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東京高等裁判所 昭和38年(う)1476号 判決 1965年1月28日

控訴人 検察官 渡辺薫 弁護人 大蔵敏彦 外二名

被告人 鈴木昭司 外三名

検察官 内田達夫

主文

原判決を全部破棄する。

被告人らを各懲役参月に処する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人らの連帯負担とする。

被告人らの本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は東京高等検察庁検事内田達夫提出並びに弁護人大蔵敏彦、同伊藤公、同松崎勝一連名提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

検察官の控訴趣意第一点及び第二点の一ないし三について。

被告人らに対する本件住居侵入の公訴事実は、被告人鈴木は全逓信労働組合(以下「全逓」と略称する)静岡地区本部書記長、同堀田、同甲賀、同三枝は同地区本部執行委員であるが、同地区本部執行委員大石芳明他二名(全逓静岡郵便局長支部長杉村軍次、同支部青年部長石垣隆司)と共謀のうえ昭和三十三年十二月六日午後零時十五分頃静岡市安西三丁目六十四番地所在の安西郵便局において、その管理者である同局長伊藤淳平が両手を拡げ繰り返しその立入りを拒否したにも拘らず、これを押し退け故なく同局事務室内に侵入したものであるというに在り、これに対し原判決は、判示暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の犯罪事実を認定するにつき挙示した各証拠により、被告人らの地位及び事件発生に至るまでの経緯につき縷々説明を加えたうえ、右被告人ら七名が右日時頃、被告人鈴木を先頭に相次いで右安西局表入口より公衆室(公衆溜り)に入り、そのまま局内東側公衆電話室の同室から事務室に通ずる入口附近に到つたこと、同局長伊藤淳平は、折柄土曜日のため正午で締め切つた現金集計中であつたが、被告人らの右行動に気付き直ちに右事務室入口附近に赴き、事務室に入ろうとしていた被告人鈴木に対し両手を前に拡げるようにして「入つては困る、出て行つてくれ、今、金を計算しているから、話があるなら後にして貰いたい」などと申し向けてその入室を拒んだところ、被告人らは「何故入れない、俺達は金を取りに来たんじやない」などと言いながら、被告人鈴木が先ず押し入るようにして同事務室に入り、続いて他の六名も入室したこと、即ち安西局長伊藤淳平が被告人らに対し同局事務室への入室を拒否したにも拘らず被告人らが同局事務室内に立ち入つた事実は認められるが、

(一)  被告人らの同局事務室内立入の主たる目的は全逓の組合活動であるいわゆる点検を実施することにあつたから、立入目的には違法なものはなかつた、

(二)  同局長伊藤淳平は、被告人らが右組合活動の目的で来局したことを了知しながら且つ被告人らの同局事務室内立入がさほど執務の妨害にもならないのにその入室を拒否したのであるから、同局長の入室拒否は相当でなかつた、

(三)  被告人らの同局事務室内立入の手段、態様はさして強引なものであつたとは認められないから、被告人らの本件立入行為は、未だ労働組合の団体行動において社会通念上一般に許容せらるべき程度を越えた侵入行為とは認められず、「故ナク人ノ看守スル建造物ニ侵入シタ」行為に該当すると断ずることはできないとして、本件住居侵入の公訴事実に対し無罪の言渡をしているのである。

仍て各所論にかんがみ右判断の当否を逐次審按する。

控訴趣意第一点の一(労働組合法-以下「労組法」と略称する-第一条第二項の解釈適用の誤りの主張)について。

国家公務員法附則第十六条は、労組法は、国家公務員法第二条の一般職に属する職員には、これを適用しない旨規定しているところ、被告人らは、いずれも郵政事務官で、一般職に属する国家公務員ではあるが、同時に、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」と略称する)第二条第一項第二号イの公共企業に勤務する一般職に属する国家公務員として、その職務と責任の特殊性に基づき、国家公務員法附則第十六条の規定を適用されない結果(同法附則第十三条本文、公労法第二条第二項第二号、第四十条第一項第一号、第四項)、労組法第一条第二項の規定の適用を受け、団結権及び団体交渉その他の団体行動権を保障され、その組織した労働組合の団体交渉その他の行為であつて同条第一項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについては、刑法第三十五条の規定の適用があること明白である(労組法第一条第二項本文)。

尤も公労法第四十条第一項第一号は、被告人らのごとき同法第二条第二項第二号の職員については、国家公務員法第九十六条第一項、第九十八条第一項、第百一条第一項等の諸規定の適用を除外しているわけではないから、国家公務員たる被告人らの郵政職員としての労働組合の団体交渉その他の行為について、その違法性阻却の有無を論ずるに当り、労組法第一条第二項の規定が無制限に適用されるものと解釈すべきものでないことは正に所論のとおりであつて(公労法第四十条第四項、国家公務員法附則第十三条但書、同法第一条、日本国憲法第十五条第二項参照)、所論はこの限りにおいて正当である。

しかし、労組法第一条第二項の規定が被告人ら郵政職員に適用されることは前叙のとおりであるし、原判決は、本件公訴事実摘示に係る被告人らの安西局事務室内への立入行為の違法性阻却の有無を判断するに当り、必ずしも所論のごとく、同条同項の規定が被告人らに無制限に適用される旨を明確に論定しているものとも解せられないから、原判決が、同条同項の規定が被告人らに適用されるとの解釈の下に、被告人らの叙上所為が点検という全逓の組合活動の一つとして為された正当なものであるか否かを判断したこと自体には何ら誤りはなく、所論引用の諸判例はいずれも本件と事案を異にし適切でなく、論旨は結局理由がない。

