のように伸縮の弾力を有しない。
(ロ) したがつて、凹陥部(2)を設けてはあるが、その弾力により線条(4)の上下いずれの部分にも強固に定着させうるようなものではない。
(ハ) 線条(4)の材料については何らの記載がないが、その出願当時(昭和一三年)の技術から推して軸(1)は針金に紙を巻いたようなものと認められる。したがつて、その外面には、弾性的な要素は少しもない。
(ニ) 重ね合せた花弁で一個の花の形を保たせるためには各花弁を糊で接着しなければならない。(乙第三号証中には糊で接着することは記載なく、花弁(1)を重合すれば各花弁(1)はその位置を確保する旨記載されているが、糊で接着しなかつたら、花弁は、線条(4)を中心としてぐらぐら回つてしまう筈である。)
3 乙第四号証(フランス特許第一、〇九二、七一六号明細書)の造花は、その説明(文意明瞭でないものもあるが)及び図面によれば、
(イ) 茎(4)はつなぎ(3)及び花弁(2)と一体に射出成型したものであり、
(ロ) 台(7)、(9)、(12)は、茎(4)にはまつているのではなく、つなぎ(3)にはまつており、
(ハ) 台(7)、(9)、(12)及び萼(13)が密着することにより、はじめて花の形を保ちうるものである。したがつて、台(7)、(9)、(12)の花弁は順次傾斜が少なくなるような角度で射出形成されており、萼(13)は漏斗状で小筒部がないから、茎(4)との密着力は、きわめて弱く、茎(4)は合成樹脂の射出成型品で細いものであるから、その中心に蕊金を入れることができず、したがつて、適当な硬直性がなく、自由に曲げた形状を保つことはできないし、花弁を重ね合せたとき、台(7)、(9)、(12)は、つなぎ(3)の弾力によつて定着されており、また、台(7)、(9)、(12)が層をなして密着しなければ花の形が保てないから、花の趣向や形を変えることはできない。
第三被告らの答弁
被告ら訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
一 原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続、本件登録実用新案の考案の要旨及びその作用効果並びに本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、認めるが、本件審決の取消事由として原告の主張する事実は争う。本件審決は正当であり、原告主張のような違法の点はない。本件登録実用新案と類似の構造の造花は、昭和三〇年四、五月頃、東京都台東区浅草鳥越二丁目一〇番地の訴外富士商事株式会社、同四番地所在の同訴外会社工場及び板橋区板橋町六丁目二、五六九番地所在の同訴外会社板橋工場において、同年一〇月頃中央区銀座六丁目四番地三富ビル内の訴外田中工業株式会社において、いずれも不特定多数の者に公然見せられた事実があり、また、同年一〇月頃、被告釜屋化学において公然試作され、その試作品が、同年一〇月から一一月頃、前記富士商事株式会社及び田中工業株式会社(当時田中商事株式会社)その他へ送付された事実があるのであるから、本件登録実用新案の登録は、審決説示のとおり、無効とされるべきものである。
二 被告釜屋化学において、審決認定のような造花を製作、配布した経緯は、次のとおりである。すなわち、
(一) 昭和三〇年四、五月頃、ニユーヨーク市のノリタケ商会の社員山口次男がバラ及びカーネーシヨンの合成樹脂製の造花二本ずつを訴外富士商事株式会社へ持参し、その製造を依頼した。右訴外会社は、同年五月頃、これを見本として、被告釜屋化学に交付し、その試作を依頼したので、同被告は、この見本を、訴外北沢彫刻工業株式会社に手交して、まず、その製造に必要な試作用金型の製作を依頼した。同年八月頃、その金型が出来上つたので、同被告の板橋工場において射出成型機を用いて試作を開始し、その間、金型を修正し、同年一〇月頃、バラ及びカーネーシヨンの造花約五〇本ずつを製作した。同被告は、そのうち約一〇本ずつを前記富士商事株式会社へ、約二〇本ずつを訴外田中商事株式会社(現商号田中工業株式会社)に交付し、残りは取引先へ配布したり、来客に見せるための見本として保存した。
(三) 前記富士商事株式会社は、これをノリタケ商会に送付し、また、前記田中商事株式会社は、これを三越、マツクスフアクター、コカコーラ日本支社、ポンジー化粧品株式会社等へ配布した。
