東京高等裁判所 昭和38年(う)1894号 判決
被告人 山口巌
〔抄 録〕
なるほど原審訴訟記録によれば原判決は、起訴状記載の公訴事実第一の訴因は、被告人が岡村弘二に対し、傷害の故意をもつて自動車の進行を続け、同人を自動車のステツプから振り落して傷害を与えたとの事実であるのに対し、訴因変更の手続を経ないで、原判示第一の事実において、被告人が暴行の故意をもつて、自動車の速度を上げて進行し自動車のドアの把手を握つていた同人を転倒させ自動車の後車輪で同人の両足を轢き傷害を与えた旨、犯意及び犯罪の手段態様において訴因と異る事実を認定していることは所論のとおりである。しかしながら、傷害罪(刑法第二〇四条)は、暴行の結果的加重犯としても成立する犯罪であるから、その犯意の内容には、傷害の認識ある場合は勿論、暴行の認識あるに止まる場合をも包含し、従つて、傷害の故意による傷害罪と、暴行の故意による傷害罪とは畢竟その構成要件を同一にするばかりでなく、後者の罪は前者の罪よりその責任において軽い場合であつて、前者の罪の訴因に対し、判決においてこれと異る後者の罪を認定しても被告人の防禦に実質的な不利益を与える虞はないから、この点につき訴因変更の手続を経る必要はないものと解するのが相当である。又犯罪の手段態様につき、訴因と認定事実との間に差異があつても、両者が、社会通念上事実の同一性を失わない限り、被告人の防禦に実質的不利益を与えないから、この場合もまた訴因変更の手続を要しないものと解すべきところ、起訴状記載の訴因と原判示第一事実とは、被告人が故ら自動車を進行させ自動車に取りすがつている岡村弘二を強いて振り切り、よつて同人に傷害を与えたという点において事実を同一にし、叙上の差異は行為の手段態様の具体的側面に関し、事実の同一性を害せず、被告人の防禦に実質上の不利益を与えないものと認められるから訴因変更の手続を経ないでも毫も違法ではない。されば原判決には、以上いずれの点においても所論のような訴訟手続上の法令違反はなく、論旨は理由がない。
(小林健 遠藤 吉川)