同第一点の二及び三(日本国憲法第二十八条及び公労法第四条第三項等の解釈適用の誤りの主張)並びに第二点の一ないし三(事実誤認の主張)について。

原判決が被告人らの地位及び事件発生に至るまでの経緯として判示するところによれば、被告人らの本件安西局事務室内への立入行為が一応住居侵入罪の構成要件を充足すること並びに右立入行為が、点検という全逓の組合活動の一つとして為された正当なものと認められるか否かは別として、被告人らの郵政職員としての労働組合(全逓)の団体行動に属する行為であることは疑がない。

しかして、およそ労働組合の団体行動に属する行為は、それが労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることを主目的とし、且つ、その目的を達成するために社会通念上相当と認められる手段による場合に限り、正当な行為として刑法第三十五条の規定の適用を受けるのであるが、如何なる場合においても、暴力の行使は労働組合の正当な行為とはされないのであるから(労組法第一条第二項本文。但書)、仮りに公労法第四条第三項の規定が日本国憲法第二十八条に違反するがため、郵政省が全逓において公労法第四条第三項の規定に違反し被解雇者が役員に選出したことを理由に全逓との団体交渉を一方的且つ全面的に拒否する措置に出たことを不当であるとして全逓の点検闘争自体を正当視し、被告人ら全逓役員には点検のため郵便局舎に立ち入つて書類の提示及び閲覧を要求する権利があるとしても、若し被告人らの叙上所為が郵政職員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を主目的とする点検という全逓の組合活動の一つとして為されたものではなく、且つ、社会通念上相当と認められる手段によらず、暴力の行使に該るものと認定される場合においては、公労法第四条第三項の規定の憲法適否、郵政省の全逓に対する団交拒否の当否、ひいては点検闘争の当否、全逓役員の点検のための郵便局舎立入権及び書類の提示・閲覧要求権の有無に拘りなく、該所為は所詮全逓の団体行動としても正当性を有せず、刑法第三十五条の規定の適用はないものといわなければならない。よつて所論法令の解釈適用の誤りの論点に対する判断は姑らくこれを措き、被告人らの本件安西局事務室内への立入行為の主目的及び右行為の手段について審究する。

一、被告人らの安西局事務室内への立入行為の主目的(控訴趣意第二点の一)について。

記録並びに当審における事実取調の結果によれば、

(一) 本件発生の前日である十二月五日正午過頃全逓脱退派の中心人物である静岡市大谷郵便局員島崎茂元及び同市手越郵便局員沢村春夫の両名が全逓脱退の趣意を説明すべく同市東若松町郵便局に赴き、同局の局員らに対し全逓脱退趣意書を手渡し全逓脱退の趣意を説明して帰途につこうとするや、その場に居合わせた全逓駿河支部所属の全逓組合員らがこれを見咎めて右両名を引き止め、連絡を受けて駈け付けた被告人鈴木、同三枝と共に右両名の腕や肩等を捉えて両名を同局々長宅の中庭に連行したうえ、両名を別々に数名で取り囲み、

(1)  島崎に対しては、同人がポケット内に所持せる全逓脱退趣意書を勝手に取り出し、被告人鈴木らにおいて、口々に「何だこんなもの、全逓の加入・脱退の自由は実際にはないんだ、今時こんなことをすれば何ういうことに成るか知つているだろう、脱退するのは怪しからん」なる旨申し向けて同人らの全逓脱退に関する行動を難詰し、更に交々「こんな奴を相手にしていても始まらんから、局の点検をやろう、お前達の局は不良局だから、点検をやつても良い、こんな局は一週間も点検をやれば潰すには訳はない、今俺達は命懸けでやつてるんだからお前達の一人や二人……するのは訳ないんだ、脱退を考え直さないか」等の旨申し向け、以て同人が全逓脱退に関する行動を止めなければ、同人の生命、身体に危害を加え兼ねまじき態度を示して同人を脅迫し、

(2)  沢村に対しては、被告人三枝らにおいて、同人の肩を小突き、口々に「全逓を脱退すれば友人がいなくなるぞ」、「お前らの一人や二人殺したつて平ちやらだ、お前らの局は不良局だから、俺達が点検をする」等の旨申し向け、以て前同様の態度を示して同人を脅迫し、

同人らが被告人鈴木、同三枝らの全逓組合員の右暴力的言動に畏怖して心ならずも全逓脱退に関する行動を思い止まる旨返答するまで引き続き同人らを吊し上げたこと(原審証人島崎茂元及び当審証人沢村春夫の各供述参照)、

(二) 同じく十二月五日午後二回に亘つて全逓静岡地区本部執行委員大石芳明、同駿河支部書記長某外二、三名が全逓脱退派の中心人物と目されていた石川正雄及び同人に全逓脱退届を託した伊藤君枝、栗田ヨシ江、杉山悦子の所属郵便局である本件安西局に赴いて、右栗田ヨシ江、杉山悦子に対し全逓脱退を思い止まるよう説得してその脱退阻止に努めると共に、「恐らく局長が脱退させたのだろう、組合のことで局長に会いたい」旨同局々長伊藤淳平に聞えよがしに言つたが、同人が相手にしなかつたため「じや、又来る」旨言い置いて帰つて行つたこと(原審及び当審証人伊藤淳平、原審証人栗田ヨシ江、同杉山悦子、同加藤節子の各供述参照)、