(四) その間、右造花は、被告釜屋化学、富士商事株式会社、北沢彫刻工業株式会社において、社員及び外来者に見せ、あるいは、説明さえしたことがあつた。これらの造花が審決認定のとおりのものであり、本件実用新案にかかる造花と類似するものであつたことは、いうまでもない。
三 乙第三、第四号証の造花
本件審決は、言及していないが、昭和一四年実用新案出願公告第七、一七一号公報「セルロイド」製造花(乙第三号証)及び本件登録実用新案の出願前である昭和三〇年八月一日、特許庁陳列館に受け入れられたフランス特許第一、〇九二、七一六号明細書(乙第四号証)に本件登録実用新案と極めて類似する造花が記載されているのであるから、本件登録実用新案は、この点においても、出願前公知であつたといわざるをえない。
(一) 前者、すなわち乙第三号証の登録請求の範囲は、『一枚のセルロイド薄片を任意の形状の花弁(1)に切截し、該花弁(1)の中央部に凹陥部(2)を設け、次に二枚乃至数枚の上記花弁(1)を互に喰違わしめて夫々他の凹陥部(2)に嵌入重合し、之に蕊(3)を有する細長き線条(4)を挿入して成る「セルロイド」製造花の構造』である。
(二) 後者、すなわち、乙第四号証によれば、その「プラスチツク製造花」の考案は、大要、次のとおりである。
(1) 花弁について
花弁(6)、(8)、(10)は、その一端が漏斗状の台(7)、(9)、(12)の上周辺に一体的に固く結びつけられており、台の底は中心に穴があいている。
(2) 萼について
萼(13)はそれ自体成型されていて(したがつて、中央が漏斗状で、上周縁に萼片が一体的に形成されているのは当然)、茎(4)にはまることができるような寸法の穴があいている。
(3) 茎及び蕊について
花弁(2)は花の茎を構成する中心茎(4)につなぎ(3)によつてつながれており、組立によつて、花弁は集合し、縦に立つようになり、花の中心すなわち蕊を形成するようになつている。
(4) 組立方法について
茎(4)と花弁(2)とをつなぎ前記漏斗状の台(7)、(9)、(12)を順次嵌合して花弁(6)、(8)、(10)を重合し、最後に萼(13)を柔かい摩擦によつて嵌め込むことによつて形成する。
(三) 本件登録実用新案にかかる造花と乙第三、第四号証の造花とを比較すると、次のとおりである。
(1) 花弁については、その構造は三者全く同一である。
(2) 萼体については、乙第三号証のものには、その記載がないが、乙第四号証のものと本件登録実用新案のものとでは、下部に小筒部があるか否かの差はあるものの他は全く同一である。しかも、この小筒部を設けたがためになんら特殊の作用、効果を有するものでなく、その差異は、当業者が極めて容易に推考実施しうる設計的微差にすぎない。
(3) 蕊、茎については、本件登録実用新案の造花は針金をゴム、合成樹脂で被覆したもの、乙第三号証の造花では針金そのままのもの、乙第四号証の造花では合成樹脂そのものを茎として用いる差異はあるが、針金の外面を布、紙等で包被することは従来普通に行われており、また、針金を合成樹脂で被覆したものは電線として本件登録実用新案の出願前より極めて広く使用されていたから、針金を合成樹脂で被覆したものを軸として使用することも、なんらの考案力を要せずして、極めて容易に推考実施しうるもので、単なる設計的微差にすぎない。
(4) 組立方法については、三者全く同一である。
なお、原告は、被告らの乙第三、第四号証に基づく主張は、当審においては、主張することを許されないものである旨抗争するが、乙第三、第四号証の刊行物は、すでに審判手続において引用主張したものであり、本件訴訟において新たに主張するものではないばかりでなく、審判における争点に関する限り、訴訟の段階においても、攻撃防禦の方法として、新な事実上の主張がゆるされないものではないことは、最高裁判所判決(昭和三三年(オ)第五六七号事件、昭和三五年一二月二〇日、第三小法廷判決、民集一四巻一四号三一〇三頁)も正当に判示するところであるから、原告の主張は、理由がない。
四 ロジエ・ヴアレリーの造花
被告百日草が、昭和二九年四月、フランスのヘヤーデザイナーであるロジエ・ヴアレリーを招聘した際、同氏より頭髪のアクセサリーとして合成樹脂製の造花を贈られ、その製造販売をすすめられた。被告百日草は、その製造販売は、多数取引先の意見により、時期尚早として見送つたが、この時、その構造を一般に公開した造花の構造は次のとおりであり、主要部分において、本件登録実用新案の造花と全く同一であるから、この事実から推しても、本件登録実用新案にかかる考案は、その出願前公知となつていたことが明らかである。
