東京高等裁判所 昭和38年(う)1566号・昭38年(う)997号 判決
被告人 鎌田栄子 外二名
〔抄 録〕
検察官の所論は、要するに原判決には事実の誤認があるといい、原判決が本件公訴事実についてその証明が十分でないとして各無罪の言渡をしたのは、証拠の証明力に対する判断を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をしているに外ならず、被告人らは各公訴事実について有罪たることを免れないというに帰し、被告人らの弁護人の答弁は要するに、検察官の控訴はその理由がなく、原判決は維持されるべきものであるというに帰するのである。
よつて按ずるに、本件公訴事実は「被告人鎌田栄子、同花崎春吉、同猪弘はいずれも昭和三十七年七月一日施行の参議院議員選挙に際し、東京都地方区から立候補した無所属(創価学会)和泉さとるの選挙運動者であつたものであるが、創価学会員である新島才次が東京都板橋区下赤塚町千六百二十七番地の自宅を、右選挙に東京都地方区から立候補した立憲養正会高橋秀郎の選挙事務所とし、妻新島とも(当五十三歳)および娘新島節子(当二十二歳)とともに、同候補者の選挙運動をしていることを察知するや、被告人三名は共謀のうえ、同年六月二十四日午前十時三十分頃右新島才次方に至り、同候補者の選挙運動者であり且つ選挙人である(選挙人の点は原審公判で訴因追加された)新島ともおよび新島節子に対し、こもごも「創価学会員でありながら何故学会で決めた人の運動をせず高橋候補の運動をするのか、一体御本尊があるのかないのか、今は物質的に恵まれていても必らず神罰があたるぞ」など、約二十分間にわたつて大声で怒号して威力を加え、もつて選挙の自由を妨害したものである。」というのであり、原判決が各被告人に対し無罪を宣告した主要点は、元来被告人らの新島才次方訪問の目的は、高橋候補者の選挙運動者新島才次本人に対する説得にあつた。然るに才次が不在であつたので、同人の妻、娘と談話を交わしたが、談話は結局宗教と政治の在り方の議論に終始したものとみるのが相当である。また、新島とも及び新島節子は選挙運動者であつたとみることはできず、新島ともが選挙権を有する者であるとしても、新島節子がいわゆる有権者であることを被告人らにおいて前もつて了知していたことは証拠上これを認めるのに十分ではなく、結局問題は選挙人である新島ともに対し、投票の自由を妨害するための威力を加えたか否かという点になるわけであるが、多人数をもつて投票の自由に関し威力を加えたと見るには証明十分ということができないことは、被告人らが新島才次方を訪れた前後の行動からみても明らかで、新島方訪問の際の挙動は、訪問者としては普通であり、同人方へ荒々しく乗り込んだというのでもなく、またどなり散らしたというのでもない。新島節子より用があるから帰つて貰いたいといわれると、全員が素直に退去しており、相手を困惑させ、畏怖させるような暴言を吐き、または暴行を加えたり不穏な行動に出たという証拠は見られない、公訴事実中には「神罰が当るぞ」とどなりつけた云々の記載があり、これに符合するごとき検察官調書の記載が存するが、学会員が「神罰があたる」というような言辞を用いる筈はないから、この点の検察官調書の記載内容は信用できない。又右のような発言があつたとしてもこれは討論中に出たものに過ぎず、且つ多年学会員でありかかる議論を常にしている新島ともには、直ちにこの発言によつて、畏怖、威力を感じたとは考え難く、まして娘節子は信仰には案外関心がない如く、被告人らの議論を冷笑しているようであり被告人らの発言に対し何ら畏怖、威力を感じたとは思われない。而して、被告人ら、新島とも、同節子らの検察官に対する各供述調書中公訴事実に副う供述部分は、にわかに信用し難いというのである。