(三) 同じく十二月五日夜全逓静岡地区本部において同地区本部執行委員会が開かれ、同委員会は、同地区管内で点検を実施すべき対象局と実施細目を協議決定し、

(1)  点検を実施すべき対象局として、十二月六日大谷及び安西、同月八日有度の各特定郵便局を採り上げたが、そのうち大谷及び安西の両局は、全逓脱退派の中心人物と見られていた島崎茂元(大谷局)及び石川正雄(安西局)の各所属局であること、

(2)  点検実施の任に当る者として、被告人ら四名のほか全逓静岡地区本部執行委員大石芳明並びに全逓静岡郵便局支部長杉村軍次及び同支部青年部長石垣隆司をも含めて決定しているが、同支部は普通局である静岡郵便局に勤務する職員を以て組織された全逓下部組織であつて、特定局である前記大谷、安西、有度の各局に勤務する職員らを以て組織された全逓下部組織(全逓駿河支部)ではないから、右杉村及び石垣は右三局に対応する全逓下部組織の機関のみに許容された右三局に勤務する職員の時間外労働または休日労働の実施状況について当該局長に対し説明を求めまたは資料の提出を求め得る資格を有しないこと、

(原審及び当審証人伊藤淳平、原審証人青木勉治、同石垣隆司、同中田正一、同大出俊の各供述並びに昭和三十三年四月二十二日締結の郵政省対全逓間及び名古屋郵政局対全逓東海地方本部間の時間外労働及び休日労働に関する協約書ないし協定書の各謄本参照)、

(四)  本件発生の当日である十二月六日午前十時三十分頃叙上点検実施の任に当る者として決定された被告人ら七名が、右大谷局に赴き、同局々長で且つ前記島崎茂元の父に当る島崎清に面会を求め、一旦同局事務室に隣接する同局々長宅玄関において十数分間何やら大声で喚き立てた後、同局長が拒否するにも拘らず敢えて同局事務室内に打ち揃つて立ち入り、事務室内一杯に立ち塞がつて同局長を取り囲み、同局長に対し嚇すような大声で、交々「茂元は居るか、何処へ行つたか、何とか言え」、「出勤簿を見せろ、局の設備が悪い」、「俺達は命を懸け体を張つて来ているんだ、こんな局の一つ位潰すのは訳はない」等の旨申し向けて同局長を難詰威迫し、返答をしないで俯むいていた同局長の頭部を小突いて顔を上げさせるとか、机を叩くとかの粗暴な振舞に出で、以て約三十分間に亘つて引き続き同局長を吊し上げたほか、この間同局長の妻で同局々員である島崎とめの勤務態度を非難したり、全逓脱退派の同局々員佐藤一に対し、全逓脱退を思い止まるよう説得してその脱退阻止に努めたこと(原審証人佐藤一、当審証人島崎清、同島崎とめの各供述参照)、

(五)  次いで同日午後零時十五分頃右の被告人ら七名が、本件安西局に赴き、被告人鈴木を先頭に相次いで同局表入口より公衆室(公衆溜り)に入り、予かじめ自己紹介をするとか来意を告げるとかということなく、そのまま同局内東側公衆電話室の同室から事務室に通ずる入口附近に到つたところ、同局々長伊藤淳平は、折柄土曜日のため正午で締め切つた現金の集計中であつたが、被告人らの右行動に気付き直ちに右事務室入口附近に赴き、事務室に入ろうとしていた被告人鈴木に対し両手を前に拡げるようにして「入つては困る、出て行つてくれ、今、金を計算しているから話があるなら後にして貰いたい」などと申し向けてその入室を拒否したに拘らず、被告人らは「何が入つて悪い、この野郎、何故入れないんだ、俺達は金を取りに来たんじやない、この馬鹿野郎、入れろ、入れろ」など口々に放言しながら、同局長の手を払い除け、胸を押し、半ば同人を突き飛ばすような勢で、被告人鈴木が先ず押し入るようにして同事務室に立ち入り、続いて他の六名も多数の勢威と実力とを藉りて荒々しくどやどやと入室してしまつたこと(原審及び当審証人伊藤淳平、原審証人伊藤君枝、同栗田ヨシ江、同加藤節子、同杉山悦子の各供述参照)、

(六)  そして右の被告人ら七名は、原判決認定のごとく、同局事務室内に立ち入つた後、自席に引き返して再び現金集計事務に取り掛つた同局長を取り囲むようにして席を占め、交々同局長の入室拒否の態度を難詰し、同局長に対し、被告人堀田において「この野郎、全逓を甘くみるな」、同鈴木において「局長の不当労働行為は確証があるんだ、全逓脱退は手前がやらしただろう」なる旨申し向けたこと、大石芳明及び杉村軍次を除く五名(被告人ら四名及び石垣隆司)は、同日午後零時三十分頃より右事務室内において、同局長に対し、判示犯罪事実摘示のごとく、数人共同して暴行及び脅迫を加えたこと、

をそれぞれ認定することを得べく、以上認定に係る被告人らの本件安西局事務室内立入行為の前後における被告人らを含む全逓静岡地区本部及びその傘下下部組織の組合幹部らの一連の行動経過と原判決が認定した昭和三十三年十一月末頃から安西局員石川正雄、大谷局員島崎茂元、手越局員沢村春夫らを中心として展開されて来た静岡市内の特定郵便局員の全逓脱退、全特定加入運動の動向並びに被告人鈴木及び同甲賀がその行動経過を分担して執筆したと認められる押収の問題(一)と題するメモ及び問題(二)と題するメモ(当庁昭和三八年押第五五九号の二五及び二六)の各記載内容とを総合して考察すると、