「針金(1)をポリエチレンの如き柔軟合成樹脂製管(2)に挿入して茎となし、ポリエチレン製漏斗状体(4)の下端に小筒部(5)を連設しその中心に孔(6)を穿孔するとともに、上周縁に茎片(7)を連設して茎体(8)を形成し、ポリエチレン製漏斗状体(9)の中心に孔(10)を穿孔するとともに、その上周辺に三枚あるいは四枚の少しずつ形状の異る花弁(11)を連設して花弁連続体を作り、この茎(3)を挿通するポリエチレン製短筒体(15)に葉柄(16)と葉体(17)を連設して葉(18)となし、この短筒体(15)に茎(3)を復元力に抗して挿通して所要の個所に握持力により定置させ、また、茎(3)の上端部には萼体(8)の中心孔(6)及びこれに重ねた多数の花弁連続体の漏斗状体(9)の中心孔(10)に復元力に抗して挿通して握持力により固定し、さらに、茎の上端を捲回して蕊座止(19)を花弁の中心孔の上に位置させて形成して花を組み立てる造花の構造。」
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続、本件登録実用新案の考案の要旨及びその作用効果並びに本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件考案は出願前公知であつたかどうか)
二 検甲第一号証の一、二、同第三号証、乙第九号証の一、二、甲第四号証、同第六号証から第一〇号証、証人水野哲三、同伊藤雅勝、同宮盛薫、同北沢堅三及び同田中三七次郎の各証言を総合すると、本件登録実用新案にかかる造花と一見類似(厳格な意味において類似かどうかは、しばらくおく。)の造花が、その出願前、訴外富士商事株式会社において不特定多数の者に見せられ、また、被告釜屋化学において試作され、その試作品が右訴外会社その他に送付された事実を肯認しうるかのようであるが、仔細にこれらの証拠を検討すると、必ずしも、本件審決が認定したように、叙上の事実を肯定することは困難であり、他に右事実を肯認するに足る適確な証拠はない。さらに、これを詳説するに、
(一) 本件審決は、「中央を漏斗状としその中心に孔を設け、その上周辺に花弁の一端を一体的に形成し、これを合成樹脂で作り、また、中央を漏斗状とし、その中心に孔を設け、上周縁に萼片を一体的に形成した萼体を合成樹脂で作り、花弁の数枚を重合し、その下面へ萼体を位置させ、その孔へ針金にパイプを被覆した軸を挿通し、軸の上端をまるめて止めを形成した造花」が、本件実用新案出願前、公然不特定多数人に見せられ、又は公然試作されて(公然試作ということも、この種製品の試作という事の性質上、多分に疑問なしとしないが、)、公然知られていた、と認定しているが、前掲各証拠のうち、甲第六号証から第一〇号証(いずれも審判手続における証人尋問調書)並びに各証人の証言の、出願前公然知られていたという造花に関する部分は、記憶ちがい、いいちがい、手記の不慣れなことなど、証人ないしは証人尋問手続のもつ往々にして避けることのできない誤差を考慮しても、なお、不正確かつ矛盾をきわめ、ほとんど帰一するところなく、これらの証拠だけから、少くとも該造花の構造が上記審決認定のとおりであることを肯認することはできない。したがつて、仮になんらかの造花が出願前から存在していたとしても、これらの証拠だけからこれを本件登録実用新案の造花と比較して、その構造において、類似であるかどうかを決定することは、到底不可能であるといわざるをえない。
(二) 検甲第一号証の一、二、とくに同号証の一は、同号証の二と相まつて、公知であつたといわれる造花の構造を示す有力な証拠と見られるが、同号証の一の造花見取図が、いつ、どこで、いかなる造花見本に基づいて作成されたものか、本件全証拠によるも全く明確でない。(当審では、その原本に当る文書の存在することすら明らかにされえなかつた。)
(三) 検甲第三号証が、被告百日草が、審判手続において、被告釜屋化学の製品の写真であるとして提出したものを複写したものであることは、被告らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきものであるが、その基となつた写真が、はたして被告釜屋化学の製品の写真であるか、それがいつ撮影されたものか等一切不明である。
