東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)64号 判決
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〔判決理由〕(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、その主張の三点において、判断を誤つたものであり、違法として取り消されるべきである旨主張するが、原告の主張は理由がないものといわざるをえない。以下、これを分説する。
(一) 原告は、まず、本件審決が本件特許発明のチオ尿素と引用例の尿素塩化マグネシウム複塩とは化合物の形態を異にする、と説明したことは、本件においては無意味、無価値であると主張する。しかして、本件特許発明においてチオ尿素を配合するのは摂氏一五〇度附近において、チオ尿素及び水から、炭酸ガス、アンモニア、硫化水素(可燃性)を発生するためであるところ、尿素塩化マグネシウム複塩も、炭酸ガス、アンモニアを発生することは、当事者間に争いのないところであるが、チオ尿素の分子量は76.12であるに対し、尿素塩化マグネシウム複塩(六分子の水を含む)のそれは263.39である(各分子量が上記のとおりであることは弁論の全趣旨に徴し明らかである)から、等量の不燃性ガスを発生せしめるため、チオ尿素は尿素塩化マグネシウム複塩の約3.5分の一の使用量ですむことになり、したがつて、その溶液も安定性において勝る。このような作用効果上の差異は、帰するところ、両者の化合物としての形態の相違に由来するものということができるから、本件審決が両者が化合物としての形態を異にすると説示したことをもつて、誤りと断ずることはできない。
(二) 原告は、また、本件特許発明において亜硝酸ナトリウムを配剤するのは摂氏五〇度の低温度における消火ガスの発生を目的とするものであるところ、実際には、炭酸ナトリウムの存在下ではこの程度の低温度では消火ガスは発生しないから、本件審決のいうように高温で反応が起つても発明の目的は達しえないものである旨主張する。しかしながら、本来、塩化アンモニウムの水溶液のPHは、摂氏二五度で、その一パーセント溶液は5.5、三パーセント液は5.1、一〇パーセント液は5.0と濃度の上昇に伴つて酸性度が高まると同時に吸熱溶解であること、亜硝酸ナトリウムの溶液はPH九で発熱溶解であること、その塩の溶液は弱酸類によつて常温でも分解して亜硝酸ガスを発生する不安定なものであること及び塩化アンモニウムと亜硝酸ナトリウムとから窒素が発生し、これが手近かな窒素ガス発生手段として一般に知られていること(これらの事実は、原告において明らかに争わないところである)と、本件特許公報における本件消火弾の製造過程として「それぞれ少量の水に溶解し、これらを順次に混和して水で稀釈する」旨記載されている事実を合わせ考えると、本件特許発明における亜硝酸ナトリウムと塩化アンモニウムとは、火焔中は投ぜられた場合、本件特許発明においてはチオ尿素の存在することをも考慮すれば、炭酸ナトリウムの存在下においても、常温においてはともかく、摂氏五〇度附近において反応を開始し、温度の上昇に伴い分解して窒素を発生することは全くありえないと断ずることはできない。鑑定人Kの鑑定の結果も、本件特許発明の明細書に記軽するところとその前提条件を必ずしも同じくしない、試験管内における反応実験の結果である意味において、必ずしも前示判断を履えすに足るものといいがたく、他にこれを左右するに足る証拠はない。したがつて、本件における証拠関係のもとにおいては、原告の前掲主張も採用しがたい。
(三) 原告は、さらに、本件審決が、本件特許発明におけるハロゲン化ビニール樹脂乳化液は乳化分散剤として当業者の取捨しうる材料とはいえない、としたことを誤りであると主張する。しかし、ハロゲン化ビニール樹脂乳化物がエマルジヨンペイント(ビニールペンキ)として、本件特許発明の特許出願前公知であつたとしても(このことは当事者間に争いがない)、そのことから直ちに、粉体顔料を分散系として支持させる作用をする展色剤(ベヒクル)であるハロゲン化ビニール樹脂乳化液を消火弾に使用することが公知であつたとはいえないばかりでなく、当業者の容易に想到しうべき使用方法であるともいうことはできない。前掲甲第五号証(本件特許公報)中の「ハロゲン化ビニールの分散粒子も火焔中において分解し、不燃性ガスを発生する。すなわち、この分散粒子は、投弾前には保護コロイドとして消火液の凍結を阻止するとともに、投弾後には不燃ガスを発生して二重の作用効果を発揮するものである」旨の記載(同公報第一項右欄一八〜二三行参照)及び成立に争いのない甲第六号証(引用例特許公報)中の「この種の薬剤を薬液として保存する場合は、必要濃度に保たしめなければならない関係と、使用に際し薬液が飛沫として完全に燃焼体を覆わしめる必要から溶液をベントナイトのような中性の粘土物質で配合薬物の等電点を著変しないものを材料として用い、かつ、アルギン酸ソーダの分散膠質作用により、これを懸遊乳化せしめ細沫状として薬液を燃焼体に展延被包せしめる結果となつたものである。かくして得た薬液は温度の影響により分解を起すこともなく、零下一五度の低温でも凍結することがない」旨の記載(第一頁右欄下から四行ないし第二頁右欄一行参照)とから認めうべき本件特許発明におけるハロゲン化ビニール樹脂乳化物及び引用例におけるベントナイトアルギン酸ソーダのそれぞれの作用効果を考えると、両者をもつて、この種消火弾の製法における同効物、したがつて、消火弾の製造に当たり当業者の取捨しうる材料とはいいえないものと認めるのが相当であり、これを左右するに足る証拠はないから、原告の前掲主張もまた採用に由ないものといわざるをえない。
(むすび)
三 以上詳説したとおり、その主張の三点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、結局、理由がないものというほかはないから、これを棄却する。(三宅正雄 石沢健 滝川叡一)