(1)  当時全逓静岡地区本部執行委員会の書記長又は執行委員であつた被告人らは、全逓の組合活動の盛上りを期待していた年末闘争の折柄、全逓脱退者の続出による全逓の分裂・組織の弱体化を極度に虞れる余り、叙上全逓脱退派の者に対する憎悪の念を深めると共に、それらの者はいずれも自己の自由意思に基づいて全逓脱退、全特定加入運動に参加しているのではなく、その直属上司である各所属特定郵便局長らがその特定局長である地位を利用して右の者らの全逓脱退、全特定加入を唆かしているものと独断し、単にこれらの者に対する報復的感情から、多数共同して、全逓脱退派の中心人物と目される島崎茂元(大谷局)及び石川正雄(安西局)と同人らに同調せる佐藤一(大谷局)、伊藤君枝、栗田ヨシ江、杉山悦子(以上安西局)の各所属局である大谷局及び安西局の右局員ら並びに局長島崎清(大谷局長で且つ島崎茂元の父)及び伊藤淳平(安西局長で且つ伊藤君枝の夫)を威迫し、同人らに嫌がらせを加えることを当面且つ本来の目的とし、名を点検斗争に藉り、相携えて右各局に押し掛け、以て前叙の諸行為に出で、叙上全逓脱退、全特定加入運動を封殺する効果を狙つたものであり、

(2)  成程、本件発生の前日である十二月五日夜全逓静岡地区本部において同地区本部執行委員会が開かれ、同委員会は、同地区管内で点検を実施すべき対象局と実施細目を協議決定し、被告人ら七名の大谷局及び安西局における前叙の諸行為も一応は右協議決定に基づく点検活動実施のためのものであつたという体裁が備わり、且つ右各局事務室内への立入後においては職員の休暇整理簿の点検、出勤簿の提示要求等、点検の実施とみられるような諸行為もなされてはいるが、右はいずれも前叙のごとく、単に報復的感情から、多数共同して、全逓脱退派の右局員ら及びその所属局長らを威迫し同人らに嫌がらせを加えるという当面且つ本来の目的を糊塗して点検実施のための如く装い、以てその目的を正当化しようとする単なる口実ないし手段に過ぎず、点検の実施は、被告人らの主目的ではなく、少なくとも安西局に関する限り、附随的・副次的な目的でさえもなかつた。と認めるのを相当とするから、仮りに原判決の説示するような解釈に基づき、全逓の点検闘争自体を以て郵政職員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を目的とする組合活動の一つとして正当視し、被告人ら全逓役員には点検のため郵便局舎に立ち入つて書類の提示及び閲覧を要求する権利があるとの立場を採るとしても、その故を以て被告人らの本件安西局事務室内への立入行為が全逓の正当な団体行動とされるべき謂われはなく、

(3)  また前叙のごとき全逓脱退、全特定加入運動は全逓の分裂、組織の弱体化を来たし、全逓の組合活動全般に不利益な影響を及ぼすものであるから、それを憂慮する全逓役員らが、全逓の分裂を防止し以て組織を維持強化するがため、全逓脱退派の者ら及びその者らに対し現に不当な影響を及ぼしている者があればそれらに対し、平和的説得の方法で反省を促がし、全逓への復帰を求め、以て叙上分派行動の拡大を阻止すること自体は全逓の団結権に基づく組合活動として固より正当視されるべきものではあるが、公労法第二条第二項第二号の職員に当る郵政職員は、組合を結成し若しくは結成せず又はこれに加入し若しくは加入しない自由を有するから(同法第四条第一項本文)、自己の自由意思に基づいて全逓を脱退し、全特定に加入することは本来自由であるというべく、従つて、全逓役員らが全逓脱退派の者に対する憎悪の念から報復的感情を以てそれらの者を威迫し、これに嫌がらせを加えるがごとき行為は全逓の団結権に基づく組合活動の限界を越え、況んや全逓の組織外にある特定郵便局長がその特定局長である地位を利用してそれらの者の全逓脱退、全特定加入を唆かしているものと一方的に即断し、単に報復的感情から同局長らを威迫し、これに嫌がらせを加えるに至つては、不当労働行為に対する対抗手段にも当らず、全逓の組合活動とは全く関係がないものといわなければならない。

二、被告人らの安西局事務室内への立入行為の手段(控訴趣意第二点の三)について。

記録並びに当審における事実取調の結果によれば、被告人らは、さきに一の(五)に認定したごとく、本件安西局の局舎管理の任に当る同局長伊藤淳平が理由を告げて被告人らの入室を拒否するに拘らず、多数の勢威と実力とを藉りて、同局長を押し退け、荒々しくどやどやと強引に入室してしまつたのであるから、斯る立入行為は、その立入目的の如何に拘らず、手段の点において、社会通念上相当として許容される限度を逸脱していたものと認めるのが相当である。

成程同局長は、被告人らが同局事務室内に立ち入つた後、自席に引き返して再び現金集計事務に取り掛つていたのであるが、それは右のごとく強引に入室して来た被告人らの勢威に抗し兼ねたのと、一つには当日は土曜日のため正午で締め切つた現金を遅くとも同日午後零時三十分頃までには集計し終つて銀行の集金員に交付しなければならない必要に迫られたために過ぎないと認められ(原審及び当審証人伊藤淳平の供述参照)、被告人らの本件立入行為の手段が相当であつたことを裏づける理由とはならない。

