大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(う)172号 判決

被告人 栗林寅吉

〔抄 録〕

記録を精査し、且つ当審取調の結果を検討し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響等量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察するに、本件事故は、被告人が、ほんの一瞬の不注意から、上り電車が本件踏切を通過した直後に下り電車が右踏切を通過することになつていることを失念し、上り電車が右踏切を通過すると同時に踏切遮断機を上げてしまつた過失によつてひき起されたものと認められるが、踏切保安掛はもともと列車の運転の安全を確保し、踏切事故によつて発生するおそれのある列車の乗客及び乗務員の損傷並びに列車の往来に対する妨害を未然に防止することを本来の任務とするものであり、これに伴い必然的に踏切を通過する歩行者又は車輛等の交通の安全の確保にも寄与すべき立場にあるものであつて、その任務の遂行に当つては格段の注意力が要求されているものというべきであるから、本件事故が、たとえほんの一瞬にせよ、被告人の不注意に基因するものである以上、被告人の責任は極めて重大であるといわざるをえない。又道路交通法の規定によれば、信号機が設置されていない踏切を通過しようとする車両等は、踏切の直前で停止し、且つ安全であることを確認した後でなければ進行してはならないものとされているが、本件事故の当時、本件踏切には正副二名の踏切保安掛が勤務していたこと、本件踏切は本件被害者等の進路から下り電車の進路に対する見透しが極めて不良であること及び本件被害者等が踏切遮断機が上がると同時に先行した二台位の車両等の後に続いて順次に本件踏切に進入していること等を考慮すれば、本件被害者等の運転については、全く過失がないとはいえないとしても、さ程非難されるべき点はない、そして本件事故は一人を死亡させ、一人に重傷を負わせたものであつて、結果が極めて重大であることを考慮すれば、論旨は一応もつともと思われる。

しかし、被告人は平素はまじめで、きちようめんで、又責任感が強く、踏切保安掛として本件事故まで約一五年間勤続していたが、その間一回も事故を起したことがないことからみれば、本件事故が被告人のなげやりで、粗雑で、且つ無責任な勤務態度によつてひき起されたものと認める余地はなく、本件踏切が、これを通過する列車が一日に上下合せて約二〇〇本もあり、且つこれを通過する歩行者及び車馬等が相当多数にのぼる交通頻繁な個所であり、又その北方約一五〇米の個所には駐留米軍立川空軍基地があり、飛行機が発着する際には耳をろうするばかりの騒音を発すると同時に砂塵をまき起し、なお踏切の護輪軌条がゆるんでいたため、列車や車馬等が本件踏切を通過する際には相当の騒音を発し、又本件踏切の踏切保安係は二人一組の勤務で、勤務の翌日は休日がとれ、且つ夜間は二人で交互に休息して交替して勤務することになつていたとはいいながら、二四時間勤務であつて、相当の激務であるところから、職場の環境による過労と被告人の神経病質な素質とが相まつて、被告人が軽い神経衰弱の状態に陥つていたため、ほんの一瞬注意力が散漫となり、その結果本件過失を犯すにいたつたものと認められる。しかも、本件事故により一人が死亡し、一人が重傷を負うと共に列車の往来が妨害されるという結果をひき起したとはいうものの、幸いにも列車の乗客及び乗務員には何らの損傷がなかつたこと、本件被害者等の運転にはさ程非難すべき点はないとしても、全く過失がないとまではいいきれないこと、日本国有鉄道の踏切保安掛に対する労務管理、列車及び車両等の交通が頻繁な本件踏切の保安施設等に若干欠けるところがあると認められること、被告人自身の出捐によるものではないとしても、日本国有鉄道が、被告人の使用者としての立場上、本件事故の被害者又はその遺族に対して相当行き届いた慰藉の方法を講じてこれらの者と円満に示談をし、本件事故の被害者又はその遺族も被告人の処罰を希望していないこと、本件事故後被告人が踏切保安掛から保線工夫に職場転換され、今後再び踏切保安掛の職務に従事することがあるとは思われないこと、被告人が深く反省していると認められること等を考慮すれば、被告人に対して禁錮刑の実刑を科さないことをもつて直ちに不当のものとすることはできない。

結局被告人に禁錮刑の執行猶予を言い渡した原判決の量刑は必ずしも不当のものとはいえないから、論旨は理由がない。

(加納 河本 清水)

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