(四) 乙第九号証の一、二が検甲第一号証の一、二と同一のものであることは、両者を対比することにより明らかであるから、同号証については、前記(一)と同じ不明確さがあるものといわざるをえない。
(五) 甲第四号証、とくに造花の見取図である添付図面につき、その証明者である水野哲三は、当審における証人尋問において、その作成者及び原本の存在は知らない旨供述している(甲第六号証の供述記載中、右供述と牴触する部分は、たやすく信をおきがたい。)。
以上(一)から(五)において分説したような証拠が、本件における造花の構造を認定する資料とするに足りないものであることは、多くの説明を要しないところであろう。しかも、本件において挙示援用された他のすべての証拠によるも、本件登録実用新案の出願前公知であるとされた造花の構造が、審決認定のとおりであることを確認することはできない。
また、被告らは、本件登録実用新案にかかる造花は、その出願前である昭和二九年四月、フランスのヘヤーデザイナーであるロジエ・ヴアレリーが日本に持参した造花と類似である旨主張するが、これを肯認するに足る明確な証拠資料はない。すなわち、被告らの右主張を支持する証拠と目される丙第一号証の一から三については、成立に争いあるところ、その原本に当る文書も提出されず、とくに同号証の三の図面が何に基づいて作成されたものか、全証拠によるも明確でなく、検丙第一号証の一から六も、はたして、当時右ヴアレリーが持参したものかどうか明らかでなく、他に被告らの右主張を支持するに足る証拠はない。
五 乙第三、第四号証に基づく被告らの主張について
乙第三、第四号証に基づく被告らの主張については、本件審決において、何らの判断がされなかつたことは、被告らの自認するところであり、このような審決が判断しなかつた点に関する主張ないしは証拠をもつて、右審決の正当性を主張することは、その主張ないし証拠が、審判手続において、事実上提出されたと否とにかかわりなく、その取消訴訟である本件訴訟においては、許されないものと解するを相当とする。けだし、審決に対する不服の訴としての本件訴訟においては、審決がした判断(その過程も含めて)又はある判断をしなかつたことが違法であるかどうかが審理判断されるのであり、そのした判断は違法であるが、判断をしなかつた他の点において正当であるとして、その示した判断の違法性を否定することは、審決取消訴訟の本質に反するものというべきであるからである。被告らは、この点に関し、「審判における争点に関するものである限り、訴訟の段階においても、新な事実上の主張は許されないものではない」旨の最高裁判所の判決(昭和三五年一二月二〇日第三小法廷判決)を援用して、乙第三、第四号証に基づく主張の本件訴訟において許さるべきである旨主張するが、この主張は、右判例を誤り援用するものであり、もとより採用すべき限りではない。本件審判における判断事項、すなわち争点は、審決認定の構造の造花が、その認定したような公然不特定多数人に見せられた事実及び公然試作された事実から、出願前公然知られていたといえるかどうかである(このことは、本件審決理由に徴し明白である。)から、それらの事実以外の事実、すなわち、右造花と類似の造花の構造が、前記乙第三、第四号証の文献に示されているという事実に基づく主張の許さるべきでないことは、被告らの援用する右判例の趣旨からいつても、むしろ当然の帰結だからである。なお、右判例にいう「新な事実上の主張」とは、具体的には、その上告理由によれば、ある商標が骨牌について周知であると審判及び抗告審判手続において主張した原告が、審決取消訴訟において、その商標が花札について周知であつたと主張したことを指すものであること(このことは、右判例を一読すれば明らかである。)を考慮すれば、右判示の見解は、被告らが、とつてもつて、前記主張のよりどころとするには、余りにも縁遠いものであることが、さらに明らかであろう。
(むすび)
六 以上説示のとおりであるから、本件審決は、その認定の構造の造花が本件実用新案の出願前、公然不特定多数人に見せられ、また、公然試作されたとの点において、事実を誤認したものというべく、したがつて、これらの事実を前提として本件実用新案の登録を無効とするとした本件審決は、違法として取り消すべきものといわざるをえない。
よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 三宅正雄 影山勇)
別紙
第1図~第5図<省略>