三、被告人らに対する安西局長伊藤淳平の入室拒否の相当性(控訴趣意第二点の二)について。

仮りに原判決の説示するような解釈に基づき、全逓の点検闘争自体を以て郵政職員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を目的とする組合活動の一つとして正当視すべきものであり、被告人ら全逓役員には点検のため郵便局舎に立ち入つて書類の提示及び閲覧を要求する権利があるとの立場を採るとしても、既に一及び二において認定したごとく、被告人らの本件安西局事務室内への立入行為は、単に報復的感情から、多数共同して、全逓脱退派の同局々員及び同局々長伊藤淳平を威迫し、同人らに嫌がらせを加えることを当面且つ本来の目的としたものであつて、点検の実施は、被告人らの主目的でないのは勿論のこと、附随的・副次的目的でさえもなく、手段の点においても、社会通念上相当として許容される限度を逸脱していたのであるから、斯る場合においては、局舎管理の任に当る同局長伊藤淳平において被告人らの同局事務室内への立入を拒否し得べきことは寧ろ当然の事理に属するものというべく、なお記録並びに当審における事実取調の結果によれば、

(一) 同局長伊藤淳平は、

(1)  さきに一の(二)に認定したごとく、既に前日の十二月五日午後二回に亘つて同局に全逓静岡地区本部執行委員大石芳明、同駿河支部書記長某外二、三名の来訪を受け、同人らが全逓脱退派の同局々員栗田ヨシ江、杉山悦子に対し、全逓脱退を思い止まるように説得してその脱退阻止に努めると共に、「恐らく局長が脱退させたのだろう、組合のことで局長に会いたい」旨同局長に聞えよがしに言つているのを耳にしたが相手にしなかつたため、同人らが「じや又来る」旨言い置いて帰つて行つた事実を知つており、

(2)  当日の十二月六日朝には、さきに一の(一)いに認定したごとく、十二月五日午後東若松町郵便局において全逓静岡地区本部執行委員である被告人鈴木、同三枝、同駿河支部所属の全逓組合員らが、全逓脱退派の中心人物と見られていた大谷局員島崎茂元及び手越局員沢村春夫の両名に対し、同人らの全逓脱退に関する行動を難詰して吊し上げを加えた事実についての情報を入手し、

(3)  同じく当日の十二月六日午前十一時三十分頃大谷局長島崎清又はその妻とめの何れかから、さきに一の(四)に認定したごとく、同日午前中全逓組合員が多数同局へ押し掛けて来て暴力的言動に及んだ旨及び右全逓組合員らは「これから安西局へ行く」と言つていた旨の電話連絡を受けた

等の経過から推して、軈て自局にも全逓組合員が点検と称して多数押し掛け、全逓脱退、全特定加入問題に関連して、自己及び局員らを威迫し、嫌がらせを加えるであろうと予想していたこと(原審及び当審証人伊藤淳平、原審証人栗田ヨシ江、同杉山悦子、同加藤節子、当審証人島崎清、同島崎とめの各供述参照)、

(二) 果して十二月六日午後零時十五分頃被告人ら七名が安西局へ来たのであるが、さきに一の(五)に認定したごとく、被告人らは、被告人鈴木を先頭に相次いで同局表入口より公衆室(公衆溜り)に入り、予かじめ自己紹介をするとか来意を告げるとかということなく、そのまま局内東側公衆電話室の同室から事務室に通ずる人口附近に到り、局長伊藤淳平をして用件をたずねる余裕も持たせず、多数の勢威と実力とを藉りて、荒々しくどやどやと強引に押し入ろうとする極めて異常且つ粗暴な振舞に出で、局内の零囲気は不穏かつ緊迫したものであつたこと、

(三) 右十二月六日は土曜日で、執務時間は同日午後零時三十分までであつたから、被告人らが来局した午後零時十五分頃といえば、執務終了時刻までなお約十五分間を存する執務時間内に属し、面積約五坪の狭い同局事務室内において、局長伊藤淳平は正午で締め切つた現金を遅くとも同日午後零時三十分頃までに集計し終つて銀行の集金員に交付すべき必要に迫られて現金集計事務に従事中であり、局員栗田ヨシ江及び同杉山悦子は共に為替貯金事務、同加藤節子は電信電話事務、同伊藤君枝は庶務、会計及び為替貯金事務に従事中で、いずれも繁忙を極めていたこと(原審及び当審証人伊藤淳平、原審証人伊藤君枝、同栗田ヨシ江、同杉山悦子、同加藤節子の各供述並びに原審検証調書、同添附の図面、写真各参照)、

をそれぞれ認定することができる。してみれば局長伊藤淳平が、右の状況下において被告人らに同局事務室内に立ち入られては現金集計事務をはじめその他の業務に支障を来たす虞れがあると判断したのは洵に無理からぬところであるばかりでなく、特に昭和三十三年六月十日限りで、郵政職員の時間外労働及び休日労働に関する郵政省対全逓間の協約及び名古屋郵政局対全逓東海地方本部間の協定が失効した以後においては、所属職員の労働条件について局長の説明を求め若しくは資料の提出を求めるために全逓役員が来局しても、これに面接し、資料を提示するに及ばない旨上級機関から指示を受けていたのであるから(原審及び当審証人伊藤淳平、原審証人東郷岩雄、同中田正一、同湯山達雄の各供述参照)、よしんば同局長において、全逓が同年十二月二日以降点検斗争を積極的に行う旨決定したことを知つており、被告人らが点検実施のために来局するであろうことを予想していたとしても、点検の名目を以てする被告人らの同局事務室内への立入を拒否することは、同局の局舎及び業務の管理者である同局長としては当然の措置であるといわなければならない。

以上一ないし三に述べたところにより、被告人らの本件安西局事務室内への立入行為が、住居侵入罪の構成要件を充足するものであることは疑なく、それは正しく暴力の行使に該当し、目的及び手段において労働組合の団体行動としての正当性の限界を逸脱していると認むべきものであるから、所詮該行為については刑法第三十五条の規定の適用はなく(労組法第一条第二項)、叙上認定に反する限り原判決は事実を誤認し、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、所論中事実誤認の論旨は理由があり、原判決は、爾余の所論法令違反の主張に対する判断を俟つまでもなく、その全部につき破棄を免がれない。

弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

原判決の判示する、被告人らの地位及び事件発生に至るまでのいきさつ並びに罪となるべき事実は、原判決挙示の証拠を総合すれば十分にこれを認定することができ、記録を精査し且つ当審における事実取調の結果にかんがみても、右の認定に過誤があるとは認められない。

なお所論の諸点について判断するに、

第一は、被告人らの本件安西局事務室内への立入は、専ら全逓の組合活動であるいわゆる点検を実施する目的に出たものであるという前提に立脚するのであるが、右前提を容るるに足らないことは既に検察官の控訴趣意第二点の一について判断したとおりであるから、所論に対しては更めて判断を示す必要はないのみならず、

一、原判決挙示の証拠によれば、被告人らは同局事務室内に立ち入つた後、自席に引き返して再び現金集計事務に取り掛つた同局長伊藤淳平を取り囲むようにして席を占め、交々同局長の入室拒否の態度を難詰し、同局長に対し、被告人堀田において「この野郎、全逓を甘くみるな」、同鈴木において「局長の不当労働行為は確証があるんだ、全逓脱退は手前がやらしただろう」との旨申し向けたこと、同日午後零時三十分頃より同事務室内において同局長に対し、被告人鈴木の出勤簿の提示要求に始まる判示犯罪事実摘示のごとき数人共同に係る暴行及び脅迫を加えたこと、被告人らが右出勤簿の提示要求前に同局長に対し同局職員の具体的労働条件に関し何やら発言をしてはいたが、それは多勢が無秩序に単にがやがやと喚き立てるだけで、職員の具体的労働条件について同局長の説明を求め、それらの事項について交渉に入るというような態様のものではなかつたことをそれぞれ認定することを得べく、然らば、原判決が、被告人らにおいて右出勤簿の提示要求前同局長に対し同局職員の具体的労働条件に関し説明を求め交渉に入る等通常の点検実施とみられるような行為があつたことを認定しなかつたのは洵に相当であり、これと接触する被告人らの原審公判廷における各供述は措信するに足りず、

二、従つて、同局長が叙上の経過及び雰囲気の下において、被告人らに対し出勤簿を提示せず、これを閲覧させまいとする行為に出たことは洵に無理からぬところであり、同局長が斯る行為に出るであろうごときことは、被告人らにおいても事の成行上当然予測し得たものというべく、所論援用の各証拠は、被告人らの本件安西局事務室内への立入が専ら全逓の組合活動であるいわゆる点検を実施する目的に出たものであるという前提を容るるに足らない本件においては、何ら叙上認定と扞格するものでなく、

三、原判決挙示の証拠によれば、同局長が叙上の経過及び雰囲気の下において、被告人らに対し出勤簿を提示せず、これを閲覧させまいとしているに拘らず、被告人三枝において局員伊藤君枝の事務机上の出勤簿をほしいままに取り上げて被告人鈴木に手渡そうとしたことが認められるから、斯る場合同局備附の書類物件の保管責任者である同局長が、これを被告人らから取り戻し、奮回を防ぐため自席の後方等に隠し、以てあくまでその提示及び閲覧を拒否する態度に出ることは正に当然の措置に属し、況して、さきに認定したごとく昭和三十三年六月十日限りで、郵政職員の時間外労働及び休日労働に関する協約及び協定が失効した以後においては、所属職員の労働条件について局長の説明を求め若しくは資料の提出を求めるために全逓役員が来局しても、これに面接し、資料を提示するに及ばない旨上級機関から指示を受けていたのであるから、同局長の叙上措置には何ら異常・違法の廉はなく。

四、従つて、同局長の叙上措置に対して被告人らが所論のごとき判断を抱くに至つたとしても、非はかかつて被告人ら側に在るのであるから、被告人らの右判断にはこれを正当として首肯させるに足りる客観的合理性は些さかも認められない。

第二は、被告人ら各個につき、判示罪となるべき事実摘示のごとく数人共同して本件安西局長伊藤淳平に対し暴行及び脅迫を加えた事実の不存在を主張するのであるが、原判決挙示の証拠を総合すると、

一、被告人堀田が、被告人鈴木の同局長伊藤淳平に対する出勤簿の提示要求後もなお同局事務室内に留まり、且つその余の被告人ら数人と共同して同局長に対し原判示暴行及び脅迫を加えた事実を十分に認定することができ、右認定に抵触する所論引用の各証拠は、原判決援用の証拠と対比して、いずれも措信するに足りず、

二、被告人鈴木、同甲賀、同三枝及び石垣隆司がそれぞれ同局長伊藤淳平に対し原判示暴行及び脅迫を加えた事実も十分にこれを認定することを得べく、叙上所為が暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項違反の罪の構成要件を充足するものであることは明白であり、所論はすべて独自の観点に立脚して原判決の事実認定を云為するもので、採用するに由なく(なお該所為をもつて専ら全逓の組合活動であるいわゆる点検実施の目的に出たものであるとする前提に立脚してその正当性を主張する所論が、既にその前提において失当であることはいうまでもない)、