しかしながら、原審において適法な証拠調を経た各証拠及び当審において取調をした各証拠を綜合して考察すると、被告人らの新島方訪問の目的が、単に、新島才次を説得するに在つたという原判決の見方は証拠に照らし首肯し得ないものがあり、被告人らは新島才次が創価学会員でありながら、同学会の推薦候補でない者を推薦し、その選挙運動をしていることに対し難詰する目的をもつていたことが明らかであるのみならず、被告人らと新島とも同節子の応対の内容も単なる宗教と政治との在り方の議論に終始したものと見ることは相当ではなく、また、仮に右とも、節子両名が、高橋候補のための選挙運動者であつたとは認められず、或いは被告人らにおいて右両名が選挙運動者であるとの認識を欠いていたとしても、右両名が選挙人であるということ及び少くとも被告人らにおいてその認識が可能であり、現に認識していたことが認められること等において、原判決は事実の誤認をしているとの疑がある外、本件においては被告人らは創価学会という組織の力を背景として新島才次の昭和三十七年七月施行の参議院議員選挙における選挙関係の行動を非難、詰問する目的の下に新島方を訪れたところ、偶々右才次が留守であつたので、同人の妻子であり、同選挙における選挙人である新島とも、同節子に対し、新島一家の選挙関係の行動につき、語気を強め大声を発して難詰し、同人らを畏怖、困惑の状態においたものと認めることができ、かかる所為は選挙の自由、公正を害し、公職選挙法第二百二十五条において禁止されている選挙に関し選挙人等に威力を示す行為であると認め得るので、結局本件公訴事実に副う犯罪事実の証明がないと判断した原判決は、証拠の取捨判断を誤り事実を誤認しているものと認めるべく、検察官の所論はこの点においてその理由があることに帰するものといわなければならない。
なお、原判決は、被告人が新島とも同節子に対し「神罰が当るぞ」といつたか否かの点につき、若し被告人らがいつたとすれば「御本尊の罰があたる」というべきであり、労々この点に関する検察官作成の供述調書の記載内容は信用できないというのであるが、被告人らが「神罰」という言葉を使うということはあり得ないというべきではなく、或いは正確に神罰とはいわなかつたとしても、「罰があたる」という趣旨の発言があつたという限度において、新島節子の検察官に対する供述調書の記載内容は信用できない限りではなく、その他原判決の非難する各検察官作成の供述調書の記載も、被告人らにおいて前段説明の如く選挙に関し選挙人に対し威力を加えたという事実を認め得る程度において信憑性のあることは、当審における事実取調の結果に徴してもこれを容認し得る筋合であるといわなければならない。これを要するに、検察官の事実誤認の所論は、これを理由があるとせざるを得ず、原判決は破棄を免れないというべきである。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り、原判決を破棄すべく、但し同法第四百条但書により、訴訟記録並びに原審及び当審において取り調べた証拠によつて、更に左のとおり判決をするものとする。
罪となるべき事実
被告人鎌田栄子、同花崎春吉、同猪弘は、いずれも昭和三十七年七月一日施行の参議院議員選挙に際し、東京都地方区から立候補した無所属(創価学会)和泉さとるの選挙運動者であつたものであるが、創価学会会員である新島才次が、右選挙に東京都地方区から立候補した立憲養正会高橋秀郎の選挙運動をしていることを知り、これを難詰する目的で同年六月二十四日午前十時三十分頃東京都板橋区下赤塚町千六百二十七番地の右新島方に至つたところ、同人は留守であつたが、被告人らは共同して留守居をしていた同選挙における選挙人新島とも及び同新島節子に対し、こもごも「創価学会員でありながら何故学会できめた人の運動をせず、高橋候補の運動をするのか、それは間違つている。一体御本尊があるのかないのか、今は物質的に恵まれていても何かにぶつかればすぐくじける、罰があたるぞ」という趣旨のことを約二十分間に亘つて大声で難詰し、もつて威力を加えたものである。
(三宅 井波 谷口正)