三、被告人堀田が原判示暴行及び脅迫につき共同実行に及んでいることは、前叙のごとくこれを明認するに足り、また石垣隆司については、原判決は特に同人限りの暴行ないし脅迫の所為を明らかにしてはいないが、被告人ら四名が局長伊藤淳平に対しそれぞれ原判示暴行ないし脅迫の所為に出た際石垣隆司が終始同局事務室内にいて被告人ら四名と共に同局長を取り囲むようにしていたことは原判決の判示するところであり、なお原審証人栗田ヨシ江の供述によれば、石垣隆司は同日午後零時三十分になつた時、同局長の机を手で叩きながら「十二時半になつたが、何故事務員に帰れと命じないのだ」との旨申し向けた事実も認められるから、原判決が、被告人ら四名及び石垣隆司において共同して同局長に対し暴行及び脅迫を加えた旨の事実を認定したのは正当である。第三は、原判決の採証法則違反を主張するが、所論は結局原裁判所が適法になした証拠の取捨判断を云為するを出でず、採用に値しない。

故に論旨はすべて理由がない。

同第二点(法令の解釈、適用の誤りの主張)について。

一、原判決は、弁護人の主張に対する判断の項以下において、被告人らの本件安西局事務室内における行動は、その同局事務室内への立入行為と同様、全逓の組合活動であるいわゆる点検を実施する目的を以てなされた労働組合の団体行動であると認定したうえ、右立入行為は未だ社会通念上許容せらるべき程度を越えた侵入行為とは認められないから、刑法第百三十条所定の犯罪行為に該当しない旨判示し、他方立入後における右事務室内における行動は、叙上目的を達成するために採られた手段が社会通念上許容せられるべき程度を越え、暴力の行使に該当するから、刑法第三十五条の規定の適用はなく、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項違反の罪の成立を阻却するものではない旨判示しているのであるが、原判決が、被告人らの地位及び事件発生に至るまでの経緯として判示するところに徴すると、元来被告人らの本件安西局事務室内への立入行為とその立入後における右事務室内における行動とは、被告人らの郵政職員としての労働組合(全逓)の団体行動に属する一連の行為であることは疑がなく、その目的を一にするものと認むべきである。

二、しかして、さきに検察官の控訴趣意第二点の一について判断したとおり、被告人らの本件安西局事務室内への立入行為は、当時全逓静岡地区本部役員であつた被告人らが、全逓脱退派の者に対する憎悪とその直属上司である各所属特定局長に対する反感とから、単にそれらの者に対する報復的感情を以て、多数共同して、全逓脱退派の中心人物と目される安西局員石川正雄及び同人に同調せる伊藤君枝、栗田ヨシ江、杉山悦子その他の同局員及び同局々長伊藤淳平を威迫し同人らに嫌がらせを加えることを当面且つ本来の目的とせるものであつて、点検の実施は、その主目的でないのは勿論のこと、附随的・副次的な目的でさえもなく、叙上威迫及び嫌がらせを加えるという当面且つ本来の目的を糊塗して点検実施のための如く装い、これを正当化しようとする単なる口実ないし手段に過ぎなかつたものと認められ、また叙上威迫及び嫌がらせを加えることは、全逓の分裂を防止し以て組織を維持強化するための団結権に基づく正当な組合活動の限界を越えるものであるから、右立入行為と一連の関係にあり、これと目的を一にするものと認められる立入後における同局事務室内における被告人らの原判示行動は、右立入行為と同様その目的において労働組合の団体行動としての正当性の限界を逸脱しているものといわなければならない。

三、次に、被告人らの本件安西局事務室内における原判示行動をその手段の点について考察するに、さきに弁護人の控訴趣意第一点の第二について判断したとおり、右原判示行動が数人共同して刑法第二百八条の暴行罪及び同法第二百二十二条の脅迫罪を犯したときにあたり、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項違反の罪の構成要件を充足するものであることは明白であり、たとえ労働組合の団体行動ではあつても、それが社会通念上一般に許容される限度を越え、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合においては、目的の如何に拘らず、手段において労働組合の団体行動としての正当性の限界を逸脱しているものといわなければならない。(昭和二十四年五月十八日最高裁判所大法廷判決・最刑集三巻六号七七二頁以下及び同二十五年七月六日同裁判所第一小法廷判決・最刑集四巻七号一一八七頁以下各参照)。

四、然らば、原判決が弁護人の主張に対する判断の項以下において、被告人らの本件安西局事務室内における原判示行動を、全逓の組合活動であるいわゆる点検を実施する目的を以てなされたものである旨認定したことには当裁判所は賛同することはできないが、右原判示行動が暴力の行使に該当し、目的及び手段において労働組合の団体行動としての正当性の限界を逸脱している以上、全逓の点検斗争の当否並びに全逓役員らの点検のための郵便局舎立入権及び書類の提示・閲覧要求権の有無に拘わりなく、所詮該行動については刑法第三十五条の規定の適用はないことに帰するから、これと同旨に出て暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項違反の罪の成立を阻却するものではない旨を判示した原判決は結局正当であると認める。

なお、原判決が弁護人の主張に対する判断の二において考慮に加えた判示「後記のような当時のすべての事情・状況」が、たとえすべて原判決認定のごとくであつたとしても、被告人らの原判示行動がその性質、態様からみて、社会共同の秩序と社会正義の理念とに照らして責むべきものでないとは認められないから、該行動が超法規的に違法性を阻却されるべき行為に該当すると断定し得ない旨判示した原判決は正当である。

故に論旨は結局理由がないものと認める。

同第三点(訴訟手続の法令違反の主張)について。

案ずるに、刑事訴訟法第三百二十二条第一項は、被告人の供述調書等の証拠能力につき、(1) 被告人が作成した供述書と(2) 被告人の供述を録取した書面とを区別し、(2) の供述録取書面については、その記載内容が供述者である被告人の供述内容と一致することの確認手段として当該被告人の署名若しくは押印のあることを要するものとしているが、(1) の供述書については、右供述録取書面と異なり、供述者である被告人の自作である点に信用を措き、作成者(供述者)である当該被告人の署名や押印のない場合にも法定の要件を具備するときは、これを証拠とすることができる旨規定していることは同条の文理上明白であり、同条同項の「被告人が作成した供述書」には、その被告人の署名も押印もこれを必要としないと解するのを相当する。(昭和二十九年十一月二十五日最高裁判所第一小法廷決定・最刑集八巻一一号一八八八頁以下参照)。

しかして、所論の各メモ(当庁昭和三八年押第五五九号の二五及び二六)は、記録によれば、昭和三十四年一月二十日静岡地方検察庁検事沖永裕により全逓静岡地区本部事務所において適法に差し押えられ(同検事作成の捜索差押調書参照)、原審第二十七回公判期日に検察官から刑事訴訟法第三百二十二条に則つて証拠調の請求がなされ、同第二十八回公判期日に証人岩崎六三郎の尋問を経て、所論各メモを同条第一項の「被告人が作成した供述書」として取り調べる旨決定され、同第三十二回公判期日にその証拠調が行われたことを認め得べく、

(一) 右証人岩崎六三郎の供述及び同証人の作成に係る所論各メモの筆跡についての鑑定書によれば、

(1)  証第二五号の問題(一)と題するメモ三枚の初めから三枚目十三行目までの筆跡は被告人甲賀の筆跡、同十四行目以下全部の筆跡は被告人鈴木の筆跡とそれぞれ認められ、

(2)  証第二六号の問題(二)と題するメモ四枚の始めから二枚目終りまでの筆跡は被告人甲賀の筆跡、三枚目及び四枚目の全部の筆跡は被告人鈴木の筆跡とそれぞれ認められ、

(二) 被告人甲賀は、原審第二十七回公判期日において、証第二五号の問題(一)と題するメモ三枚の始めから三枚目十三行目まで及び証第二六号の問題(二)と題するメモ四枚の始めから二枚目終りまでは、いずれも同被告人の自筆である旨供述しているのであつて、

右二通の書面には被告人甲賀、同鈴木の各署名も押印もないが、それは同被告人らが上記のごとく分担して執筆作成した同被告人ら自作の供述書であると認められ、その各供述が同被告人らに不利益な事実の承認を内容とするものであることはその各記載内容に徴して明白であり、その限りにおいてその各供述には特信性があり、且つ、その不利益な事実の承認が任意にされたものでないことを疑わせるに足りる資料は記録上これを認めるに足りない。

然らば、原審が右各書面を刑事訴訟法第三百二十二条第一項の「被告人が作成した供述書」として証拠調を施行し、原判示犯罪事実を認定する証拠として採用したことは正当であるというべく、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

弁護人大蔵敏彦外二名控訴趣意

第三点原判決には訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明白であるから破棄さるべきである。原判決は証拠標目の中で罪となるべき事実認定の証拠として、被告人甲賀並びに鈴木につき問題(一)(二)と題するメモを採用した。右証拠は昭和三七年一一月二日検察官から刑訴法第三二二条に基づき、証拠調の請求がなされ、弁護人らは右各書面には各被告人らの署名若しくは押印がなく、又右書面は一連の鉛筆書でその作成につき責任性がなく、特に信用すべき情況下に作成されたものであるとの保障がなく、原審においても刑訴法第三二三条第三項の特に信用すべき情況の下に作成された書面ではないとして、すでに却下しているものであるから同様に却下さるべきものである。ところが原審は、「被告人が作成した供述書には被告人の署名もしくは、押印は必要ではないし、右書面は不利益な事実の承認を内容とするものであるし、又特に信用すべき情況のもとに作成されたものであると認められる」との理由でこれを採用し証拠に援用したものである。しかしながら原審の右決定は憲法第三十八条第一項の趣旨に反し、ひいては刑訴法第三二二条の手続に違反するものである。

憲法第三八条第一項は「何人も自己に不利益な供述を強要されない」とし、国民の基本的人権保障の規定をおき、右憲法の規定を被告人の刑事裁判手続に具現するため、刑事訴訟法第三一九条第一項は任意にされたものでない疑いのある自白にその証拠能力を否定している。そして被告人の供述が当該事件において証拠方法としてとりあげられる一つの形態として、被告人の供述を書面に記載したものがある。それについて刑事訴訟法第三二二条は被告人が作成した供述書被告人の供述を録取した書面を挙示している。これらのものに任意性がなければならないことは右憲法の条項から当然のことである。そこで同法は右書面につき「被告人の署名若くは押印がある」という形式を備えたものにかぎり一定の場合に証拠能力を認めることとしたものである。このようにかかる書面に被告人の署名若しくは押印を必要としたことは、右憲法上の要請と右が書面であるという理由からその供述の任意性を書面の形式性により保障せんとしたものであると解すべきである。原審は署名、押印のないまま被告人らが作成したものと認定しただけで、作成の日時、場所、目的、理由等については追求することをしないで不明のまま検察官の刑訴法第三二三条第三号による請求を却下した決定「本件メモは法第三二三条第三号に該当する書面として要求される作成についての目的乃至必要性反覆乃至類型性、責任性及び記載内容についての信頼性の状況的担保の充足のうち、その作成目的及び反覆乃至類型性責任性については不充分であるから三号書面とはいいえない」との判断と矛盾した決定をなしたものである。而してこの誤りが判決に影響を及ぼすことも亦、明らかであるから破棄さるべきである。

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